フィフティドールは笑いたい 〜謎の組織から支援を受けてるけど怪し過ぎるんですけど!?〜

狐隠リオ

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第一章

第三話 待ち人

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「はぁー疲れた」

 山登りは大変だ。純粋に傾斜を進むのも足腰に来るけれど、この道の難易度はそれだけじゃない。

 ここは侵入制限がある。だから一般人では絶対に迷い込めないように、魔力による圧力、わかりやすくするなら結界のようなものが張られているんだ。

 だからイズキの事は放置していても問題になる事はなかっただろうけど、今思えばイズキへの対応はあれが正しかったと思う。

 ただ、うん。この疲労は絶対に嫌がらせだと思う。だって俺は立ち入り許可物であるペンダントがあるんだぞ。

 ……あいつ、わざと圧を強めてるな?
 随分と地味にキツい嫌がらせだな。

 山の頂上、ではないけど中腹に建てられた屋敷。結界の外からじゃ認識する事の出来ない特大の隠れ家だ。
 そんな目的地の正門に到着すると、着物の上からエプロンを身に付けた少女が現れた。

「いらっしゃいませ。よくぞ……なーんだハルハルじゃーん。主様は自室で待ってるよー」

 ある人は言った。彼女は偉大なる天使が地上に顕現した姿なのだと。
 現れたのはそんな彼女に仕えている少女隊の一人だった。

 お互いに顔を知ってるし、少なくとも俺は友達だと思ってる。だから適当過ぎる対応でも気にしない。怒らないよ。

「おはよう黒曜《こくよう》。ただ一ついいか?」
「えー、無理無理。ハルハルのハルハルをお世話するなんて、主様に怒られちゃうし。十年後なら考えてあげるけどねん」

 そう言ってウインクと共にハーフツインにしている長い黒髪を耳に掛け、手を意味深に上下させる和風メイドこと、黒曜《こくよう》。

 この対応で自殺希望者っではないってところが……実にイカれてる女だ。
 
「お前……相変わらず終わってるな」
「えー、そんな事なくなーい? 雄が雌に頼む事なんてえっどい事しかなくなーい?」

 そう言いながら前屈みになり、エプロンの下を見せ付けて来た。
 白のエプロンの下には少女隊の制服みたいな扱いになっている着物を着ているんだけど、黒曜はそれを大胆に着崩していて胸元がこれでもかってくらいに露出している。

 エプロンがあるから普通にしていたらわからな、くもないか。肩が見えてるし何かがおかしいってすぐにわかる。

 つまり何が言いたいかというと、エプロンの下が見えるという事はつまり……大きな白と深い黒が見えていた。

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら挑発的な行動を取っているけれど、知っているぞ。
 
「……経験ないくせに」
「は、はあ!? そんなわけないじゃん! 百人斬りしたし! あーしみたいな美人を雄共が放っておくわけないじゃん! あーあ、これだから道を極めてる帝王はさー。わかってないなー」

 動揺を抑え込んでカウンターを決めると、早口で反応している黒曜を放置して、俺は門の先へと進んだ。
 一応イズキの事を知らせておこうかと思ったけど、杞憂だろうし良いよね。

「無視するなーっ!」

 なんか叫んでるけど無視無視。門の外に居たって事は、今日の門番はあいつだって事だ。
 門番に選ばれた少女隊は門を通る事が出来ない。門の外で外敵に備える事を任務としているからな。

 ぶっちゃけ当主の結界がある以上、見張りなんて必要なかったりするけど。任務なんだから仕方がないよね。

 木造の歴史あるお屋敷。本邸にある個室のほとんどは畳だけど、門と本邸の間に建てられている別邸では靴を脱ぐ必要がない。

 正門から進むとまずはこの別邸の中を通る事になる。本邸に入るには絶対にここを通らなくてはいけないんだけど、その理由は単純に、ここが門番たちの待機場所だからだ。

 山登り中に嫌がらせをして来たあいつの事だ。次の可能性は高い。
 警戒心を強めながら進むと可愛らしい声が聞こえた。

「侵入者に警告します。ここは我々の一存による排除が許可されている特異領域となっています。ですがこの地を穢れた血で汚す事は本意ではありません。今引き返すのならば追うような事はしません」

