20 / 47
第二章
10 彼の作戦
しおりを挟む
「無理無理! 俺には無理だって!」
アルベルトが『簡単な頼み事』をすると、ステファンが最初に言ったセリフはそれだった。
訓練の輪から少し離れ、汗を流す騎士達の様子を並んで眺めていた時のことである。
彼のあまりの慌てっぷりに、アルベルトは眉を顰める。
「なぜだ。ほんの一時ミアの後を尾けるだけだ。お前には簡単なことだろう」
「だから! その相手が問題なんだろ!」
アルベルトの頼みとは、ステファンにミアの尾行をして欲しいという内容だった。
これまでアルベルトは、繰り返しコンスタンツィ家に婚姻を申し込んできた。
しかし全く相手にされず、せめて面会をと頼んでも拒否される。毎回コンスタンツィ伯は嫌味ったらしいくらに丁寧な態度で断りを入れに来るし、仲がいいはずのクラウディオだって取りつく島もない。
そのうちに時間ばかりが経ち、ミアは社交界の花と持て囃されるようになっていた。
そして追い詰められたアルベルトは、正攻法で攻めるのをやめると決めたのだ。
真面目に依頼して無理なら、ちょっとつついて相手をおびき出せばいい。
熱心に求婚している自分がコンスタンツィ家を訪ねると知らせておけば、おそらく当日、彼らはミアをどこかに逃がそうとするだろう。ミアがどこに隠れたのかステファンに尾けさせておき、その後で自分が合流するという作戦を立てたのである。
敵の密偵でも捕らえろと命じられたならばその遂行は困難だが、相手は貴族の箱入りお嬢様だ。行き先は友人の屋敷か、劇場か、はたまた教会か。
目立つ馬車で出掛けるところを見失わなければいいだけだ。
「簡単じゃないか」
「いや、そっちじゃなくて! ……コスタンツィ伯を敵に回すのはちょっとキツイんだよなぁ」
困り切ったステファンが額に手を当てる。
ステファンの生家であるサミュエリ公爵家の領地グリンフィールドは、金属加工で栄えている土地である。その技術は国内随一で、王国軍の武具類もそのほとんどがグリンフィールド製だ。
そしてグリンフィールドはコスタンツィ家の領地と一部が接しており、コスタンツィ家の鉱山で取れる鉱物を仕入れ、それを加工して昔から共存共栄してきたという経緯がある。万が一コスタンツィ家と揉めた場合、鉱物を供給してもらえなくなるとすべての生産が止まってしまうのだ。
「へぇ、そういう理由か」
「な? だからさ、俺がミアちゃんを浚う手伝いをしたなんてバレたら厄介な話になるんだよ」
分かってくれるよな? と配慮を求めるステファンに、アルベルトはあっさりと言い放った。
「そうか。ならば王国軍最高指令官である私の権限でグリンフィールドの武具類納入計画を見直す」
「はっ?!」
ものすごい勢いでステファンがこちらを向く。
「今すぐ担当官吏を呼び出そう」
「ちょちょちょちょ、ちょっと待て、それとこれとは関係ないんじゃないか?!」
慌てて縋り付いたステファンに、アルベルトは冷静な視線を向けた。
「お前が伯爵家との取引を考慮に入れるからこちらも同じようにデメリットを提示したまでだ。ちょうどいい、グリンフィールド製が寡占状態なのをよく思わない連中も多かったんだ。最近はあちこちで技術開発が盛んだから、品評会を開いて選定するのもいいな」
「……!!」
ステファンが愕然と目を見開く。
そして一瞬のうちにその影響を計算したのだろう。確かにグリンフィールドは高い技術を持っているが、このままでは納品量を減らされかねない。
頭を抱え、髪を掻き毟り、なにやら意味不明の言葉をいろいろと吐き出してから、腹を決めたようにアルベルトを見た。
「……俺が協力したって絶対内密に出来るか?」
「当然だ。秘密は守る」
そしてまた深く考え込んでしまったステファンに、アルベルトは穏やかな声で語りかける。
「お前だって私が彼女と会っていたのは見ていただろう?」
「……ああ」
「コンスタンツィ家の連中はそれすらも信じようとしないんだ。今、私と彼女は不当に引き裂かれている状態だ。彼女だって、多分私を探している。……お前しか頼れる相手がいないんだよ」
