機神の適合者

鐡大和

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学園編

第二話『決闘と記憶』

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急いで入ってきた大和と灰が龍哉によりスキャナーへ投げ込まれる
そのまま扉が閉まり、何事も無かったかのようにスキャン作業が始まった
肩で息をしている龍哉へ、あとから歩いてきた天照が声をかける
「すまんのう龍哉よ、少しばかり時間がかかってしもうた。」
「いや、今まで適合のアレやってたんだろ?時間がかかるのはまぁ分かんだがよ」
そこまで言った龍哉がスキャナーに表示される数値の1箇所を指差し、問いかける
「ここの、『体内ナノマシン種:6』ってのはどういうことだ?」
その質問にそんなことは無いと言うように
「はて、何のことかのぅ。それの調子が悪いんじゃないのかえ?」
と普段と変わらない口調ではあるものの、その言葉はある種の威圧を有していた
『それ以上は踏み込まない方が良い』とでも言いたげに
それは今は教師として一線を退いてはいるものの歴戦の猛者である龍哉を圧倒し、彼に「いや、なんでもねぇ」と言わせるには十分なものだった
「ならば良い。それよりもお主審判なのじゃろう?、早う行ってやらんか」
その言葉に龍哉は納得していないようではあったものの、振り返り、その場を離れた
その時に天照が呟いた言葉は、聞こえなかったようだ

「大和に彼奴を埋め込んでからだいたい12年・・・そろそろ目覚める頃じゃが、その予兆は無し・・・何か因子が足らんのか?」

その頃、仮想空間内の映像を大画面で楽しめるVRモニタールームは学生達の歓声で賑わっていた
学内では生徒同士の賭け事は比較的多めに見られているため、こういった『決闘』や『争奪戦』といった比較的大きなイベントでは大規模な学生賭博が行われるのだ
常に2から3の決闘は行われており、今日も同時にいくつかの決闘が行われていた
がその中でも特に盛り上がっているのは『「最古」対「最新」』と銘打たれた記事で学内ネットに投稿された決闘
「最古の適合者」比良坂大和 対「最新の適合者」クライン・レイズフェルト
第一世代機斬鉄一番機『斬鉄・灰』対第三世代斬鉄フラッグシップモデル『エンベランズ』の決闘である
文字通りの最新機体対最古の機体の一戦
おそらくはどのような形態であっても実現することが無いはずの決闘
それを一目見ようと多くの学生がモニタールームに集まっており、今回のみ例外的に学内のほぼ全ての映像媒体での中継が行われている
しかし純粋に観戦する者もいればやはり賭けをする学生もいる
「さぁさぁ買った買った!最古対最新の世紀の一戦、どっちが勝つか予想しようぜ!」
そうマイクで話すのは胴元である学内賭博運営委員会の学生
賭けを行っている学生達の手元のRフォンやモニターに双方の勝敗予想とオッズが表示される
その中でも特に目を引くのは配当倍率
大和が勝利した場合の配当倍率予測は200越え
歴代の数多くの決闘の中でも特に高いそれに学生達はざわめく
堅実にある程度の配当を狙う者、一獲千金を狙う者
しかしそんな彼らの中で即座に大和を選んだ人々がいる
凄まじい勢いで高まる熱気は、収まることを知らない

~決闘まで 残り 15分~

残り時間が5分を切った頃、画面に動きがあった
決闘者の片方、大和と灰が闘技場の舞台へ現れたからだ
そしてその少しあとにレイズフェルトとエンベランズが現れる
一方は二振りの刀剣を腰に差した細身の機体
一方は華美な装飾を施され、巨大な盾と大剣を携えた大柄な機体
双方が歩を進め、中央で対峙する