 口の形に建てられた別館の中央に広がる中庭。
 別邸の入り口から真っ直ぐ進むと通る事になる場所だけど、普段は少女隊の訓練場としても使われる事が多い。

 そんな場所に立っていたのは一人の少女。
 脚部の丈が随分と短い水色と白色の着物を着ていて、長い茶髪をツインテールにしていた。
 その手に武器は握られていないし、小型武器なら隠し持てるかもしれないけど、携帯しているようには見えない。
 あの膨らみ、何かを胸元に隠してる? 流石に違うかな。

 見た目はか弱そうで小柄な女の子に見えるけれど、その表情は完全なる無。
 まるで感情を感じさせない佇まいに怯む人もいるかもしれない。

 それが何? 今更だよ。

「引き返すつもりはないよ」
「わかりました。ならば覚悟して下さい。臨時マスターの命令により、その命、散らせてもらいます」

 淡々とした口調でそう言い終えた瞬間、彼女の足元から淡い光が放たれた。

【魔装・花鳥風月・鳥《とり》】

 たったの一歩で数メートルの距離をゼロにした少女は、何も持っていない手を振るった。

 ——手刀、危ないかな。

 彼女の異様な速度に驚く事なく、落ち着いて回避すると次の動きが見えた。
 空振りした勢いを活かして蹴りを放つつもりらしいけど、それはキャンセルだ。

「足技はダメだよ。女の子でしょ?」
「……」

 そんなに丈が短いのに蹴りなんてダメに決まってる。もしかすると下にショートパンツとかをはいているかもしれないけど、わからないから許しません。

 蹴りの初動を足で受け止めて防ぐと、少女は驚く事なく淡々と拳を振るった。

 左右の拳を不規則な順番で突き出し、フェイントを交え、手刀を振う事もあるけれど、見た感じどちらも普通だな。

「ねえ、それ本気? 取り柄はスピードだけ?」

 俺が言っているのは拳打の速度じゃない。最初に見せた高速移動の事だ。
 通常攻撃は全部反応出来る速度だった。

 挑発ってわけじゃないけど、思わず本音がこぼれちゃった。すると彼女は後方に跳んで距離を取った。

「オマエ、何者ですか?」
「ただの侵入者だよ」
「……答える気はないみたいですね。わかりました。ならばここからは、全力で行きます!」

 表情を変える事なく、力強く叫ぶと彼女は動いた。

【魔装・花鳥風月・鳥・連】

 一歩で距離を詰める事なく、最初に見せた高速移動を何度も繰り返して俺の周囲を移動し続ける少女。

 背後に回ったかと思えば次の瞬間には側面に移動している。その速度は目で動きを追う事すら難しいけど、初手がそうだったように攻撃に移る時には遅くなる。

 細い手足をしているし、あの速度のまま突撃すれば、彼女自身の身体が壊れるだろうからね。そもそもそれは出来ないんだけど。

 ——さて、いつ来る?

 連続の高速移動によってついに俺の視界から少女の姿が消えた。
 死角に入り込んだ瞬間、彼女は動いた。

 ——後ろ!

 そこに殺気はなかった。
 だけど、小さく聞こえた言葉には確実に殺すという意志が込められていた。

「【花《はな》】」

 最略詠唱!? 
 殺気がないのに殺意が高過ぎる!

 少女の手刀が淡い光を放ち、俺の背中を斬り裂いた。
 ただし、服だけだ。

「——っ!?」

 目を丸くしたのも一瞬。すぐに彼女は普通のバックステップで距離を取ると、落ち着いて俺の事を観察していた。

「ふう、間に合って良かった。やっぱり本質は防御だよね、これ」
「……何の話ですか?」
「ん? こっちの話」

 冷静に見えるけど内心では困惑しているのかな?

 さっき彼女が起動したのは[魔装・花鳥風月・花]だ。
 魔装を起動する際にはその名称を言葉にする事、つまり詠唱が必要になる。

 詠唱には通常の完全詠唱、一部を省略した短略詠唱、必要最低限まで省略する最略詠唱、そして詠唱を完全になくす無詠唱の四種類がある。

 詠唱はその術式が持っている力を完全に引き出すためにあるもので、省略する度にその効力はどうしても小さくなってしまう。
 ただしその代わり発動が早くなるっていう明確な利点だってある。

