スカイブルー・ティアーズ~奪えない宝石~

ゆきれの

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第一章

出立(後編)

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第十四話 出立(後編)


 溢れ返る人波に呑まれないように駿里の背中に貼り付いて歩きつつ、レンガ道を歩くこと数十分。
不意に視界が開き、青々とした壮大な海岸線がユファの視界に飛び込んできた。
(これが、海――……)
ユファにとって船を目にするのは勿論、海を間近で見るのも初めての経験だった。
ハメルの里の軟禁生活では、ユファの世界に存在するのは、広がる森と小川と山ばかり。木々の柔らかい匂いや小鳥の囀り、煌めく木漏れ日の温かさと違い、塩気を帯びた海風は、じっとりとユファの首筋や髪の毛にまとわりついていった。
 ローデル港に停泊しているのは、巨大な大型船が二隻、小型の漁船が三艘、ヨットが数艘。
大型船の内一隻は諸外国へ輸出する荷物を乗せた貨物船で、もう一隻は観光客を乗せて港を行き来する客船だ。
「で、どうやって、船に乗せてもらうの?そもそも、どれに乗るの?まさか、ヨットとかいうオチはやめてよね?」
 エアハルトが周囲を警戒しつつ、ひそひそ声で駿里に耳打ちする。
「最初に言うたやん。乗せてくれーってバカ正直に頼んだとこで、乗せてくれる船なんぞある訳無いやろ」
「それなら、どうして港にまで来たのよ……?」
相変わらず適当な駿里の返答がボケか本気か掴めずに、ユファのツッコミにもキレと覇気がない。
「――それで?態々ローデルまで来たんだ。その貧相な脳味噌で捻り出した策の一つや二つ、当然あるんだろうな?」
「……えっ?」
 背後から不機嫌な呟きが聴こえてユファが振り返ると、ボーラーハットを目深に被り、スモーク・グレーのボストン型サングラスで変装をしたルイスが立っていた。
革製のジャケットにピッタリとしたレザーパンツスタイルは、普段のルイスの物腰柔らかいイメージとは百八十度違って、ユファは一瞬、誰に声を掛けられたのか分からなかった。
「……あれ、ルイス?どこぞの闇組織の幹部候補かと思ったよ!」
「闇組織ッ?」
 エアハルトもユファと同じく、目を丸くしていた。ルイスはエアハルトの指摘を受け、あからさまにテンションが下がった。サングラスが鼻の下までずり落ち、背格好に不釣合いな青い瞳が覗いている。
「だから、人間の衣装選びなんかしたくないと僕はッ、くっ、……屈辱だ……今すぐ天上に飛び去りたいッ!」
「そ、そんなに落ち込まないで、兄さん。よく似合っているわ!」
「なんや、あんちゃん。俺が選んだった服さんざんコケにしときながら、結局自分で選んでも似たようなモンやないかい」
「なっ……!?」

‟センスの欠片どころか品性の無い半翼が選ぶ衣装など、我が身が灰になっても着てたまるか、下種!”

 と強気で断言したルイスだけに、ヴォルベレー山並みに高くて気高い自尊心に、相当なダメージを受けている模様だ。

「だ、大丈夫よ、兄さん。その、人間の服を選ぶのは初めてなんだから……その、初めてにしては……個性的で、こう……野性味に溢れるチョイスというか!」
 肝心な時に限って、気の利いた台詞は思い浮かばないものだ。
ユファは口下手な自分を自覚しつつ、サングラス越しにルイスと目を合わせた。
「あ、ああ。ありがとう、ユファ。君にそう言われると……少し救われた様な気がするな……」
ルイスは気まずそうにユファから顔を逸らして、一つ深呼吸してから切り出した。
「それにしても、随分遅かったな。人間の街を半翼とフラフラ見物して回るなんて、君は次期長としての危機感が足りないんじゃないか?」
「これでも急いで来たの。何も起こる訳ないじゃない。エアハルトだって一緒だったんだから、大丈夫よ」
――自分たちを置いて、先に街に潜入したルイスに対して、ユファも思うところはあった。里での求婚やフローという女性との密会など、わだかまりはそう簡単には消えてくれない。
「ユファ、その……。その格好、似合っ――」
「?」
が、こほんと一つ咳払いをして、ルイスが顔を上ると、
「ユファちゃぁーん!ちょっと、おいでー!」
同時に駿里の猫なで声が、ユファを大声で呼びつけた。
「なに?気色悪いんだけど……」
 ユファが背筋に寒気を感じて首を振ると、駿里は笑みを浮かべながら、両手をぶんぶん振ったりぴょんぴょん跳ねたりして、激しく存在を主張し始めた。エアハルトが窘めても一向に静まらず、無駄に目立って仕方がない。
「ああー、もうっ!わかったわ、今行くから!……行きましょう、兄さん」
「……糞ッ……何時もいつも……邪魔しやがって、半翼が……ッ」
ユファがぱたぱた駿里の元へ駆けだすと、呪いの言葉を呻いていたルイスも仕方なく、その後に続いて行った。

