スカイブルー・ティアーズ~奪えない宝石~

ゆきれの

文字の大きさ
15 / 18
第一章

運命の翼

しおりを挟む
第十五話 運命の翼

「まったく、おおかみってば、考えなしどころか脳みそスッカラカンなんじゃないの!?」
「強引に船を奪うだけなら、わざわざマックスを誘惑する必要なかったじゃない!」
「まあ、そうカッカせんと!終わりよければ、全てよしっていうやろ」
 
 貨物船の目的地は、アイスベルグの貿易相手・シュラーク帝国だ。
まさか、本当に人間の貨物船を乗っ取って海を移動することになるなんて。ユファはまだ、現状を受け止めきれないくらいだった。
「貨物船っちゅーよりは、貨客船っちゅーとこやなあ。こじんまりしとるけど、船員用の個室いくつかあったで」
 船内に寛げる空間が用意された環境は、一行にとって幸運なことだ。
駿里の話では、シュラーク港に到着するまでに三・四日要するらしい。
つまり、最低三日の間は船内で過ごさねばならない。プライベートな部屋があるのと無いのでは、精神的な負担が違う。
――エアハルトはともかく、ルイスは人間や半翼の駿里に激しい憎悪を抱いている。
三日も同室など出来るわけがないと、ユファも懸念していたからだ。
「ねえ、ちょっと待って。さっきから気になっていたんだけど……ドアの横に座ってる、ぐるぐる巻きに縛られたあの子、だれ……?」
「この船のクルーだよー」
 ユファ達がいる部屋は貨客船の一室で、クルーが休憩や食事摂るための、広めのゲストルームだ。
入り口扉の傍らに、ロープで体を拘束されてしゃがみこんでいる、小さな人影があった。
「抵抗してきたから、仕方なく縛っておいたのさ」
「でも、可哀想よ。もとはと言えば、船を乗っ取った私たちが悪いんだし」
 船員に落ち度はなく、勝手な理由で船を占拠したのは自分たちの方だ。
何の罪もない者を縛り付けておくのは、ユファとしては本意ではない。
「縄解いたら、暴れ出すかもしれないでしょ?面倒になるだけだよ」
 ユファは、頭を垂れてぐったりしているクルーの様子を、遠目から窺った。
深く被ったベレー帽の下から、癖っ毛の前髪と新緑の瞳が覗いている。金の髪にエメラルドの双眸は、アイスベルグ人特有のものだ。体格は小柄で、エアハルトと同じ年くらいに見えた。
「この子以外に、他の船員はいなかったの?乱暴な事してないわよね?」
「まだ出港準備中だったみたいだから、中にいたのはソイツと船長だけさ」
エアハルトは詰まらなそうに頭を掻いているが、ユファはその言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろした。もしこれ以上人間が乗船していれば、全員を縛り上げる……なんて事態になりかねない。
「だけど、こんな小さな子を縛るのは、私は反対だわ」
「ユファ……子供とはいえ、人間だよ?」
 椅子を立ち上がったユファは、クルーの少年を刺激しないように慎重に傍へと近寄っていく。
少年は、近づいてきたユファを上目遣いに見やると、怯えを滲ませた瞳で睨んできた。
「大丈夫、何もしないから。大人しくしてくれると約束できるなら、あなたの縄を解くわ。約束してくれる?」
「ユファ……」
 エアハルトは「こうなると思った」と、大きなため息を吐くと、やれやれと肩を落とした。
一方、先ほどまで静観していた駿里が椅子を離れ、ユファの隣に立つ。
「シュンリ?」
駿里は左の手のひらをクルーの前に突き出しながら、低い声音で諭すように告げた。
「俺たちが目的を果たすまでの間、邪魔せんと大人しゅうしとき。今、解いたる」
「……う」
駿里は、後ろで縛られている少年の両腕の縄、次いで腹部を拘束する縄を順に解いていき、最後に口を塞いでいた布を剥ぎ取っていく。
クルーは、ぶはっと大きく息を吸った後、先ほどまでとは打って変わって、堰を切ったように喋り出した。
「あんた達、何者だよ!?どうして、貨物船を乗っ取る?海賊にしても変だろ!普通だったら、あの豪華客船を狙うに決まってる!」
「アホ。俺らは海賊ちゃう」
「あーあ。やっぱり、ピーピーうるさいじゃん。だから、口塞いでれば良かったのにさー」
駿里とエアハルトの小競り合いを尻目に、ユファは屈みこんで、クルーと目を合わせた。
「な、なんだよ、あんた!?」
「私はユファ。船を乗っ取ったことは、謝るわ。本当にごめんなさい。目的を果たしたら、必ずあなたも船長も、無傷で解放すると約束するわ」
「……そんな事言われて、信用できるかよ!パパ……船長は……?」
 興奮するクルーを安心させようと真摯に言葉を紡ぐユファだったが、クルーの少年は勢いよく立ち上がり、廊下に飛び出そうとした。が、その腕は、駿里にがっちりとつかまれ、引き止められる。
「どこ行く気や」
「……くそ……。離せよっ!」
「おおかみ、そいつやっぱり、縛り上げて吊るしといた方がいいんじゃないかな?」
好戦的なエアハルトがロープを拾い上げながら、さらりと物騒な台詞を吐く。
「パパに、何もしていないだろうな?」
「当たり前や。大事なキャプテンやで。船を動かしてもらわなアカンからな」
「そーいうことだよ、ホッペ!いい子にしてれば、コッチは何もしないって言ってんだからさー」
「ほっぺって……なんだよ!?」
 エアハルトは自分より目下か同年代の相手には、とことん上からいかないと気が済まない性格だった。
「ホッペ」というのは、真っ赤に紅潮したクルーの頬から付けたあだ名のようだ。
「……っ、お前たちなんて、ミリタント・フィッシュのエサになっちまえ!!」
ついに怒りが臨界点を突破したクルーは声を荒げて叫ぶと、駿里を力任せに突き飛ばしてバタバタ部屋を飛び出して行ってしまった。
「待て!」
エアハルトが後を追いかけていくと、ベレー帽がぱさりと廊下に落ち、乱暴に部屋のドアが閉められる音が聴こえた。
「ちょっ、アイツ……?」
クルーの後ろ姿が客室に消えたのを唖然と見つめ、エアハルトは帽子を拾い上げる。
「ふんっ。まあ、せいぜい引きこもっていれば良いさ。お腹が減ったって、食料なんか分けてやらないんだから」
「エアハルト。食料を分けてもらうのは、私達のほうだからね」

