喰いっぷりがよろしいようで

ぽみすけ

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苺のスイーツ寄せ集め〜純情な恋簿のソースを添えて〜

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3月上旬のまだ肌寒い日。人混み溢れる広場の、時計塔の下でため息を吐くホッキョクオオカミの獣人がいた。

「早く来過ぎたな……」

そう『石井 陽希』は独り言を漏らした。彼は時計塔を見上げて、再び時刻を確認する。午後12時20分。待ち合わせが13時だから、あまりにも早く来過ぎだと自分で自分に呆れ返っていた。

来た事が無い場所だからと早めに家を出たのが間違いだったらしい。特に入り組んだ場所もなく、すんなりと待ち合わせ場所に着いてしまったのである。

どうしたものかと悩んでいると「おーい陽希ー!」と呼ぶ声が聞こえた。一瞬、胸を締め付けられたような感覚に陥るが、すぐに平静を装い声の聞こえた方へ振り向いた。

年端もいかぬ小学生くらいの身長をした、メガネをかけた黒柴の犬獣人がそこにいた。

「虎太郎か?どうしてこんな早くに?」
「いやー僕、迷うかなぁって思って早めに出たのは良いんだけど、予想以上に迷わなくてさー」

頭を掻きながら照れくさそうに語るのが『飯田 虎太郎』。陽希が待ち合わせしている内の一人である。

「ていうかそういう陽希こそ僕より早く着いてるじゃん」
「仕方ないじゃないか。普段来ないような場所で、しかもここ結構な都会だぞ。普通なら迷うと思って早めに出るだろ」
「まぁ確かにねー。この調子なら涼花も早めに……」

虎太郎が言葉を言い切る前に、広場にいる人々が突如としてざわめき始めた。そのざわめきはやがて静まり、陽希たちのいる場所まで、まるで神話で海が割れる光景が如く、人々が道を開けていく。

「あぁまたか……。まぁこうなるとは思ってたが」
「だよねー。涼花が来たら必ずこうなるよね」

二人は若干呆れながら、その道の先を見た。道の先に立っていたのは、それはそれはとても美しい人間の女性。黒く美しい髪はまるで宝石。何も装飾品を付けずにただ下ろしている長髪は無駄が無く、気品を感じさせる。

無表情ではあるがそれがむしろ、人形のような絵画のような、人外じみた美しさを醸し出している。しかし、その女性の無表情は二人の前に立った瞬間に……『弾けた』

「ハロー!お二人さん!二人の事だから早く着いてるんだろうなって思ってたよ!」

無邪気な少女のような笑顔を浮かべ、明るい声色で『小鳥遊 涼花』は二人に話しかけた。

「やーやー涼花も早いね」

普通に話しかけてるように見える虎太郎であるが、陽希からすれば虎太郎が尻尾を振っているのは、バレバレである。

「なんだ?涼花も迷うかもって早めに家を出たのか?」
「ううん。今日行くお店なんだけどすっごい楽しみでさー!二人の事なら早めに来てるって思ってたから、私も早く来たんだよ」

陽希の問い掛けに、涼花は返答するが陽希は難しそうに顔を顰めた。

「それならもっと早い時間に待ち合わせしたら良かったんじゃないか?」
「んー説明し難いけど、時間の早さよりも待ち合わせ時間より前に来てる方が、なんか早く行けるような気分になるような気がして?」
「なんだそれ」
「まーまーそんな話よりも、全員集まったんだしもう行かない?」
「「それもそうだな(ね)」」

