恋に恋するお年頃

柳月ほたる

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第二章

7 王太子殿下の求婚

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「王太子様? ……お断りして欲しいわ」
 渋面を作る父に対し、ミアはもう一度同じ返事をした。さっきそう言ったはずなのに聞こえなかったのだろうか。
「は?! 王太子殿下だぞ、いいのか?!」
「え……? ですからお断りを……」
 なぜか慌てふためく父に、ミアは少々困惑気味だ。
 今までと同じように断ったのだから、父が驚く理由が分からない。

「そうかそうか! いや、それならいいんだ! 王太子殿下からの申し込みなら、さすがのミアもうんと言ってしまうかと思ってな!」
 先程までの仏頂面が嘘のように、父が喜色満面でカカカと笑う。
「私は地位で人を判断しません」
 少しだけムッとしてそう言えば、父は満足げにウンウンと頷いた。
「そうだな、ミアは地位にも金にも靡かんからなぁ。それでいい。お父様がいずれちゃんと、ミアに釣り合うような結婚相手を見つけてくるぞ」
 父はデスクに置いてあった酒のボトルを手に取り、機嫌よくコルクをポンと抜いた。
 よかったよかったと尚も言い募る父に、ミアは心の中で小さくごめんなさいと謝る。
 そんな大層な理由ではない、ただ既に心に決めた人がいるから断っただけだ。父の目に適う男性なんて、このまま現れなければいいのに。

 こうして王太子からの縁談は片付いた、はずだったのだが。

「ミア、また殿下からの申し込みだ」
 家族が集う居室で、父のこめかみに浮いた青筋がピクピクと痙攣する。
 これは相当怒っている時の仕草だ。
 それもそのはず、未だ会ったこともない王太子からの申し込みはもう既に片手では足りない数になっている。父が直々に拝謁して断りを入れても受け入れてもらえないばかりか、すぐにまた新しい書式の申込みがやって来るのである。

「ふふ、殿下は欲しい物があれば必ず手に入れる方ですからね。その粘り強いところ、幼い頃からお変わりにならないわ」
 全く迷惑なだけの申し込みを見ながら、母はのほほんと笑っている。乳母として王太子の世話をしていた頃を思い出して微笑ましく思っているのだろうか。
「ミア、お会いするだけでもしてみたらどう? 気が変わるかもしれなくてよ?」
「お母様っ! 私は絶対いやです!」
 思わず悲鳴のような声が出てしまった。ミアは慌てて声を取り繕い、『王太子妃など恐れ多くて私には務まりませんわ』などと言い直してみたが、母は面白そうに笑うだけだ。

「母上、ミアだって嫌がってるんですよ」
 王太子と乳兄弟として育ったクラウディオはその気質を十分知っているのか、うんざりした顔付きである。
 文官として王城に出仕しているクラウディオは、凱旋して以来国政に復帰した王太子と仕事上での繋がりがある。乳兄弟の気安さでミアを諦めるよう説得しても、いつも聞く耳持たず躱され続けていい加減辟易していた。

 現在の国王夫妻が非常に民主的な考え方をしているため、百年ほど昔のように王族の権威を振りかざして無理やり妹を奪われないだけマシではある。
 が、やはり王太子の求婚を断り続けているという噂が広まると外聞が悪い。今は内々の話に収まっているが噂が立つのも時間の問題だろう。

 だいたい王太子はミアと全く面識がないはずなのに、どうしてこんなにこだわるのかクラウディオにはさっぱり分からない。
 確かにミアはこの国で一番美しいと思う。自信を持ってこう言うと母が残念な物を見るような目をするが、クラウディオには本当にそう見える。
 だが王太子の周りにだって、ミア程ではないにしろそれなりに見目麗しい女は何人もいたし、実際に彼はやり過ぎない程度にはつまみ食いしていた。
 それが最近では全く女を寄せ付けず、熱心に妹にだけ求婚して来るのだ。
 まさか先日の凱旋行列の見物の際に何かあったのではと疑ったが、ミアは王太子など、顔どころか装いすら覚えていなかった。
 その事実に皆で唖然としたのも記憶に新しい。

 そして今日は、更に頭の痛い議題が残っていた。
「例の王太子殿下のご来訪の件だが」
 重々しい顔つきでミアの父がそこにいた面々を見回した。
「やはり、予定通りいらっしゃるそうだ。余程のことがない限り、全員で出迎えることになる」
 母を除いた一同が、ぐったりとして溜息をついた。
 求婚を断られ続けた王太子がとうとう次の手段に出てきたのだ。表向きは、しばらく会っていない乳母の訪問と臣下の労い。だが、その本当の目的がミアとの顔合わせであるのは明らかだ。
「お父様、私、どうしたらいいのですか……っ」
 今まで王太子を避け続けていたミアにも危機感が迫る。
 これだけしつこい王太子のことだ、実際会ったら何をされるか分からない。

 ふと、かつて家庭教師から学んだ負の歴史がミアの頭をよぎった。
 誘拐同然で娶られた貴族の奥方の話や、一族郎等を人質に取られて夫と離婚し、その後国王の愛人に収まった女性の話など。
 まさかそこまで酷いことが起きるとは考えたくないが、一度会えばそのままなし崩しに恋人に仕立て上げられそうで怖い。
「あぁ、どうしようか……。風邪で寝込んでいる事にするか? それとも……」
 父はイライラと足を揺らしている。
「父上、見舞いだと称して寝室を覗かれでもしたらどうするんですか!」
「それもそうだな。あぁ、ではどこかに避難でもするか……」
 あれやこれやと話し合っても何も良い考えが浮かばない父と兄。
 まさか本当に王太子殿下は女性の寝室を覗くような人なのかと恐ろしくなる。

 だったら庭の物置小屋にでも隠れています! と思い余ったミアが叫ぼうとした時、助け舟を出してくれたのは意外にも母だった。
「ではダンドリー商会に行っていてはどう? ちょうど珍しいワインが手に入ったから、分けてあげようと思っていたのよ。そのお使いを頼まれてくれるかしら」
「え……、でもお母様は……」
 てっきり母は、王太子殿下との仲を取り持とうとしているのだと思っていた。

 ミアの事を手放しで可愛がり、いつまでも嫁にやりたくないと言い張る父や兄と違って、母はいつも冷静だ。悪い事をすれば叱るし、無責任に甘やかしたりもしない。
 更に、結婚に関しても非常にシビアだ。
 結婚適齢期を逃すと相手の条件も下がってくること、いつまでも実家にいる訳にはいかないこと、誰か好い人を探すため、社交に出るべきだということ。
 縁談を断り続けているミアに、そういう厳しい現実を教えてくれたのも母である。
 だから、王太子というまたとない相手が現れた今、母は必ず薦めてくるのだと思っていたのだが。

 ミアの表情から言いたい事が分かったのだろう、母はゆったりと微笑んだ。
「ミア、私だってあなたの幸せを一番に考えているのよ。嫌なら無理強いはしないわ」
 こうしてミアは、王太子が来訪する日には一人でダンドリー商会へと避難することになった。
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