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1巻

1-2

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「わたしのことが嫌いなら、他の人に代われないの?」
「嫌いだと思ったことはないし、他のやつにこの任務を任せるつもりもない」
「え……!? そうなんだ」

 意外な彼の言葉に、わたしは驚く。
 嫌じゃないんだ。
 柚木はわたしに対して怒っていたし、ずっと避けられていると感じていたのに……
 だったらもっと楽しそうにしてくれてもいいじゃない、とは思うけど、そこまで望むのは贅沢ぜいたくだ。
 わたしは荷物を片づけて自分のパソコンを立ち上げ、まずメールをチェックした。急ぎのものにはすぐ返信をして、フォルダに振り分けていく。
 今日必要な資料を揃えながら、手持ち無沙汰のように立っている柚木を見た。
 目つきは鋭く、短く切った髪がその精悍せいかんな顔立ちをさらに引き立てている。黒いスーツをビシッと着こなし、耳には小さなインカムをつけていた。
 悔しいけど、かっこいいし絵になる。さくらが思わず写真を撮りたくなるのもうなずけた。
 でも、わたしは彼の怒った顔以外、ほとんど知らないのだ。
 いくらかっこ良くても、怒り顔は好きじゃない。わたしが悪いのだけど、強い男はおおらかでないと。
 資料をプリントアウトしてファイルに挟み、立ち上がったわたしは、柚木に声をかけた。

「移動します」

 彼は黙ってうなずき、おとなしくわたしのあとをついてくる。
 入り口と反対側にある実験室と書かれたドアをわたしが開けると、背後の彼が息を呑んだ。
 まあ、普通の人は驚くだろう。
 ラボの隣にある実験室は、わたしのために作られた特別な部屋だ。
 広さはテニスコート約二面分。全体を強化コンクリートがおおい、天井の高さは十メートル以上ある。ちょっとした体育館みたいで、多少の爆発ならなんの問題もない。
 実は数年前に当時の実験室を半壊させて、見かねた前社長が作ってくれたのだ。
 併設された倉庫には、今まで開発してきた防犯扉や金庫などが保管されている。
 わたしたちが実験室に入ると、先に準備をしていたさくらが手を振った。
 中央の三メートル四方をアクリル板で囲い、外側にパソコンとつなげたカメラと速度計をセットしてある。
 わたしは、さくらから受け取った白衣を羽織はおり、持っていたゴムで髪の毛を一つにしばった。ゴーグルとマスクをつけたあと、作業台の上に置かれたアルミのアタッシュケースから小さな部品を取り出す。

「なにが始まるんだ?」

 そんな柚木の言葉は無視して、アクリルの箱の中に入った。
 部品は直径二センチほどのおはじきによく似たものだ。それを中心に置き、起動装置を取りつける。

「さくらちゃん、カメラの位置確認して」
「はーい」
「全体が入るようにしてね」
「はい。アングルOKでーす」

 位置をもう一度確認し、箱の中から出た。
 モニターの前にさくらとともに立つと、後ろから柚木がのぞき込んでくるのがわかる。その距離の近さに思わずドキッとしてしまう。

「じゃ、じゃあ始めるわよ」
「はい」

 わたしはキーボードを操作して、起動スイッチを入れた。箱の真ん中の装置をじっと見つめるけれど、なにも起こらない。

「……あれ? 電流が来てない?」
「うーん、信号も来てませんね」

 モニターを見つめて、さくらが言う。

「配線ミスかしら?」

 確認しようと箱の入り口に近づき、わたしが扉を少し開けたその時、突然中の装置がポンッと音を立てて起動した。

「きゃっ!?」
「うっ」

 軽い衝撃を感じたかと思うと、気づいた時には柚木に抱きしめられていた。その態度は、まるであの箱から守ろうとしてくれているみたいだ。

「あ、ありがとう」
「っっげほっ、がっ……。な、なんだこれはっ」

 わたしを抱きしめたまま、彼はせき込んだ。
 あたりには箱からあふれ出た白く薄いけむりが広がっている。空調が動く音が聞こえた。さくらが換気ボタンを押したようだ。
 強力な換気装置はみるみるけむりを吸い込んでいく。

