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四章 椿蓮
最終話 楽園と異世界
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車から降り、アスファルトに足をつく。
快晴だが奥の方には灰色の雲が見える。風は生暖かく、冬から春に変わる時期だと実感した。
「またここ? 飽きないね~」
「飽きるとか、そういうのじゃないんだよ。それに今日で最後になる」
「へえ…毎回何してるのかと思ってたけどほんと何してんの?」
「…別にいいだろ」
「はあ…いつか、絶対聞かせてよね」
「ああ」
「車で待ってるが、どれくらいかかりそうだ?」
父さんがシートに肘をかけて言う。
「すぐ終わるよ」
ツバキは後ろを見ずに、一直線に歩き出す。目的の場所は少し離れているが、慣れた道だ。
あれ以来、テスト明け等思い立った時に来るようにしている。何か目的があるわけでもなく…強いて言えば、区切りを付けるためだろうか。
「まあ、区切りつけるとか言ってなんだかんだ高校卒業にまで来ちゃってんだよな…」
あっちの世界はあっちの世界、こっちの世界はこっちの世界。そして俺はこの世界で生まれた、この世界の人間だ。
未練は捨てて、もう前を向かないと…。そう考えて3年、結局未練は捨てきれていない。
未練が強くなってくのに対し、自分の記憶にあるあの世界は段々薄れていくのを感じた。白いモヤがかかった、まるで夢みたいに。
───きっといつか、この思い出も夢みたいになって忘れていくんだろうな。
それは仕方の無い事なのだが、怖かった。
たった数年しかいなかった世界だが、俺はあの世界に行ったから今ここにいる。元々死ぬつもりだったんだから。
崖が見えてきた。3年前から何も変わらない。
崖から手前に15メートル程の所に、木の柵が張られている。ただ簡易的なもので、乗り越えようと思えば小学生でも出来るようなものだ。
そこに、俺の姿が重なって見えた。崖の下を覗き込み、地面に手と膝をついて……
「は?」
いや、本当にいるじゃんか。青色の服を着た人が、柵の向こう側で膝をついている。
「おい…前の俺かよ」
自殺志願者か。この崖ではそういう事故は今まで1度も無かったんだから勘弁してやれよ…。
「おーい!」
声を掛けようとするが、風に音が掻き消される。仕方が無いので、周りに人が居ないのを確認して柵を乗り越えて近付いていった。
「おい、あんた…」
肩に手を置き、声を掛けた。
そして───彼女と目が合った。
幼い顔つきで赤茶色の髪、金色の髪飾り。
ビクッ、と身体が跳ね、彼女が後ろへ倒れかかる。
ツバキは咄嗟に肩を手で支えた。
顔が近付く。そしてツバキの目は、彼女の容姿をしっかりと覚えていた。少し成長してはいるが、間違えはない。
「………お前は」
目は理解していても、脳は混乱して動かない。大量の感情が流れ込んできて、パンクしたみたいに。
「……ぁ」
彼女も口を開いた。俺と同じように混乱しているのだろう。少し口をパクパクさせてから、微かな声で言った。
「…やっと………」
彼女の目から涙が溢れてくる。
「……見つけた……っ…」
「……メグリ…」
ようやく、俺の思考がその名前を言葉に押し出してきた。それだけだった。
未練。
そうだ。あれだけ、自嘲するほどに未練を引きずっていた俺。その未練ってなんだ?
俺はあの世界で…何を、やり残したんだ?
「言いたい事…も、聞きたいことも……全部、飛んでいきました…」
メグリが涙声でそう言う。俺はまだ全然整理出来てないのに、彼女は受け入れたかのように手を伸ばしてきた。
「…嬉しいです」
そう呟き、彼女は微笑んだ。
俺は何か言おうと、必死に頭を回転させ、言葉を発そうとしたが──
──喉の奥からは、掠れた声が漏れるだけだった。
【完】
快晴だが奥の方には灰色の雲が見える。風は生暖かく、冬から春に変わる時期だと実感した。
「またここ? 飽きないね~」
「飽きるとか、そういうのじゃないんだよ。それに今日で最後になる」
「へえ…毎回何してるのかと思ってたけどほんと何してんの?」
「…別にいいだろ」
「はあ…いつか、絶対聞かせてよね」
「ああ」
「車で待ってるが、どれくらいかかりそうだ?」
父さんがシートに肘をかけて言う。
「すぐ終わるよ」
ツバキは後ろを見ずに、一直線に歩き出す。目的の場所は少し離れているが、慣れた道だ。
あれ以来、テスト明け等思い立った時に来るようにしている。何か目的があるわけでもなく…強いて言えば、区切りを付けるためだろうか。
「まあ、区切りつけるとか言ってなんだかんだ高校卒業にまで来ちゃってんだよな…」
あっちの世界はあっちの世界、こっちの世界はこっちの世界。そして俺はこの世界で生まれた、この世界の人間だ。
未練は捨てて、もう前を向かないと…。そう考えて3年、結局未練は捨てきれていない。
未練が強くなってくのに対し、自分の記憶にあるあの世界は段々薄れていくのを感じた。白いモヤがかかった、まるで夢みたいに。
───きっといつか、この思い出も夢みたいになって忘れていくんだろうな。
それは仕方の無い事なのだが、怖かった。
たった数年しかいなかった世界だが、俺はあの世界に行ったから今ここにいる。元々死ぬつもりだったんだから。
崖が見えてきた。3年前から何も変わらない。
崖から手前に15メートル程の所に、木の柵が張られている。ただ簡易的なもので、乗り越えようと思えば小学生でも出来るようなものだ。
そこに、俺の姿が重なって見えた。崖の下を覗き込み、地面に手と膝をついて……
「は?」
いや、本当にいるじゃんか。青色の服を着た人が、柵の向こう側で膝をついている。
「おい…前の俺かよ」
自殺志願者か。この崖ではそういう事故は今まで1度も無かったんだから勘弁してやれよ…。
「おーい!」
声を掛けようとするが、風に音が掻き消される。仕方が無いので、周りに人が居ないのを確認して柵を乗り越えて近付いていった。
「おい、あんた…」
肩に手を置き、声を掛けた。
そして───彼女と目が合った。
幼い顔つきで赤茶色の髪、金色の髪飾り。
ビクッ、と身体が跳ね、彼女が後ろへ倒れかかる。
ツバキは咄嗟に肩を手で支えた。
顔が近付く。そしてツバキの目は、彼女の容姿をしっかりと覚えていた。少し成長してはいるが、間違えはない。
「………お前は」
目は理解していても、脳は混乱して動かない。大量の感情が流れ込んできて、パンクしたみたいに。
「……ぁ」
彼女も口を開いた。俺と同じように混乱しているのだろう。少し口をパクパクさせてから、微かな声で言った。
「…やっと………」
彼女の目から涙が溢れてくる。
「……見つけた……っ…」
「……メグリ…」
ようやく、俺の思考がその名前を言葉に押し出してきた。それだけだった。
未練。
そうだ。あれだけ、自嘲するほどに未練を引きずっていた俺。その未練ってなんだ?
俺はあの世界で…何を、やり残したんだ?
「言いたい事…も、聞きたいことも……全部、飛んでいきました…」
メグリが涙声でそう言う。俺はまだ全然整理出来てないのに、彼女は受け入れたかのように手を伸ばしてきた。
「…嬉しいです」
そう呟き、彼女は微笑んだ。
俺は何か言おうと、必死に頭を回転させ、言葉を発そうとしたが──
──喉の奥からは、掠れた声が漏れるだけだった。
【完】
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