[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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45(第一章完)

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 仕事終わりの柴崎のSNSに、今晩は筑前煮と豚汁です。帰りにネギを買ってきてください。と旭から連絡が届く。
 柴崎のご機嫌は周りから見ても明らかで、終業後すぐにカバンに荷物をまとめ始めるその様子に、周りからは変なものを見る目で見られた。
 
「お疲れ。」
 
 実にいい笑顔であった。挨拶をしてから事務所を出た柴崎の背後で、女子社員が身を寄せて早速囁き合う。
 あれは、きっと女が出来たに違いない。ならば、最近柴崎が釣れないのも、飲み会をセッティングしても参加をしないのも、全部私生活が充実しているからじゃないか。
 
 色めきだつ女子社員、柴崎に春がきたという言葉を聞きつけた男子社員は、敵が減ったと喜んでいる。
 真実は彼女ではなく、彼氏なのだが、そんなことは憶測を交わす上では最初から選択肢に入らない。だって柴崎の総評は、本命を作らないで満場一致だからだ。
 そんな事務所内での憶測などお構いなしな柴崎はというと、もう一度スマートフォンのアプリを開き、子憎たらしい顔をしたウサギのスタンプで了承の意を返した。
 今頃、旭はどんな顔をして己の帰りを待っているのだろう。そんなことを考えるだけで楽しい。旭の手料理が意外にも古風なのもいい。そんなことを考えていれば、自販機の前で見知った顔に絡まれた。
 
「顔がキモい。」
「やかましいわ。」
 
 にやつく口元を誤魔化そうと、唇を真一文字に結び直した柴崎に声をかけたのは、大林であった。従業員出口に向かうべく、エレベーターのある休憩室に立ち寄った時に出くわしたのだ。
 大林は、相変わらず細身の黒のスーツをめかしこみ、購入したてなのだろう、紙パックのリンゴジュースにストローを差し掛けたまま、柴崎を見てそんなことを宣った。
 
「んだよ、お疲れ。」
「お疲れ…何、一人で笑ってたのお前…」
 
 プツリ、と音をたてて、銀色のストロー口を突き刺した。透明なストローに、少しだけジュースが上がってくる。大林が吸い口に唇をつけて、ちぅ、と吸った時だった。
 
「そんなに、締まりのない顔してるか?」
「ぅゲホっ!!」
「うわきったね。」
 
 口元を手で覆いながら、照れたように宣った柴崎に衝撃を受けて、思わず咽せた。ジュースが気管に入ったのだ。
 大林は口端からこぼれたリンゴジュースをゴシリと袖口で拭うと、照れた柴崎の表情をまじまじと見た。
 
「あんた、照れても可愛くないな…。」
「可愛いだろうが。」
 
 失礼なやつめ、と言わんばかりに、柴崎の瞳が大林に向けられた。
 一体何があったんだと詮索したいが、大林は柴崎が嫌いである。否、こういう揶揄いを気軽にできる人物枠という括りの中では好きだが、とにかく柴崎の、人を小馬鹿にするような態度と、日本人離れした整った容姿がいけ好かないので、やっぱり嫌いなのかもしれない。
 
 己で可愛いだろうが。と宣った柴崎はというと、あ。などと、端的な母音をこぼした後、リンゴジュースを飲み切った大林に向けて、一言言葉を向けた。
 
「お前、もう旭にちょっかいかけんなよ。」
「は?なんで俺がお前のさしず、…ちょっと待てお前まさか。」
 
 ヒクリと大林の口端が震えた。目の前の柴崎が見下ろしてくるのすら腹が立つのに、大林の中でのもしかしてが頭によぎる。
 柴崎はその整った顔の表情をゆっくりと微笑みに変えると、にこりと笑顔を大林に向けて、こくりと一つ頷いた。その瞬間、大林は全てを悟った。ああ、こいつ、ついにやりやがったなと。
 
「お前!手ぇ出したな!?」
「人聞の悪ィこと言ってんじゃねえよ!あと声がうるさい。」
 
 急に旭の話題を出された挙句、お気に入りである旭に構うなと言われたのだ。大林はワナワナ震えて柴崎を指差すと、柴崎に向けた指先をぎゅっと柴崎に握り締められ、返り討ちにあった。それを慌てて振りはらうと、守るように己の手を胸に抱き込む。
 
「おま、俺が狙ってたのに…っ」
「うるせえビッチ。大体お前もネコだろうが。」
「時と場合によっては竿役もやんだよクソちんこやろー!」
 
 柴崎の指摘に、声のボリュームを絞りながら文句を言う。しかし、やはり腹には据えかねる。
 そもそも、この二人の関係は水と油であった。柴崎が旭の卒業校の先輩だというアドバンテージがなければ、絶対に自分の物にしていたのに。そう、本気で大林が狙いに行くくらいには、旭は好みのタイプであったのだ。
 だが、旭は彼女はいなかったが、ノンケだったはず。キスの一つでもすれば流されてくれるだろうと読んではいたが、一体どんなことをしたのだと恨めしそうに見やる。
 まあ、聞いたところで教えてはくれないだろうが。
 
「お前、旭には言うなよ。」
「俺だって旭には隠してんだから言うわけねえだろ。」
 
 吐き捨てるように、柄悪く振る舞いはしたが、内心は残念に思っていた。手に入れられたらいいとは思ったが、手に入らずとも誰かのものにならなければそれでよかった。
 だけど、いざ柴崎が旭を手に入れたとなると、自分にもチャンスがあったんじゃないかと思ってしまったのだ。
 
「旭がお前に愛想尽きたら、横からカッさらてやるかんな。」
「おう、できねえことを大口叩くのはダセェぜ大林。」
「んだそれ、腹立つ…。」
 
 勝ち誇った笑みで見下ろされる。やっぱり柴崎はいけすかない野郎だと舌打ちで返すと、柴崎の胸ポケットから、ぽこんと言うメッセージの通知音が聞こえた。
 柴崎が大林の相手も程々にメッセージを確認すると、大林の肩をぽん、と叩いた。
 
「じゃ、俺は旭に頼まれたネギ買って帰んなきゃいけねえから。またな。」
「うるっせぇネギでマウント取ってくんじゃねえぞクソが!!!」
 
 なはははは!と鼻につく声で笑いながら去って行く柴崎の後ろ姿に、柴崎の嫌みったらしいところを旭は知っているのだろうかと思った。
 旭に対して、柴崎とどうなったんだ、と聞くような野暮はしないにしろ、ムカつくので旭と二人で遊ぶ機会を増やして、二人の時間でも減らしてやろうかと算段をつける。
 そうと決めたら、まずは今週シフトで休日が被っている日を確かめなくてはいけない。
 大林はしてやったりと早速SNSで旭にメッセージを送信したのだが、悲しきかな、既読はついたがその日には返信が来ず、顔の見えない柴崎への怒りが天元突破することになるのは、もう間も無くであった。
 
   
 
   
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