[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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 クリスマス商戦は多忙を極め、閉店時間を二時間以上上回りながら、終わらない伝票整理の為に残業していた。
 柴崎の家での出来事から、すでにもう一週間。あれから慌ただしい日が続くようになり、顔を合わせても前のように話す機会は無くなっていた。
 坂本が空元気を振り絞って歌う調子外れのクリスマスソングは、疲労感を引き立てるバックミュージックとして、なんとも形容し難い雰囲気を醸し出す。 
 そんな中で作業をしていれば、やはり現実逃避だってしたくなる。単純作業だからこそ、旭は物思いに耽っていたのだが、ふとひりついた痛みを感じて、作業の手を止めた。
 
「何、指切った?」
「はい、」
 
 プツリと、玉のようになって浮かんできた指先の血を、まじまじと眺める。北川がウェットティッシュを差し出してくれ、ありがたくそれで指先を握る。
 
「世の中は恋人たちの聖夜!!!!」
 
 下手くそな歌を披露していた坂本が、両手を広げて喧しく叫ぶ。飛んでいった頭のネジは、おそらく多忙な営業中に紛失したに違いない。
 
「俺たちの聖夜は年明けだな。」
 
 旭に絆創膏を手渡した北川が、いつもは整っている髪型をわずかに乱しながらそんなことを宣う。
 
「とか言ってる割には奥さんにプレゼント買ってんの、俺知ってるんですからね。」
 
 疲れた顔をした藤崎が、伝票にくっついているループロックをハサミで外していく。
 
「店長、年明けたらニューイヤーって言うんですよ。」
 
 やはり旭も疲労で思考が鈍っていた。当たり前のことを諭すように言うと、北川がしょぼくれた顔で頷いている。知っていはいたが、まだ新年のことは考えたくないと言わんばかりであった。
 まだイベントは終わっていない。旭が頑張りましょうねと声をかけようとした時、坂本が言ってはならないことを宣った。
 
「俺たちぁクリスマスにも乗り遅れて、新年にも乗り遅れるんですよぉ!!」
「頭でわかっててもいざ言われるとマジで無理。」
 
 旭が死んだ顔で反応を返すと、藤崎も北川も真顔で頷いた。
 販売員になってからは、年末年始は捨てたと言っても過言ではない。時の流れが違うのだ。しっかり休むなんてことも無い為か、周りがイベントで盛り上がっていても、羨ましいとかそう言う気持ちにもならない。どちらかというと、早く帰って寝たい。これに尽きる。
 
「坂本は若いんだから、打ち上げとかいかねえの。」
「あ、すんません俺彼女できたんでそんなもんにかまけてられないっすわ。」
「はああ!?こんのくっそ忙しい時期に!?出会い系!?」
「今時はマッチングアプリっていうんですう。旭さん古いっすよ。」
「お前ら口より手ぇ動かせ。」
 
 手が止まった旭と坂本を藤崎が嗜める。藤崎自身も所帯を持って五年目なので、これで恋人がいないのは旭唯一人だけになってしまった。坂本には彼女がいないと思っていた分、裏切られた感がすごい。得意げに振る舞う坂本は、まとめ終わった伝票を輪ゴムでまとめると、満面の笑みを旭へと向ける。
 
「旭さん、と言うことはオンリーロンリークリスマスですね!一人でシングルベルならしちゃってください!単独ソロライブ!」
「やかましいわ!」
 
 わっはっはと高笑いされると、それはそれで腹がたつ。誰が上手いことを言えと言った。旭は坂本の手に持つ処理済みの伝票をもぎ取ると、処理した本日の日付を書いて袋に一纏めにした。
 
「シングルでジングルかあ。」
「藤崎さんまで乗らないでください。」
「旭は彼女とか作らないの?」
「北川さんまでいう!!」
 
 坂本が独身同盟を裏切った途端にこれである。完全にお節介の矛先は旭に向いた。解せぬ。
 藤崎に至っては、女の子紹介してやろうかなどと言ってくる始末。そんなこと言われても、どう返していいのかも知らない旭は、間に合ってます!!などと言うしかない。次第に反応を返すのも億劫になり、段ボールの中にまとめ終わった分の伝票を仕舞い込みながら、旭は逃げ道を探した。
 
「俺のことはいいんで、みんなお連れ様に渡すプレゼント考えてください!」
 
 もうすでに購入を済ませている北川は別として、その言葉は藤崎と坂本には響いたらしい。苦し紛れに口をついて出た言葉ではあったが、功を奏した。その後は従業員入り口に向かうエレベーターの中でさえ、坂本と藤崎が、奥さんと彼女へのプレゼント選びはどうすべきかというアドバイスを、北川に聞いていた。
 旭はありがたいことに坂本からモテないんじゃないですかと認定を頂戴したので、完全に蚊帳の外ではあったが。
 
 帰り道、なんとなく坂本が宣ったシングルでジングルという響きが耳に残り、少しだけむくれた。
 
 別に好きで恋人を作らない訳じゃない。自分のことで一杯一杯だからこそ、今積極的に彼女を作ろうと言う気になれないのだ。
 それに、色恋だってご無沙汰ではないし。と考えて、はたと気がついた。
 
「あり?」
 
 ご無沙汰ではない。というのは柴崎のおかげである。己が甘えてしまったというのもあるが、なんだか物凄く爛れた関係になってしまったのでは、と顔を青褪めさせる。前を歩く三人の背中を追いながら、旭は信号機のように顔色をコロコロと変える。
 
 流れのままセックスをしてから、あまり会話をする機会がなかった。多忙にかまけていたわけではないが、柴崎が何にも言ってこないのをいいことに、旭はまた己の忙しない日常に戻ってしまったのだ。具体的には、旭が少しだけ気まずくなったのと、柴崎の連公休が重なってしまった、というのが理由ではあるのだが。
 
 なんだかとっても大人になってしまった。いい意味でも、悪い意味でも。まさしくこれはワンナイトラブというやつだ。数年前に付き合っていた彼女以来とだから、およそ三年ぶりの行為であったなあと、しみじみと振りかえる。尻は初めてだったが。
 このままじゃ絶対にダメな気がするのに、ご機嫌伺いもご無沙汰すぎて何にも思い浮かばない。
 マジで、一度話し合わねば。善意に仇で返すようなものだろう。目端に止まった、気の早いイルミネーション。イベントは自分には縁のないものだと思ったのだが。
 
「誘ったら、ついてきてくれたりすんのかな。」
 
 自然に機会を作るなら、うってつけの時期である。柴崎の連公休がいつまでかはわからない。だけど、次の行動は自分から起こさなくてはいけないと思った。
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