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水神の本当

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 レイガンの一族が守る水神、ニルマイア・ニルカムイ。それは水の化身でもあり、まつろわぬ魂達を従え、常世への道筋を作る神でもあった。
 時にはその身を大河に変え、輪廻から外れぬように運ぶこともあるという。マダムヘレナが冥府を司るのなら、ニアはその反対。正しき魂が汚れぬように、その身の内に宿して守るという役割を持つ。
 すなわち、御霊送りというのはニアの体の中に魂を取り込み、あるべき場所へと誘うことだ。ニアの体に流れるのは、常世へと繋がる水脈である。その流れに乗せて、御霊に正しき道筋を辿らせることこそが、本来の隠されたニアの能力の一つであった。
 
「おま、土から出て来ん時あんじゃん!!」
「だからあれはこっちの水脈辿ってるだけだってー!」
 
 てっきりニアの能力は聖水を出すことと、地面を移動するくらいだと思っていたと言うエルマーに、ニアは失礼なやつだなー!と、舌をちろつかせて抗議をしていた。
 いわく、ニアの本性はレイガンの血を口にするかどうかで出せる力も違うらしい。今は海と違い、狭い庭の一角だ。次に本来の大きさに戻るとしたら、また長い時をかけねばならない。レイガンの魔力で補える分だけなら話は変わるが。
 とかく、旅路ではニアに御霊流しなどという、そんな能力があることは言っていなかった。というよりも、ニア自身も積極的ではなかったのだ。
 
 レイガンが語った、知られざるニアの役割。それはあまりにスケールが大きな話であることは百も承知である。故に、御霊流しとは実に集中力を要するものであり、一族の長が過去に一度だけ、ニアに頼んでその儀式をお願いした程度である。最後に行使されたのは二十年以上前。なので、レイガン自身もやるとなると、初めての経験であった。
 
「にしても、」
「なんでそんなもん体に入れちまったんだあ?」
 
 一番の疑問は、なぜまつろわぬ魂をニアが取り込んだか、である。
 
「呼ばれたんだー。強い思いを持つ魂に。」
「どこに?」
「多分、海の中かなー。」
 
 何の気なしに言ったニアの言葉が引っかかる。どうやら、ニアを呼ぶ魂の声に答えていた為、姿が見えなかったらしい。どうりで呼んでも来ない筈である。
 
 普段はすけべで節操のない蛇だとばかり思っていたのだが、やはりそうはいっても神の一柱である。レイガンの一族によって、過去に神格が落とされたとはいっても、神は神。これで神格が落とされぬままだとしたら、ニアは一体どれほどの神になっていたのだろう。
 レイガンがニアの体を背凭れにして、地べたに座る。呆気に取られているエルマーを見上げれば、パチリと目があった。
 
「それってダラスたちの魂とかも運べたんか?」
「ああ、それは無理だな。冥府と常世は違うらしい。」
「ヘレナの方が、どっちかっていうとねちっこいぞ。ニアはほら、さっぱりしてるしなー!」
「やめろ!冒涜になるだろうが!」
「わーー!!今のなしなし!!」
 
 ニアの発言に、エルマーはなんとなく納得してしまった。確かにジルバもねちっこいのでそんな気がする。
 とかく、ニアの具合が悪いというのは致し方ないとして、エルマーは渋い顔をすると、話があることを主張するようにビシリと手を挙げた。
 
「タイムぅ!なあそれってもしかして、お前ん中の末路がやばい魂が納得しねえと常世にはいけねえってやつかあ?」
「あー、ニアが応えちゃったからなー。向こうからよってくる分には強制送還みたいな感じにピャーッと送っちゃうんだけど、今回はそれもなー。」
「おいニア。」
 
 間延びしたニアの声に、エルマーもレイガンも頭が痛そうな顔をする。それはつまり、現在進行している依頼の上に、ニアの件も重なってくるということだろう。ただでさえ討伐の仕方に難ありそうな魔物を相手にするのに、末路がやばい魂って。とわかりやすくエルマーが嫌な顔をする。
 しかしレイガンは、先程のエルマーの言い間違えを見逃してくれなかった。
 
「まつろわぬ。だからな、エルマー。末路がやばいってのは違う。」
「なんだっていいやな、もうとりあえずわかるとこから潰してこうぜ。」
「……ああ、そうだな。御霊の声を聞けるのはニアだけだし……。」
 
 ひとまずニアの具合の原因がわかったのなら、ガニメデのところにでも行って話を聞こうと、脱線した話の軌道修正を図る。
 ニアはというと、シュルシュルと蜷局を巻き直すかのようにして元の大きさに戻る。そして疲れたような雰囲気のまま、鎌首を伸ばしてレイガンの左足に絡みつき、体を伝って定位置でもある首元に身を落ち着けた。
 
