私と彼には“25の恋愛契約”があります。距離感こじらせ御曹司と始めたルールつき婚前同棲

花森 うらら

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第13話 合鍵と、ルール⑫

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 土曜の午後、私たちは駅前の小さな鍵屋に入った。古い真鍮の鍵が壁一面に並び、金属の匂いと機械音が静かに響く。
 店主のおじいさんが眼鏡を上げて笑った。

「合鍵ね。刻印、どうする?」

 視線で問いかけられ、玲央さんが私を見る。私は小さくうなずいた。

「“25”で、お願いします。――ふたつ」

 店主は「いい数字だ」と言って刻印機を回す。軽い震動が手のひらまで伝わる。金属に“25”が浮かび上がるたび、胸の奥にも同じ灯がともる気がした。

「受け取りは三十分後だよ」

 
 店を出る間、横断歩道の向こうに黒い影が立った。
 カメラだ。
 理解した瞬間、背筋が強張る。玲央さんは何も言わず、私の手を取り、アーケードの中へ導いた。人混みとネオンのざわめきが防波堤みたいに二人を包む。

「怖い?」

「……大丈夫」

「僕も大丈夫。君がいるから」


 十分だけ時間をつぶして鍵屋に戻ると、真鍮色の小さな鍵が二つ、透明の袋に入って待っていた。
 刻印の“25”は、私たちだけがわかる印のように控えめに光っている。

「ありがとうございます」

 店を出ると同時に、玲央さんが足を止め、改まった声になる。

「ここで、ルール⑫を決めたい」

 手のひらに鍵をのせ、ゆっくりと告げる。
 
 ルール⑫ “合鍵は、信頼の証。使う前は必ず予告すること。
 入室は相手の“OK”の返信後。例外は“緊急時のみ”
(返事がないときは管理人立会い/入ったらすぐ連絡/勝手に物を動かさない)

「扉は、ふたりの同意で開ける。――それが、鍵の意味だと思う」

「はい。合意、します」

 受け取った鍵が、意外に重い。掌の重さが、胸の奥へそのまま沈んでいく。

「今日は“持ち帰り”だけ。使うのは、来週の金曜にしよう。――“25日”」

 その日付を聞いただけで、頬が熱くなる。私たちは川沿いの遊歩道まで歩き、ベンチに腰かけた。風が少し冷たい。彼は私の指先を包み、真剣に言う。

「鍵は“いつでも会える魔法”にもなるけど、同時に“相手の時間を尊重する誓い”でもある」

「……うん」

 そのとき、スマホが震えた。画面に母の名前。胸の奥がひやりと冷える。

「出てもいい?」

「もちろん」

 通話の向こうは少し緊張した声だった。

『美桜、最近ニュースで見る若い社長さん……会社の人? 家の近くで、この前、何か聞かれて……大丈夫?』

 実家。喉がつまる。私が言葉を探すより先に、肩にかかる手がそっと力をくれた。

「大丈夫。――今度、ちゃんと話すよ」

『心配しすぎかしら。美桜が幸せなら、それでいいんだけど……』

 通話を切ると、玲央さんは深く息をついた。

「記者が実家に回り始めたか。……弁護士にすぐ動いてもらう。ご両親の連絡先、預からせて」

「お願いします」

 指が震えていた。彼は迷わず、私の手帳を開かせてくれる。

「気持ちをおちつかせるために、書いておきますね。――“今日よかったこと”を、先に」

 私は息を整え、声に出した。

「“合鍵を受け取れた”。鍵の意味を、ふたりで決められた」

「――僕は、“彼女が“ひとりで対応しない”と言ってくれた”ことかな」

 彼は続けて、落ち着いた声で話を切り替える。

「広報と弁護士に、実家・近隣への接触禁止の文面を追加してもらう。ご家族には会社から正式に説明するよ。――僕の役目だ」

「ありがとう」

 夕暮れの川面が、群青に変わる。
 
 駅へ戻る途中、改札の上から低いフラッシュが光った。
 反射的に身が固まる。すぐに、私の手のひらを玲央さんがにぎる。

「大丈夫。僕だけ見て」
 
 それだけで、足は迷わなくなる。

     ◇ ◇ ◇

 夜。マンションのダイニングで、キャンドルに火をともす。
 テーブルの上に、受け取った鍵を指先で並べた。刻印の“25”が小さくゆれる。

「――約束を、しよう」

 玲央さんが立ち上がり、私の前に手を差し出す。私は鍵を握り、彼の掌に重ねた。彼も同じように、私の手のひらに鍵を置く。

「僕は、この鍵を“愛情の近道”にしない。君の時間を尊重するための“合図の鍵”にする。――約束します」

「私は、この鍵を“孤独の埋め合わせ”にしません。淋しい夜こそ、あなたの声を聞く。――約束します」

 鍵が触れ合って、微かな音を立てた。金属の音が、誓いの音に聞こえた。

「じゃあ、ルール⑪の、おかえりのキスは私からしますね」

 今日は、私から。頬に触れて、すぐ離れる。
 彼は、「反則だ」と照れたように笑った。
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