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 ちなみに服屋はすぐに見つかった。家具屋からそこまで遠いわけでもなかったのだ。まあ、サディンはその目当ての店を目にした時に渋い顔をしたが。
 
「わあ!あった、ありましたあ!」
「どわっ…!」
 
 ミハエルははしゃぐ声と共に駆け出した。サディンが物怖じしてしまいそうなくらい、メルヘンで可愛らしい見た目のお店に無情にも近づいていく。なんだここ、なんで軒先にでかいクマなんか置いてあるんだ。首に水色のおリボンをつけた大きなテディベアが看板代わりらしい。白とピンクのストライプ柄の店の中に、背の高く男らしい体つきの美丈夫が連れ去られていく。シャランといった聞きなれないドアベルの音に、こんなとこまでメルヘンにしなくていいのになあと辟易とした表情を浮かべた。
 
「わ、わ、わ!サディン!サディンどうしましょう!たくさん可愛いがあります!わああ!」
「わかった、わかったから落ち着け。」
 
 腹の子に触るから跳ねるんじゃないと嗜めると、ミハエルは目を輝かせながら店内を見渡した。
 なんというか、パステルピンクにミントグリーン。オフホワイトにレモンイエロー。可愛いが渋滞している店内は、サディンの感性では到底理解できないような服まである。なんだこれ。なんでリュックに羽なんてつけるんだ。妖精でも出てきそうな店内の中、店を照らす天井の明かりまでもがすずらんのような形をしている。
 
「こっちのクマさんケープと、こっちのクマさんケープ、どっちが似合うと思いますか!」
「どっち…?」
 
 ミハエルが手に取ったのは、パステルイエローとパステルピンクのケープだ。クマの耳をかたどる装飾の部分は、表地とギンガムチェックの布でまあるいお耳が作られている。どっちと言われても、色が違いますねしかいえない。サディンはミハエルの視線に負けて、意をけしてピンクの方を指差した。
 
「女の子なら、普通はピンクだろ。」
「じゃあ、ケープはピンクにして、スタイはどうしましょう、わ、ケミカルレース!可愛い!」
「ケミカ、何?」
 
 ミハエルがイキイキとしている。何やらサディンは置いてきぼりで、女性店員とはなし込む。どうやら涎掛け、スタイというらしいことを初めて知った。とにかくそのスタイはどれがいいとかアレが可愛いとか、お花の刺繍はこんなに種類がありますよだの、なんでそんなに馴染んでいるのだと言わんばかりに盛り上がっている。
 
「サディン!!」
「はいはい。」
 
 どうやら次はボンネットらしい。大きな猫の耳と垂れた犬の耳のもので悩んでいるらしく、サディンはもうキラキラゆるふわなこのお店にいると、目がチカチカして頭が痛くなってくると自覚したので、頬を染めて選ばせようとしてくるミハエルの手をガシリと掴んで店員に言った。
 
「お姉さん、いまミハエルが選んだの全部買いで。」
「ざ、在庫分でご用意いたします!!」
「えええ!!」
 
 目が疲れると言わんばかりに眉間に皺を寄せながらマッサージをする。まさかのショップ店員もここまで大人買いをされるとは思わなかったらしい。大慌てで準備をしだす。手際が良くて非常に助かる。ミハエルはアワアワしながらも、ツノの生えた珍妙な馬のぬいぐるみを持ってくると、これは、これは自分で買いますから!!と頑なに固辞をしていた。
 
「ユリアちゃんのお洋服、僕が買ってあげたかったのに!ありがとうございますですけど、なんでサディンが払っちゃうんですかあ!」
「目が痛かった…あんな光属性みたいな店にずっと俺がいられるか…。」
「サディンだって光より強い聖属性持ってるじゃないですか。」
「そういうことじゃない…。」
 
 店を出て、サディンは巷で流行りのジャムとクリームを挟んだパンと引き換えに休憩を勝ち取った。サディンの横に高く積まれた可愛らしい色合いの紙袋やボックスからは、なんだかそこ知れぬ圧力を感じてしまう。なんとなくそのカラフルに気圧されて、逃げるようにミハエルの方に身を寄せると、給仕されるスイーツをぱくつく。
 
「その訳のわからんぬいぐるみは何。」
「ユニコーンです。可愛いくないですか?」
「あの処女の血しか認めないっていう拗らせたやつか?」
「拗らせたとか言わないでください…。」
 
 可愛らしくデフォルメされたユニコーンのぬいぐるみが、ドヤ顔でミハエルの膝の上を陣取っている。薄水色の眠そうな目のぬいぐるみはユリアへのミハエルからの贈り物らしい。サディンがそれも払うと言ったのだが、僕からのプレゼントですもん!と拗ねられたので、それだけはミハエルに買わせた。
 
「その妙なぬいぐるみに、銀貨2枚…。」
「適正価格です。だってこんなに可愛い!」
 
 ぎゅむぎゅむと抱きしめるミハエルの方が可愛い。サディンは買ったものを諦めてインベントリに入れていくと、ミハエルの手首を掴んで、バクリともう一口齧り付いた。
 
「サディンも意外と甘いものが好きなのですね。」
「まあ、他に食うものがなければ食うかな。」
「最後の一口食べていいですか?」
「どうぞ。」
 
 仲良く分けっこするのもいいですね。だなんて可愛く笑う年下の恋人に、サディンは不整脈を起こすかと思った。口端についていたクリームを拭ってやれば、赤い舌がぺしょりと舐める。サディンの手を舐めるときは口元を隠さないのかと気がつくと、これ以上突き詰めたら勃ちかねないと顔を抑えて俯いた。
 
