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第一章
第0話 魔都の夜をニンジャが翔ける
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ライベルク国の首都である王都ルトリーザは大陸の中心部にあり、立地的に交易の中継地として栄えていて様々な品が集まっていた。
その為かルトリーザは東と西の文化が織り交ざった、他の都市では見受けられない独自の風習や特徴が多々あり、直接知らない他国の者にとっては混沌とした『魔都』などと呼ばれることもある特異な都市だった。
実際に不思議で不可解な出来事が起きるとして有名でもあるが、そこに住まう大半の住人にとってはそんな評判はあまり意味はなく他の都市と大差ない日々を過ごしている。
都市中央から少し外れた地区にある宿屋兼食堂の娘であるベルテにとっても、多少賑やかではあるが特に問題のない生まれ育った都市だった。その日までは。
日も完全に落ちすでに夜と言える時間帯、人気が全くない路地を必死に走りながらベルテはこうなってしまったことを恐怖し、後悔していた。
ベルテの家はルトリーザでもあまりない東の食材や料理を扱っているせいか、結構繁盛している店なので彼女も幼いころから手伝い、現在も看板娘として忙しい日々を送っていた。
ただ最近新しく手伝いに来てくれるようになった人が優秀でベルテも時間も時間を取れるようになり、その為か父親に頼まれて食材の卸問屋にお使いに行った際、そこの娘である同年代の友人と気が緩んでかつい長話をしてしまい、家路につこうとしたときにすっかり陽が落ちてしまったのだ。
いつもなら必ず日が暮れるまでに帰っていたので今頃家人も心配しているだろうと、普段はあまり通らない裏道を通り近道をしたのだがそれがいけなかった。
確かに戦乱の続いていた十年前までならともかく、その戦争を集結に導いた一人で英雄王として名高い現国王の治世になってからルトリーザ治安も格段によくなっていたので、女性の夜の一人歩きもそれほど問題ではなかった。
だがそれもあくまで表通りや人通りの多いところで、昼日中ならともかく夜の裏道は彼女のような若い娘が通るにはやはり危険だったのだ。
月明りだけはあったが薄暗く、ベルテは昼と夜ではこんなにも印象が違うのかという感想を抱きながら足早に過ぎ去ろうとしてきたとき、対面から大きめの荷車で大量の荷物を運んでいる集団がやってきた。
商人と使用人、そして護衛らしき十数人でこの道を通る自体は不思議ではないがこんな時間に? と少しだけ不審に思うベルテ。
当然向こうもベルテに気づいているが特に反応することもなく、近づくにつれ少し緊張したが結局何事もなくすれ違うことになる。
ほっとしたベルテだったが背後から聞こえてきた音に振り返ると、縛っていた縄が緩かったのか荷物が荷崩れを起こしていた。
「な、何ということだ! すぐに拾え!」
恰幅のいい商人の慌てぶりは大事な品を運んでいただけとは思えない取り乱しようで、崩れた荷物はベルテから見てもごく普通の品に見えたのだが一つだけ見慣れない、麻袋からこぼれている何やら青い粉のようなものがあった。
他には目もくれず尋常ではない様子で青い粉を拾い集めている中、こちらを見ているトルテの存在に気づくと、一気に剣呑な雰囲気が漂い始める。
その青い粉が何なのかは解らないが、様子から見てはいけない物を見てしまったということだけはベルテにも理解できた。
「おい、そこの……」
話しかけてきた商人の言葉を最後まで聞くことなくは走り出す。すると背後から複数の追いかけてくる足音が聞こえ自分の判断が正しかったことは解ったが問題は逃げきれるかどうかだ。
この時にまだ人気のある表通りまで行くことができれば良かったのだが、慣れない道なのと明かりの少ない夜道、何より身の危険を感じて冷静な判断ができなかったことがベルテの不運で曲がり角を一つ間違えてしまったのだ。
元々複雑に入り組んで慣れない者にとっては迷路のような区域で、あっという間に自分がどこにいるか解らなくなってしまうベルテ。
