15 / 47
第二章
5 どこにいるの
しおりを挟む
きゃっきゃとはしゃぐ従姉妹を尻目に、ミアは兄の部屋からこっそりと拝借して来た遠眼鏡を取り出した。
今日のミアの目的は、大きな手柄を上げて国民人気が上がり続けている王太子でも、その側近で、剣の腕も確かで頭脳も優秀な麗しの貴公子ステファンでもない。
詳しい事は分からないけれど、恐らく将校クラスではなく一般兵卒。
簡素な装備を付けた歩兵に照準を合わせ、まだ遠くを歩いている者も一人ずつ確かめていく。
今回の戦いは大きな勝利をおさめたそうだが、怪我人や戦死者もある程度は出ている。そのため、彼も無事に帰って来て今この凱旋行進に参加している保証はない。
だからどうか彼がここにいますように……という願いを込めながら、ミアは遠眼鏡を覗く。
じっとりと手のひらに滲む汗がぬるりと滑った。
「ミア? あなたそんな物まで持って来たの?」
隣から聞こえたヴィオラの声に、ミアは遠眼鏡から目を離さないまま返事する。
「ええ。だってここからじゃ顔まではっきり確認出来ないんだもの」
「まさかミアがそんなに軍人マニアだったなんて思わなかったわ」
オルガは呆れたようにカップを持ち上げて、美しい所作でお茶を飲む。
彼女は、行軍の観覧よりも公爵家嫡男のステファンが見たかっただけのようだ。
色とりどりのドレスで着飾った少女達がテラスでじゃれ合っているのは目立つのだろう。
沿道の人々がたまに振り返って見ている。
とうとう目の前を通り過ぎようとしている凱旋行列も、立派な毛並みの芦毛に乗って堂々と先頭を行く王太子を守る歩兵達が、テラスの方へとチラチラと視線をやっていた。
そんな時、オルガの黄色い悲鳴が耳に入った。
「ねぇ! 今王太子様がこっちをご覧になったんじゃない?!どうしよう、目が合っちゃったっ!」
遠眼鏡を覗いたままのミアの耳にキンキンくる。
ヴィオラに落ち着くよう言われても、オルガはもうほどんど失神しそうだ。
さっきまでステファン目当てだと言っていたのに、王太子と目が合ったくらいで大袈裟ではないのか、そう思ったミアだったが、もしも彼を見つけたらそれ以上の叫び声を上げてしまう自信があるため、それを口に出すのはやめた。
相変わらずきゃっきゃと楽しそうな従姉妹達に一瞥もくれず、ミアはひたすら遠眼鏡を覗き続けた。
「とっても楽しかったわねぇ」
「ほんと。将校の皆様の堂々とした騎乗姿、絵巻にして欲しいくらいだわ」
「あら、オルガ。ステファン様一筋という話はどこに行ったの?」
「……ステファン様は観賞用なの。現実的な恋人だって探してるのよ」
パラソルの下、お茶を飲みながらうっとりと余韻に浸る2人の少女。
だがミアだけはあまり冴えない顔をしていた。
ーー彼は、見つからなかった。
数千規模の行列から目当ての人を見つけるなんて至難の技だから、あまり期待しないでおこうとは思っていた。
何せ相手は半前に一度会ったきりで名前も知らない人だ。
今回の凱旋行列に参加していたかどうかすら分からない。
あの時とは服装も違う、髪型も変わっているだろう。長期間の戦場生活で、顔つきや体型も変わっているかもしれない。
もし顔をはっきりと知っていたとしても、何列にもなって歩く多数の兵隊から1人を見つけ出すなど、非常に困難だ。
だから期待しないでおいたつもりだったが、やはり本当に見つからないとなると気が沈んだ。
「あら、ミア元気がないわね?」
「どうしたの? あ、もしかして軍の皆様方が行ってしまって寂しいとか?」
香辛料のよくきいたお菓子を手に持った2人が、顔色の悪いミアを覗き込む。
。
「ちょっと疲れたみたい。……ごめんなさい、今日はもう帰るわ」
そう言って、ミアはのろのろと立ち上がる。
彼のために飾り立て、朝は羽のように軽かったドレスがずしりと重かった。
「そうね、あなた必死で遠眼鏡を覗いていたもの。早く帰って休むといいわ」
「お大事にね」
少し心配そうなヴィオラと、興奮で頬を紅潮させているオルガに見送られ、ミアはダンドリー商会を後にした。
その日ミアは、夕食も食べずにベッドに入った。
風邪でもひいたのか、それとも何かひどい病気なのかと心配する父と兄達だったが、「たくさんの男性を見たら気疲れしたみたいで……」と言うとすぐに解放された。
彼らがやけに嬉しそうだったのが不思議だった。
今日のミアの目的は、大きな手柄を上げて国民人気が上がり続けている王太子でも、その側近で、剣の腕も確かで頭脳も優秀な麗しの貴公子ステファンでもない。
詳しい事は分からないけれど、恐らく将校クラスではなく一般兵卒。
簡素な装備を付けた歩兵に照準を合わせ、まだ遠くを歩いている者も一人ずつ確かめていく。
今回の戦いは大きな勝利をおさめたそうだが、怪我人や戦死者もある程度は出ている。そのため、彼も無事に帰って来て今この凱旋行進に参加している保証はない。
だからどうか彼がここにいますように……という願いを込めながら、ミアは遠眼鏡を覗く。
じっとりと手のひらに滲む汗がぬるりと滑った。