虎太郎に提案され、三人は目的地へと歩を進めた。人通りの少ない道を通りながら、虎太郎は今日行く場所についての質問をした。

「そういえば、今日行くお店って苺のスイーツが食べれるって聞いてるけどどんなお店なの?」
「それは俺も気になってた。確か、涼花が口コミで聞いたんじゃなかったか?」

虎太郎に同調しながら、陽希は涼花の方へと話を振る。

「そういえば説明してなかったね。二人とも春夏秋冬店舗って知ってる?」

春夏秋冬店舗とは、季節毎にメニューが変わりまた、そのどれもが普通の店舗では食べられないような一級品の味と噂される店である。

「そりゃ知ってるだろ。あんな有名な噂、耳に入らないわけがない」
「僕も知ってるけど……。そんな幻のお店と今回のお店、何か関係あるの?」

二人の反応を見て涼花は、クスクスと笑い始めた。心底楽しそうに、嬉しそうに。

「なんで笑ってんだ……?ってもしかして……?」
「もしかする……?」

陽希と虎太郎は顔を見合わせる。陽希は少し固まった後、露骨に顔を逸らした。その行動を見た涼花がムッとしたのが虎太郎には分かったが、涼花がすぐに表情を戻したので特に言及はしなかった。

「そう、そのもしかしてだよ。春夏秋冬店舗の場所が分かったの!」
「マジか!?」
「ホント!?」

涼花の話を聞き、目を輝かせる二人。そんな目で見つめられた涼花は頬を赤らめながら、話を続ける。

「本当に偶然でたまたまで奇跡なんだけどね……。後輩の子が、見つけたみたいでそれを教えてもらったの」
「いやいやそれでもすごいぞ!」
「そうだよ!あの春夏秋冬店舗だよ!?」

春夏秋冬店舗は、季節毎に名前が変わる。また店主の気まぐれで営業する場所が変わるというおまけつき。この2つが合わさり、事前情報無しではまず見つからない。また、営業場所も変わってしまうため事前情報があったとしても見つからないという。だからこそ、本当の意味で『幻』の店なのだ。

「おっと、話してたらもうすぐそこだね」

涼花がそう言った。もはや三人以外に人の気配は無く、道ではあるが裏路地のような場所で本当ににここにその店があるのだろうかという不安が、三人の脳裏を掠める。

「ん……?あの光は……?」

暗い道を歩んでいると、明かりが漏れている店があった。思わず呟いた陽希に続き、虎太郎、涼花も同じような反応をする。

若干小走りになりながら、明かりの漏れていた店の前にたどり着く。重厚な雰囲気を纏うその建物は、まるで城のようにも感じられてしまうほどだ。

「もしかしてこれじゃない……?」
「ちょっと待ってね、写真確認する」

ぽつりと呟いた虎太郎の側で、涼花はスマホを操作して写真とお店を見比べた。

「これだ!!このお店で合ってる!やっと見つけたよ!これが春夏秋冬店舗の春バージョン『春華』だよ!」

少女のようにぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜ぶ涼花に釣られて二人も笑みが溢れてくる。

「これがあの噂で聞いてた……!」
「お店なんだね……!」

陽希の言葉を繋ぐように虎太郎が言った。

「よし……入るよ」

涼花が引き戸を開け、三人が店の中へ入る。内装は和という和を寄せ集めたようだった。所々に装飾品があるが、一般人でもこれはとてつもなく高価なものなんだろうと感じさせる重圧があった。