そして最悪なことに三方を囲まれた袋小路に行きついてしまう。
「そんな……」
急ぎ引き返そうとしたが、振り返るとそこには追いかけ来た革鎧と剣で武装した護衛の六人に囲まれてしまい逃げ場が無くなる。
ベルテは恐怖に怯えた顔で後ずさるが、すぐに背が壁にぶつかってしまいどうしようもなくなってしまう。
「運が悪かったな、大人しく……」
リーダー格らしき男がベルテを捕まえようと一歩踏み出したその時、今度は男たちの背後で大きな物音がする。
六人が一斉に振り返るとそこにいたのは一匹の猫、道端に積み上げられていた雑多な荷物ともゴミとも区別のつかないものを崩したの音だったようだ。
このルトリーザでは保存してある食糧を食い荒らしたり病を運ぶこともあるネズミを狩ってくれるので飼い猫は多く、その分野良猫もあちこちで見かけるので男たちはすぐさま興味を無くす。
ただリーダー格の男は見慣れない柄の猫で気のせいか目が合った際にこちらをみる視線に妙なふてぶてしさを感じとり少し気にかかったのだが、仲間の叫びのような声に思考は掻き消される。
「い、いない!?」
ベルテの姿が無くなっていた。
人の背丈の倍はある壁際に六人で囲むように追い込んでいて目を離したのはほんの数秒、これで姿を見失うなどありえない。ありえないはずなのに煙のように消えているのだ。
「どこに行った!?」
周りを見回していると、そのうち一人が何かを見つけたように近くの建物の屋根の上を見て固まってしまう。
「何だ……あれ?」
呆然とした声で、仲間達がその視線を追うと同じように全員が絶句してしまう。それほど目を疑う光景だった。
屋根の上では月を背後にこちらを見下ろす格好で男が一人、探していた少女を横抱きにして立っていたのだ。
それだけならば理解できるのが、解らないのは男の姿格好だ。
全身は黒紫の服で何かしらの神獣をかたどったと思われる手甲や脚甲に額当て、胸元からはチェーンメイルらしきものがのぞいており妙な形の剣を背負っている。
顔の下半分は服と同じ布で覆っておりその人相は解らないが、唯一覗かせている目元から向けられる視線は鋭かった。
その姿は知る者がいればこう言っただろう、ニンジャと。
だがこの世界にニンジャは存在しないので謎の男でしかなく、だからこそ奇異で何者かが理解できずにいたのだが、一目見れば忘れることのない異装はどこか惹かれ、まるで一枚の絵になるかのような光景でもあった。
これは横抱きにされているベルテも同じで、呆気にとられた顔で自分を抱えている謎の男を見ている。
「な、なんだお前は!?」
「怪しい奴め! 降りてこい!」
ようやく我に返った男たちが、自分のことを棚に上げ声をあげる。
「……ここで待っていろ」
謎の男――ニンジャはそう言ってベルテを屋根の上に下ろすと、男たちに向って跳んだ。
ふわりと宙を舞うかの様な、羽でも生えていて飛んでいるのではないかと錯覚するような跳躍。
そしてニンジャは宙に舞っている最中に懐に手をやり、そこから何かしらの飛び道具を放つ。
「ぐあっ!?」
小型の刃物を投擲したようで、あっという間に四人が剣を落として腕を押さえてうずくまってしまう。
殺傷能力はそれほど高くないだろうが瞬時に、しかも空中から四人に当てたその命中性と連射性は脅威の一言だった。
「な、投げナイフか!?」
「手裏剣だ」
ニンジャは誰にも聞こえないくらいの声で訂正して少し離れた所に着地したかと思うと、ばね仕掛けに様に地を蹴り一瞬にして無傷だった男に距離を詰めてそのまま腹部へと拳を叩きこむ。
迫られた男は手にした剣で反撃どころか、瞬きすることすらできない反応差で腹に一撃を食らってくず折れる。
こうしてほとんど一瞬で五人が戦闘不能になり、残されたのはリーダー格の男だけだ。
だが無傷でも出来ることなどない。これでも戦いを生業とするからこそ解る、圧倒的で絶望的なまでの戦力の差だった。
そして何故自分だけが残されていたかの理由も解る、この命令をするためだと。
「ひ、退くぞ!」
幸い自分たちを見逃してくれるようなので、ここは命あっての物種だ。