「サディン?疲れちゃいましたか?」
「ちょっと今、勃起しかけてっから待って。」
「わ、わああ今日もいい天気!!」
 
 サディンの反応し始めている下半身に目をやったミハエルが、大慌てでぬいぐるみを押し付けた。サディンが渋々それで股ぐらを隠すと、そのぬいぐるみの頭を枕がわりにして、ミハエルを横向きで見上げた。
 
「…昨日あんなにしたじゃないですか…。」
「体は若いままだからな。」
 
 顔を赤く染めて小さく呟いたミハエルに、サディンが言う。赤くなった耳が可愛くて手を伸ばすと、ピクンと肩を揺らした。
 
「僕、早くあなたと並びたいと思うのに…、見た目が変わるのは僕だけなんですよね。」
 
 ミハエルの声色は、少しだけ残念そうな色をしていた。
 
「父さんが人間やめた年齢で、俺らは成長が止まるからな。」
「純愛ですね、寿命を等しくすると言うのは、なんだかとても美しいことのように思えてしまいます。」
 
 サディンの父親であるエルマーと、母であるナナシは人外だ。それはミハエルも知っている。二人は愛を誓い、そして互いの寿命で互いを縛った。どちらかが死ねば、残された片割れも死ぬ呪い。だからサディンは、子供の頃それがすごく嫌だった。
 
「ウィルが生まれるって時にさ、言われたんだよな。」

 サディンの手が、ミハエルの手と重なる。ゆるく握り返されれば、じんわりとミハエルの体温がサディンに移る。
 サディンが、伏せ目がちにゆっくりと語りだす。ミハエルに言っていなかった、小さい頃のサディンの話だ。
 サディンがずっと抱え込んでいる胸の支え、ある種の誓い。
 
「出産は、命を生み出す行為だから、命懸けだって。」

 ナナシが出産に耐えられずに死ねば、エルマーも死ぬ。エルマーは、ナナシの出産が近くなったある日の夜に、ナナシが寝た後にサディンと二人でホットミルクを飲みながら、そんなことを言った。
 
「すげえ嫌でさ。死ぬ覚悟だろう、文字通り。そんなにして弟を産んで、二人が死んじまったら、残されるのは俺と生まれたばかりの弟のみだ。だから、やめてくれって言った。」
 
 そんな無責任なこと、なんで許されると思ったの。小さかったサディンは、泣きながらそんなことを言った。二人が死んで、サディンの元に弟が生まれたとしても、サディンは弟を恨んでしまう。サディンがずっと独り占めにしていたお母さんも、お父さんも、死んじゃうかもしれない危ない目に遭うなら、弟なんかいらない。サディンはそう言って、エルマーとお揃いの金色のお目目に涙をたくさん溜めて、初めてワガママを言った。
 
 ごめんなあ。エルマーはそういった。そうじゃない、謝ってほしい訳じゃないのに、それも嫌で癇癪を起こして、ままならなくて泣き喚いて、11歳の小さなサディンは、エルマーに抱っこされて大泣きをした。
 そんな、普段いい子な息子の否定を受けて、エルマーは困ったように笑った。そして、粗野な父親がひどく優しい手つきでサディンの頭を撫でて、ナナシが好きだから、全部お揃いが良かったと言ったのだ。
 子供には苦労をかけることはわかっていた。だけど、サディンが生まれたときは、本当にこの日が己の命日かと思うほど嬉しかったと言ったのだ。
 
ーいずれ先に死ぬ俺たちが、お前を一人にさせたくなかったんだ。これは親のエゴだよ。ごめんな。
 
 そう言って、サディンを抱きしめて、小さい頃のように背中を撫でながら、泣き止むまでずっと抱っこしてくれたのだ。11歳で背も伸びてお兄ちゃんになったのに、エルマーはきちんとサディンの淋しいを汲み取って、ナナシが寝静まった後に小さい子供に戻してくれた。
 妊娠して、弟ができて、もう甘えられないんだと思ったサディンがたくさん甘えられるように、エルマーはわざとナナシが見ていない時に甘やかしてくれた。サディンも男の子だ。だから、大好きなお母さんの前では我慢してしまう。それをわかってて、エルマーはサディンの気の済むまで抱きしめた。大人になった今でも、たまに思い出すその手のひらに、自分は近づけているのだろうか。
 
「納得はしなくていいけど、弟は愛してくれって言われた。」
 
 絶対にお前を寂しくさせないから。エルマーはそう言ってくれたし、ナナシはサディンを幸せにするためにウィルを産むといった。二人を、エルマーとナナシで抱きしめたいともおねだりをした母親は、なけなしの力こぶをふんっと作って、まもるよ。と拙く言って笑ったのだ。
 だからサディンは、しっかりしなきゃと思った。自分勝手に互いを呪いで縛る親だから、サディンがしっかりして、二人を守らなきゃと思った。
 サディンは子供の頃、二人の呪いが嫌いだった。でも、大人になってからは、自分の両親のようにありたいと願うようになった。二人を守れば、ずっと長生きしてくれる。サディンもウィルも寂しくない。だからサディンは、家族を守るために騎士団に入った。
 
「俺にも同じ血が流れてる。」
「はい、」

 ミハエルは、一緒にその呪いを背負ってくれるのか。サディンはそれを聞こうとして、口にするのをやめた。繋いだ手が、きゅっと優しく握り返される。なんだか急に目の奥が熱くなって、誤魔化すように目を閉じた。
 ミハエルはそんなサディンを優しく見つめると、何も言わずに身をもたれかけて側に寄り添った。
 
 
 
 
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