「あーっ、分かったよ! 協力する! その代わり秘密は厳守、取引は今まで通りってことでいいな?」
「ああ、恩に着る」
こうしてアルベルトは、ミアを捕獲する準備を着々と整えた。
若干卑怯な手を使ってしまったが、ステファンには今まで散々貸しを作ってきたのだ。三股を掛けた女性達に囲まれたところを助けてやったり、娼館に行くために王立学院の寮から抜け出すのを手伝ってやったり。
少々返してもらってもバチは当たらないだろう。
ミアに出会ってから半年になる。
季節は巡り、その間にアルベルトは一つ歳をとった。
ミアはどう変わっているだろうか。
咲き始めの花のような可憐な佇まいは、少し幼さの残るあどけない笑顔は、一生懸命喋っている時の真剣な瞳は。
ほんのわずかな時間を共に過ごしただけの相手を想い続けるなど、我ながらどうかしているとアルベルトは思う。だがその一瞬を永遠にするためだけに、アルベルトは半年を戦いに費やしたのだ。
生まれてからこれまで、アルベルトの行動原理は全て、国のため、国民のため、そして王族としての義務感からだった。
常に周囲から求められる立派な王太子像を丁寧になぞる生き方。与えられる責務は重かったが、それと同時に適度に遊んで、たまにバカな事もやって。
だからその生き方に何か不満があった訳ではない。
ただ、気付いてしまった。
自らの意思で欲しているもののために生きるとは、なんと心躍る日々なのだろうかと。
ミアに再び会うためだと思えば、長い長い行軍も、死と隣り合わせの戦場も、決して苦にはならなかった。
あの愛しい少女がいるこの国を守るために、そして彼女をこの腕に抱くために。
その一心で過ごしてきたのだ。
ミアを諦めるなど、アルベルトの選択肢にはなかった。
アルベルトが『簡単な頼み事』をすると、ステファンが最初に言ったセリフはそれだった。
訓練の輪から少し離れ、汗を流す騎士達の様子を並んで眺めていた時のことである。
彼のあまりの慌てっぷりに、アルベルトは眉を顰める。
「なぜだ。ほんの一時ミアの後を尾けるだけだ。お前には簡単なことだろう」
「だから! その相手が問題なんだろ!」
アルベルトの頼みとは、ステファンにミアの尾行をして欲しいという内容だった。
これまでアルベルトは、繰り返しコンスタンツィ家に婚姻を申し込んできた。
しかし全く相手にされず、せめて面会をと頼んでも拒否される。毎回コンスタンツィ伯は嫌味ったらしいくらに丁寧な態度で断りを入れに来るし、仲がいいはずのクラウディオだって取りつく島もない。
そのうちに時間ばかりが経ち、ミアは社交界の花と持て囃されるようになっていた。
そして追い詰められたアルベルトは、正攻法で攻めるのをやめると決めたのだ。
真面目に依頼して無理なら、ちょっとつついて相手をおびき出せばいい。
熱心に求婚している自分がコンスタンツィ家を訪ねると知らせておけば、おそらく当日、彼らはミアをどこかに逃がそうとするだろう。ミアがどこに隠れたのかステファンに尾けさせておき、その後で自分が合流するという作戦を立てたのである。
敵の密偵でも捕らえろと命じられたならばその遂行は困難だが、相手は貴族の箱入りお嬢様だ。行き先は友人の屋敷か、劇場か、はたまた教会か。
目立つ馬車で出掛けるところを見失わなければいいだけだ。
「簡単じゃないか」
「いや、そっちじゃなくて! ……コスタンツィ伯を敵に回すのはちょっとキツイんだよなぁ」
困り切ったステファンが額に手を当てる。
ステファンの生家であるサミュエリ公爵家の領地グリンフィールドは、金属加工で栄えている土地である。その技術は国内随一で、王国軍の武具類もそのほとんどがグリンフィールド製だ。
そしてグリンフィールドはコスタンツィ家の領地と一部が接しており、コスタンツィ家の鉱山で取れる鉱物を仕入れ、それを加工して昔から共存共栄してきたという経緯がある。万が一コスタンツィ家と揉めた場合、鉱物を供給してもらえなくなるとすべての生産が止まってしまうのだ。