そしてVRモニタールームではその二機を多くの生徒・教師が見つめるなか
その緊張感が漂う空間にざわめきが起こる
全員の視線の先には学園に駐留している始祖機、そのほぼ全員がモニタールームのゲートから入ってきたからである
「次の適合者を探しに来たのか?」「いや、決闘のどちらかが彼らの関係者の知り合いなのかもしれない。」と次々に理由を考え始める生徒たちをかわし、適当な椅子へ腰掛ける
「おい久我彦、おめぇどっちに賭けた?」
「雷電、それは今言ったら面白くないだろう?」
さも分かりきっているだろう?、と言うように小さく笑う
「二人共ちょくちょくこれ見てるよね・・・面白い?」
椅子の上で体を小さく丸めて、モニターを見ながら少年がつぶやく
「まぁそう言うな影人、面白いから見ているのだろう。あまり気にするな」
「それにしても楽しみですねぇ、相手がギャフンと言うところが!」
楽しそうに談笑する彼らの元へ何人かの集まりが歩み寄り声をかける
「ようお前ら、雷電も久我彦もまだコレやってんのか」
「おーい、そういうこと言うなよ、んだそこのちっこいの、新入生か?」
「ちがわい!霞だアホタレが!」
「あまり怒ってやるな霞、雷電だって悪気は無いんだ。」
「むぅ、確かにコイツは天然で言ってそうだが・・・」(チョロいな)(チョロいですね)
そう叫んでいたのは学園の教師の一人、天草霞だ
その後ろからもう一人現れる
「おや、ピオ先生がこんなところに顔を出すとは珍しいですね」
「比良坂の息子が出ると聞いてな、少し気になった。あとその呼び方はやめろ」
そう話す彼は学園の医師、アスクレピオス・アレクサンダー
『神の手』と称される国内最高峰の医師の一人であり、本来は最前線で救護にあたる従軍医師でもある
その後も数人が集まった頃
「お、そろそろ始まりそうだぜ?」
その声にその場にいた全員が静まり返り、モニターに注目する
そこには試合開始までのカウントダウンとそれぞれの機体名が表示された
先行量産試作型第一世代機の一番機『斬鉄・灰』
第三世代斬鉄フラッグシップモデル『エンベランズ』
本来であれば相対することの無い最新と最古の決闘
ギャラリーのざわめきは次第に歓喜と衝撃の入り交じった声に変わっていく
そしてカウントダウンが残り60秒になると同時に生徒間で行われる賭けの最終オッズが
発表された
それに再度ざわめきが起こる
比良坂大和 280.5:レイズフェルト 15.8
その場のボルテージは最高潮
その中をカウントダウンが進む
残り
3