「いらっしゃいませ。三名様でよろしいでしょうか?」

少し周りを見渡していた三人に、店員からの声がかかった。着物を着ているその姿はとても様になっていて、女将とも呼べるような気品が漂っている。

「あっはい。三人です」
「ではお席の方まで案内させて頂きます」 

涼花が人数を伝えると、その店員は陽希たちを席まで案内する。案内された席は縁側のような場所に机が設置された、古き良き日本の家屋といった風貌だった。

「わぁ……すごい」
「あんな場所にある店なのにこんな場所があるなんてな」
「ね、本当に和って感じがするよ」

感動的とまで言える和の雰囲気は日本人である三人に感嘆の声を漏らさせた。

「あまりお客様が来られませんので。基本的にいつでも良いお席が空いてるんですよ。こちらメニューとなります。この呼び鈴でいつでもお呼びください」

そう言い、店員はそそくさと厨房へ戻って行った。

「やっぱり春だから苺関係か」
「そうみたいだね。しかも和菓子だけかと思ったら洋菓子の方もあるんだ」

陽希と虎太郎が二人だけで、メニューを見て和気あいあいとしてる中、涼花は膨れて

「二人だけでいちゃこらしてないで私も混ぜなさいー!!」
「いや、いちゃこらしてないって」

と陽希の言葉は意に介さず、二人の間へと入って行った。見てすぐに気になるものが見つかったのか、メニューの一部分を指している。

「ねーこの『苺のスイーツ寄せ集め』ってやつ良くない?」
「ふむ……えっと『苺大福』『苺のミニたい焼き』『苺のアイスクリーム』『苺プリン』……えっ何これすごい美味そうじゃん」
「ほんとに美味しそう。僕それにしようかな」
「私もこれにしよーっと」
「じゃあ俺もこれで」

涼花の鶴の一声で全員が同じものに決まった。呼び鈴を鳴らし店員を呼ぶ。

「注文の方をお願いします」

涼花がそういうと店員は熟れた手つきでメモ用紙を手に取った。

「この『苺のスイーツ寄せ集め』を三人分と後飲み物が私はほうじ茶で」
「僕もほうじ茶で」
「俺は緑茶で」
「以上でお願いします」
「畏まりました。ご注文の方を繰り返させて頂きます」

と店員は注文内容を繰り返し後に、厨房へと再び戻って行った。

「なんで俺だけ緑茶なんだ……?今回は緑茶の方が合うだろ」
「いやいやどう考えても苺にはほうじ茶が合うよね。ねー虎太郎?」
「そ、そうだね!ほうじ茶だよねやっぱり!」

見て分かりやすいほどに虎太郎は動揺しながら答える。『想い人』である涼花にそう言われてしまったら動揺してしまうのも致し方ない事だろう。

「ていうか普通、みんながほうじ茶選んだらほうじ茶に変えるよねー!?」

動揺した虎太郎は、陽希と肩を組む。突然の虎太郎のボディタッチに、陽希は顔を赤らめるがここで恥ずかしがって、突き放してはせっかくの運を帳消しにしてしまうと考え、耐える。『想い人』である虎太郎にボディタッチをされて恥ずかしがるなと言う方がおかしいだろう。

「いやーでも俺が先に飲み物の頼んだんだから普通はそれに合わせるだろー!?!?なー涼花!!」

しかし動揺し切った陽希に冷静でまともな思考は出来ず、今度は涼花と肩を組む。突然の陽希の行動に、涼花の思考は停止する。『想い人』である陽希にそのような事をされては、思考が停止してもおかしくないだろう。

同じ場所で大人三人固まって肩を組んでいるという、おかしな状況を何とかせねばと、取り戻した思考で涼花は判断した。

「ていうか、さすがに片側に大人三人はきついよね私が移るよ」
「いや大丈夫だ。俺が向こうに移る」
「陽希と涼花は動かなくていいよ。僕が動くから」

普段なら別に気にもしない席の位置。しかし、ここまで意識させられたとなると三人の思考は見事なまでに一致した。

(((絶対にこの状況で二人きりとかまともじゃいれない!!!)))

互いに睨みを効かせ合って、牽制していく。静かな争いはまさに水面下での争いと呼べるものだった。

そのような静かなる争いをしていると店員が、頼んだ品物と運んできた。

「こちら『苺のスイーツ寄せ集め』と緑茶、ほうじ茶となります。同じ場所に座るなんて、お客様方は大変仲がよろしいのですね」

店員は三人の姿を見て、にっこりと微笑みながら三人の元に、品物を置いていく。恥ずかしい姿を見られた三人は、「あはは……」と乾いた笑いしか出なかった。

「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「それでは、ごゆっくりどうぞ」

涼花が店員とやり取りしてる間に、陽希と虎太郎は『苺のスイーツ寄せ集め』を見ていた。

皿は一人二枚。洋菓子と和菓子で分けられているようで、洋菓子の皿には、可愛らしいピンク色をしたプリン。その上にはカラメルソースの代わりに、ホイップクリームがちょこんと乗っていた。そしてそのプリンの隣には、丸い形をした苺のアイスクリームが置いてある。

