悪魔のシェアハウス

ユキマル

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学生編

第5話『異世界転生と掲示板』

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「はぁっ…はっ…っ」


 ――呼吸が苦しい。

 足が限界を超えてガクガクしてる。


 僕は見てしまった……信じたくなかった。


 二人の姿を見た瞬間に僕は走り出していた。足音が二人に聞こえるとか、そんな考えは頭から吹き飛んでいる。

 あの後、僕は孝志の待つ映画館に走って行った。肩で息をする僕に孝志は驚きつつも、買ったばかりの水を迷いなく僕に手渡してくれた。

「はぁっ…はぁっ、ありがと」

「大丈夫か?」

 水を飲んでる間、孝志が何か言いたげに僕を見ている。……僕は、孝志にさっき見た光景をうまく説明できる気がしない。

(自分の中でも、見たことが本当だったのかまだ整理がついてないんだ……)

 飲み干した空のボトルを片手でグシャッと潰した。

「水、ありがと……!待たせると、悪いと思って」

「だとしても急ぎすぎだろ、大丈夫か?」

「ん、もう、大丈夫」

「なら、いいけど」

「水、新しいの買うよ」

「お、おう、ありがとな」

 息を整えて、映画館に設置されている自販機に向かうと、背後で孝志が「あいつら遅いな」とつぶやいた。……僕は、その言葉にうまく返事を返せなかった。

「おまたせ~」

「遅くなって悪い」

 映画館に到着してから十分後に二人が遅れてやって来た。

 ジュースやポップコーンを買うため売店の列に並ぶ客たちの視線が、一斉に二人へ向いた。

 周りの目線など気にした様子もなく荷物持ちの孝志が少しイライラした様子で「遅い、なにしてたんだよ」と二人に詰め寄る。

「トイレ行ってた!」



 ――と、冬美はいつもと変わらない元気な声を孝志に返していた。


 
 トイレなんて、嘘だ……二人はさっきまで、空き教室で――



「俺は、冬美の大待ち」

「大じゃないもん!小のほう!」

「おめーら、映画館でトイレの話するんじゃねぇよ」

「……」

「誠くん?」

 不自然に黙ってしまった僕に冬美が心配そうな声をかける。

「いや、なんでもないよ。早く、チケット買おうよ。……上映時間過ぎちゃうから」

「……うん!そうだね!」
 
「……」


 どうしてなのか、わからないけど。

 いつも見慣れたはずの冬美の笑顔がぎこちなく見えたのは、気のせいだろうか……?




◇◇◇




「映画、おもしろかったね!」

 冬美が興奮したようにくるっと振り返ると、僕たち三人に満面の笑顔を向けた。

「たまには映画もいいな!」

「俺、帰りに原作の小説買って帰ろうかな」

「私はマンガ読みたい!さっき調べてみたら、絵がすごく綺麗だった!」

「確か連載してるとこって有名な雑誌だよな?バイト先の先輩が映画に出てきたデブネコのキーホルダー、鍵につけてた気するわ」

「キーホルダーいいな~」

「確かに、あのキャラなら俺も欲しいかも」

「……」

「誠くんは?」

「えっ」

「もしかして……誠くん。映画、面白くなかった?」

「えっ、いや、すっごく面白かったよ!」

 心配させたくなくて、無理に笑ってごまかした。

「ぼ、僕も原作買おうかなって思ったくらいだよ…!?」


 ――嘘だ。

 映画の内容なんて一ミリも覚えていない。
 上映中は、ずっと二人のことを考えてた。



 『自分の見間違えだった』

 『自分の目がおかしかったんじゃないか』

 『本当は抱き合ってなんてなかったかも』

 
 ……そんなことばかり考えていた。


 一歩後ろに距離をとって、孝志と映画の話をする冬美に目を向ける。




 僕は——










 冬美のこと『好き』だったんだ――。



 抱き合ってる二人を見た時のモヤモヤは、五十嵐くんに向ける、イライラとした感情は――『嫉妬』だ。

 よく考えてみれば冬美は僕の中で『特別』だった。

 孝志と同じように冬美も僕を救ってくれた一人だけど…僕は、とにかく冬美が悲しむ姿を見たくなくて、笑ってほしくて。

 どうしたら、彼女を笑顔にできるのか、毎日辛い思いをしている彼女に少しでも幸せを感じて欲しかった。

 今日だって、本当は丸山たちと放課後に新作のゲームをやるつもりだったんだ。

 でも、冬美が学校に来るって聞いたらゲームのことなんて、どうでもよくなった。


 (……もっと早く、自覚すればよかった)


