恋に恋するお年頃

柳月ほたる

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第二章

8 彼の想い

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 グリゼルダ王国の王太子アルベルトは現実主義者リアリストである。

 王国軍総司令官は父である国王ということになっているが、立太子すると同時に実務を受け継ぎ、実質的な軍のトップはアルベルトとなった。
 体を鍛え、技を磨き、いくつかの戦いで修羅場を潜り抜ける中で、彼はいつも思っていることがあった。
 比較的平和な時代とはいえ、アルベルトの命令一つに部下達の命がかかっている。万が一の時に彼らの命は呪術では救えないし、神にいくら祈っても国力が弱ければ侵略されるのだ。

 だから彼は目に見える物しか信じようとはしない。
 火を吹くドラゴンや魔法使いが絵本の中だけの生き物であると気付いたのも、実に5歳の時だった。
 だが、そんな彼の主義は一人の少女の前であっさりと崩れ去ることになる。

 まさか、花の妖精でも舞い降りてきたのか?

 最初に思ったのはそれだった。
 軍の遠征を二日後に控え、どうにも落ち着かない気分で王城内をただ歩いていた晩。月の光に照らされた中庭には花と戯れる少女の姿があった。
 真っ白なドレスを着た愛らしい顔つきの彼女は、気怠げに花壇に寄りかかり、花と会話でもしているかのような仕草をしている。
 華奢な体と長手袋に包まれた細い腕は庇護欲を煽り、薄明るい庭にぼうっと浮かび上がる白いドレスが、彼女の清廉で純真な印象を際立たせていた。

 こんな人気のない場所に女が一人で佇んでいるなど有り得ない。
 もしや本当にあやかしか何かの類なのかと警戒していたが、それは意外にも本物の人間だった。
 しかも、その日デビュタントを迎えたばかりの無垢な少女。信じられないことに、道も分からないのに走って舞踏会から逃げ出して来たらしい。

 ――これは、運命なのかもしれない。

 思えば出会った瞬間から、彼の目はこの少女に奪われてしまっていた。
 力が全ての世界で生きてきたアルベルトにとって、自分ではどうにも出来ない『運命』など、最も嫌っていた言葉のはずなのに。

 儚げな見た目とは違って、彼女は無邪気で明るい少女だった。
 思わず弱音を吐いてしまっても、軽蔑も落胆もせず優しく励ましてくれる。軍のトップで、尚且つ王太子という立場上、常に自信を持って堂々と振舞わねばならないアルベルトにとって、それは大いなる癒しだった。
 まさか生死のかかった戦いを子供の遊びに例えるとは思わなかったが、その突飛さも愛おしくて堪らない。
 今まで無色透明だった世界に、鮮やかな色がついた気がした。

 ミア、君がいればそれだけでいい。
 一生私の側にいてくれないだろうか。

 その言葉を伝えるためだけに、アルベルトは国境争いから帰還した。
 出軍からほぼ半年。予定よりも少し遅くなってしまったが、これも戦果を考えると十分過ぎるくらいだろう。

 今回の戦いは、不可侵協定を無視して侵入して来た連中を蹴散らすためのものだった。
 最近国境を接する王国が代替わりし、無鉄砲で血の気の多い王子が国王となったためにこのような事態になったのだ。
 しかし大義もなく、更に代替わりによってゴタついている敵を倒すのは容易い。今後歯向かう気力も起きないよう叩き潰してやった。
 これだけならば早々に帰還出来たのだが、この混乱に乗じて領土を拡大しようと攻めいる第三国まで出てきて戦いが長引いてしまった。
 こんな戦いさえなければ、もう既に自分はミアを手に入れていたのではないか。
 そう思うと腸が煮えくり返るようで、一切の妥協を許さずにこちらも薙ぎ払い、更に攻め入って国境線まで後退させてやった。
 アルベルトの執念である。