その言葉と共に腹を押さえてのたうち回って動けない仲間に肩を貸し、腕を押さえていた者達も剣を拾い一目散に逃げだす。
「お、覚えてろ!」
見事なまでの捨て台詞を吐き捨て、六人は這う這うの体で逃げていった。
「あ、あの……」
連中が完全に見えなくなってからベルテが恐る恐るといった感じで屋根の上から声をかける。
手を出されないよう念のため屋根の上に置いて行かれたのだとは解るが、このまま放置されても困るのだ。
当然そのままにするつもりは無い様で、ニンジャは軽く跳んだかと思うと屋根の上まで飛び上がりベルテの隣にと着地する。
「怪我はないな」
「は、はい……あの……その……」
何と声をかけていいのか解らなかった。
助けてくれたのは間違いないのだがあまりに正体不明だし、顔も見えないので怒っているのか笑っているのかさえ解らないのだ。
「た……助けていただいて、ありがとうございました!」
ただこの状況ではお礼を言うべきだと、意を決するベルテ。
「気にするな……奴らが戻ってこないとも限らない、念のため家の近くまで送ろう。立てるか?」
「は、はい……あれ?」
屋根の上ということもあってへたり込んでいたので、立ち上がろうとしたのだが腰が砕けたかのように中々立ち上がれないベルテを、ニンジャは再び横抱きに抱え上げる。
「行くぞ」
何か言いたげなベルテには一切構わずそのまま跳躍する。
「わ、わわ!?」
今まで経験したことのない浮遊感にベルテは思わずしがみついてしまうが、ニンジャは気にせず人一人を抱えているというのにまるで重さを感じさせない動きで、家々の屋根を跳んで移動していく。
月夜の中、抱きかかえられたまま空を飛んでいるかのようで、星々の光や遠くには繁華街の明かりも見える幻想的ともいえる光景にベルテは先ほどまでの命の危険も忘れ、これが夢か現実かさえ区別がつかなくなる。
「あの……名前を聞いてもいいですか?」
自分の常識からかけ離れたことばかりでしばらく放心していたベルテだが、やがて自分の家が近くなるのが解ると少しだけ心に余裕が出てきたので恩人の名前を聞こうとする。
「……ライバ」
簡潔にそう答えたあと、ニンジャは再び跳躍した。
その為かルトリーザは東と西の文化が織り交ざった、他の都市では見受けられない独自の風習や特徴が多々あり、直接知らない他国の者にとっては混沌とした『魔都』などと呼ばれることもある特異な都市だった。
実際に不思議で不可解な出来事が起きるとして有名でもあるが、そこに住まう大半の住人にとってはそんな評判はあまり意味はなく他の都市と大差ない日々を過ごしている。
都市中央から少し外れた地区にある宿屋兼食堂の娘であるベルテにとっても、多少賑やかではあるが特に問題のない生まれ育った都市だった。その日までは。
日も完全に落ちすでに夜と言える時間帯、人気が全くない路地を必死に走りながらベルテはこうなってしまったことを恐怖し、後悔していた。
ベルテの家はルトリーザでもあまりない東の食材や料理を扱っているせいか、結構繁盛している店なので彼女も幼いころから手伝い、現在も看板娘として忙しい日々を送っていた。
ただ最近新しく手伝いに来てくれるようになった人が優秀でベルテも時間も時間を取れるようになり、その為か父親に頼まれて食材の卸問屋にお使いに行った際、そこの娘である同年代の友人と気が緩んでかつい長話をしてしまい、家路につこうとしたときにすっかり陽が落ちてしまったのだ。
いつもなら必ず日が暮れるまでに帰っていたので今頃家人も心配しているだろうと、普段はあまり通らない裏道を通り近道をしたのだがそれがいけなかった。
確かに戦乱の続いていた十年前までならともかく、その戦争を集結に導いた一人で英雄王として名高い現国王の治世になってからルトリーザ治安も格段によくなっていたので、女性の夜の一人歩きもそれほど問題ではなかった。
だがそれもあくまで表通りや人通りの多いところで、昼日中ならともかく夜の裏道は彼女のような若い娘が通るにはやはり危険だったのだ。