「ミア? あなたそんな物まで持って来たの?」
隣から聞こえたヴィオラの声に、ミアは遠眼鏡から目を離さないまま返事する。
「ええ。だってここからじゃ顔まではっきり確認出来ないんだもの」
「まさかミアがそんなに軍人マニアだったなんて思わなかったわ」
オルガは呆れたようにカップを持ち上げて、美しい所作でお茶を飲む。
彼女は、行軍の観覧よりも公爵家嫡男のステファンが見たかっただけのようだ。
色とりどりのドレスで着飾った少女達がテラスでじゃれ合っているのは目立つのだろう。
沿道の人々がたまに振り返って見ている。
とうとう目の前を通り過ぎようとしている凱旋行列も、立派な毛並みの芦毛に乗って堂々と先頭を行く王太子を守る歩兵達が、テラスの方へとチラチラと視線をやっていた。
そんな時、オルガの黄色い悲鳴が耳に入った。
「ねぇ! 今王太子様がこっちをご覧になったんじゃない?!どうしよう、目が合っちゃったっ!」
遠眼鏡を覗いたままのミアの耳にキンキンくる。
ヴィオラに落ち着くよう言われても、オルガはもうほどんど失神しそうだ。
さっきまでステファン目当てだと言っていたのに、王太子と目が合ったくらいで大袈裟ではないのか、そう思ったミアだったが、もしも彼を見つけたらそれ以上の叫び声を上げてしまう自信があるため、それを口に出すのはやめた。
相変わらずきゃっきゃと楽しそうな従姉妹達に一瞥もくれず、ミアはひたすら遠眼鏡を覗き続けた。
「とっても楽しかったわねぇ」
「ほんと。将校の皆様の堂々とした騎乗姿、絵巻にして欲しいくらいだわ」
「あら、オルガ。ステファン様一筋という話はどこに行ったの?」
「……ステファン様は観賞用なの。現実的な恋人だって探してるのよ」
パラソルの下、お茶を飲みながらうっとりと余韻に浸る2人の少女。
だがミアだけはあまり冴えない顔をしていた。
ーー彼は、見つからなかった。
数千規模の行列から目当ての人を見つけるなんて至難の技だから、あまり期待しないでおこうとは思っていた。
何せ相手は半前に一度会ったきりで名前も知らない人だ。
今回の凱旋行列に参加していたかどうかすら分からない。
あの時とは服装も違う、髪型も変わっているだろう。長期間の戦場生活で、顔つきや体型も変わっているかもしれない。
もし顔をはっきりと知っていたとしても、何列にもなって歩く多数の兵隊から1人を見つけ出すなど、非常に困難だ。
だから期待しないでおいたつもりだったが、やはり本当に見つからないとなると気が沈んだ。
「あら、ミア元気がないわね?」
「どうしたの? あ、もしかして軍の皆様方が行ってしまって寂しいとか?」
香辛料のよくきいたお菓子を手に持った2人が、顔色の悪いミアを覗き込む。
。
「ちょっと疲れたみたい。……ごめんなさい、今日はもう帰るわ」
そう言って、ミアはのろのろと立ち上がる。
彼のために飾り立て、朝は羽のように軽かったドレスがずしりと重かった。
「そうね、あなた必死で遠眼鏡を覗いていたもの。早く帰って休むといいわ」
「お大事にね」
少し心配そうなヴィオラと、興奮で頬を紅潮させているオルガに見送られ、ミアはダンドリー商会を後にした。
その日ミアは、夕食も食べずにベッドに入った。
風邪でもひいたのか、それとも何かひどい病気なのかと心配する父と兄達だったが、「たくさんの男性を見たら気疲れしたみたいで……」と言うとすぐに解放された。
彼らがやけに嬉しそうだったのが不思議だった。
0
あなたにおすすめの小説
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました
樹里
恋愛
社交界デビューの日。
訳も分からずいきなり第一王子、エルベルト・フォンテーヌ殿下に挨拶を拒絶された子爵令嬢のロザンヌ・ダングルベール。
後日、謝罪をしたいとのことで王宮へと出向いたが、そこで知らされた殿下の秘密。
それによって、し・か・た・な・く彼の掃除婦として就いたことから始まるラブファンタジー。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。
不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。
翼 うみ
恋愛
父の会社を立て直す交換条件のため、ほぼ家族に身売りされた形で関東最大級の極道・桜花組の次期組長に嫁入りしたジェシカ。しかし母を亡くして以降、義母と義妹に虐げられていたジェシカは実家を出られるなら、と前向きだった。夫となる和仁には「君を愛することはない」と冷たく突き放される。それでもジェシカは傷つくことはなく、自分にできることを探して楽しんでいた。
和仁には辛い過去がありそれ故に誰のことも愛さないと決めていたが、純真で健気なジェシカに段々と惹かれてゆき――。
政略結婚から始まる溺愛シンデレラストーリー。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる