違う形で戻ってくるのですわ。

猫崎ルナ

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物語の様な人生

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 獣人なら誰もが夢見るとの出会い。

 誰もが運命の番に出会える事を幼い頃から夢に見る。

 運命の番とはなんて甘美な響きだろうか?『早く出会いたい』と誰もが口々に言う。

 これは 運命の番 によって人生を狂わされてしまった令嬢のお話し。




 マリアは甘い砂糖菓子のような女の子。

 蜂蜜のように艶やかな髪の毛はふわふわとしていてまるで綿菓子、イチゴの様に赤くみずみずしい大きな瞳に、桃の花のように薄く色づく頬、さくらんぼの様にぷっくりと艶がある小さく可愛らしい唇。
 その唇から紡がれる声は甘く切ない響きで老若男女関係なく皆を魅了した。

 そう、マリアは誰が見ても甘い砂糖菓子のような、夢のような女の子だった。

 そんなマリアは公爵家の次女として生まれ落ちた。

 頼りになる父親、愛情深い母親、跡取りとして申し分ない兄、完璧な令嬢と名高い姉。
 そんな家族に溺愛され、真綿に包む様に育てられたのがマリアだ。

 誰もがマリアを愛し、誰もがマリアを敬い、誰もがマリアに恋をした。

 皆が皆、マリアのことを大切に育て、愛した。


 そんな生活が壊れたのはマリアが16歳の時。隣国の獣人が一年に一度だけやってくる日のことだった。

 隣国にいる獣人族は運命の番が見つかって無い場合、16歳を過ぎたものは年に一度各国を訪れることが許可されているのだ。
 
 理由は獣人が運命の番以外とは例え同族であっても子をなすことが出来ない事にある。

 この世界には 人間の国、エルフの国、ドワーフの国、魔族の国、獣人の国があり、異種族間での婚姻は不可能なのだが、獣人だけは可能なのである。
 なぜ獣人だけ可能なのか理由は知らない、ただ、大昔からそうであるが為、どの国の誰もが皆そんなものだと認識している。

 その獣人達がこの国にくる日、マリアは姉とその姉の婚約者である王太子殿下とその側近数名とお茶会をしていた。
 姉と王太子殿下は仲睦まじく、マリアは二人を眺め、ほう…と甘いため息を吐いていた。
 『私もいつかお姉様のように仲睦まじい婚約者が出来るといいな』と思いながら。
 そして、マリアの愛する姉が誰よりも幸せに暮らせます様にと。

 そんなマリアの様子を見て側近達は皆、顔を赤らめたり、頬を指で描いてみたり、視線を泳がせたり、胸を押さえたりしていた。
 
 そんな幸せな時間が今日で終わるなんて誰が思うだろうか?…もしもこの先の未来をこの場にいる誰か一人でも知っていたならば、あんな凄惨な未来は防げたかもしれない。けれどそれは所詮たらればであり、ありうべからざる未来だ。




 「あぁ、やっとみつけた、僕の運命の番…!」


 そう言って突然、お茶会に乱入してきた男はの手を取りその手の甲に熱いキスを贈った。
 そしてそのまま姉の手を引き、抱きしめ、口づけをしようとしたのである。

 突然の事に唖然とする姉を見てマリアは咄嗟に姉を自分の方へ引っ張った。
 それは妹として至極真っ当な事であり、この不躾な男から大切な姉を守るための行動だった。

 けれど、それが良くなかった。

 自身の愛する番の体を引っ張ったマリアの腕を、その男は何の躊躇いもなくのだ。

 突然愛する番が見知らぬ者に引っ張られたのだ。自国であれば番を横取りするなんて殺されても仕方がない事である。
 けれど、ここは他国である。その為、命までは取らなかった。これでも本人は女だからもあり譲歩したでいたのだ。

 けれど、ここにいる皆は獣人への知識が薄かった。
 いや、きちんと学んではいた。
 学んでは居たのだが、この男が獣人という事にまだ気が付いては居なかったのだ。
 いや、たとえ気が付いていたとしても、知識は知識としてしかなく、この国での常識の方が咄嗟に出たに過ぎない。