2

1

0

その瞬間、レイズフェルトが大和へ向けて、走り出した。

決闘前には公正を期すため、互いの機体の兵装・性能が相手にのみ開示される
それを見た大和は相手の戦法を大まかに予想していた
第三世代機『エンベランズ』、戦法はおそらく『重装甲を用いての突撃戦』
その重厚な装甲と他機よりも強化されたパワーが目立っており、それらから大盾と本体装甲
で攻撃を弾き、右手に持った大剣で相手を叩き切る
そしてあの性格ならば焦るほどに攻撃の軌道は単調になることが予想される
対して灰は現在の軽装甲機の半分以下の強度の装甲、切断能力は高いがその分耐久性の低い
二振りの対装甲太刀
それらから予想されるその戦闘は、大和が最も得意とする高速近接戦闘であった
考えている大和の顔を灰が覗き込み、声をかける
『主様、大丈夫ですか・・・?』
その声には少し戸惑いの感情が混じっている
「大丈夫、君がいてくれるなら絶対に勝てる。だからそんな顔しないで。」と、灰の不安を拭うように優しく声をかける
その言葉にぱあっと表示が明るくなり『分かりました!勝ちましょう!』と返事が返ってきた
そして待機室内のモニターに『機体を装着してください』と表示される
それを見た大和がよし、と立ち上がるが、同時に少し困った顔になる
「えーっと、どうやって装着すればいいのかな?」
現在主流の自動装着は正式量産型第二世代機からであり、最初期に製造された灰にはこの機能が無い
そしてこの設備は第二世代以降の適合者が使うのを前提に建造されている
そのため仮想空間内でも現実と同様に自動装着機能を使用して着装を行う、が灰は現存している中で最も古いPF、そういった機能は搭載されていないのだ
それに灰が『私と同世代の機体は服のように装甲を着るので・・・ふんっ!』
気合いを入れるような声と同時に灰の機体が頭・胴・腕・脚に分解し、地に落ちる
『お手数お掛けしますがこのような状態ですので、主様ご自身に着けて頂きたく・・・』
「うん、分かった。じゃあ着け方教えて貰ってもいいかな?」
そして多少苦戦しながらも無事に全身の着装が完了し、傍に立てかけてあった二振りの刀を手に取る
片方は現在と同種の対装甲太刀、もう片方は柄の部分に自動拳銃が組み込まれた試製零式剣銃
それらを腰に差し、仮想の闘技場へ歩を進めた
そして闘技場の中央の待機円の中に入り、相手を待つ
しばしの後、相手とその機体『エンベランズ』がゲートから姿を現す
事前の情報の画像よりも装飾が増えている気がするがそれは無視しても問題なさそうだ
そして大和と同様に待機円の中へ入り、背中の武器を手に取る
すると相手から秘匿回線で通信が入った
『貴様のせいで俺の腕、そして尊厳は打ち砕かれてしまった!本来ならその責任は貴様の命で償わねばならないところを、あの教師の言いつけだからな。命までは取らんでおいてやるがその分徹底的に俺の気が済むまでいたぶってやる。泣き叫んでも止めてなどやらんからな
降伏するなら今のうちだぞ?そうすれば少しは考えてはやらんがな。』
その後も彼の発言は延々と続いたが途中から鬱陶しくなった灰が『飽きました』と通信を
切断しようとした瞬間に、その言葉が放たれた
『しかし、この学園は人擬(ヒトモドキ)どもが多すぎる!いずれ俺がこの国を掌握した
 暁には人擬共から全ての文化を奪ってやる。なんせ奴らは人ではないのだからな!』
その言葉を聞いた瞬間、ノイズのように脳裏に映像が映る
見たことの無い場所、見たことの無い兵器、そして見たことが無いはずの、しかしずっと昔から共に居たような錯覚を覚える人々、彼らは総じて人とは違う外見だったものの、誰もが家族のように親しげに会話していた
ふつとその映像は途切れる。そして先程放たれた『人擬』という単語に、言いようのない嫌悪感、そしてそれを瞬時に塗りつぶすほどの憎悪と怒りが大和の頭を埋め尽した
奴を殺す、その肉の一片たりともその存在を許さず、その全てを鏖殺する
そう激しく動く感情の裏で、しかし酷く冷静な彼は考える
(これは、誰だ?俺じゃない誰かの記憶。だけど、間違いなくこれは僕だ。)
思考する大和に少し心配そうに灰が声をかけようとしたその瞬間、またも彼の口から到底
許容出来ない言葉が吐き出される
『それにしても始祖機が使えないからとそんな骨董品を引っ張り出してくるとはな、そんなガラクタで昔の奴らはよくもまあ生き残ったものだ。悪運だけは強かったようだな。』
『なん・・・ですって・・・?』
灰が呟いたその言葉をトリガーに、再度ノイズのように映像が映る。

「貴方が・・・私の主・・・ですか・・・?』そう自分の口から放たれる言葉
(違う、これは僕じゃない、一体、誰だ?) そう考えるも口は動かず、世界は進む
戦場を駆け、敵の兵士、戦車を裂き、敵の前線を押し戻す

