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第一巻 第三章 「その異世界人、好戦につき」

第三章 第十五節 ~ 空よりの来襲者 ~

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「試合終了――ッ‼‼ 最後の戦い、頂点のリングに立っていたのは――
 〝アンネームドルーキー〟リオナ選手だあぁぁぁッ‼‼ 歴代最強とうたわれた現王者ハイドルクセン選手を見事打ち破り、第六十三代目チャンピオンの称号を手にしましたッ‼ しかもッ‼ レベル1という初期レベルでチャンピオンの座に輝いたのは、闘技場始まって以来史上初の快挙ですッ‼‼ 我々は伝説の誕生に立ち会ってしまったあッ‼‼」

 司会が興奮した様子で、リオナの勝利を褒め称えている。
 しかし、そんな声も聞こえない程に、観客席から物凄い声量の称賛が飛んで来た。

「やった⁉ マジでやりやがったよあの子っ⁉ 〝幻影〟を倒してチャンピオンになっちまいやがったっ‼‼」

「ひゃっほお~~いっ‼‼ 僕はリオナちゃんを信じてたよお~~っ‼‼」

「うああぁぁぁあああボロ負けだあああぁぁぁああああっ⁉ でも面白かったから許してやるあああぁぁぁっ‼‼」

「……なんだ、賭けでもしてたのか?」

「まあ、アレも闘技場を盛り上げてくれる一因なんでね」

 観客席では、ハイドルクセンの勝利に賭け、そして紙屑かみくずとなった大量のチケットが舞っていた。
 それらがリオナ達のいるリングに降り注ぎ、さながら祝福の紙吹雪のようだった。

 リオナは降って来たチケットの一枚を手に取り、あきれたように笑ってそれを握り潰した。
 そこに書かれていたオッズを見るに、今日は相当な大金が溶けていったことだろう。
 精々路頭に迷った無宿人が現れないよう、リオナは内心で両手を合わせた。

 倒れたままのハイドルクセンが上半身だけを起こして、ある一点を指差した。

「さて――第六十三回チャンピオンズカップ優勝おめでとう! 先代チャンピオンとして、君のような素晴らしい挑戦者と戦えたことを誇りに思うよ。……だけど、まだ終わりじゃない。あの表彰台に立ち、優勝旗を手にして、初めて新たなチャンピオンの誕生となる!」

 ハイドルクセンが指差した表彰台には、赤地に金の刺繍ししゅうが施された優勝旗がはためいていた。
 鮮やかながらも色はちょっとせていて、あの優勝旗が闘技場の創設以来何人ものチャンピオンの手に渡ってきたのだということをうかがわせた。

「……本当なら、私の手で直接あの優勝旗を渡してやりたかったんだけどね、私は御覧の有様だ。代わり、と言っちゃなんだが、私からはこれを渡すとしよう」

 そう言って、ハイドルクセンは自らの右腕にまっていた赤褐色の腕輪を外し、それをリオナに手渡した。

「ほう……〝マーズバングル〟か」

「そうだ」

 SR級アクセサリー〝マーズバングル〟。
 俗に〝惑星シリーズ〟と呼ばれる装備の一つである。

 惑星シリーズの装備は、〝ジュピター○○〟や〝アース○○〟など、名前に惑星の名を冠しており、同じ惑星の装備でそろえると、各種パラメーター上昇や状態異常無効などのボーナスが付与される。
 ミラの持っていた〝ムーンダガー〟も惑星シリーズだ。

「………………」

 受け取った〝マーズバングル〟を腕に装着してみる。

 身体の奥底から、沸々と力が湧いて出て来るような気がした。
 マーズバングルは防具でありながら、攻撃系のパラメーターを上昇させる効果があるのだ。

 攻撃力の低い今のリオナには、とてもありがたいアイテムだった。
 ニヤリと笑い、ハイドルクセンに礼を言う。

「……ああ、サンキューな。これでちったあマシな攻撃ができそうだ」

「フフ、大事な女性ひとへのプレゼントだ。大切にしてくれたまえ」

 リオナが顔を上げると、司会役の男が表彰台に立ち、優勝旗を手にリオナを待っていた。
 新たなチャンピオンの誕生を見逃すまいと、観客達の視線が表彰台に向けられている。
 表彰式の準備が整ったようだ。

「さあ、皆が君を待っている。行くといい」

「ああ」

 きびすを返し、表彰台へと足を向ける。
 爪先からネコ耳の先までくまなく注がれる観客達の視線が、妙に心地良かった。

 思えば、MMORPGシェーンブルンでの大会は全てオンラインで、画面向こうの観戦者は数多くあれど、こうして直接視線を浴びるということはなかった。
 どんな状況であれ自分のベストのプレイを尽くせる自信はあるが、やはりリアルの熱気というのは、オンライン大会では味わえない特別なものだ。

 ある種陶酔感のようなものを覚えながら、リオナは胸を張り、リングの土の感触を踏みしめて、堂々たる風貌で表彰台へと……



「見イィィィイつけたのですよおおおぉぉぉぉおおお――――っ‼‼ リオナさあああぁぁぁぁああああんっ‼‼」



 突如、上空から物凄い勢いで降って来る何かの影があった。
 リングの上、リオナと表彰台との間に落下すると、爆発したような土煙がもうもうと舞い上がり、観客席全体を包み込んだ。

 突然の来襲者に、観客達は茶色い視界の中で恐怖と混乱の悲鳴を上げた。

「ひいっ⁉ 何だ⁉ 何事だっ⁉」

「襲撃だあぁっ‼‼ モンスターの襲撃だああぁぁぁっ⁉」

「おいバカ落ち着けっ‼‼ 街中にモンスターが入って来れるわけねえだろ⁉」

 慌てふためく観客達だったが、闘技場に足を踏み入れるだけあって、その辺の一般人よりも肝が据わっていた。
 周囲を警戒しながらも、迂闊うかつに逃げ出すようなことはしない。
 この視界の中で慌てて逃げ出せば、大惨事になる可能性があったからだ。

 観客達が固唾を飲んで見守る中で、やがて立ち込めていた土煙が晴れ、リングに現れた謎の人影の正体があらわになった。

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