「なあなあ、チョぴっとだぞ、チョぴっと。悪いなあと思ってるけど、反省はしていないというやつだなー!」
「神が反省などするものか。まあ、必然的にそうなったのだろう。気にするな。」
「聞いたかエルマー!ニアのレイガンが男前だぞー!!エルマーも見習った方がいいと思うなーニアは!」
「俺ぁナナシに愛されてんならなんだっていいしな。一昨日きやがれってんだ。」

 は、と悪役然りで笑うエルマーの手をナナシが握る。きゅっと握り返されれば、そのままナナシは嬉しそうにくっついた後、ご機嫌に尾を振った。

「がにめで、よぶする?うみのなかのこと、ニアのまたま?もわかるする、かも?」
「またまじゃなくて、みたまだよナナシ。」
「みたま!」

 ユミルが笑いながら訂正をする横で、レイガンは確かにと思った。海の中にニアが赴いたと言うなら、事情を話せば何かヒントはくれるかもしれない。とはいっても海の中にいた魂ということは、難破船のなかで囚われてしまった人の魂かとも考えた。しかし、一人で?そうしたらやはり、漁船かもしれない。
 レイガンは逡巡するかのように口元に手を当てると、ユミルを見下ろして問いかける。

「海難事故って最近あったか?」
「え?僕が知る限りじゃないけど。今レイガン達が受けてる依頼くらいじゃない?」
「だよな。」

 ユミルのがこちらの生活は長いので、なにか知っているかとは思ったのだが違うらしい。とかく、今はガニメデだ。リビングに戻って朝食の後片付けを済ます。
 出掛けに、ガニメデを呼ぶのにナナシも必要だと理解したようだ。ユミルもレイガンについて一緒に行きたがったが、何かあったら危ないからと言って留守番をしてもらった。
 どうやらそのやり取りが余程面白かったらしい。エルマーがあまりにもムカつく顔をしていたので、レイガンは尻に一発蹴りを入れたのであった。








「我が名はガニメデェ!!むぅぅ……我が雌がおらんではないか!!一昨日来やがれである!!」
「いやお前までそれを言うのかよ。」

 カストールの海岸沿い、大きな石がゴロゴロと転がっている足場の悪いそこは、エルマー達が密入国をした時にも使った人気のない場所である。
 ナナシに呼び出してもらったガニメデは、あいも変わらず頭に響くようなやかましい声色であった。
 相変わらず風船のような頭をぷかりと波に揺らし、岸辺に腕をつくかのようにして蛸足を乗せる。

「アロンダートを呼べってことだと思うぞ、まあサジも付いてくるだろうが。」
「あー、そういや魔女になれとか言ってたな。」

 レイガンの言葉に、エルマーが思い出したように宣う。面倒くさいと顔に書いてあるような表情でガニメデに背を向けると、手を口元に当てて名を叫ぶ。
 瞬間、エルマーの足元から一気に葉を巻き込んだ旋風が吹き上がった。この葉は恐らくエルフの森のものだろう。到底海沿いにはお目にかかれないような葉がべちりと頬に張り付くと、エルマーはそれを摘んで地べたに落とす。

「どわーーー!!」
「おっと、」

 聞き慣れたサジの叫び声の後、風呂上がりだったのだろう。バスローブ姿のアロンダートが、エプロンをしめたサジを横抱きにしたまま現れた。

「あー、なんかしてたか?」
「サジが昼餉の支度が終わったと教えてくれたとこだ。ふむ、食べそこねたな。」
「エルマー!!まじで不服である!!サジ達も日常があるのだぞ!!」
「そこはシンプルにすまねえとは思ってる。」
 
 アロンダートがそっとサジを地面に降ろす。相変わらず露出の多い服を纏ったサジは、抗議を示すかのようにげしりとエルマーの太腿を軽く蹴る。戯れのような加減だったが、なんとなくむかっ腹がたったのだろう。サジへやり返したエルマーに、アロンダートが無言でエルマーの脇腹を指で突いて地べたに沈めた。

「おい、戯れるなお前ら。本来の目的を忘れたのか。」
「くっそ、アロンダートてめッ、的確にツボ突いてくんじゃねえ……」

 にこにこ顔のアロンダートの背後で、サジが勝ち誇ったかのような顔で見下してくる。そんな三人のやり取りにレイガンが呆れて窘めると、痺れを切らしたらしい。エルマーの頭上を太い蛸の触手が通過し、しゅるりとアロンダートの体を捕らえて引き寄せた。

「おおい!お前が侍るべきは我である!何だその心許ない布地は!我ならお前へ上等な着物を与えると言うに!!」
「ガニメデ。すまないが、貴方に清潔魔法のかかったローブと同じものが用意できるとは思えない。それにこれは自作だ。」
「おい糞蛸ォ!!サジのだぞ返せぇ!!」

 ぎゃあぎゃあと喚きながら、トングを掻き鳴らしてサジが奮起する。アロンダートの冷静な窘めもなかなかにシュールではあったが、やはりこのメンバーが揃うと一番苦労をするのは己なようだと、レイガンは改めて認識をした。
 
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