後に『最古』と呼ばれることになるその機体は、当時最も大きな激戦区へと投入された
その後もいくつもの死地を踏破し、生還する彼らを人々は英雄と呼んだ

その戦いの最中、休暇中の不慮の事故で私の主は死んだ
それを受け入れられなかった私は酷く嘆き、悲しみ、受け入れることが出来なかった
たとえその死が事実であったとしても自分の眼前で死んだのならば受け入れることも出来ただろう
しかし、彼は戦時下の兵士に許されたほんの僅かな休息の時間、その一瞬の事故で命を落としたのだ
到底受け入れられず、その事実を受け止め切れなかった私は、結果暴走した
そのうちに同僚達に取り押さえられ、やがて私は強制的に炉心の粒子を不活性化させられ、研究施設の奥に封印された
そして冷たい壁に囲まれた施設の最奥、そこにつなぎ止められた私は考えた
なぜ主は死んでしまったのか、なぜ私は主を守りきれなかったのか
そして気づいた。主が死んでしまったのは、自分が弱かったからだ
元々自分たちはあくまで人の能力の拡張、大型兵器の使用を円滑に行うための器具として
製造された。だからこそ今まではそうやってアシストに務めてきた
そう考え、自ら考えることなく無自覚に、傲慢にもその立場にあぐらをかき、そして主を死なせてしまった。自分が、殺したようなものだ
ならば、次こそは。もしも次が許されるのなら。自らの全機能を賭してでも主を生き長らえさせる。必ず、生き延びさせる
それは覚悟。それは決意。造られた機械だが、いや、だからこそその決意は自身を作り上げるシステムの根幹を成すものとして破損したコードに継ぎ込まれ、新しい個体として完成した
そして、私は始めた
他の個体ではありえない、始祖機と同種の完全自立戦闘能力。それを成し遂げるため
ほぼ全ての機能を停止し、全演算能力をそれを成し遂げるために静かに活動を再開した
一体始めてからどれほどの時間が経ったのだろう?
数千回、数万回。いや、それ以上の回数を繰り返し続けた彼女はその目標に手を掛けた
始祖機以来始めて完全自立戦闘能力を成し遂げたものの私は、その目標を達成したと同時に言いようのない喪失感に襲われた
今の自分ならあの時守れなかった主を守れるかもしれない
しかし、守るべき主が現れなかったら?自らを受け入れてくれる主が現れなかったら?
学習を繰り返し続け、人と同様の思考を始めてしまったために、その虚無感に押し潰されそうになる
(もう、止めよう。こんなことなら、あの時に自壊システムを起動すればよかった)
そう考え、自身にインストールされている自壊用のプログラムを起動しようとした
その瞬間、既に止まっていたはずのセンサーがそれを捉えた
あの時見失い、消えてしまった主と全く同じ反応
それはかなり近い場所、ならば向かわぬ訳にはいくまい
たとえそれが別人でも、私を傍に置いてくれるのなら、こんな私を、受け入れてくれるなら
そう決意する
ここを出て、その反応のあった場所へ向かい、その人をこの目で見る。
そして一言、ただ一言だけ問いかけよう
『私を、傍に置いてもらえないか』と
そうと決めたならここを突破する
幸いにも自分が当時使っていた二振りの刀も一緒にここに封じ込められたため手段はいくらでもある
[炉心粒子不活性化コードTPRC-00 デリート [成功]]
そして、自身にかけられた不活性措置のためのコードを消去し、炉心に火を入れる
久しぶりに動いた炉心は、無いはずの心の昂りを表すように快調に稼動した
そのまま全身の駆動系を動かし、チェックする
大丈夫、問題はなさそうだ。いやむしろ、昔よりも調子が良い
よし。と気合を入れ、出入り口を塞ぐ防壁の元へ向かう
そして防壁の前で刀の保持機を持ち、構える
それは今は亡き主が得意とした技
本来、彼がいなければ使えないその技を、眼前の障害へ向けて放つ
一度、二度、三度と連続して抜き放つ
そして刀を保持機に戻し、切り抜いた防壁の中心を押す
すると強固なはずの防壁は向こう側へ押し出されるように重い音を立てて滑り落ちた
それと同時に施設内に警報が鳴り響く
それを意に介さずに一枚、また一枚と防壁を切り抜く
そして最後の防壁を突破する
すると、眼前にはバリケードと多数の銃口をこちらに向ける者たちが居た
一瞬(なぜ自分に?)と疑問に思ったがその疑問はすぐに晴れた
なぜなら『なんで人が入ってないのにあんなに動けるんだ!?』と叫ぶ声が聞こえたからだ
やはり私は・・・、と思いもしたが今はあの反応へ向かうことが最も重要なことだ
一歩、また一歩と歩を進め、制止の声を上げる彼らと、彼らを守るバリケードに近づく
そのうち、『撃て!』の声と共にこちらへ向けて大量の弾丸が吐き出された
昔の私なら為す術なく蜂の巣にされていたことだろう
だが、今の私なら。と、その弾幕に自ら侵入する
襲い来る豪雨のような弾丸。それを急所への直撃弾のみを切り払い、それ以外は装甲で滑らせ、弾き飛ばす
この中を出口までと考えていたとき、スキャナーから簡易調査情報が送られてくる
それによると、ちょうど真上の天井が他と比べて若干劣化しているようだ
ほんの少し弾幕が弱くなるその瞬間、私は上部へ飛び上がり、天井を細切りにして施設から脱出した
ここまで来ればあとは走るだけ
走った。走った。途中に走っていた車両を追い越し、建築物を飛び越え、ようやく見えてきた
隣に居るのは同世代の機体『百腕・蒼』の適合者、彼と話している金髪の幼女に見えるのは始祖機『天照』、そしてもう1人
彼を見たその瞬間、泣きそうになった
本来流れないはずの涙がつたい落ちた気がした
まるでそっくりだったのだ
背丈も、顔も、歳も、似ても似つかない二人
しかし、身に纏う雰囲気は紛れもなく同一のものだったのだ
そして叫ぶ
『主様ーーー!!!』
その声に三人とも反応する
何度も何度も繰り返す。ようやく、見つけた。やっと、会えた。
そして新しい主の元へ、勢いそのまま、飛び込む。
最後に映ったその目には驚く二人と何が起こっているのか分からない主の顔があった。