催涙さいるいガスよ」

 わたしが答えると、柚木はこっちを見下ろした。そして今の状況を初めて自覚したみたいに、ガスのせいで赤くなった目を見開く。
 抱きしめられているせいで、ものすごく顔が近い。
 やはり、なんだかドキドキしてしまう。柚木にときめくなんて、どれだけ自分の私生活にはうるおいがないんだろう。

「な、なんだって!?」
「正確に言えば、通常の催涙さいるいガスを五倍に薄めて、そこに唐辛子成分を混ぜたものよ」

 あなたのその目が赤いのも、喉が痛いのも、そのせいよ、と続けたら怒りそうだったので、そこは言わない。ちなみに、わたしもさくらもゴーグルとマスクをつけていたので無事だ。
 柚木は顔をしかめ、わたしの体から腕をそっと離した。
 その瞬間、わたしは一瞬だけがっかりしてしまった。その落胆を悟られないように、さくらを振り返る。

「さくらちゃん、データは取れてる?」
「取れてますよ! さっきのはカチョーが起動スイッチを押し間違えたみたいです。今押したら動きましたもん」
「あらやだ。わたしの押し間違え?」

 今まで何度も実験をしてきて、そんな失敗したことないのに……

「ついでに、柚木さんのかっこいいシーンもばっちりです。もう映画みたい! カチョー見て見て!」

 はずむようなさくらの声にうながされ、わたしは移動してモニターをのぞき込む。
 装置の起動とともに柚木がわたしの体を抱き込み、自分の背中でかばうところが映っていた。

「まあ……」

 確かに、映画やドラマのようだ。

「くそっ、それを今すぐに消してくれ」

 上からのぞき込んでいた柚木が、苦い顔をして言った。

「残念ですけど、実験データだから消せませーん。保存保存♪」
「くそっ、げほっげほっ」

 彼はまたせき込む。怒っていることがありありとわかる。

「効果はありそうだけど、こんなに広がったら、二次災害のほうがひどいわね」

 まだせきをし続ける柚木を見つつ、わたしはさくらに言う。

「そうですね、ターゲットだけにまとわりつかせられれば良いんですけど」
「もっと重たい気体を混ぜればいいのかしら」

 取り込んだデータを見ながら、うーんと首をかしげる。
 すると、赤い目をこすりながら柚木が尋ねてきた。

「いったいなにを作ってるんだ?」
「個人用の防犯グッズよ。これは超小型の催涙さいるいガス発射装置。ネックレスやボタンにつけて、いざという時に発射! って感じね」

 残りの試作品を見せると、彼は興味深そうな顔になる。

「昨日使っていた投網とあみもそうか?」
「そうよ。あれもまだ試作品だけど」
「おまえは企業向け防犯システム開発のエキスパートだろ?」

 あら、今褒められたんじゃない?

「そっちはこの前、大きなプロジェクトを終わらせたばかりなのよ。次のアイデアが思いつくまで、個人用の小さな実験を繰り返しているの。こういうのも好きなの、知ってるでしょ?」

 わたしがそう言うと、途端に柚木が苦い顔になった。彼が過去に遭遇した事案を思い出しているのが容易にわかる。

「これからしばらく、こんなことにつきあわされるのか……耐えられるのだろうか」

 独り言みたいに言った。
 ほぼ毎回切れて怒鳴っているんだから、そもそも耐えてないじゃない、なんて、わたしはちらっと思う。けれど、それを口にしたらもっと怒られるので、黙っておくことにした。

「まだやるけど、ゴーグルとマスク、つける?」
「当然だ」

 予備のゴーグルとマスクを渡すと、柚木はひったくるように受け取ってさっさと装着する。
 その後、同じ実験を二十回ほど繰り返して、ガスの広がりと速さを計測した。
 装置が作動するたびに柚木は身構えるけれど、そのあとは順調で催涙さいるいガスを浴びせることはない。