 彼女は高速移動をする術式[魔装・花鳥風月・鳥]を無詠唱で使っていた。
 いくら早く動ける術式だとしても、合間合間に詠唱していたら意味がないからね。

 ただし無詠唱には大きな弱点がある。それは術式性能の低下と消耗の上昇だ。

 魔に関する力を行使する際には必要となるエネルギーがある。地域によってその名称は変わるらしいけれど、魔操学院では単純に魔力と呼んでいる。

 無詠唱という技術は詠唱をしない代わりに過剰な魔力を使用する事により、半ば無理矢理発動しているようなものなんだ。

 術式によってはその反動によって致命的なダメージを背負う事になるだろうけど、[鳥]は低コストだからね。

 だけど[花]は違う。

 手刀を名刀に変える術式。それが[花鳥風月・花]だ。

 無詠唱で発動しようとすれば、多分反動で腕が裂ける。だから本来これは完全詠唱で起動し、その状態を維持して使うものだ。

 それを彼女は最略詠唱で攻撃する寸前に起動していた。

 折角死角から間合いに入り込めたのに、完全詠唱なんてしていたら声で気付かれてしまう。
 だからといって完全詠唱からの維持では警戒させる事になるからね。ここまで使わずに通常の拳打と手刀だったし、不意打ちの一撃で決めるつもりだったんだろう。

 それにしても高速移動で死角に入り込み、最略詠唱による斬撃。やってる事はもはや暗殺者だよね。

 完全詠唱と比べて最略詠唱の出力は三割くらいまで低下する。
 例えるなら本来の名刀から安価な刃物に変わったようなものだ。

 だけど、冷静に考えて欲しい。
 刃物なら人の肉くらい斬れるよね? だけどそうはならなかった。彼女が斬ったのは服だけだ。それもただの服じゃない。魔操学院の制服は戦闘が前提だから丈夫に作られている。斬撃に対して耐性のある制服を斬り裂く威力があったんだ。

 それでも俺の背中に傷はない。
 少女からすれば不思議で堪らないはずだ。生身でその硬さはありえないってね。

「それじゃあそろそろ、俺の力を見せる頃かな?」

 さてと、今の俺を見せてあげるよ。

「——っ!?」

 目を丸くして固まっている少女。
 そりゃそんな反応にもなるよね。だって、数メートルの距離が一歩でゼロになったんだから。

 拳を握り締め後ろに引くと、反射的なのか両手を重ねて防御しようとしているのが見えた。
 だからその掌に向けて、俺は拳を振った。

 ——【風《かぜ》】

 ただの殴打とは思えない音が周囲に響き渡り、少女の身体が吹き飛んだ。
 ここはただの屋外じゃなくて中庭だ。周囲は壁に囲まれている。そんな壁に背中から叩き付けられた少女。ダメージは小さくないだろうね。

「まだやるか? 勝ち目がない事はわかったよね?」

 受けたダメージで身体を震わせながらも立ちあがろうとしている少女に声を掛けた。

 とてつもなく今更な話になるけど、黒曜が反応しなかったように俺はここに立ち入る許可を得ている人間だ。
 だというのに彼女は俺の事を侵入者と呼び、こうして戦っている。
 戦闘音だって決して小さくない。別邸に住んでいる少女隊の面々が気が付かないだなんてありえない。
 だというのに援軍はない。

 そう。これは最初から——

「臨時マスターの命令は絶対です。アタシはオマエを殺します!」
「——っ!」

 指先を俺に向ける形で掌を合わせた少女。
 彼女の全身から淡い光が溢れ、まるで吸い込まれるように両手の中へと集まっていた。

 閉じた両手が開いた瞬間、不可視のそれが解き放たれた。
 生物に風穴を開ける弾丸となって。

「はっ!」

 それを俺は両手で受け止めた。弾丸版の白刃取りだ。
 包み込むように弾丸を捕まえた直後、両手の中で起きたのは爆発だ。

「ぐっ!」

 圧縮した空気を弾丸のように発射し、着弾と同時に拡散させる術式。

 無詠唱で放たれたそれを無詠唱で受け止めたわけだけど、なんだこの威力!

 ——無詠唱とは思えない威力。まさか暴走してるのか!?

 自傷に近い出力の発動。
 明らかに無詠唱で起動して良い威力じゃないだろ!
 動揺しつつもそれを見て俺は叫んだ。

「馬鹿! 無茶するな!」

 身体から淡い光を放ち、手の中で圧縮している少女。その手には俺ほどじゃないけど無数の生傷があった。
 そんな状態でまた撃つつもりなのか!?

 下手をすれば手首から先が弾け飛ぶかもしれないほどの無茶だ。
 俺の叫びが受け入れられる事はなく彼女は二発目を撃とうとした時だった。

「そこまでじゃ。もう良い」

 彼女の手に優しく第三者の手が置かれた。
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