* * *

「できません」
 駿里に呼びつけられて早々、ユファは彼の提案を一刀両断した。
「いや、これはお前にしかできんのや!……よぉぉく考えてみい?むさ苦しい野郎にお願い事されて、頼み聞いてやろうっちゅー気になるか?……ならんやろ!?」
「ちょっと、おおかみ!そんなことして、ユファが危ない目に合ったらどうするのさ?」
「おい、五月蠅いぞ。作戦会議をするなら、もう少し静かにしてくれないか」
 ――駿里、エアハルト、ルイス。三者三様のコメントが飛び交っているが、ユファは頭を抱えて黙するしかなかった。そもそも、駿里の作戦は突飛過ぎている。
「見張りを誘惑して、その隙に貨物船内の荷物に紛れ込もうなんてさ。オシメの取れてない、幼児の考えそうな作戦だよ!?」
「悪かったなあ、幼児並みの頭で!」
「……とにかく、誘惑するなんて無理だわ。ごめんなさい」
駿里とエアハルトの口論を遮ってユファが拒否を示したが、駿里は全く諦める様子がない。
「ちいっと桟橋に立っとるおっちゃんの、気ぃ引いてくれるだけでええ!隙を見て、先にあんちゃんと坊主で潜入してもらうわ」
「で、船に潜入させてどうする気だ?荷物に紛れて乗船したところで、貨物船の目的地は、東の帝国・シュラークだぞ、半翼」
 ルイスは腕組みをしたまま、鋭い眼差しを駿里に向けた。普段ならばいざ知らず、今の格好で凄まれると、心なしが迫力が五倍増しだとユファは思った。
「後のことは船に乗り込んでから考えればええやろ。移動せんことには、なんも始まらん」
「ほんとに、この作戦しかないの?客船に乗ったほうが良いんじゃない?」
「アカン。アレはぐるっと世界一周する観光用の客船やぞ。人間多すぎるわ。中で正体バレたら収集つかんで?ちゅうか、あれに乗るには資金足らんねん!」
「それは、おおかみが露店で無駄遣いしたからでしょ!」
「あほ。しゃーないやろ。ヒンメルの腕輪やぞ?見つけた以上、他の輩の手に渡すわけにいかんやろうが!?」
「まあ、そうだけどさー」
 言い合いしている間にも、客船に乗り降りする観光客が後を絶たなかった。ユファ一行が騒いでいるのに気が付くと、指をさしてひそひそ影口を叩く者もいた。
正体はバレていないようだが、悪目立ちしているのは明白だ。長居は得策ではない。追い詰められたユファは、ようやく腹をくくった。
「もう、いい。こうしていてもキリがないもの。……上手くいかなくても知らないからね!」
「ユファ……。本当に、大丈夫?」
「……やってみる」
 ――正直、ユファは生まれてこのかた男性を誘惑した経験など無かった。
何をどうやったらいいのか見当もつかない。が、それを男連中に直接訊ねるのもおかしな話なので、ここは自分の色気?で成し遂げるしかない。
「危なくなったら無理せず、こちらへ引き返すんだ。いいね?」
ルイスからは、まるで娘を嫁に出すみたいな、哀愁の眼差しで見送られてしまった。これで後には引けない。観念したユファは、桟橋を進みゆっくりと貨物船に近づいていった。
「あっ、あのぉ!」
「ん?なんだい、お譲ちゃん」
 おそるおそる、見張りの船員に声をかける。がっちりしたガタイの良い筋肉質の男だった。双翼の民の中には、ここまで筋骨隆々とした男性はいなかった。男の口元には黒いひげが蓄えられており、それがまた野獣のように見えてしまって、ユファは早速怯みそうになった。
「あっ、あの!えっと、ちょっと、一緒に、あちらで、……おっお茶でもどうでしょうか!?」
 仕事中の船の見張り番に対し「お茶でもどうですか?」とは我ながら間抜けだと、言ってしまった後でユファは後悔した。……そもそも、こんな古典的なやり方で、気を引けるとも思えない。既にいっぱいいっぱいのユファの思考回路から数少ない“誘惑の引き出し”がすっぽ抜け、みるみる真っ白になった。
――しかし、
「お、オレっちとかあ?いやー、照れるなあ!オレっち妻子持ちだけど、そこんとこオッケーかい?」
「はあっ!?」
ノリの軽い野獣(妻子持ち)には、案外スムーズに妙齢の女性のお誘いが刺さったようだ。
「オレっちは、マックスって言うんだ!可愛いお譲ちゃん、お名前は?」
「えええっ?」
 ユファの誘いにすっかりノリノリになっている船乗りのマックスは、手をつかんで強引に握りしめた。ユファが振り解こうとするも、ごつくて汗ばんだ手のひらに力いっぱい拘束されて逃れられない。
「ちょっと、離して下さい……!」
必死の抵抗もむなしく「オレっち、まだまだイケる!」と男としての自信を取り戻したマックスが、ユファに顔面をぐいっと近づけて迫った。乙女の純潔が大ピンチだ。
「おし、今や!――いてこましたれえ!坊主っ、あんちゃん!」
「だから言ったのに!どうなってもボク知らないからねっ!」
「……結局、力技じゃないか……半翼めッ!」
 ユファが絶体絶命のピンチに陥ったその時、駿里の合図とともに、風の様なスピードで二つの影が桟橋を駆け抜けていく。
「なっ、なんじゃあ!?」
 マックスがユファを解放したときには、船尾にルイスとエアハルトが乗り移った後だった。ユファが顔を見上げると、船上には無数に積み上げられた樽や箱が見える。荷物にはどれもアイスベルグの国旗が描かれていた。
「こらー!お前さんたち、何してんの!そんなトコに勝手に乗っちゃダメだろ!下りてきなさーい!オレっちが、怒られちゃうでしょー!?」
「やかましい!……汚い手ぇで俺の可愛ええお人形に、触んなや!」
 ルイス達が甲板に上がると同時、ユファとマックスの間には駿里が立ちはだかっていた。
「なんじゃ、あんた、まさか……譲ちゃんの“コレ”かい?」