そこで映像は終わった
そこで自分に声をかけてくれていた灰に気づく
『主様、大丈夫ですか?』
目の前では未だに相手が喋り続けていた
そう時間は経っていないのだろう僅かな時間、意識がとんでいたようだ。
大丈夫、と大和は灰に返す
そしてカウントダウンは始まった
59.58.と減り続ける数字を眺めながら大和は灰に言葉をかける
「灰、この決闘必ず勝とうね。」『?、もちろんでございますとも!』
やがてカウントは残り10となり、相手もようやく黙ったようだ。
フェイスパーツのカメラを通してでもその睨みが見えるようだ。
左手で体を隠すように大盾を構えその奥で大剣を握る。
それに対し、大和は一振の刀を霞の型で構える。
3
双方、得物を握る手に力が入る
2
後ろに置いた足が地に短く轍を刻む
1
全身の筋肉、全身の駆動系にエネルギーが満ち、
0
今、弾けた

先に仕掛けたのはレイズフェルトの方だった
第三世代機のパワーで大地を蹴り飛ばし、砲弾のように迫る
対する大和はその場を動かず、迫り来るエンベランズを待ち受ける
大きく上段に振りかぶられた大剣に勢いを全て乗せて大和へ叩きつける
その威力は同世代の機体と比べても頭一つ抜き出たものだ
直撃すれば即死は免れないその一撃が今、静止する大和へ当たると思われたその瞬間、大和は動いた
構えていた刀の切っ先をそのまま180°回転させる動きの中、勢いづいた大剣を刀身で滑らせ、真横に受け流す。
回転させた勢いのまま大技の後硬直している相手の首元目掛け切りつける
それをすんでのところでエンベランズはその間に盾を滑り込ませ、弾く
そのまま盾を構え、大和へ向けて突進する
振り切った体勢の大和は刀をそのまま地面へめり込ませ、それを支柱に迫る大盾へ全身のバネを使い、捻りを加えた海老反りの体勢で捻りを加えた蹴りを入れる
瞬間的に凄まじい勢いの衝撃を受けたエンベランズはたまらず仰け反ってしまう、が腐っても第三世代機の適合者
即座に地面を蹴り、バク宙の要領で大和と距離をとる
しかし、飛んでしまった。飛び上がってしまったのだ
その一瞬で逆手に掴んだ刀を更に回転しながら抉りこませた地面から引き剥がし、槍投げの
ように投げつける
最新の弾道計算装置ですらその演算が追いつかぬ程、音を彼方に置き去りにするほどのとてつもない速度で迫り来る刀
直撃は免れない、このままでは決着がつくと判断したレイズフェルトは空中で無理やり体を捻り、その軌道から体の中心をずらした
が、すでに遅かった
大盾を構える暇すらなく飛来した刀はギリギリ着弾点をズラしたその
左肩を、根元から切り飛ばした
即座に止血・痛覚鈍化のためのシステムが作動するが、失ったものは大きすぎた
大盾を無くしたことで身を守る術はほとんど無くなった
大剣は頑丈で、盾として使用できるものではあるものの、重量も相当であるため細かな操作は難しい
左腕があればそれもできたが、その左腕はたった今失った
対して大和はもう一振あった零式剣銃を抜き放つ
小回りの効く武器である刀を正面に構え、レイズフェルトの動きを待っていた
自らが骨董品と見下し、始祖機がいなければただのカカシと言い放った一人と一機に、これほどの被害を受けた彼はその事実に怒り狂った
(ありえん、ありえん!骨董品の初期型が第三世代に勝つなど、チートでも使っていなければ起こるはずは無い!)
そこでフェイスパーツの裏で彼はほくそ笑む
そして大仰に大剣を地面に突き立て、モニターの向こうのギャラリーへ言葉を投げかける