そして和菓子皿には、これまたピンク色をした生地の小さなたい焼きが二個。そして隣には、まんまるとした苺大福が二個と品良く並んでいる。

ほうじ茶と緑茶は共に香りが良く、お茶に詳しくない陽希と虎太郎でも、良いものを使っているということが分かる。

「さてと……ってなにこれかわいっ!」

先程まで店員と話していた涼花が、品物を見て驚く。

「たい焼きは本当にミニだし、大福も良いサイズしてる。プリンなんてホイップクリームがちょこんと乗って、お子様ランチみたいで可愛い!」

余程、琴線に触れたのか早口で饒舌に喋り出す涼花。

「まぁ全体的にピンクっていう可愛いが似合う色だもんな」
「しかもサイズ感も小さめだしね」

陽希と虎太郎も同意を示していく。そして、目を輝かせた虎太郎は続けて

「さぁ早く食べよ!!アイス溶けちゃうよ!」
「それもそうだな」
「よしよし撮れた撮れた!じゃあ食べよう!」

虎太郎の言葉に陽希は同意し、涼花はスマホをポケットにしまった。そして全員で手を合わせる。

「「「いただきます!」」」

アイスは溶けてしまうからと全員真っ先にアイスへ手をつける。スプーンを差し込むと、シャリっと心地良い感触が伝わってきた。口の近くまでもって来ると、苺そのものではないかと思うほどの鮮烈な香りが漂う。それを我先に我先にと口へ放り込んだ。

「……っ!!あっ、美味っ!?」

思わず陽希は言葉を発する。まず口の中で真っ先に感じるのは苺の香り。鼻で嗅ぐのとは比べ物にならないほどの苺の香りだ。まるで、香りを封じ込めた爆弾が口の中で爆発しているようだった。その後に感じるのは牛乳の濃厚なコクと、優しい甘み。しかもその濃密さは、苺の酸味で調和されクドさを感じさせない。

「こ、こんなの……女子泣かせだよぉ!!!」

いつもならお淑やかに食べる涼花が、凄まじい速度でアイスをスプーンで掬っていく。がっつくのが恥ずかしいのか、顔を赤らめているがそれでも止まらない。彼女がこれを『女子泣かせ』と評した理由がこれで分かるものだと二人は納得する。

「本当にこれ美味しいね……。アイスって普段ならこんな早く食べないんだけど、もう無くなっちゃったよ」

虎太郎のアイスは、その言葉通り綺麗になくなっていた。

「もう全員アイスを食べ切ったのか……。普段ならもっと時間をかけるのにな」

陽希の言葉通り、アイスを手につけて完食するまでに、数分もかかっていない。このペースで行くならこれら全てを完食するのに三十分かかるかどうかだろう。

「さてと、じゃあ私は苺大福に手をつけようかな。食べやすそうだし、なんとなくプリンは最後に残しておきたいし」
「じゃあ僕たちも涼花に合わせようか」
「そうだな、同じのを食べていってこの感動を分け合いたい」

三人とも苺大福を手に持つ。手頃なサイズ感で、一口で食べれそうだ。一気に口へと運ぶ。

「うわぁ……味わって食べるつもりだったのに、一瞬だったよ……。二個あったのにもう無いじゃん……」

涼花は気を落としながら喋る。だがそれも仕方ないと二人は思った。苺大福は口に入れた瞬間、餡の強い甘みを感じた。さらに、そこで中に入ってる苺が果汁を噴水が如く出していき、強い甘みに支配された口をさっぱりさせていく。その果汁の量もあり、すぐに飲み込めてしまうのだ。