月明りだけはあったが薄暗く、ベルテは昼と夜ではこんなにも印象が違うのかという感想を抱きながら足早に過ぎ去ろうとしてきたとき、対面から大きめの荷車で大量の荷物を運んでいる集団がやってきた。
商人と使用人、そして護衛らしき十数人でこの道を通る自体は不思議ではないがこんな時間に? と少しだけ不審に思うベルテ。
当然向こうもベルテに気づいているが特に反応することもなく、近づくにつれ少し緊張したが結局何事もなくすれ違うことになる。
ほっとしたベルテだったが背後から聞こえてきた音に振り返ると、縛っていた縄が緩かったのか荷物が荷崩れを起こしていた。
「な、何ということだ! すぐに拾え!」
恰幅のいい商人の慌てぶりは大事な品を運んでいただけとは思えない取り乱しようで、崩れた荷物はベルテから見てもごく普通の品に見えたのだが一つだけ見慣れない、麻袋からこぼれている何やら青い粉のようなものがあった。
他には目もくれず尋常ではない様子で青い粉を拾い集めている中、こちらを見ているトルテの存在に気づくと、一気に剣呑な雰囲気が漂い始める。
その青い粉が何なのかは解らないが、様子から見てはいけない物を見てしまったということだけはベルテにも理解できた。
「おい、そこの……」
話しかけてきた商人の言葉を最後まで聞くことなくは走り出す。すると背後から複数の追いかけてくる足音が聞こえ自分の判断が正しかったことは解ったが問題は逃げきれるかどうかだ。
この時にまだ人気のある表通りまで行くことができれば良かったのだが、慣れない道なのと明かりの少ない夜道、何より身の危険を感じて冷静な判断ができなかったことがベルテの不運で曲がり角を一つ間違えてしまったのだ。
元々複雑に入り組んで慣れない者にとっては迷路のような区域で、あっという間に自分がどこにいるか解らなくなってしまうベルテ。
そして最悪なことに三方を囲まれた袋小路に行きついてしまう。
「そんな……」
急ぎ引き返そうとしたが、振り返るとそこには追いかけ来た革鎧と剣で武装した護衛の六人に囲まれてしまい逃げ場が無くなる。
ベルテは恐怖に怯えた顔で後ずさるが、すぐに背が壁にぶつかってしまいどうしようもなくなってしまう。
「運が悪かったな、大人しく……」
リーダー格らしき男がベルテを捕まえようと一歩踏み出したその時、今度は男たちの背後で大きな物音がする。
六人が一斉に振り返るとそこにいたのは一匹の猫、道端に積み上げられていた雑多な荷物ともゴミとも区別のつかないものを崩したの音だったようだ。
このルトリーザでは保存してある食糧を食い荒らしたり病を運ぶこともあるネズミを狩ってくれるので飼い猫は多く、その分野良猫もあちこちで見かけるので男たちはすぐさま興味を無くす。
ただリーダー格の男は見慣れない柄の猫で気のせいか目が合った際にこちらをみる視線に妙なふてぶてしさを感じとり少し気にかかったのだが、仲間の叫びのような声に思考は掻き消される。
「い、いない!?」
ベルテの姿が無くなっていた。
人の背丈の倍はある壁際に六人で囲むように追い込んでいて目を離したのはほんの数秒、これで姿を見失うなどありえない。ありえないはずなのに煙のように消えているのだ。
「どこに行った!?」
周りを見回していると、そのうち一人が何かを見つけたように近くの建物の屋根の上を見て固まってしまう。
「何だ……あれ?」
呆然とした声で、仲間達がその視線を追うと同じように全員が絶句してしまう。それほど目を疑う光景だった。
屋根の上では月を背後にこちらを見下ろす格好で男が一人、探していた少女を横抱きにして立っていたのだ。
それだけならば理解できるのが、解らないのは男の姿格好だ。
全身は黒紫の服で何かしらの神獣をかたどったと思われる手甲や脚甲に額当て、胸元からはチェーンメイルらしきものがのぞいており妙な形の剣を背負っている。
顔の下半分は服と同じ布で覆っておりその人相は解らないが、唯一覗かせている目元から向けられる視線は鋭かった。
その姿は知る者がいればこう言っただろう、ニンジャと。