『今の動きを見たか?正式量産型の第二世代ですらこんな動きはほとんどできん!ましてやコイツは最初期の試作型の中でも一番古い骨董品!であればこんな動きはできないに決まっている!』と言い切った
その言葉にギャラリーもザワつく
普通であれば世代が変わる事にその基本性能は大きく向上する
それが現在のPFの基礎を作り上げた最初期の機体と第三世代フラッグシップモデルともなればその差は言うまでもない
「確かに・・・」「普通無理だよな」「なんだチートかよ」とチラホラと聞こえ出す
しかし、それは次の言葉で全て否定された
「・・・そんなこと出来るわけないだろう・・・。」「あん?どうした影人。」
影人と呼ばれた人物がボソリとつぶやき、それを燕が聞き返した
「・・・ここの基礎システムも応用的な拡張機能も全部僕が組み上げたんだ、普通のシステムとは根本から違う・・・アレを突破して改竄できるのは僕が知ってる限り後にも先にもアイツだけ・・・。でもアイツは休眠状態だから今この世界でコレの中でチートを起動させられるのは作成者の僕だけだからチートは確実にありえないんだよ・・・。」
「まぁ確かにな、あんな変態的な構成普通のプログラマーなら見ただけで発狂するわ。」
そう話し合う二人の会話を聞いて、騒いでいた声はすぐに落ち着いた
「つーか大和の奴も強くなったよな、ってか灰とヤケに動きが合ってんな。」
「大和もそうだけど灰の動きが第三世代と比べてもすごいスムーズ・・・何かあったのかも。」
そのうち画面に再び動きがあった
自身の発言からいくら経っても何も起こらない状況に痺れを切らしたレイズフェルトがやぶれかぶれの攻撃を放つが、そんなものが当たるはずもなくひらりひらりと躱されてしまう。
『何故だ、何故当たらん!その骨董品が第三世代機である俺の機体に勝てるはずがないだろう!?』
それに大和は返す
「この学園で体術を習得している生徒が多少入試で優遇されてる理由知ってる?」
その言葉が耳に入っていないかのように当たらない攻撃を続ける
「最初期のPFは元々、高い身体能力を持つ兵士の能力を補佐する鎧として製造された。そしてその根本的な設計思想は今でも変わっていない。たとえ基礎的な能力が低かったとしてもその差はいくらでも埋められる。」
その間も振るわれる攻撃をひらりひらりと躱し続ける
「だからこそ大戦時は精鋭の兵士から優先して配備され、運用された。まあ、母さんの言葉で言うなら『たとえどんな業物でも素人が握ればそれはただの鉄の棒だ』だね。」
その言葉でとうとう何かが切れた彼は言葉にならない叫びを上げながら突っ込んでくる
それに対してバックステップしながら零式剣銃の引き金を引き、弾を放つ
大剣を振るい飛来する弾丸を弾き落としたが、その後に飛び込んできた本命の弾丸は吸い込まれるように正確にエンベランズのカメラを破壊し、その奥の眼球を破壊した
咄嗟に大剣を離し、片方だけの手で目を覆う
それを見た大和はバックステップを止めて一転、相手へ最接近する
その少しの間で灰に問いかける
「灰、この決闘のルール覚えてる?」
『もちろんです!今回のルールは『相手を先に殺した方の勝利』と物騒でしたから!』
そう。今回の決闘はこの空間内で先に相手から殺害判定を取った方の勝利なのだ
そして大和は手に持つ刀を上段に大きく振りかぶる
地面を強く踏み込み、空いていた間合いを刹那の内に詰め、その刀を振り下ろす
最後の一刀、それはその場に居たほとんどが知覚することすら出来なかった
それほどに研ぎ澄まされた一撃は寸分違わず彼の脳天へ吸い込まれ、その体を正中線で真っ二つに切り裂いた
誰が見ても明らかな勝利。それは骨董品と呼ばれた一機と英雄達の子が掴み取っていった

