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第二章
9 彼の苛立ち
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「ま、とにかくミアが断れって言ってんだ。それに俺たちは従ってるだけだからな。……それよりも」
砕けた口調だったクラウディオがピシリと襟元を正す。
「王太子殿下はそろそろ執務室にお戻りになった方がよろしいかと存じますが」
慇懃無礼な口調に切り替えたクラウディオが、顎をクイと上げてアルベルトを横目で見遣った。
余裕綽々といった様子に腹は立つが、仕事を放り出して彼のデスクに来ていたのだからアルベルトの方が分が悪い。
「私は諦めないぞ」
「えぇ、こちらも承服致しかねますが」
ギリギリと視線がぶつかる。
幼い頃から共に過ごしているだけに、クラウディオはアルベルトのしつこく粘り強い性格をよく分かっているし、逆にアルベルトはクラウディオが非常に頑固者だと知っている。だがお互いどちらも譲れない。
先に目を逸らしたのはアルベルトだった。
「……邪魔をしたな。帰る」
「はい。それでは後ほど、水路整備の予算案について承認を頂きに参ります」
最後まで嫌味な態度のクラウディオに見送られ、アルベルトはイライラとしながらその部屋を後にした。
どうせコスタンツィ伯と息子達が、可愛さのあまりミアを手放したくないからと縁談を潰しているのだろう。年頃の令嬢がこのまま独り身を貫き続ける訳にもいかないだろうに、本当に彼女の将来について考えているのだろうか。
こんな気分のままで書類仕事をする気分にもならず、彼は軍の訓練所に足を運んだ。
ちょうど訓練中だった中隊に混じり、アルベルト自ら稽古をつけてやることにする。
「おい! 相手が私だからといって手加減は無用だ! 本気でかかって来い!」
腰の引けている相手に対し、アルベルトは鋭い眼光で檄を飛ばした。
「……ヒッ……て、手加減など……っ!」
刃を潰した訓練用の剣が、ギインと音を立ててぶつかる。
相手が手首の痺れに気を取られた隙に、彼は力一杯剣を振り払った。すると相手の剣は弾き飛ばされ、遠く離れた場所に滑っていく。
考える間も与えず相手の足を払って地面に引き倒すと、喉元に切っ先を突き付けた。
「お前、ここが戦場なら死んでいたぞ」
「…………っ!」
地面に両手をついたまま、恐怖と、屈辱と、あと少しの敬服の眼差しを向けるのは、コンスタンツィ家次男のロレンツォである。
純粋に訓練をつけてやろうという気もあったが、少々意趣返しをしてやろうという大人気ない思いもあった。まぁ実力の差がありすぎて、『少々』では済まなくなってしまったのだが。
「はいはい、もうその辺にしてやれ」
剣を間に挟んだまま動かない2人を黙って見ていられなくなったのだろう、今日の訓練の監督をしていたステファンが割って入った。彼はロレンツォに手を差し伸べ、アルベルトの剣を下げさせる。
「お前、ミアちゃんに会えないからって相当荒れてんな。だからコンスタンツィ家は手強いって言っただろ?」
「そうだな、まさかここまでとは思っていなかった」
ステファンに助け起こされたロレンツォは、訓練着の砂を叩いてから気まずそうに頭を下げて走って行った。仲間のところに合流し、落ち込むところを慰められているようだ。
少々やり過ぎたとは思うが、実際に隙があったのだから反省はしていない。
このまま部下を全員ボコボコにされては困る、というステファンの主張により、アルベルトは手合わせによる訓練を控えることになった。
その代わり、ステファンと共に実戦中の兵士を順に見て回り、気になった部分を助言する。王太子殿下直々の指導ということで、兵士達にもいつもより緊張感が漂っているようだ。
「そこ、攻撃からの切り返しは速いが、重心が右に偏っているな。変な癖は早めに直した方がいい」
「ハイッ!」
直立不動になった兵士が大声で答える。
コンスタンツィ家もこのくらい従順だとやりやすいのだが、とアルベルトはため息をついた。
「で、もしかして俺に用でもあったのか? お前がこの時間にここに来るなんて珍しいじゃないか」
また訓練中の兵士の見回りを再開すると、ステファンが何気なく尋ねる。
確かにアルベルトは、早朝や夕刻などの人が少ない時間に1人で鍛錬に励むことが多い。アルベルトの行動を把握している彼にはお見通しだったのだろう。
「ああ、実は頼み事があってな」
アルベルトがにっこりと笑ってそう告げると、ステファンはひくりと顔を引き攣らせる。
「おいおい、無茶は言わないでくれよ?」