 だって、僕がゲームに夢中になっていた間、冬美の隣にはいつも五十嵐くんがいたから。


 (付き合っていても不思議じゃない)

 
 告白もしてない僕に嫉妬する資格なんて、ない――。

















「じゃあ、俺たちはこのまま買い物して帰るわ」

 あのおにぎりを渡していた公園の前で、四人は立ち止まる。

「お、冬美。まだ料理がんばってんのかよ」

「もちろん!最近はカレーも作れるようになったんだから!」

「おいおい、カレーかよ。俺は既にレベルアップして、スープカレー作れるようになってんだぜ?」

「す、スープカレー!?えっ、いいな食べたい!!」

「スープカレーって弁当にできんの?」

「できねぇよ!弁当、べっしゃべっしゃになるわ!」

 冬美が可愛く頬を膨らませて、五十嵐くんが孝志のツッコミに笑う。僕たちの別れ際はいつもこういうくだらない雑談をする。

 (……久しぶりで忘れてた)

 小学生の頃より短く感じる一日に、明日が来ると分かっていても、僕らはこの時間が終わってしまうのが嫌で……『無駄話』をしてから家路につく。

「つーか、お前ら明日の約束忘れんなよ」

「あ~、放課後の、あくま?だっけ?」

「女の子たちに誘われてるんだよね?私も行っていいの?」

「お前らが一緒なのが条件だから。じゃねぇと行かねぇし」

「あははっ、五十嵐くんって本当私たちのこと好きだよね~愛されてるなぁ~」

「!!」

 (す、好き……!?愛!?)

 冬美の言葉に僕は不覚にもドキっとしてしまう。

 動揺を悟られたくなくて、僕はカバンから慌てたように水を取り出すと勢いよくそれを飲み干した。…ちょっと水が鼻に入ってむせたけど。

「ゲホッ!鼻にっ、入った……っ」

「おまえ、さっきから行動がなんか変だぞ?」

 孝志がなにか可哀想なものを見るような目で僕を見た。

「きっ、気のせいだよ!」

「いや、声高くなってるし。どした?」

「そ、それより早く帰ろう!今日は母さんのハンバーグなんだ!早く食べたい!」

「お前そんなにハンバーグ好きだっけ?」

「す、好きだよ!?あ、でも母さんのはちょっとソース濃いけど…」

「え~ハンバーグいいな!」

「ハンバーグか……冬美が作るの論外として」

「ちょっと五十嵐くん!?」

「今日は久しぶりにハンバーグの出前取るか」

「えっ、いいね!賛成~!!」

「でも、食材は一応買っておこう」

 言葉を切って、五十嵐くんは冬美に優しい眼差しを向ける。

「料理、頑張るんだろ?」

「!うん……そうだね、ありがと五十嵐くん」


 五十嵐くんの言葉を聞いて、今度は冬美が優しい笑みを彼へと向ける。


 その光景を見て、僕の心のどこかが……少しだけ、チクッとした。


  



◇◇◇




「なぁ、誠。五十嵐たちについて行かなくてよかったのか?」

 名残惜しむように二人の背を見送る僕に孝志が声をかける。

「えっ!?な、なんで」

「いや、だってお前。原作買いたいくらいだって言ってたじゃん」

 (そんなこと言ってたっけ?)
 
「五十嵐のやつ本屋寄るって言ってたし、一緒に行けばよかったんじゃねーの?」

「一緒に……」

 む、無理だ。今の僕には、五十嵐くんの隣になんていられない。

 冬美を好きだと自覚した今、仲睦まじい二人の姿を見て平常でいられるか自信がない。

 無理について行って、二人を傷つけるような言葉を言ってしまうかもしれない……だって、自分で言ったことすら忘れてるんだ。

 (今日は大人しく、孝志と一緒に帰った方がいい)

「公園抜けて信号渡った先に本屋あるけど、行くか?」

「ありがと。でも、欲しかったらインターネットで注文するから」

「インターネットか。イマドキってやつだな」

「孝志は本とか読まないの?」

「あ~小説は全然!読むのは漫画くらいだな。でも、最近の漫画って金出したいほど読みたい漫画ってねぇんだよ」

「わかる、なんか似たようなジャンル多いよね。異世界転生とか、悪役令嬢とか」

「俺はやっぱ頑張る主人公が好きなんだよな。最初から強いやつより頑張って強くなってく主人公の方が俺は好きだなー」

「ははっ、孝志ならそうだろうね」

 異世界転生の物語は、大体現実社会に生きている主人公がなんらかの理由で亡くなって、異世界に行くのがセオリーだ。

 異世界ハーレムとか、俺つえー系とか、漫画くらい夢を見たっていいと思う。


 僕だって――今この瞬間に異世界に行けるなら、行きたい。


 でも、現実世界はきっと……死んでも異世界になんて行けない。



 逃げ場がない状態でみんな…

 それぞれがいろんなモノと戦っているんだ――。



 