「やっぱり広がりすぎるのが気になるわ。気体の量と成分をもう少し調整しましょう」
「はい」

 時計を見ると、そろそろお昼になろうとしていた。

「お腹いたわね。今日は出前取っちゃう?」
「いいですね! せっかく柚木さんも来たんだから、歓迎会がてら美味おいしいもの食べましょう」

 さくらが楽しそうにうなずく。でも柚木に歓迎会というのは、微妙な気持ちだ。

「なにか食べたいものある?」

 ゴーグルを外している柚木に聞くと、彼は軽く首を横に振った。

「いや、いらない」
「あら? ご飯を食べたらだめなの?」
「午後は安藤と交代することになっている」
「ふーん」

 安藤って、もう一人の女性のほうか。
 後片づけをしてラボに三人で戻ると、その安藤さんが一人で待っていた。

「柚木さん!」

 ホッとしたような顔で、彼女が近寄ってくる。わたしをちらっと見て軽く挨拶したあと、柚木に向き直った。

「どうしたんですか? その目」

 心配そうな顔で、彼の顔に手を伸ばす。
 わたしもそっちを見た。
 確かに目がまだ少し赤い。さっきの催涙さいるいガスの影響だ。
 柚木はその手をすっと避け、大丈夫だとばかりに首を横に振る。そして、その様子をじっと見ていたわたしと目が合うと、お前のせいだと言わんばかりににらんできた。
 もう、まだ怒っているのかしら、わざとじゃないのに? 謝ったじゃない。
 ……いや、謝ってないかもしれない。うん、謝ってはないわね。
 一人悩んでいると、さくらがそっと寄ってくる。

「カチョー。あの人誰ですか?」
「ん? 安藤さん? 柚木と同じ警護課の人よ。二人でわたしを護衛してくれるんだって」
「へー。随分わかりやすい……」

 さくらは言葉を濁しながら二人を見た。
 柚木と安藤さんが向かい合ってなにかを話している。柚木は至って普通に見えるけど、安藤さんが彼を見上げる目は、あきらかにキラキラしていた。

「カチョー、早速ライバル出現ですよっ」
「なに言ってるの? さ、出前頼みましょ。今日は奮発してうな重にしようかな。さくらちゃんもそうしなさいよ」
「カチョーのおごりですか?」
「もちろん」
「やった! あ、安藤さんも食べます? お昼ご飯」

 さくらが安藤さんに尋ねると、彼女は首を横に振った。

「いえ、食事は済ませてきました」
「じゃあ、やっぱり柚木さんだけでもどうぞ。カチョーのおごりなんで」

 さくらの言葉に柚木は困った顔になったが、わたしだって困る。

「え、柚木のも? いらないって言ってるのに?」
「まあまあ、ここはカチョーの良いとこ見せないと」

 さくらがウシシと笑う。
 なにか間違っていないかと思いつつ返事に困っていると、安藤さんがきっぱり断ってきた。

「ボディガードは依頼人と食事をしません」

 彼女のわたしを見る目は、やっぱり冷たい。ほぼ初対面のはずだし、嫌われることをした覚えはないのに。

「あら、依頼人は社長であって、カチョーではありませーん」

 さくらが言い、安藤さんは今にもブチ切れそうになった。

「いや、本当に結構。こちらにも段取りがある」

 柚木がそう言うことで、やっとさくらが引き下がった。
 わたしはさっさと机の上にある電話の受話器を取って、うな重を二人前、頼んだ。

「どこに頼んだんだ?」

 柚木が尋ねてくる。

「社員食堂よ」
「うちの社食がデリバリーをやってるなんて聞いたことないぞ」

 ちょっと驚く彼に、わたしは笑う。

「ふふ、特別にやってもらってるのよ」
「弱みでも握ってるのか?」
「なに言ってるのよ。そんなことあるわけないでしょ。前にね、料理長のお嬢さんに特注の防犯ブザーを作ってあげたの。学校からもらったものが使いづらいって言ってたから」
「特注って?」
「ブザーを押すと親とうちの警護課に連絡が入り、周囲の防犯カメラがターゲットをとらえる。映像で誤作動か実際の事件かがわかるから。あと、設定してある通学路を一定以上外れても連絡が入る。うちのGPSは誤差が小さくて、かなり優秀なの。料理長はお嬢さんが心配で仕方がないのよ」
「普通に良いものじゃないか。もっと変な液体とかが出るのかと思った」
「どういう意味よ」

 ギッとにらむと、柚木はふっと笑った。笑うと随分雰囲気が変わる。
 不本意ながらもドキッとしてしまうのは、まあ、仕方のないことだろう。彼の顔面偏差値の高さは否定できない。
 それはともかく、社食のデリバリーは早く、およそ十五分でうな重が届けられた。
 作業机の上を適当に片づける。

