[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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二章 百貨店にくる顧客に情緒をかき乱される俺の話なんだけど。(大林梓編)

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 手早くネクタイの箱をプラスチックケースに収納した大林が次に取り掛かったのは、はみ出た高級ブランドネクタイの選別である。
 なんで選別かというと、大林の美的感覚というか、販売員魂というか、兎角職業病上どうしても許せないことがあったのだ。

「毛玉になってるネクタイをそのままにしてんじゃねえええええ!!!!」

 ネクタイの替え時を知らんのか!こめかみに青筋を浮かべながら、剣先の部分が可哀想な感じになってしまったネクタイを片っ端から間引いていく。
 毛玉になっているネクタイのほとんどが草臥れているものばかりで、もう締めても綺麗にノットを作ることはできなさそうだ。流石に無断で捨てることはできないので、丁寧に丸めて紙袋に入れていったが、間引いた数の分だけ、無事なネクタイが見やすく収納することができたのでまあよしとする。
 これらは丸ごとリビングに持っていき、榊原が帰ってきたら処分した方がいいと進言しようと心に決めた。
 紙袋の中には、バックルしか無事じゃない、腰の曲線に沿って曲がってしまったベルトまで入っている。こんなベルトの穴もお亡くなりになっているものまで取っておくなと言いたい。
 クローゼットを手っ取り早く掃除し終えた大林が、掃除用具を肩に担いで次に向かったのは寝室だ。

 本日榊原から頼まれたのは、クローゼットの整理と寝室の掃除と風呂掃除、そして炊事。全部できなければいけないというわけでもなく、疲れたらいくらでも休んで良いからねとも言われていた。
 すりガラスでできた引き戸を、カラカラと音を立ててスライドする。薄暗い寝室ない、せめて換気をしてから仕事に行けと思いつつ、大林はいろんなものを飲み込んでから中に入る。

 落ち着いたグレーのカーテンを引くと、網戸を残して大きな窓を開け放つ、毛足の長い絨毯はコロコロをして、掃除機をかける。そして、キングサイズのベットから布団を落として、ベットシーツも剥がした。

 大林は替えなくても気にはならないが、榊原は雇用主である。賃金をもらっているので、なんとなく洗ってやろうと思ったのだ。
 多分、榊原のことだから、こう言った寝具のシーツやら枕カバーは洗っていないだろう。
 それに黙々と家事をするのは嫌いじゃない。新しいシーツでベットメイキングを済ませれば、ざっと榊原の寝室に掃除機をかけた。

 なんとなく、主婦臭えな。とは思ったが、考えることをやめた。そんなくだらないことを考えてはいられない。時間は有限ではないのだから。

 「ふー…」

 流石に少しだけ疲れた気がする。洗濯機に洗い物を突っ込んで、今はリビングのソファでレシピサイトを見つめていた。
 よくよく考えてきれば、風呂掃除をすれば服だって濡れるだろう。ならば、予定を変更して先に料理を作ってから、浴室掃除をしながら己の濡れた服も含めて洗濯機を回そうと思い至ったのだ。
 今晩は唐揚げでも作るつもりだし、体だって油まみれになる。ならば、その手順の方が効率がいいだろうと思ったのだ。
 ちなみに唐揚げは榊原のリクエストである。冷蔵庫を開けたら目の前にメモが貼ってあったのだ。

「地鶏で唐揚げとか居酒屋かよ。」

 テンションは上がるけど。
 大林はレシピサイトで発掘した簡単な副菜の作り方を覚えると、早速キッチンに向かった。もう肉には下味をつけておいたので、衣をまぶしてあげるだけだ。副菜は、牛蒡のサラダにでもしよう。
 大林は、戸棚の下をパカリと開けると、無言で頷いた。言いつけ通り、牛蒡はしっかりと暗いところで保管をされていた。口を酸っぱく野菜の保存方法についても教えた甲斐があったというものだ。
 米を食わないから買っていなかったと言った炊飯器にも、しっかりと研いだ米をセットした。大林は手際よく晩のおかずを作り終えると、ちらりと時計を見上げた。

 結構いい時間である。黙々とやりすぎて気が付かなかったが、そろそろ榊原が終業する時刻だろう。残るは浴室掃除と洗濯機のみである。
 エプロンを脱ごうとして、ぽこんとスマホの受信音がした。大林がメッセージを確認すれば、あと三十分ほどで帰るとのメッセージが来ていた。

