[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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 性欲って何歳で枯渇するのだろうか。
 事後、旭は死んだ魚のような目で、ネットの海に身を投じていた。
 
 結局、ゴムを使ったのは一回だけであった。
 しかも、一枚隔てられてしまったから、変に長引いてしまい、最後は旭が大泣きしながらゴムはいらないと言ってしまったので、結局二回の行為じゃ終わらなかった。信じられない。セカンドバージンだった旭の慎ましやかなそこを破壊するのかという勢いで、それはもう美味しく頂かれた。
 
「インフルエンザの時よりも、関節が痛い。」
 
 ボソリとつぶやいた旭の声はほとんど掠れており、接客業としてこれは完全にアウトだろうとも思った。
 
 衣擦れの音とともに、旭の薄い腹に腕が回される。そのまま引き寄せられるように抱き込まれたかと思うと、ぬっと現れた手によって、旭のスマートフォンは回収された。
 
「性欲、男性、枯渇、年齢。なにこれ。」
「解決法を目下模索中ですね。」
「ふぅん…スッポンとか飲めば?」
「いやそれじゃ元気になちゃうじゃん!」
 
 柴崎は、まさか自分の性欲の強さについて旭が悩んでいるとは思わない。若いのに大変だなあなどと、頓珍漢で適当なことを抜かした。
 
「いっててて…」
「マッサージしてやろうか?」
「結構です!」
 
 ニコニコ顔でそんな不穏でしかないことをいうものだから、旭は柴崎側の布団も引っ張って己の身を隠す。取り上げられたスマートフォンは、柴崎の手によってサイドテーブルに置かれた。物悲しく画面の光が消灯すると、旭は諦めたように大人しくなる。
 柴崎はというと、やけに満足気に体をよせうと、空いた旭の掌に、ひと回り大きな己の手のひらをのせた。指の股を開くかのようにして、柴崎の手が絡む。
 
「…柴崎さん、手慣れててムカつく。」
「お?」
「男もいけたとか聞いてないし。」
「それはお前だからだろ。」
 
 にぎにぎと手を遊ばれて、そんなことを言われる。背中に柴崎の体温が当たって、熱い。こんな甘やかな雰囲気に持っていかれるだなんて思わなくて、旭は少しだけ気恥ずかしさとときめきが共存するような不思議な感覚に、居心地が悪そうにした。
 
「なんだこれ、めっちゃ恥ずかしいから、勘弁してください!」
「声でかいからボリューム落とせ。」
「あ、すいません。」
 
 律儀に謝りはしたものの、口を片手で抑えると、先ほどの嬌声まで聞こえていたのではと、勝手に想像して慌てる。改装した時に防音仕様にもなっていると言ってやろうかとも思ったが、旭の反応が面白そうだからと、言うのをやめた。
 
 事後から、少しだけ旭が忙しない。それは照れているし、意識しているからだというのが柴崎にはバレている。旭の腕ごと抱き込むように腕に力を入れると、苦しいです、などと可愛げのないことを言われたが。
 
「あのさ、お前に一個言ってねえことあんだけど。」
「なんすか、怖…」
 
 お前ね、柴崎が旭の反応に抗議するようにがじりと肩口に噛み付く。それがくすぐったかったのか、くふくふと可愛らしく笑う姿に、柴崎の胸の奥は温かくなる。
 
「ん、なに。」
「俺ミドルネームあるんだわ。」
「え、絶対嘘でしょ。」
「おいコラ。」
 
 がじ、と再び嗜めるように噛み付く。どうやらこのやりとりが旭の中でハマってしまったらしい。じたじたと腕の中で笑いながら暴れるので、柴崎がそれを体重をかけて押さえ込んだ。
 
「重い重い重い!」
「そりゃあいい身体してますし?」
「うわ、それいうなってば、ちょ、どこ触ってんすかえっち!」
 
 腹をくすぐるようにして、柴崎が旭とひとしきり戯れる。こんな時間も楽しくて好きなのだが、柴崎はひいひいと笑いすぎたことで息を荒げる旭を見下ろすと、その乱れた髪を整えるかのようにして頭を撫でてやった。
 
「ダレルってんの。ミドルネーム。」
「ダレル?」
「そ、柴崎誠也だけじゃねえの。」
 
 キョトンとした顔で旭が見上げてくる。柴崎は、ミドルネームのことを一度も口にはしなかった。
 日本ではミドルネームは登録できない。そのせいか、柴崎にとってミドルネームというのはあってないようなもので、今まで付き合ってきた彼女たちにも教えることはなかった。
 
「darlingからきてんの、恥ずいだろ」
「ううん、」
 
 愛しい人という意味を込めて、柴崎のミドルネームはつけられた。この名前の意味を知ってから、余計に照れ臭すぎて誰にも言わなかったのだが、それが今ではよかったなとも思った。
 今この時、大切な人に差し出せるものがあるというのは、いいな。柴崎はそんなことを思って、初めて自分のミドルネームに感謝した。
 少しだけ照れ臭そうにしていた柴崎の表情に気がついたらしい。旭は柔らかく目を細める。そんな、愛しいものを見る目で己を見つめられるとは思わなくて、柴崎は思わず口を結ぶ。
 
「愛しい人ってつけるの、わかるかも。」
 
 旭がふわりと笑って、柴崎の頬に触れた。その笑みが優しくて、じんわりと柴崎の胸の内側に、甘やかな色合いが広がった。それはじわじわと表面に現れて、耳から赤く染め始める。
 旭が数度瞬きをして、今にも顔から煙が出そうになっている柴崎の体に腕を伸ばすと、その頭を引き寄せるようにして抱き込んだ。
 
「照れてる?」
「照れてねえ。」
「即答かよ。」
 
 小気味いいやりとりで、少しだけ気恥ずかしさが緩まった。お前だって、ドイツ語に直したら光って意味だろうが。そう言って言い返してやろうとも思ったが、やめた。
 それは柴崎だけが心の内で思っておけばいい。きっと旭は馬鹿だから、そんな意味を知ったら話のネタにしてしまいそうだし、とまで考えて、まだ見ぬ先の出来事を予想してまで嫉妬し始める自分自身に、少しだけ呆れた。
 
 
 
 
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