「まさか大福が消えると思う日が来るなんてな……」
「こういうの普通、ステーキとかハンバーグとかで起こるはずなのにね……。なんかこう肉汁が溢れてってやつ。これが大福で起こるとは……」

陽希の言葉に虎太郎が同意しつつ、しみじみと呟いた。

「しかも生地が美味いんだよな」
「そう!それ!素材が良いだけじゃないんだよね多分。こういうのはよく分からないけど、絶対に腕前の方も凄まじいんだと思う」

苺大福の生地は感触がさらりとしていた。しかし、噛んでみるとしっかりともちもちしてるのだ。しかも、この生地はとても噛み切りやすく、飲み込みやすい。もはや、飲ませるための作りだと感じてしまう。

「……ここが幻の店で良かったってすごい思う……」

涼花は自分のお腹の方を見ながらそう呟いた。

「絶対にダイエットの天敵じゃんこんなの……。ここまで美味しいって反則じゃん……」
「いや、運動すればすぐ痩せるだろ」
「もー!女子と男子とじゃ、身体の作りが違うんですー!!痩せようと思ってもすぐ痩せられないんだから!」
「お、おう……。なんかすまん」

涼花の勢いに、思わず謝罪の言葉を口にする陽希。それを見かねてか、虎太郎が口を開く。

「まぁまぁ陽希も悪気はないみたいだし!それにまだお茶飲んでないよね?冷めちゃってもあれだし飲もうよ」
「それもそうだな」
「確かに。やっぱり甘い物にはお口直し必須だよね」

そう三人は言いつつ、茶碗を手に取った。顔に近付いた事により、気品高い茶葉の香りが三人の鼻孔に満ちる。

「よし、じゃあ飲もうか」
「うん」「あぁ」

涼花の声掛けに応じながら三人は、茶を啜った。

「「「……っ!?」」」

止まらない。喉が乾いていたとかではなく、単純に美味し過ぎて止まらない。舌から食道へ通っていく熱く、それでいて暖かな感触。口に含んだ瞬間、緑茶は特有の渋みと香り高さが、ほうじ茶はその芳ばしいともいえる食欲をそそる香りが、それぞれの口の中に充満する。

茶やコーヒーなどは味だけでなく、香りも品質の良さを言うがこれはもはや、品質が良いだとかそういうレベルではないと三人は感じる。

「はっ、えっ?いや本当にわけ分かんないよこれ……?どうなってるの……?」

呆然とした様子で涼花は言う。それもそうだろう。職業柄、涼花はこの中で一番高給与だ。涼花は茶などにはわりとうるさく、その高給与を利用してかなり良い茶葉を仕入れている。その涼花でさえも、味わった事のない茶。

「俺はお茶の事を、今まで名脇役みたいなもんだと思ってたが……。訂正だ。これはもはや主役すらも簡単に奪えるポテンシャルがあると俺は思うな」
「うんうん僕もそう思う。しかも香りだけじゃなくて純粋に味も良い。余韻が良い感じなはずなのに、それで幸福を感じて終わりじゃなくて、この余韻を絶対に逃したくないと思うような……そんな破壊力」

陽希と虎太郎は各々、感想を語る。香りに注視してばかりだが、味の方もこれまた凄まじいのだ。緑茶は、最初は渋みが強いのだが、後にそれが旨みと甘みに変わる。ほうじ茶は、苦味から甘みへとストレートに変わるのだが、それが野球でいう豪速球並の破壊力で舌を刺激してくる。

その味はもはや天上の甘露。神々の嗜好品。神話の1ページに出てきそうなものが、現実へと具現化してしまった。そう思えてしまう。

「こんなの……飲んだ後で……今までのお茶飲めるかな……」

休憩のつもりで飲んだ茶は油断も有り余って、破壊力が今まででトップクラスだった。涼花の体は喜びを感じてるのだが、これからの事を考えるとむしろ心は悲しみに満ちている。