◇◇◇




 その日の夜に、五十嵐くんから写真付きのLINEが届いた。

「あ、ハンバーグ……」

 前よりも焦げの少なくなった皿に盛られた手作りハンバーグ――それを持つのはエプロン姿の冬美だった。

 写真を見た瞬間、胸の奥に小さく棘が刺さった気がして、深く布団を被った。

 布団の中で、写真の中の冬美の笑顔を眺める。

「………恋人自慢かよ」

 (孝志、ごめん。僕はやっぱり性格悪いんだ…)

「友達の恋愛も、応援してやれない……心の狭いやつ」

 言葉にすると自分が惨めで嫌になる。嫉妬と自己嫌悪が、ぐるぐる回って眠れない。

 気を紛らわせるためにスマホでゲームをやっても、頭を占めるのは冬美のことばかり――。

 枕を胸元に手繰り寄せて、ぎゅっと強く顔を押し付ける。

「…二人が、付き合ってたら…いやだなぁ」


 ひどく身勝手な妄想だ。

 本人たちから何も聞いてないのに、二人がデートする姿、一緒のベッドに寝る姿が……


「う~」


 自分の心を救うどころか、ダメージしか与えない妄想ばかりが、どんどん広がっていく。


 「っダメだ~っ、このままじゃ、寝られないよ……!」


 ため息まじりに枕から顔を上げると、近くに放置していたスマホを手に取った。



『放課後の悪魔 〇〇高校 噂』


 ―検索。



 数秒後、出てきたのは――



『大鏡の前に立つと悪魔が出る』

『願いが叶う代わりに『代償』を払う』


「なんだ、全部女子が言ってたことと一緒じゃん」


 真新しい情報はない。そりゃそうだ、だって女の子たちが言ってたじゃないか……


 『放課後の悪魔に会った生徒の話は聞いたことない』って。


「………もう少し、調べてみるかぁ」



 枕に顎を載せながら指でスクロールしていると—






『放課後の悪魔に会ったことがある』

  
 ―という、掲示板のサイトに目が止まる。




 心臓が、ドクンと鳴った。



「……っ」



 震える指でそのサイトをタップする。




『放課後の悪魔に願いを叶えてもらった。』


 
 ――いた。


 僕はスマホを両手で持ち直すと、再び指でスクロールしていく…







【実話】放課後の悪魔って知ってる?

1 :名無しの高校生:202X/03/12(木) 21:15:02 ID:Xo9ddsf

俺の妹が難病で、病気を治してほしくて
『放課後の悪魔』に願いを叶えてもらった。

妹の病気は治った。
家族も泣いて喜んだ…。

本当によかった。


78:名無しの高校生:202X/04/12(木) 19:37:09 ID:Xo9ddsf

兄が、死んだ。対価が『命』だったから。

日記が残っていた。

悪魔は兄に「お兄さんが協力してくれれば、妹は助かる」と言って……兄の命を奪った。

兄は「妹が助かるなら」って、笑ってたらしい――。

鏡の前に立って、悪魔の声が聞こえても、無視をして。

絶対に、騙されてはダメ。

兄は騙された。悪魔は嘘つきだ!!







99 :名無しの■■■:202X/04/12(木) 19:38:010ID:Xo9ddsf


 ――――
 悪魔は人を騙すけど『嘘』はつかへんよ。
 ――――



「……」

 その最後の一行だけ、文字が滲んでるように見えた。

 最後のスレを見た瞬間、なぜか背筋がゾワッとした。

 (明らかに口調が変わってる…!)

 スレ主は文字を見る限り方言を使ってない、『標準語』だ。

 『関西の人』だと思わなかった。

 
 いや、その前にスレ主も兄から妹に変わっている――。

 日付もよく見ると『三月』から『四月』と、最初の書き込みから一か月も経過していた。


 後半に警告しているのは、たぶん助けられた『妹』のほうだろう。





 ——そして、最初のスレ主は……





「いや、こんなのイタズラだって可能性あるし……し、信じないぞ、僕は信じない」


 よくある『やらせ』に決まっている。


 だけど、不思議なことに、スレはこの関西弁以降、まるでそこが線引きのように――誰一人書き込みをしていなかった。不自然なほど、終わっている。


「……」



 気を紛らわせるために見ただけなのに、明日のことなんて、考えてなかったのに、僕は……





 明日の放課後が怖くなった。




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