 そのタイミングで、クルーと入れ替わるようにゲストルームの扉が開き、操縦室に居たルイスが戻ってきた。
「船長と、話をつけてきた」
「話をつけたって?」
 ユファが不安げにルイスに問いかけると、ルイスは重苦しいため息と共に部屋に入り、椅子へ腰を下ろした。
「僕達の乗船の件は伏せ、シュラーク港で降ろすよう指示した。妙な真似さえしなければ、船員に手は出さないと伝えてある」
「おう、なら一安心やな。ほんなら、俺は少し休憩させてもらおか」
「おい」
 すると、これで話はついたとばかりに、駿里は一人で廊下に出て行こうとした。群青のマントの背中を、ルイスが険しい声で呼び止める。
「待て、半翼。いや、シュテルプリヒ・アラー」
「せやから、その呼び方は好かん」
 挑発的な言葉に対し、駿里は振り返ってルイスを見据えた。
駿里の左右色彩が異なる双眸が、二つの感情のせめぎ合いを写し取ったかのように、ユファには映る。
「いい加減、貴様の真の目的を教えてもらおう」
「……兄さん?」
「俺は、ユファの護衛や。ヒンメルの宝珠とやらを手に入れるまで、お前らに協力する。そう言う話やったんちゃうか?」
「半翼は、この世には既に存在しない筈だ。にも関わらず、何故貴様はおめおめと生き残っている?……『死すべき運命の翼』の貴様が」
「え?」

――死すべき、運命?