「まぁ……しばらくは物足りなくなるな」
「そうだね……。しかもお茶って淹れるの結構技術がいるよね?もし同じ茶葉を買ったとしても同じ味にならないって事でしょ?」
「そうなのー!私、それなりに茶道を嗜んでるから腕前に少しは自信があったのにそれが全てぶち壊されたよ本当!!」
「あー……涼花が淹れるお茶、店並に美味いもんなぁ……」

涼花の悲痛な叫びに、しみじみと返す陽希。涼花は趣味で、茶道を嗜んでおりなおかつ、職業的にも、人に茶を淹れる機会も多く、自然と技術は磨かれていた。

「あーあ……。これがアマチュアとプロの差かぁ……。わりと美味しく淹れられると自負していたのに……」
「いやいや、これ一本の本職の人と比べたらだめだよ。むしろ、趣味までそれほどの腕前になった事を誇るべき」

虎太郎が茶を啜りながら答えた。虎太郎が茶碗を空にして、机に置いた途端「よろしければ、お注ぎ致しましょうか?」という声が響く。

「へっ、あっ、はいお願いします」

今まで全く姿形も気配も物音も、何かも店員の存在を感じさせるものが無かったため、二度見をしつつ、若干言葉に詰まりながら虎太郎は返事を返す。

「そちらのお二人もお注ぎ致しましょうか?」
「「あ、はいお願いします」」

陽希と涼花も声をかけられるが、二人も全く店員の存在に気づかなかったため、混乱して機械的にしか返事ができない。

トポトポと、真っ白な湯気を出しながら再びほうじ茶と緑茶が三人の茶碗に注がれる。

「それでは、ごゆっくりどうぞ」
「「「……」」」

俊敏に仕事を済ませ、店員はまた厨房へと戻っていく。未だに自体が把握できない三人は、ぼーっとしたままだ。

「……あの店員さん、店員というより、忍者か暗殺者みたいな職業の方が似合ってる気がしてきた」

涼花がぼそりと呟いた。

「あぁ……。人間みたいに五感が鈍くない俺らでも全然気付かなかった」
「ね、普段なら周囲に気を使うまでもなく、勝手に匂いか音を感じるんだけど……」

あれは店員としての技能を極めた結果なのか、それとも他の何かが原因なのか。もしも後者だった場合、ろくでもない事は確実なので、三人はこの話題をお蔵入りさせる事に決定した。

「ごほん、気を取り直して今度はたい焼き食べよっか」

涼花がわざとらしく咳き込んで、仕切り直しを行う。

「それにしても、これ冷たいたい焼きなんだね。とってもひんやりして、ふわふわしてる」

虎太郎がたい焼きを手で持ち、指で押しながら言った。

「私、冷たいたい焼き食べたことないんだけど二人は?」
「俺は無いな」
「僕もないね」
「じゃあこれが冷やしたい焼き初体験か……。このお店の冷やしたい焼きのイメージが焼き付いて、二度と他の冷やしたい焼きを食べれなくなりそうだけど」

不穏な事を涼花がいいながら、三人ともたい焼きを手に持った。冷たいだけでなく、ピンク色に染められたたい焼きは見た事がなく、見るだけでも楽しい。そして、三人とも覚悟を決めて、三人ともたい焼きを口にした。

「……たい焼きだけどたい焼きじゃないよこれ……」
「言い得て妙だが、虎太郎の言うとおりだな」
「うん、これはもうたい焼きじゃない、別のスイーツとして進化しちゃってる」

美味しいものを食べすぎて、感覚が麻痺したのか冷静に感想を漏らしていく。まず食感からたい焼きではない。普通のたい焼きは、生地にどっしりとした重さを持たせる。中に入る餡だけでなく、生地も主役として立ち並ぶ形だ。その生地の重さは他の菓子の追従を許さない。