「大丈夫だ。誰にでも出来る簡単な依頼だ」
土埃が舞う訓練場の中で、アルベルトは話を切り出した。
砕けた口調だったクラウディオがピシリと襟元を正す。
「王太子殿下はそろそろ執務室にお戻りになった方がよろしいかと存じますが」
慇懃無礼な口調に切り替えたクラウディオが、顎をクイと上げてアルベルトを横目で見遣った。
余裕綽々といった様子に腹は立つが、仕事を放り出して彼のデスクに来ていたのだからアルベルトの方が分が悪い。
「私は諦めないぞ」
「えぇ、こちらも承服致しかねますが」
ギリギリと視線がぶつかる。
幼い頃から共に過ごしているだけに、クラウディオはアルベルトのしつこく粘り強い性格をよく分かっているし、逆にアルベルトはクラウディオが非常に頑固者だと知っている。だがお互いどちらも譲れない。
先に目を逸らしたのはアルベルトだった。
「……邪魔をしたな。帰る」
「はい。それでは後ほど、水路整備の予算案について承認を頂きに参ります」
最後まで嫌味な態度のクラウディオに見送られ、アルベルトはイライラとしながらその部屋を後にした。
どうせコスタンツィ伯と息子達が、可愛さのあまりミアを手放したくないからと縁談を潰しているのだろう。年頃の令嬢がこのまま独り身を貫き続ける訳にもいかないだろうに、本当に彼女の将来について考えているのだろうか。
こんな気分のままで書類仕事をする気分にもならず、彼は軍の訓練所に足を運んだ。
ちょうど訓練中だった中隊に混じり、アルベルト自ら稽古をつけてやることにする。
「おい! 相手が私だからといって手加減は無用だ! 本気でかかって来い!」
腰の引けている相手に対し、アルベルトは鋭い眼光で檄を飛ばした。
「……ヒッ……て、手加減など……っ!」
刃を潰した訓練用の剣が、ギインと音を立ててぶつかる。
相手が手首の痺れに気を取られた隙に、彼は力一杯剣を振り払った。すると相手の剣は弾き飛ばされ、遠く離れた場所に滑っていく。
考える間も与えず相手の足を払って地面に引き倒すと、喉元に切っ先を突き付けた。
「お前、ここが戦場なら死んでいたぞ」
「…………っ!」
地面に両手をついたまま、恐怖と、屈辱と、あと少しの敬服の眼差しを向けるのは、コンスタンツィ家次男のロレンツォである。
純粋に訓練をつけてやろうという気もあったが、少々意趣返しをしてやろうという大人気ない思いもあった。まぁ実力の差がありすぎて、『少々』では済まなくなってしまったのだが。
「はいはい、もうその辺にしてやれ」
剣を間に挟んだまま動かない2人を黙って見ていられなくなったのだろう、今日の訓練の監督をしていたステファンが割って入った。彼はロレンツォに手を差し伸べ、アルベルトの剣を下げさせる。
「お前、ミアちゃんに会えないからって相当荒れてんな。だからコンスタンツィ家は手強いって言っただろ?」
「そうだな、まさかここまでとは思っていなかった」
ステファンに助け起こされたロレンツォは、訓練着の砂を叩いてから気まずそうに頭を下げて走って行った。仲間のところに合流し、落ち込むところを慰められているようだ。
少々やり過ぎたとは思うが、実際に隙があったのだから反省はしていない。
このまま部下を全員ボコボコにされては困る、というステファンの主張により、アルベルトは手合わせによる訓練を控えることになった。
その代わり、ステファンと共に実戦中の兵士を順に見て回り、気になった部分を助言する。王太子殿下直々の指導ということで、兵士達にもいつもより緊張感が漂っているようだ。
「そこ、攻撃からの切り返しは速いが、重心が右に偏っているな。変な癖は早めに直した方がいい」
「ハイッ!」
直立不動になった兵士が大声で答える。
コンスタンツィ家もこのくらい従順だとやりやすいのだが、とアルベルトはため息をついた。
「で、もしかして俺に用でもあったのか? お前がこの時間にここに来るなんて珍しいじゃないか」
また訓練中の兵士の見回りを再開すると、ステファンが何気なく尋ねる。
確かにアルベルトは、早朝や夕刻などの人が少ない時間に1人で鍛錬に励むことが多い。アルベルトの行動を把握している彼にはお見通しだったのだろう。
「ああ、実は頼み事があってな」
アルベルトがにっこりと笑ってそう告げると、ステファンはひくりと顔を引き攣らせる。
「おいおい、無茶は言わないでくれよ?」
「大丈夫だ。誰にでも出来る簡単な依頼だ」
土埃が舞う訓練場の中で、アルベルトは話を切り出した。
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