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四章 椿蓮
百三十三話 メグリとコア
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「…ゴホッ…っ」
肺から絞り出すように息を吐くと、それに伴って少しづつ感覚が戻ってきた。
強い衝撃と共に吹っ飛ばされ、地面に着地したかと思うと下は深く沈みこんでメグリの体を包み込んだ。
決して心地よいものでは無い。表面はぬかるみ、柔らかい。これがグロウリーの肉体だと気付くのに時間はさほどかからなかった。
爆発よりもタチが悪い。
酸を伴う肉体の急速な生成は街をまるごと飲み込み、火に水を垂らしたようなジュワッという音と共に城壁を、家屋を溶かしてゆく。
街ひとつがグロウリーと化したようだった。
「リンさんは……成功、したんだ」
傍にはリンがいなかった。直前でリンだけ転移させた。間に合ったようで良かったと胸を撫で下ろす。
暗闇だが、ぬかるむ肉の表面は月の光を反射していた。前方に一際輝くものが見えた。微かに動いている。
「流石シリウス…回復してる」
酸で皮膚が溶かされてはシリウスで回復するのを繰り返してるからか、鋭い痛みが肉に触れている下半身に流れる。
クッションの様な肉から足を上げ、踏み出した。足が取られて歩きづらい。
踏み込む毎に痛みが走る。肉から滲み出す酸はメグリの精神を少しづつ削ってゆく。
「痛い…ダメだ、耐えないと…行かないと…」
シリウスで傷は癒せても、疲労や精神的なダメージはどうにもならない。痛みと疲労に耐えていると、段々目に白みがかかる様に意識が飛びそうになる。
「最後なんだ、これさえ終われば」
何人が、この為に犠牲になっただろう。きっと私が知ってる以上に沢山の人が死んでる。そして私はその上に立って今対峙している。
長い時間をかけ、メグリはコアが見える位置まで辿り着いた。肉に半分埋もれたそれは全く動かない。
「…あ…」
その顔、ツバキさんだ。
真っ黒だが、顔はツバキさんにそっくりだった。魔王の剣から生成されたものだからと理屈はわかるしそれに対して感情が湧くはずもない…と思ったが。
「…ツバキ…さ…」
だらんと下ろした手に、シリウスを出現させる。
そしてそれを両手で持ち、喉元のヒビの部分にあてがう。
「返してよ…」
抑えていたものが、無意識にも近く喉の奥から発せられる。
「ツバキさんを、クロメさんを、私達を……」
剣はヒビから入り、コアの首を貫通した。
コアは目を見開き、メグリと目が合った。口元を微かに動かすが、声は出さなかった。
静寂の中、グロウリーの掠れた呻き声が響く。深呼吸をするように身体を動かしながら───やがて、その動きも止まった。
「…ツバキさん、クロメさん」
グロウリーの肉から滲み出す酸は段々と中和されているのか、痛みが少なくなってきた。
ジュウゥ…、と肉が溶けるように少しづつ表面から消滅してゆく。
「───私、今なら分かります。パラダイスにすがる人達の心が」
メグリはどさっと肉の上へ仰向けに倒れ込んだ。星空と月が光っている。周りからは煙のようなものが立ち上る。
「きっと…自らが理想としていたものは思ったより遠くて、いつしかその道さえ消えちゃって…」
「どうしようもないから、理想で固めた存在に依存するんです」
メグリは瞼が重たくなってくるのを感じた。
「ツバキさんが今幸せなら、私も良かったんだけどな」
───やっぱり、ワガママなんだろうな。自分の傍にいて欲しいっていうのは。
「あなたは…私のそばにいたいと、思ってますか」
もう届かない場所にいるツバキさんに、そう一言聞きたい。期待した答えは貰えなさそうだけど。
「お疲れ様です」
星空を遮って、メグリの顔を覗き込んだのはクルト、そしてリンだった。
「帰りましょう。メグリさん」
肺から絞り出すように息を吐くと、それに伴って少しづつ感覚が戻ってきた。
強い衝撃と共に吹っ飛ばされ、地面に着地したかと思うと下は深く沈みこんでメグリの体を包み込んだ。
決して心地よいものでは無い。表面はぬかるみ、柔らかい。これがグロウリーの肉体だと気付くのに時間はさほどかからなかった。
爆発よりもタチが悪い。
酸を伴う肉体の急速な生成は街をまるごと飲み込み、火に水を垂らしたようなジュワッという音と共に城壁を、家屋を溶かしてゆく。
街ひとつがグロウリーと化したようだった。
「リンさんは……成功、したんだ」
傍にはリンがいなかった。直前でリンだけ転移させた。間に合ったようで良かったと胸を撫で下ろす。
暗闇だが、ぬかるむ肉の表面は月の光を反射していた。前方に一際輝くものが見えた。微かに動いている。
「流石シリウス…回復してる」
酸で皮膚が溶かされてはシリウスで回復するのを繰り返してるからか、鋭い痛みが肉に触れている下半身に流れる。
クッションの様な肉から足を上げ、踏み出した。足が取られて歩きづらい。
踏み込む毎に痛みが走る。肉から滲み出す酸はメグリの精神を少しづつ削ってゆく。
「痛い…ダメだ、耐えないと…行かないと…」
シリウスで傷は癒せても、疲労や精神的なダメージはどうにもならない。痛みと疲労に耐えていると、段々目に白みがかかる様に意識が飛びそうになる。
「最後なんだ、これさえ終われば」
何人が、この為に犠牲になっただろう。きっと私が知ってる以上に沢山の人が死んでる。そして私はその上に立って今対峙している。
長い時間をかけ、メグリはコアが見える位置まで辿り着いた。肉に半分埋もれたそれは全く動かない。
「…あ…」
その顔、ツバキさんだ。
真っ黒だが、顔はツバキさんにそっくりだった。魔王の剣から生成されたものだからと理屈はわかるしそれに対して感情が湧くはずもない…と思ったが。
「…ツバキ…さ…」
だらんと下ろした手に、シリウスを出現させる。
そしてそれを両手で持ち、喉元のヒビの部分にあてがう。
「返してよ…」
抑えていたものが、無意識にも近く喉の奥から発せられる。
「ツバキさんを、クロメさんを、私達を……」
剣はヒビから入り、コアの首を貫通した。
コアは目を見開き、メグリと目が合った。口元を微かに動かすが、声は出さなかった。
静寂の中、グロウリーの掠れた呻き声が響く。深呼吸をするように身体を動かしながら───やがて、その動きも止まった。
「…ツバキさん、クロメさん」
グロウリーの肉から滲み出す酸は段々と中和されているのか、痛みが少なくなってきた。
ジュウゥ…、と肉が溶けるように少しづつ表面から消滅してゆく。
「───私、今なら分かります。パラダイスにすがる人達の心が」
メグリはどさっと肉の上へ仰向けに倒れ込んだ。星空と月が光っている。周りからは煙のようなものが立ち上る。
「きっと…自らが理想としていたものは思ったより遠くて、いつしかその道さえ消えちゃって…」
「どうしようもないから、理想で固めた存在に依存するんです」
メグリは瞼が重たくなってくるのを感じた。
「ツバキさんが今幸せなら、私も良かったんだけどな」
───やっぱり、ワガママなんだろうな。自分の傍にいて欲しいっていうのは。
「あなたは…私のそばにいたいと、思ってますか」
もう届かない場所にいるツバキさんに、そう一言聞きたい。期待した答えは貰えなさそうだけど。
「お疲れ様です」
星空を遮って、メグリの顔を覗き込んだのはクルト、そしてリンだった。
「帰りましょう。メグリさん」
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