だがこの世界にニンジャは存在しないので謎の男でしかなく、だからこそ奇異で何者かが理解できずにいたのだが、一目見れば忘れることのない異装はどこか惹かれ、まるで一枚の絵になるかのような光景でもあった。
これは横抱きにされているベルテも同じで、呆気にとられた顔で自分を抱えている謎の男を見ている。
「な、なんだお前は!?」
「怪しい奴め! 降りてこい!」
ようやく我に返った男たちが、自分のことを棚に上げ声をあげる。
「……ここで待っていろ」
謎の男――ニンジャはそう言ってベルテを屋根の上に下ろすと、男たちに向って跳んだ。
ふわりと宙を舞うかの様な、羽でも生えていて飛んでいるのではないかと錯覚するような跳躍。
そしてニンジャは宙に舞っている最中に懐に手をやり、そこから何かしらの飛び道具を放つ。
「ぐあっ!?」
小型の刃物を投擲したようで、あっという間に四人が剣を落として腕を押さえてうずくまってしまう。
殺傷能力はそれほど高くないだろうが瞬時に、しかも空中から四人に当てたその命中性と連射性は脅威の一言だった。
「な、投げナイフか!?」
「手裏剣だ」
ニンジャは誰にも聞こえないくらいの声で訂正して少し離れた所に着地したかと思うと、ばね仕掛けに様に地を蹴り一瞬にして無傷だった男に距離を詰めてそのまま腹部へと拳を叩きこむ。
迫られた男は手にした剣で反撃どころか、瞬きすることすらできない反応差で腹に一撃を食らってくず折れる。
こうしてほとんど一瞬で五人が戦闘不能になり、残されたのはリーダー格の男だけだ。
だが無傷でも出来ることなどない。これでも戦いを生業とするからこそ解る、圧倒的で絶望的なまでの戦力の差だった。
そして何故自分だけが残されていたかの理由も解る、この命令をするためだと。
「ひ、退くぞ!」
幸い自分たちを見逃してくれるようなので、ここは命あっての物種だ。
その言葉と共に腹を押さえてのたうち回って動けない仲間に肩を貸し、腕を押さえていた者達も剣を拾い一目散に逃げだす。
「お、覚えてろ!」
見事なまでの捨て台詞を吐き捨て、六人は這う這うの体で逃げていった。
「あ、あの……」
連中が完全に見えなくなってからベルテが恐る恐るといった感じで屋根の上から声をかける。
手を出されないよう念のため屋根の上に置いて行かれたのだとは解るが、このまま放置されても困るのだ。
当然そのままにするつもりは無い様で、ニンジャは軽く跳んだかと思うと屋根の上まで飛び上がりベルテの隣にと着地する。
「怪我はないな」
「は、はい……あの……その……」
何と声をかけていいのか解らなかった。
助けてくれたのは間違いないのだがあまりに正体不明だし、顔も見えないので怒っているのか笑っているのかさえ解らないのだ。
「た……助けていただいて、ありがとうございました!」
ただこの状況ではお礼を言うべきだと、意を決するベルテ。
「気にするな……奴らが戻ってこないとも限らない、念のため家の近くまで送ろう。立てるか?」
「は、はい……あれ?」
屋根の上ということもあってへたり込んでいたので、立ち上がろうとしたのだが腰が砕けたかのように中々立ち上がれないベルテを、ニンジャは再び横抱きに抱え上げる。
「行くぞ」
何か言いたげなベルテには一切構わずそのまま跳躍する。
「わ、わわ!?」
今まで経験したことのない浮遊感にベルテは思わずしがみついてしまうが、ニンジャは気にせず人一人を抱えているというのにまるで重さを感じさせない動きで、家々の屋根を跳んで移動していく。
月夜の中、抱きかかえられたまま空を飛んでいるかのようで、星々の光や遠くには繁華街の明かりも見える幻想的ともいえる光景にベルテは先ほどまでの命の危険も忘れ、これが夢か現実かさえ区別がつかなくなる。
「あの……名前を聞いてもいいですか?」
自分の常識からかけ離れたことばかりでしばらく放心していたベルテだが、やがて自分の家が近くなるのが解ると少しだけ心に余裕が出てきたので恩人の名前を聞こうとする。
「……ライバ」
簡潔にそう答えたあと、ニンジャは再び跳躍した。
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