異世界生活の送り方を間違えている気がする?

香奈恵

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四章 椿蓮

百三話 ミスト

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砂埃と煙で城壁の方は霞んで見える。巨大な氷の槍が突き刺さり、暫くして崩壊が落ち着いた頃、壁の向こう側に夕陽が見えた。

『カン』と音がした。
『カン』もう一度音がする。
乾いた金属音が響く。

ふと足元を見ると、鮮やかな赤が足元へ流れてきた。すぐにそちらを向く。

「マルク!?」

頭と胸に空いた穴から血が流れ出ている。さっきの音…剣が──、

「隠れてっ!」

エルメスに押されて、城壁と反対側にある路地に飛び込んだ。足を何かが掠めたかと思うと、バチンと音がしてアキレス腱から血が吹き出した。

「ぐあっっ! まさか…!」

さっきいた場所を見ると、金属音と共に地面がどんどん抉られているのが見えた。しかし、その元である剣が全く見えない。だが彼の仕業というのは分かる。

「殺せなかったみたいですね」

「…くそ」

向かいにある店のガラスに写った城壁側を見る。
砂塵の晴れた先に彼はいた。血溜まりの中に倒れ込み、ボロボロの肉体の傷からは黒いもやが渦巻いている。そしてうつ伏せの彼の目はしっかりとこちらを見つめていた。

「最悪だ…僕の未熟で…」

「ミスト様…」

殺しきれなかった。ツバキの損傷はあまりに大きい。今まで以上の強さ、僕らだけでは確実に負けるだろう。
ネガティブな事ばかりが頭を支配する。

「だめだ、戦うんだ…」

不安定になりそうな心情に被せるように呟く。

「ミスト様」

「…ん」

エルメスが真剣な目で見つめてくる。
城内で通りすがる度に目を惹かれる、鮮やかで流水のように滑らかな青髪は砂埃や泥で汚れ、ささくれてはいたが、その美麗さを保っていた。

ふと、思い出した。エルメスが城へ仕えるようになった時のことを。貧困者の闘技大会で優勝した彼女を軍へ迎え入れたのは父さんだ。それに恩義を感じたのか強く忠誠を誓っており、父の命令であれば命に変えても遂行する。
それに背く事など、今まで一度とも無かった。

「逃げましょう」

簡潔に、そう一言。

「なっ…」「命令を、放棄するのか?」

「そんな事は言ってません」

目を見つめたまま、エルメスはハッキリとした声で言う。

「彼との交戦を避け、王国の民を追いましょう。彼と直接戦うよりは難しくありません」
「あくまで目的は術の発動。自動発動までに…」

「自動発動なんてしないさ」

「えっ?」

「調べたらすぐに分かる。それは父さんが急かすためについた嘘だ」

「!? ならどうして」

エルメスの疑問は最もだ。自動発動しないのならば今急ぐ必要は無い。この先時間をかけて、何代にも渡って命を集めればいい。

ならどうして父さんは急かしたのか。今日発動させることにこだわったのか。

「きっと、父さんは継承した時自分の余命を知ったんだ」
「見たかったんだよ、術の発動を」

「でももうルーク様は」

「ああ。もう急ぐ理由はない…けど」
「どうせ今逃げたって、この先意志をまた継いでいったって…あいつは追ってくる。あいつだけじゃない。魔王軍もだ」

「それは…」

「ここでケリを付けるんだ。次に託すなんて、それじゃ駄目なんだよ。この戦いは王国の意志によって出来てるけど、言ってしまえば我儘なんだ」

これはまさか初めから思っていた事じゃない。
それに気付かされたのはさっきだ。皮肉か、ツバキによって。

「僕が全部背負って、あいつを殺したら全て終わる。もう王国は人なんて殺さない」

意思は継ぐ。それは絶対だ。それだけは曲げない。
今日意志を達成する事に父さんは命を捧げた。ほかの兵士も。
だからそれを裏切るつもりはない。

「エルメスは逃げなよ。彼にあんたを追う理由はない」

「………死ぬ気なのですか?」

「そんな訳ないだろ」

そう言いながら地下水路の蓋を開けた。階段が続いている。ここを進めば、城壁の下を通って外へ出ることができる。

「ありがとう。長年仕えてくれて」
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