恋に恋するお年頃

柳月ほたる

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第二章

5 どこにいるの

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 きゃっきゃとはしゃぐ従姉妹を尻目に、ミアは兄の部屋からこっそりと拝借して来た遠眼鏡を取り出した。
 今日のミアの目的は、大きな手柄を上げて国民人気が上がり続けている王太子でも、その側近で、剣の腕も確かで頭脳も優秀な麗しの貴公子ステファンでもない。
 詳しい事は分からないけれど、恐らく将校クラスではなく一般兵卒。

 簡素な装備を付けた歩兵に照準を合わせ、まだ遠くを歩いている者も一人ずつ確かめていく。
 今回の戦いは大きな勝利をおさめたそうだが、怪我人や戦死者もある程度は出ている。そのため、彼も無事に帰って来て今この凱旋行進に参加している保証はない。
 だからどうか彼がここにいますように……という願いを込めながら、ミアは遠眼鏡を覗く。
 じっとりと手のひらに滲む汗がぬるりと滑った。

「ミア? あなたそんな物まで持って来たの?」
 隣から聞こえたヴィオラの声に、ミアは遠眼鏡から目を離さないまま返事する。
「ええ。だってここからじゃ顔まではっきり確認出来ないんだもの」
「まさかミアがそんなに軍人マニアだったなんて思わなかったわ」
 オルガは呆れたようにカップを持ち上げて、美しい所作でお茶を飲む。
 彼女は、行軍の観覧よりも公爵家嫡男のステファンが見たかっただけのようだ。

 色とりどりのドレスで着飾った少女達がテラスでじゃれ合っているのは目立つのだろう。
 沿道の人々がたまに振り返って見ている。
 とうとう目の前を通り過ぎようとしている凱旋行列も、立派な毛並みの芦毛に乗って堂々と先頭を行く王太子を守る歩兵達が、テラスの方へとチラチラと視線をやっていた。

 そんな時、オルガの黄色い悲鳴が耳に入った。
「ねぇ! 今王太子様がこっちをご覧になったんじゃない?!どうしよう、目が合っちゃったっ!」
 遠眼鏡を覗いたままのミアの耳にキンキンくる。
 ヴィオラに落ち着くよう言われても、オルガはもうほどんど失神しそうだ。
 さっきまでステファン目当てだと言っていたのに、王太子と目が合ったくらいで大袈裟ではないのか、そう思ったミアだったが、もしも彼を見つけたらそれ以上の叫び声を上げてしまう自信があるため、それを口に出すのはやめた。
 相変わらずきゃっきゃと楽しそうな従姉妹達に一瞥もくれず、ミアはひたすら遠眼鏡を覗き続けた。


「とっても楽しかったわねぇ」
「ほんと。将校の皆様の堂々とした騎乗姿、絵巻にして欲しいくらいだわ」
「あら、オルガ。ステファン様一筋という話はどこに行ったの?」
「……ステファン様は観賞用なの。現実的な恋人だって探してるのよ」
 パラソルの下、お茶を飲みながらうっとりと余韻に浸る2人の少女。
 だがミアだけはあまり冴えない顔をしていた。

 ーー彼は、見つからなかった。
 数千規模の行列から目当ての人を見つけるなんて至難の技だから、あまり期待しないでおこうとは思っていた。
 何せ相手は半前に一度会ったきりで名前も知らない人だ。
 今回の凱旋行列に参加していたかどうかすら分からない。
 あの時とは服装も違う、髪型も変わっているだろう。長期間の戦場生活で、顔つきや体型も変わっているかもしれない。

 もし顔をはっきりと知っていたとしても、何列にもなって歩く多数の兵隊から1人を見つけ出すなど、非常に困難だ。
 だから期待しないでおいたつもりだったが、やはり本当に見つからないとなると気が沈んだ。
「あら、ミア元気がないわね?」
「どうしたの? あ、もしかして軍の皆様方が行ってしまって寂しいとか?」
 香辛料のよくきいたお菓子を手に持った2人が、顔色の悪いミアを覗き込む。
 。
「ちょっと疲れたみたい。……ごめんなさい、今日はもう帰るわ」
 そう言って、ミアはのろのろと立ち上がる。
 彼のために飾り立て、朝は羽のように軽かったドレスがずしりと重かった。
「そうね、あなた必死で遠眼鏡を覗いていたもの。早く帰って休むといいわ」
「お大事にね」
 少し心配そうなヴィオラと、興奮で頬を紅潮させているオルガに見送られ、ミアはダンドリー商会を後にした。


 その日ミアは、夕食も食べずにベッドに入った。
 風邪でもひいたのか、それとも何かひどい病気なのかと心配する父と兄達だったが、「たくさんの男性を見たら気疲れしたみたいで……」と言うとすぐに解放された。
 彼らがやけに嬉しそうだったのが不思議だった。
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