「さ、カチョー食べましょう!」

 さくらがいつものようにさっさと準備し、二人で並んでうな重を食べる。それを柚木と安藤さんに見られる――という奇妙なことになった。
 ……食べづらい。
 いつもと違いすぎる状況を改めて実感する。みんな緊張しているのか、妙な緊張感があった。

「カチョー、午後はどうします?」

 救世主さくらが、その雰囲気をやわらげる明るい声を上げた。

「そうね、催涙さいるいガスの成分見直しはあとにして、先に昨日の投網とあみ型銃の調整をしたいわ」
「気になるとこ、ありました?」
「昨日はかなり至近距離で使ったけど、もう少し離れても使える仕様が良いかと思うの」
「確かにあまり近いと危ないですよねえ」
「糸に編み込んだ粘液も強力すぎるから、調整が必要みたい」

 そこまで黙って聞いていた柚木が小さくうなった。

「それ、人体実験でやるのか?」
「まあ、それが理想ね。だって対人用の製品なんだから」
「いつもは二人だからほとんどマネキンでやってましたけど、幸い今日から人手があるから、やりやすいですね!」

 さくらが楽しげに言うと、柚木がまたうなる。そして、隣に立っている安藤さんの肩をポンと叩いた。

「……頑張れよ、安藤」
「え?」

 困惑気味な彼女を残し、柚木は一旦席を外した。
 うまく逃げたなと思いつつ、食事を終えたわたしは午後の実験の準備を始める。安藤さんを連れて実験室に行くと、彼女は今朝の柚木と同じような反応を見せた。
 違うのは、さくらが嬉々として安藤さんを実験台に選んだことだ。柚木のように直接の被害は受けなかったものの、散々怖い思いをさせてしまった。
 だから、再びやってきた柚木に彼女が泣きついたのは、まあ当然のことだ。

「柚木さん! 聞いてください。この人たちおかしすぎます!」

 柚木は半泣きの彼女の顔を見て、実験の後片づけをしていたわたしたちのほうにやってきた。
 片づけ途中のアクリル板には、網の残骸ざんがいがへばりついている。さくらはこのアクリル板の後ろに安藤さんを立たせ、何度も投網とあみ銃を撃ったのだ。
 ハッキリ言って、そこに人を立たせる必要はまったくなかったのに、さくらはあれこれ理由をつけて安藤さんにそれをさせた。
 距離を変え、角度を変え、何度も実験を繰り返し、アクリル板にいくつもの残骸ざんがいを残す。多分暴力に慣れているであろう警護課の彼女ですら顔を引きつらせたのは、さくらの嬉々とした表情のせいだ。
 わたしから見てもちょっと怖かった。
「芳野のマッドサイエンティスト」の名前は、近く彼女に譲ろうと固く決意した瞬間でもある。

「……まあ、怪我はないようで良かったな」

 柚木はそう言って、安藤さんの肩をポンと叩く。

「まったく、網のかけら一つ当たってもないのに大袈裟おおげさな」

 さくらは不満げに口をとがらせた。
 さくらちゃん、あなたって人は……
 わたしがそう思ったのと同時に、安藤さんがとうとう切れた。

「あんたね! いい加減にしなさいよ!」
「なにを? カチョーに張りつく代わりに実験に協力してくれるって、社長から聞いてますー」
「協力って、こういうことじゃないでしょ!」
「そっちこそ、うちのカチョーを誰だと思ってるの? こんな実験ばっかりしてるに決まってるでしょ!」