ユファは、ルイスの口から飛び出す不穏な言葉と「死」という単語の重さに心臓が締め付けられ、息苦しさを覚えた。
エアハルトは真剣な面持ちのまま、駿里とルイスを見守っているだけだ。珍しく、口を挟む素振りは見せなかった。……それもそのはず、シュテルプリヒ・アラーの意味を知らなかったのは自分だけだった、という事実をユファは思い出した。
「ねえ、どういうこと?死すべき運命ってなに?」
置いてけぼりに我慢できなくなったユファは、駿里に食いかかった。
しかし、駿里はユファに近づくと、頭をふわりとひと撫でしてから、静かに告げた。
「生きモンは、いつか死ぬ。人間も半翼も、双翼もや。そんなん、当たり前やんか」
「そういうことを聞きたいんじゃない……。シュンリ、本当のことを話して!」
「船首の様子、見てくるわ」
「シュンリ!」
 呼び止めるユファを振り切り、駿里は廊下に出て行った。ユファが後を追いかけようとすると、ルイスが力強い調子で制止する。
「放っておけ、ユファ!これ以上、あの半翼に何を言っても無駄だ。彼奴が俺達に協力するなら死ぬまで利用すればいいし、そうでないのなら、即刻始末すればいいだけのこと。……ユリア様の仰るとおりにな」
「兄さん!そんな言い方……」
「でも、本当に謎だよね、おおかみってさ。半翼の子孫とかいうけど、半翼自体絶滅しているはずなのに。それに、どうしてボクらに協力するなんて言うんだろう……。ボクらは半翼を迫害してた、双翼の民なのにね……」
 半翼は人間からも双翼の民からも、疎まれていた。
ユファは、過去の歴史を聞かされるたび、胸が痛くて仕方なかった。人間でもなく、双翼の民でもない。つまり、駿里は何者にもなれず何処にも属せず――ただ一人きりで生きて来たことになる。
「やっぱり、ちゃんと駿里と話してみたいわ」
「ユファ!」
「兄さん?」
出て行こうとする肩口を引き止められ、ユファはルイスに抱き竦められた体勢で身動きが取れなくなった。
「ちょっと、ルイス!そういうことは、二人きりのときにしてよね!」
エアハルトが、突拍子の無いルイスの行動を目の当たりにし、真っ赤になって怒ったが、ルイスの拘束は解けない。
「離して」
ユファが抵抗するも、ルイスは力を緩めるどころか更にきつく抱き締めた。耳元に、ぽつりと小さな囁きが落ちる。
「半翼に近づけば、君が傷つくことになる。彼奴は、死すべき運命の翼。半翼とは、死ぬために生まれて来る天界への生贄だ」
「な、何、それ。死ぬために生まれる……?」
耳元で響くルイスの声音は優しいのに、一言一言は呪詛のようにさえ聞こえる。
ユファは、震える声で何度も「離して」とだけ繰り返した。
「ユファ」
「お願いだから……兄さん」
力なくルイスの胸を押し返すユファだったが、頭の芯はくらくらして物を考えられる状態ではない。
ルイスが見かねて腕を離すと束縛からは自由になったが、足元は雲の上に居るようでおぼつかなかった。
「ユファ、大丈夫?顔色、悪いよ……」
エアハルトが気遣わしげにユファを覗き込んでいるが、ユファには愛想笑いを返す元気もはない。
「ここ最近、立て続けに色々な事件が起きて疲れているんだろう。この部屋の隣の客室で休むといい。僕が、落ち着くまでついていようか?」
「大丈夫、一人で行けるわ。お言葉に甘えて、少し休んでくる」
 ユファは、ルイスの差し伸べる手を避けてテーブルの角に手を付くと、ふらつく体を支えながら答えた。
「ユファ。落ち着いたら、きちんと話をしよう。聞いて欲しいことがあるんだ」
「……」
 ゲストルームを出る直前、ルイスは一言ユファに声をかけてから、その背中を見送っていた。

(どうして――……) 
 
 体がこんなにも重いのは、慣れない船の中に居るからなのだろうか。
それとも、ルイスの言葉にショックを受けたからなのか。
半翼が『死ぬために生まれてくる』とは、一体どういう意味なのだろう。
出口の無い迷路の中を、ぐるぐる思考だけが巡り続ける。
すべての謎の答えを握っているのは、知る限りでは世界中でただ一人の半翼、駿里しかいなかった。

ユファの足はあてがわれた客室ではなく、船首の方へと進んで行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

王女の夢見た世界への旅路

ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。 無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。 王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。 これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜

ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。 草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。 そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。 「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」 は? それ、なんでウチに言いに来る? 天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく ―異世界・草花ファンタジー

追放された聖女は旅をする

織人文
ファンタジー
聖女によって国の豊かさが守られる西方世界。 その中の一国、エーリカの聖女が「役立たず」として追放された。 国を出た聖女は、出身地である東方世界の国イーリスに向けて旅を始める――。

処理中です...