 帰るってなんだ。会社を出ると言うことなのか、それとも家に着くという意味なのか。

 後者ならあまり時間がないが、前者ならまだ余裕がある。常識的に考えて、普通は会社を出てからだよなと納得させると、大林は浴室掃除をするべくお風呂場へと向かった。







「ただいまー…って、あら?」

 玄関を開けて、出迎えてくれるかと思ったのに。榊原は自分の当てが外れたことに少しだけ残念そうな顔をすると、靴べらを使って靴を脱いだ。
 靴箱の上に、化粧箱を置く。家をきれいにしてくれる大林に、サプライズでケーキを買ってきたのだ。
 リビングからはなんだかいい香りがしてきて、榊原の腹の虫は急かすようにして泣き始める。早速キッチンに向かってつまみ食いをしたいのは山々なのだが、なんというか、家が静かな気がする。
 榊原は化粧箱を持ち直すと、ゆっくりと家の中に上がった。耳をすませば、水の音がする。ということはお風呂でも掃除してくれているのかもしれない。大林が脱いだであろうエンジニアブーツの横に自分の靴を並べると、榊原はゆっくりと足音を忍ばせた歩みで、浴室に向かう。
 静音モードの洗濯機が久しぶりに動いている。榊原はそっと風呂場の扉を開けると、見慣れた黒髪に声をかけた。

「ただいま大林くん。」
「うわ、早くね!」
「メールしたじゃない、あと三十分くらいで帰るよって。」
「てっきり終業三十分前アピールかと思ったわ…」
「僕そんなに律儀じゃないよ…。」

 間抜けな勘違いをした大林に、榊原が苦笑いを浮かべる。なんとなく伝わると思ったのだが、なかなかに意思の疎通とは難しいもである。
 榊原の前では、泡立てたスポンジを片手に、白いカットソーに下着姿の大林が、ブカブカの長靴を履いて縮こまっている。当たり前のようにいつもより目線の低い彼の、気の抜けた格好が少しだけ可愛い。榊原はなんとなくその猫っ毛を撫でるようにして触れると、大林が阻止しようとしたらしい、泡のついた方の手で自分の頭をべチリと押さえた。

「あっ!」
「ブフっ…も、何やってんの大林くん…」

 黄色いスポンジ片手に、頭に泡を乗っけた大林がワナワナと震えている。なんというか、この子は少しだけ天然が入っているのかもしれない。榊原はくつくつと笑うと、罰が悪そうにしている大林の隣にしゃがみ込む。

「あー、おかしい、会社でやなことあったけど、なんか元気出たよ。」
「仕事中にちょっかいかけんなよ。」
「ごめんごめん、お風呂掃除してくれてありがとうね。」
 
 なんだか大林の意外な一面を見れたのが少しだけ嬉しい。榊原はジャケット脱いでシャツの袖を捲ると、大林の頭上に手を伸ばしてシャワーを手に取った。浴槽に向けて水を出し、温度調整を済ませる。キョトンとしている大林に振り向くと、榊原はその手からスポンジを外した。

「ほら、頭の泡流してあげるから下向いて。」
「え、あ、そっか。」
「泡つけたままも可愛いと思うけどね、ほら早く。」
「あんた一言多いマジで。」

 ブスくれた大林が、浴槽に向けて頭を下げる。栓を抜けば、温度調整をしたシャワーで大林の頭の泡をざっと流してやった。
 浴室を洗ったあとの爽やかな匂いと大林の濡れ具合から、随分と熱心に掃除をしてくれたことが窺える。己に背を向けて、頭を下げる。ブカブカの長靴をはいた細い大林の腰が、濡れたカットソーが張り付くことで強調されていた。

 榊原が出してくれた温かいお湯が、柔らかく頭を濡らしてくれる。本当は擦ろうとも思ったのだが、浴槽に向けて頭を下げるのには、手の支えが必要なのだと初めて知った。
 大林が両手で己の頭の重さを支えていれば、そっと濡れた髪に榊原の大きな手のひらが添えられた。洗ってくれるのだろか。濡れた髪を撫でるように梳く無骨な指が、時折己の耳を掠めるのがくすぐったい。濡れた、自分とは違う掌の強さを感じるたびに、大林は妙な心地になってくる。

「…な、もういいって。泡流れてんでしょ。」
「うん、」
「…ね、ねえ、」

 榊原の掌が、己のうなじを覆うように触れる。ひくんと肩を揺らせば、形を確かめるようにして、ゆっくりと撫で上げられた。
 
「っ、」

 小さく息を詰めた。明確な意図を持って、触れられている。大林は、じくんと腰の奥が急に熱くなった。遊んできた体が、反応してしまったのだ。
 ここは浴室で、温かい湯気が充満していて、それで、大林は己の背後を許している無防備な状態だ。普通だったら、振り払う。なのに、それができないのは、己の弱みを榊原が握っているからだろうか。

 顔が熱くなり、頭を撫でられているだけで反応してしまったそこを隠すように、膝をそろえた。
 俺、本当に何をやっているんだろう。そんなことを思って、ゆっくりとその手を押し戻すようにして顔を上げた。幾筋もの温かい水流が、細い顎を伝って流れ落ちていく。
 振り向きたい。今、榊原はどんな表情で自分に触っていたのかが、気になってしまった。


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