その頃モニタールームは静寂に包まれる
それもそのはずだ、本来ならば最初から決まっていたような勝負
誰しもそう思っていたそれは、一部の観戦者を除いて覆されたのだ
そしてその中で楽しそうに会話をしている一団がいた
「大和の奴やっぱやりやがった!和葉さんもいいこと言うじゃねえか、なぁ影人!」
「うん・・・大和くんはみんなで扱き倒したからね・・・」
「しかし最後の一撃、ありゃあ見事だ。」
「あぁ、あれなら大体の相手は両断できるだろうな。」
そしてその事実を受け止められた生徒達から少しずつ声が上がり始め、最後には学園の建物全てを揺らすほどの大合唱になった

「お疲れ様、灰のお陰で勝てたよ」
しかしそれに返事は無い
スキャナーを開けるとそこには、先程までの快活な姿から遠くかけ離れた姿の灰がいた
しかも機体の各部の人工筋肉が断裂し、リアクターが停止しかかっている
「灰!大丈夫!?」
『申し訳・・・ございません・・・、やはりこの体は・・・もうガタが来ておりました・・・』
そのうちブチブチという音とともにガチャリと音を立て、腕が落ちる
「碧!来てくれ!」
それに反応し、碧と共にいた面々がその場にに到着する
その状態に唖然とするも、即座に動き、外部の簡易リアクターを繋げ動力が停止した際の強制シャットダウンを防ぐと同時にこれ以上の損傷を止める
しかし、依然として危険な状態なのは変わらない
今も全身から異音がし、装甲板もボロボロと剥がれ落ちている
このままでは専用の修復施設に運び込む頃には完全に機体が崩壊してしまう
「久我彦さん雷電さん、お願いします!」『任せろ!』『任せな!』
そう言って久我彦と雷電がそれぞれPFの姿に変わる
『我が前に切れぬ物無く!』『我が前に隔てる空無し!』
とそのまま二人が手に持った得物を間の空間に振るう
すると振るわれた空間に切れ込みが入り、その向こうには