しかしこのたい焼きはむしろ逆。雲だろうかと思うほど、軽く、ふんわりとした食感。口の中ですぐに無くなってしまう。ここで肝心なのがあえて、軽くしたということ。普通のたい焼きではほとんどありえない、まだ足りないという欲求を呼び起こす事に成功している。

また餡もクオリティが高い。中に入っているのは、ホイップクリームと苺のクリーム。少しどっしりとして、苺の味を強く口に残す苺のクリームに、ふわっとして軽やかなクリームは、餡自身の組み合わせとしても、生地との組み合わせとしても相性が良い。

「これ……今までのやつと違ってほとんど苺の酸味がないが、それがむしろ緑茶との相性を良くしてる……!」

陽希の頼んだ緑茶は、旨みも甘みも強いがその分渋みも強い。しかし、その渋みがたい焼きの甘く、ずっしりとしたクリームのクドさを洗い流す。その後にお茶自体の甘みと旨みにより、完全に口の中はリセットされ、また同じようにたい焼きを楽しむ事ができる。

「緑茶もうそうだろうけど、ほうじ茶も相性が良くされてるよ……!」
「そのせいで私、もう大分お茶飲んじゃったよ」

虎太郎と涼花が頼んだほうじ茶は、苦みから甘みへの豪速球。味という力で、口の中に存在するクドさを叩き潰していた。また、芳ばしい香りも一役買っている。この香りはクドさを減少させながらも、食欲が促される。余計に次の一口が食べたくなるのだ。

「あーあ。たい焼きも数分以内に全滅だな」

陽希の呟きに、虎太郎と涼花は無言で首を縦に振る。三人の器に残るのは苺のプリンただ一つ。

「これが最後の一つ……とっても名残惜しい……」

そう無念の呟きを漏らしつつも、誰よりも早くスプーンを手に持った涼花。

「まぁ、これが最後かもしれないからな。一応ここ幻の店だし」
「そうだね、『余裕』があったら味わって食べようか」

二人も涼花に相槌を打ちながらスプーンを手に持った。

一斉に三人のスプーンがプリンへと差し込まれる。柔らかな感触。それでいて、スプーンからも感じる弾力。プリンとしての完璧な触感が、そこに構築されていた。
三人は期待を寄せ、静かにプリンを口へ運んだ。

「「「んっ……っ!?!?」」」

予想以上の苺の酸味に三人は驚く。尖りに尖り切った酸味は容赦なく三人の舌を襲う……だけではなかった。その後に突如として来る、プリンの優しい甘み。直前の酸味が強過ぎたせいで、それはより一層深い甘み、味へと昇華させていた。

「これは……まさに飴と鞭だな……」

感嘆の思いで陽希は呟いた。

「うん……。すっごい酸っぱかった。けど、それがあるからその後の美味しさが凄い」

涼花もそれに続いて感想を口に出した。

「しかも何がズルいってこの酸っぱさ、最初こそは驚いたけど苺の良い香りが口に充満するし何より、嫌な酸っぱさじゃない。クセになる酸っぱさだ。あれだね、ピ○レグミみたいな感じ」

虎太郎は涼花に続けて語る。

「さてと……今度はホイップクリームと一緒にだな……」
「んー怖い!絶対に合うじゃんホイップクリームと!」

陽希の言葉に、涼花が若干の好奇心を滲ませて相槌を打つ。三人はスプーンに、プリンとホイップクリームを乗せて口へ運ぶ。

「……はぁ……。美味し過ぎてリアクションがついていかない」

涼花はそう告げた。先程の尖りに尖り切った、刺激的とも言える苺の酸味は、ホイップクリームの優しく甘い味で丸くなり、アクセントを付けるための酸味から苺香る優しい酸味へと変化を遂げていた。その後に来る甘みは優しい酸味と混ざり合い、苺の香り、酸味をドレスのように上品に纏い、それでいて伝統的なプリンの味も残した至高の逸品となっていた。