(「コレ」って何よ!?)

 突っ込みたい衝動を全力で抑え、棒立ちになっているユファに近づいた駿里は。
「……ほな、失礼しますよ、って!」
「きゃ?」
 ――いつぞやのアイスベルグ城の逃亡劇のように、強引にユファを抱きかかえた。
あの時は絨毯扱いで肩に担がれていたのだが、今回はしっかりと両腕で抱き上げられている。ユファを姫抱っこした駿里は、素早く貨物船と岸を繋いでいるタラップを渡り船へと飛び乗った。
「こらあああああ!オレっちと、お茶して行きなさーい!せめて連絡先だけでも教えていきなさーい!」
「さいならー!奥さんと子供大事にしいやー!」
 駿里は誘拐犯のごとく嘲笑を浮かべながら、マックスを見下ろしていた。
「さよならって、船は出港してないのよ?すぐに追いかけてくるにきまってるじゃない!」
 ユファの言う通り、マックスはすかさずタラップへと駆け寄ってきた。あれでも見張り役なのだから、不法侵入者を放置しておくわけがない。
「待てぇ……!」
 しかし、マックスが駆けだした――直後だった。貨物船はビューっという汽笛を一発鳴らすと、岸を離れ海上を移動し始めた。
「えっ、……動いてる?」
 ユファは、見る見る港の桟橋を離れていく貨物船に、ただただ唖然としていた。
「坊主とあんちゃんが、上手くやったみたいやな!」
「……上手くやったって、もしかして……船を乗っ取ったの?」
「はははー」
「というか!人間の貨物船を一隻乗っ取るなんて、観光客に混じって客船に乗るよりリスキーだし犯罪だし、目立ちまくってるじゃないの!!」

 けらけら笑う駿里に甲板に降ろされると、ユファはその場にへたり込んで頭を抱えるしかなくなったのだった。
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