 グリゼルダに凱旋してからのアルベルトは、外交官と共に数々の残務処理をこなすため多忙を極めていた。
 以前より遥かに有利な条件で講和条約を結び、不在にしていた間の仕事を片付け、やらねばならないことはいくらでもある。
 そしてようやく少し落ち着いたところでコスタンツィ家へと縁組を申し込んだ。
 もちろん自分の両親である国王夫妻への了承は取り付けてある。数代前までは政略結婚が主流だったが、あまりにも悲惨な夫婦関係が国政にまで影響した例が多々あり、現在は両者の合意の元に婚姻を結ぶ者が増えているのだ。

 が、アルベルトはここで思わぬ障害にぶつかった。
「妹だって嫌がってんだ。もういい加減諦めてくれないか」
 そう言うのはミアの兄であるクラウディオ。アルベルトの乳兄弟であり、王立学院も共に卒業した気心の知れた仲である。
「彼女とはきちんと約束をした。そっちこそいつまでも隠していないで、ちゃんとミアに会わせて欲しいと言ってるだろう」

 これだ。
 コスタンツィ家の過保護ぶりは予想以上だった。
 どんな好条件の縁談を持って行っても全て門前払いだとステファンから聞かされた通り、アルベルトも全く相手にされない。いくら正式な求婚をしてもコスタンツィ伯がすぐに恭しく断りの文句を述べに来るのだ。
 王太子と伯爵令嬢というお互いの身分上、まさか勝手に訪ねて行って執事に取次ぎを頼む訳にもいかない。かと言って、外出の予定が漏れて来ない彼女を外で掴まえる事も出来ない。
 つまり、家ぐるみでミアを隠されてしまえばアルベルトには彼女に会う術がないのである。
 なんとか繋ぎを持とうと乳兄弟であるクラウディオに掛け合っても、逆に説得を試みられる始末だ。

「コンスタンツィ嬢、だからな」
 クラウディオが不遜な態度で言う。
「は?」
「愛称をお前に許した覚えはない」
「…………」
 呼び名くらい勝手にさせてくれと叫びたかった。
 だいたいクラウディオは、普段はもっと冷静で理知的な文官だ。王太子であるアルベルトに対しても、乳兄弟という気安さを持ちながら臣下としての礼は忘れない。
 そんなクラウディオが、どうしてミアの事となるとこんなに面倒くさいのか。
「ミアに……」
「コンスタンツィ嬢だろ」
 クラウディオは、きちんとした名前で呼ぶまでは話さえしないらしい。
「…………コンスタンツィ嬢に会わせてくれ」
「断る。接点なんてなかったくせに何が約束だ」
「ちゃんとお前の言う通りに呼んだだろう!」
 アルベルトも次第にヒートアップしていく。

 ステファンから聞いた噂によると、これまで全く夜会にも晩餐会にも現れなかったミアが、最近頻繁に社交界に顔を出しているらしい。
 彼女と自分との間にあるのは、所詮一夜の口約束。
 戦いが終わっても迎えに来ないアルベルトになど見切りを付けてしまったのかと、焦りばかりが募る。
 ミアを密かに狙う者は大勢いるという。横から宝を掻っ攫われる前に、アルベルトは急がねばならなかった。
「だから何度も言ってるだろう! 城内で迷っていた所に私が通り掛かったのだと! 共にダンスもした、彼女は俺を待っていると言っていた!」
 またそんなウソを……とでも言いたげなクラウディオが肩をすくめる。
 初めてこの話をした時は、『ミアからそんな話は聞いていない。お前夢でも見たんじゃないのか?』と哀れみをこめた目でを諭された。
 アルベルトだって、広い王城の中で偶然通り掛かった中庭に、まさかあんな運命的な出会いが転がっているとは思わなかった。舞踏会を抜け出した令嬢を王子が見初めるなど、なんて陳腐で使い古されたストーリーだろう。
 こんなことなら、ミアが忘れていったティアラを送り主を伏せて届けさせなければよかったと唇を噛む。
 証拠として手元に残しておくべきだったのに、今更後悔しても遅かった。
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