 突然現れた見知らぬ男性、その男性が無遠慮に姉に触った、姉を助けようとしたマリアの腕が
 
 
 姉のオフホワイトのドレスに、顔に、マリアの鮮血が飛び散る。
 自分の腕が切り落とされ倒れ全身を痙攣させながら叫ぶマリア。
 そんなマリアを呆然と見た後気絶する姉。

 側近の一人、騎士団長の息子がいち早くその男性を捕縛するために行動しようとするが、目にも止まらぬ速さで首を落とされる。舞い散る鮮血。
 マリアを止血しようと行動した側近の一人、魔道士団長の息子の腕が切られる。ただ動いたから切ったが、つがいに近づくためでは無いとわかった時点で興味を無くされる。
 そして次々に切られてゆく友人を見た側近の一人、宰相息子は動くことができず呆然とする。
 側近の一人、神殿長の息子は近くに居た王太子殿下を守るため、殿下を自身の背にゆっくりと隠した。
 王太子殿下はこの惨状になにも出来ず、何かあった時のために持たされていた魔道具で王宮にSOSを送った。


 男性は気絶してしまった運命の番を宝物の様に抱き上げた後、周りを一瞥し、その場から消え去った。

 その場に残された者たちは皆、2人が消えた後、王宮からやってきた騎士団や魔導士団が到着するまでその場から動けないでいたのだった。






 ⭐︎

 「いやよ、いやよいやよ、いやよいやよいやよいやよ、いやぁああああああ!」

 今日も姉の絶叫が部屋中にこだまする。

 あの日から一年、姉は精神を病み、起きている間は虚ろな目をして天井を見上げ、時々発作の様に叫ぶだけの毎日を過ごしていた。

 その姉の四肢は無く、お腹だけはぼってりと大きく、時々その表面がうごうごと動いていた。

 「愛してるよ。…はやく君の名前が知りたいよ、僕たちの愛の結晶も近々産まれるから、その子の名前も決めないとね?」

 そう言って姉を愛おしげに見つめる男性。

 「君が僕を望んだんだよ、君が望むから僕は君を運命の番と認めたんだよ?」

 そのつぶやきは誰に聞かせるためのものでもなく、ただ、寂しい夜の闇に消えていった。





 ⭐︎


 「獣人の言う運命の番ってのは呪いだよ。
 あれは誰も幸せになれない。多種族間だと特にだ。

 昔、獣人に運命の番が無かった頃、この世界は崩壊寸前だったらしい。

 獣人ってのはね、一夫多妻だったり、相手を食べてしまったりするものが多かったんだよ。

 ナワバリ争いも酷い上に、同種が数少ないからと多種族を攫ったりもしてたのさ。

 自分の子孫を残す為に他人の子を殺したりも平気でしていてね…
 それを女神様が運命の番と言うルールの様なものを作って止めたのさ。

 それから獣人は一夫一妻になり、相手を食べなくなり、ナワバリ争いも無くなり、子殺しも無くなり…と、そりゃあもう見違えるほど良くなったわけさ。

 けれどね、運命の番は多種族も範囲内だったわけさ。
 ただ、多種族の場合はその本人が強く愛情を求めていたり、自分の境遇を悲観している者だったりと、1と強く思っている者が選ばれる様だったのさ。

 …多分、女神様は良かれと思っての事だったんだろうね。
 確かにそれで救われた者もいたと思うさ。

 でもね、獣人は獣性を強く持っているからね、私達がよくわからない事で逆上したりするからね、皆が皆幸せになってるとは…私は思えないね。」



 マリアは砂糖菓子の様な女の子だ。
 誰からも愛され、誰からも大切にされる女の子。

 マリアの言う事を誰もが皆聞いてしまう。
 マリアが願った事は誰もが皆叶えてしまう。

 マリアはある日ふと思った。

 「物語の様な人生って楽しそうね!」と。

 そしてそのマリアの願いを聞き届けた邪神は自身が考えるマリアにとっての残酷な物語を作り上げ、その悲劇のヒロインにマリアをしてあげた。

 砂糖菓子のようなマリア。
 皆に愛されるマリア。
 邪神の愛し子。

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