 さくらちゃん、そのセリフあんまり嬉しくないわ。
 バチバチとにらみ合うさくらと安藤さんを、わたしと柚木は似たような呆れ顔で見る。

「なかなか面白い助手だな」

 いつの間にかわたしの隣に来ていた彼が、小さな声で言った。

「いつもはもう少し静かなんだけど……さくらちゃん、楽しそうだわ。今までわたしと二人きりで、同年代の子たちと会う機会がなかったの……」

 安藤さんのほうはともかく、さくらはそれほど安藤さんを嫌がっているようには見えない。

「なんとか折り合いをつけられそうだな」

 柚木の言葉に素直にうなずくのはしゃくだったけど、確かにそうかもしれなかった。四人でワイワイと過ごして、それが意外と楽しかったことに気がつく。

「そうね。どうせなら楽しくやりましょ」

 目の前でにらみ合っている女子二人を見ながら、自分の発した言葉に自分でうなずいた。

「俺たちもな」

 つぶやくように言った柚木の声に、わたしは驚いて振り返った。見上げると、珍しく楽しげな顔でわたしを見ている。

「まあ……そうね」

 視線を戻しつつ、自分の心臓が妙に跳ねていることに落ち着かない気分になった。
 やだ、もう。どうしたの、わたし? 柚木にドキドキしちゃうなんて。
 その鼓動こどうを感じつつ、わたしはこの状況にひたすら戸惑とまどっていた。



   3


 いつも通りに出社して、地下にあるラボのドアを開けると、わたしのボディガードである二人とさくらがもう来ていた。

「おはよう、皆さん」

 わたしは挨拶をしながら中に入る。白衣姿のさくらがにっこりと笑った。

「カチョー、おはようございます!」

 そんな彼女とは対照的に、全身黒いスーツで固めた二人組は相変わらずの怖い表情だ。なんだかまるでお芝居みたいだと思った。

「さあ、今日も張り切って実験しましょう」

 わたしが持ってきた資料をドンと作業机に置くと、柚木と安藤さんがあからさまにため息をつく。
 そんなコントのような一団を引き連れ、隣の実験室に向かった。中には今日のための機材がすでに揃っている。

「なにをするんだ?」

 柚木が恐る恐るというふうに尋ねてきた。

「今日はまず、指輪型スタンガンの実用実験よ」
「ス、スタンガン……!?」

 機材チェックをしながらのわたしの答えに、彼は驚きの声を上げる。

「じゃあ、柚木さん、まずはこれを脱いでください」

 さくらが柚木のジャケットを脱がそうとした。

「お、おいっ」
「ちょっと!」

 柚木と安藤さんの声が重なる。

「まあまあ」

 さくらは気にせず、ぐいぐいと柚木のジャケットを脱がし、シャツの上から心電図によく似た機器を装着、さらに脳波計をつけたヘルメットをかぶせた。

「なんだよ、これは!?」
「スタンガン使用時の、心臓と脳への影響を調べるのよ。もし命に関わるようなら、大変でしょ」

 そう言い、わたしも同じ機器を自分の体に取りつける。

「どうしてあなたも?」

 安藤さんが言った。

「通常のスタンガンと違って、電極が自分に近いのよ。だから、こっちへの反動がどれくらいあるかも調べるの」
「いきなり人体実験は危険すぎるだろ」

 柚木がまた声を上げる。

「あら。一応機械でのチェックはしてるし、マネキンでの実験は終わってるわ。でも、実際に使ってみないと、ちゃんとしたことがわからないでしょ?」
「しれっと正論吐くなよ」
「つべこべ言わないの。実験には協力する約束でしょ。さ、さっさと始めるわよ」

 柚木を引っ張り、アクリル板の衝立ついたての奥側に立つ。電極コードをさくらがパソコンにつないだ。
 スーツにヘルメットという妙なちなのに、柚木がかっこ良く見えるのはなぜだろうか。
 そんな彼を横目にわたしはケースの中から指輪型のスタンガンを取り出し、自分の左手の薬指にめた。
 これは一見、少し大きな王冠の装飾がついたシルバーリングだ。王冠の先端から電気が流れるようになっている。スイッチは、指輪の内側についていて、それを指でそっと押すと、スタンガンに早変わりするのだ。

「準備は良い?」

 まるで柚木に見せつけるみたいに、指輪をめた左手を上げる。彼が息を呑むのがわかった。

「あ、カチョー! ちょっと待って。それ、高出力の危ないほうですよ!」

 さくらの慌てた声にふと指輪を見ると、確かに面白半分で作った高出力のスタンガンだった。触れると確実に感電する。

「あら、やだ。間違えちゃったわ」

 どうも昨日から、こんなミスが多い。わたしがごまかすように笑って通常のスタンガンにつけ替えるのを見て、柚木の顔がますますゆがんだ。


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