「ホイップクリーム有りも無しも、どちらも良さがあって甲乙つけがたいな……」

陽希が眉間に皺を寄せながら呟いた。

「まぁまぁ、決めなきゃいけないもんじゃないし!」
「それもそうだな」

虎太郎の言葉に笑顔で返す陽希。そんな中で、プリンを掬いながら涼花が静かに口を開いた。

「このプリンってさ。恋みたいだよね。酸っぱくてとっても甘い。どう足掻いても叶わない酸っぱさと、一緒にいれるだけで幸せな甘さ。それっぽくない?」
「まぁ確かに。よく分かるよ俺も」
「うん僕も」

陽希は、想い人である虎太郎が、誰に想いを寄せてるか知っている。
虎太郎は、想い人である涼花が、誰に想いを寄せているか知っている。
涼花は、想い人である陽希が、誰に想いを寄せているか知っている。

相手に対して、想いを寄せているから、その相手が誰に想いを寄せているか分かってしまう。叶わない、でも一緒にいれるだけで幸せという甘酸っぱさは、全員知っていたから、涼花の言葉に共感できた。

最後の一口をゆっくりと口に含んだ。最後に感じたプリンの味は、一際強い酸味と、そしてとても優しい甘さを感じた。不思議とその味は、心に深く溶け込んでしまうようだった。

「「「ごちそうさまでした」」」

三人は手を合わせた。そして席を立ち、お会計を済ませる。そのタイミングで、三人は店員に声をかけられる。

「お客様方は、恋に関するお話をなさっていたみたいですね」
「えぇまぁ」

若干、頬を赤らめながら涼花が応える。

「皆様、諦めかけているようなご様子でいらっしゃいましたが、人の心がどう動くかは周囲、ましてや本人にすら分かりません。ならば、諦めずに足掻いてみるのも良いのではないでしょうか」

諦めている。その言葉が図星であった三人はギクリという擬音が聞こえてきそうなほどに露骨な反応を見せる。

「人の一生など、儚いものです。その中でも、恋や愛は特に。それなら、悔いの無いように動いた方が後腐れが無いと思います」

「「「そう……ですね……」」」

核心を突かれたようで、三人は呆然としながら呟く。

「ただの店員が、差し出がましい真似をして申し訳ありませんでした。料理を楽しんでいただけたようで有り難い限りです。また何処かでお会いできるといいですね」

そんな店員の声を聞き、三人は店の外へ出る。陽希が腕時計を確認すると、時刻は13時30分。待ち合わせ場所からおおよそ一時間ほどしか経過していない。

『『『諦めずに足掻いてみる……か』』』

三人の内心は一致していた。

「「「これから……!あっ……!」」」

三人同時に声を上げた。

「あ、あははは」

そして涼花が笑い出した。

「ふ、ははは」

それに釣られて陽希も笑い出す。

「ひ、ふひひ」

さらに釣られて虎太郎も笑い出した。三人とも笑い合う。笑って笑って笑い疲れた頃に、涼花が言った。

「これからさ、ご飯行こうと思うんだけど行かない?」
「あぁ、俺もそう言おうと思ってた」
「僕も」
「ふふ、じゃあ満場一致だね!何食べよっか」
「じゃあ俺が気になってる店で良いか?何でも本場カレーが楽しめるだとか」
「いいね、僕は賛成だよ」
「うん、私も!そうと決まれば善は急げ!」

そう言って涼花は走り出した。

「あ、おい!待て!」

陽希も走り出す。

「ちょっと置いてかないでよ~!」

虎太郎も遅れて走り出した。なんだかんだ言いながら、全員それを楽しんでいて、これからも親友でいられたら、もしくはそれ以上の関係になれたらなと思っていた。
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