[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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 一月も半ばに差し掛かってくると、女性客が紳士服フロアに増えてくる。クリスマスとは打って変わって、年齢層は若くなり、目に見えて華やかになる。
 クリスマス後、ワンクールあけて大量に納品されてきた雑貨類。まだ新年明けのセールの名残を引きずりながら、ブランドとして力を入れるのはバレンタイン商戦だ。
 気の早いイベント準備の気配に、旭は入り用になるであろうギフトボックスやリボンなどの備品を、タブレットで発注をしているところだった。
 
「バレンタインかあ。まだ一月はあるってのに、女性客は気が早いですねえ。」
「上で催事やってるからだろ。男のためよりも、自分のためにチョコかう方が多いんだってよ。今の若い子。」
「彼氏よりも自分のためのチョコが高くなるってやつっすね。まあ、貰えるならなんだっていいですけど。」
 
 藤崎も洋次も、百貨店側から指示をされたバレンタイン商戦に向けてのディスプレイやら、打ち出す商品などの選別をしている。一週間後には一階フロアで紳士服のポップアップショップをやるらしい。十二月からはイベントが立て続けに起こるので、事務所も忙しいようだ。
 
「そういや柴崎さんが三階の従業員に告られた話聞きました?」
「は?なんで?女性服売り場なんか出入りしてたっけ。」
 
 洋次の言葉に、タブレットを使用していた手の動きが止まる。旭の唇がムン、と閉じて、少しだけ息を詰めた。
 
 三階は、女性服フロアだ。紳士服フロアの柴崎が出入りすることなんてないはずで、思わず聞き耳を立てる。発注の済んだタブレットを閉じると、充電コードにつなぐ。発注した日を付箋に書いて、ショッパー袋が入っている扉の内側に貼り付けた。
 
「なんか去年のバレンタイン商戦時に、紳士服と女性服フロアでイベントやったらしいですよ。そこで一緒に企画に参加した縁とかなんかで。」
「縁とか、何もう付き合ってんの?」
「一緒に帰ってるとこ、あかりちゃんが見たって言ってましたよ。付き合ってんじゃないっすか。」
 
 ヒクリと唇が震えた。なんだそれ。そんなのってありか。
 旭は忘年会の日から、もう切り替えると決めていたので、自分には関係のないことのはずだった。現に、新年からは大忙しになってしまい、正直考える余裕がなかったというのもある。だから勝手に割り切れたのだと思って、ホッとしていた矢先の爆弾投下だ。意味もなく、再びタブレットを充電コードから外した己の行動に、動揺したのだと自覚をした。
 
 いらっしゃいませ。という藤崎の声で、顔を上げる。お客様が来店されたらしい。お取り置きのようで、伝票を預かった藤崎と入れ替わる様にして店頭に出ると、ネクタイのディスプレイを手持ち無沙汰に整えていた洋次が、そっと旭に近づいてきた。
 
「ね、旭さんは彼女見ました?」
「そういうのは、本人に聞けよ。」
「後輩のよしみとかで聞けないんすか、いつからですかって!」
 
 後輩のよしみで聞けそうだから、余計に嫌なのだ。旭は苦笑いだけで返すと、棚に隠すように置かれている畳板を取り出して、商品をたたみ直す。カウンターでは、藤崎がお客様から進物用の包装を依頼されていた。こういう場合は事務所の人に頼まなくてはいけないルールがあるので、少し時間がかかりそうだった。
 メモ紙に、のしに記入する名前を書いてもらっているところで、店の内扉からひょこりと柴崎が顔を出す。見計らったかのようなタイミングにギョッとしたが、柴崎の手にはバレンタイン商戦に向けて記入したアンケートの戻しが握られており、別用らしいことが伺えた。
 
「柴崎さん、ちょっと。進物お願いいできますか。」
「ああ、かしこまりました。」
 
 藤崎の声に、柴崎がにこりと微笑んで受け応える。今日はスーツではなく、トラッドなジャケパンスタイルである。ネイビーのブレザーに、嫌味なくらい長い足をガンクラブチェックのテーパードパンツが飾り、生成りのコットンシャツでカジュアル感を出している。相変わらずセンスがいい小物でまとめており、チラリと見せる首筋には、シャツの襟で抑えるようにネックチーフが色を差している。キングスパロウで購入したボルドーのチーフは、柴崎によく似合っていた。
 
「進物用にご包装するのに、少々お時間頂戴します。終わりましたらご連絡いたしますので、こちらに連絡先をいただけますか。」
 
 胸元から取り出したボールペンを丁寧に差し出し、連絡先をいただく。いくつか進物体裁の確認を誤りがないように確認をすると、柴崎はお客様を通路側までお見送りをした。
 
「マジでかっこいいっすよね。大人の男って感じですわ。」
「洋次の目指すところはあそこなんだ。」
「いや、ギャップのメリハリつけるなら、柴崎さんみたいにカッコよく決めたくないっすか?」
 
 藤崎と共にお見送りを終えた柴崎が、くるりと振り向いて書類を渡す。そのまま藤崎と仕事のやりとりを簡単に済ませると、商品を片手に事務所へと引っ込んでいった。
 
「掲載商品、うちのネクタイピンとカフスセットに決まったってよ。」
「マジですか。」
「旭、倉庫発注しといて。」
「了解です。」
 
 ポップが掲載されるのは週明けなので、まだ時間はある。とは言っても本社にまずはファックスをしなくてはいけないので、担当者の名前を書いて用紙をセットした。
 赤ペンで書かれた文字は柴崎の文字だ。右上がりな癖字は昔からで、仕事ができて見た目も申し分ないほど上等な男なのに、文字だけは下手くそで面白い。

 ファックスに飲み込まれていくその用紙を眺めながら、このことを、彼女は知っているのだろうかと思った。いや、まだ付き合っているとは限らないのだけれど。
 ファックスを終えた紙を取り出す。立ち上がってファイルにしまおうとして目についたのは、柴崎のボールペンだった。あのまま、置き忘れたらしい。有名メーカーのそれを手に取ったタイミングで、子機が鳴った。
 ボールペンを胸ポケットに差し込むと、受話器を取る。そのまま商品の問い合わせに対応しているうちに、旭はすっかりと仕舞い込んだボールペンの存在を忘れてしまったのであった。


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