目指していた修復施設の緊急搬入口があった
急いで碧と共に灰を抱き抱えてその切れ目をくぐる
何事かと驚いた担当の生徒達は、しかし二人に抱き抱えられている灰を見ると即座に反応し、受け入れを始める
「緊急エネルギー回路接続急げ!」「担架もってこい!」「落ちたパーツ拾ってきて!」「気休め程度だが修復用ナノマシンを注入する!」と慌ただしく動く
何とか完全に崩壊する前に搬入が完了し、緊急施術室へ運ばれた
その後に聞いた灰の症状は深刻どころの話ではなかった
全身の人工筋肉はほぼ全てが経年劣化と暖気させずに全力で動かしたため修復不可能なほどに断裂崩壊、機体を支えるフレームもヒビと疲労骨折まみれ、リアクターに至っては担当者達が『この状態でどうやってここまで動けたのか』と口を揃えて言うほど悲惨な有様だったそうだ
まさに奇跡としか言いようのない状態に奥歯を噛み締める
しかし、リアクターが停止する前に行われた措置が的確だったこと、搬入までが素早かったことにより、ニューラルコンピュータに大きな損傷は見受けられないようだ
ほっと胸を撫で下ろしながら修復中灰を見る
全身ボロボロでありながらも辛うじてその姿を保てているのは設計の優秀さ故か、それとも奇跡か

その後、灰は近代化改装が施されることになった
最初は渋っていた灰も、『主様を守れるのなら』と了承した
多少人格が変質する可能性はあるものの、一気に第三世代改修を行うよりもリスクは低い
『・・・分かりました。その改造を行っても、私が、私であり続けることができるのなら。』
そして改装が始まった
フレーム・リアクターの換装、擬装生体システムの実装
そして、当時の識を元に製造された第一世代型超小型ニューラルコンピュータの更新
失敗すれば『灰』が消えてしまうリスクがある作業
施術者達は細心の注意を払ってその工程の全てを完了させて見せた

全ての工程が終了したことを報告された大和は灰の元へ向かう
指定された部屋にはコードが繋がれたPF状態で眠っている灰と一枚の紙があった

『後は灰を起こせば全てのシステムがオンラインになり、目を覚まします。是非ともこの目で擬装生体システムが初起動する瞬間を見たいですがさすがに眠いので寝ます by主任』

あの後寝ずに全ての改装を通して行った主任に感謝し、灰に声をかける
「おはよう灰、もう朝だよ」
それに反応し、重く低い音と共にリアクターに火が入る
『あ・・・るじ・・・さま?』
それまでの電子音とは明らかに異なる、優しく滑らかな声
そしてこちらに気が付いた
自らの前で自分を待っている新たな主の姿
大きく見開かれた二つの目がそれを捉える
そしてコードを全て千切りながら出会った時のように突っ込んでくる灰
最後のコードが千切れた瞬間、擬装生体システムが起動した
PFを構成する様々なパーツをナノマシンに変換し、人と同様の姿かたちをとれる様になるそれが灰の姿を変えていく
溶けるように装甲が変形し、その姿を変える
無機質な装甲はしなやかで透明感のある肌に
胴体の複雑な装甲はメリハリのあるプロポーションに
頭部のセンサーホーンは艶のある長髪に
改装前から表情豊かだったフェイスパーツをナノマシンが覆い、最後の工程を済ませる
スタイルの良い「女性型」となった灰があの時と同様に突っ込んでくる
無論、服など着ていない
それに驚いた大和は、しかし避けることができずにまたも腹部から鋭角に折れる
抱きついた彼女のその顔は、とても嬉しそうに、幸せそうに泣いていた

第二話 完
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