「へぇ、そういう理由か」
「な? だからさ、俺がミアちゃんを浚う手伝いをしたなんてバレたら厄介な話になるんだよ」
分かってくれるよな? と配慮を求めるステファンに、アルベルトはあっさりと言い放った。
「そうか。ならば王国軍最高指令官である私の権限でグリンフィールドの武具類納入計画を見直す」
「はっ?!」
ものすごい勢いでステファンがこちらを向く。
「今すぐ担当官吏を呼び出そう」
「ちょちょちょちょ、ちょっと待て、それとこれとは関係ないんじゃないか?!」
慌てて縋り付いたステファンに、アルベルトは冷静な視線を向けた。
「お前が伯爵家との取引を考慮に入れるからこちらも同じようにデメリットを提示したまでだ。ちょうどいい、グリンフィールド製が寡占状態なのをよく思わない連中も多かったんだ。最近はあちこちで技術開発が盛んだから、品評会を開いて選定するのもいいな」
「……!!」
ステファンが愕然と目を見開く。
そして一瞬のうちにその影響を計算したのだろう。確かにグリンフィールドは高い技術を持っているが、このままでは納品量を減らされかねない。
頭を抱え、髪を掻き毟り、なにやら意味不明の言葉をいろいろと吐き出してから、腹を決めたようにアルベルトを見た。
「……俺が協力したって絶対内密に出来るか?」
「当然だ。秘密は守る」
そしてまた深く考え込んでしまったステファンに、アルベルトは穏やかな声で語りかける。
「お前だって私が彼女と会っていたのは見ていただろう?」
「……ああ」
「コンスタンツィ家の連中はそれすらも信じようとしないんだ。今、私と彼女は不当に引き裂かれている状態だ。彼女だって、多分私を探している。……お前しか頼れる相手がいないんだよ」
「あーっ、分かったよ! 協力する! その代わり秘密は厳守、取引は今まで通りってことでいいな?」
「ああ、恩に着る」
こうしてアルベルトは、ミアを捕獲する準備を着々と整えた。
若干卑怯な手を使ってしまったが、ステファンには今まで散々貸しを作ってきたのだ。三股を掛けた女性達に囲まれたところを助けてやったり、娼館に行くために王立学院の寮から抜け出すのを手伝ってやったり。
少々返してもらってもバチは当たらないだろう。
ミアに出会ってから半年になる。
季節は巡り、その間にアルベルトは一つ歳をとった。
ミアはどう変わっているだろうか。
咲き始めの花のような可憐な佇まいは、少し幼さの残るあどけない笑顔は、一生懸命喋っている時の真剣な瞳は。
ほんのわずかな時間を共に過ごしただけの相手を想い続けるなど、我ながらどうかしているとアルベルトは思う。だがその一瞬を永遠にするためだけに、アルベルトは半年を戦いに費やしたのだ。
生まれてからこれまで、アルベルトの行動原理は全て、国のため、国民のため、そして王族としての義務感からだった。
常に周囲から求められる立派な王太子像を丁寧になぞる生き方。与えられる責務は重かったが、それと同時に適度に遊んで、たまにバカな事もやって。
だからその生き方に何か不満があった訳ではない。
ただ、気付いてしまった。
自らの意思で欲しているもののために生きるとは、なんと心躍る日々なのだろうかと。
ミアに再び会うためだと思えば、長い長い行軍も、死と隣り合わせの戦場も、決して苦にはならなかった。
あの愛しい少女がいるこの国を守るために、そして彼女をこの腕に抱くために。
その一心で過ごしてきたのだ。
ミアを諦めるなど、アルベルトの選択肢にはなかった。
1
あなたにおすすめの小説
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
つかれやすい殿下のために掃除婦として就くことになりました
樹里
恋愛
社交界デビューの日。
訳も分からずいきなり第一王子、エルベルト・フォンテーヌ殿下に挨拶を拒絶された子爵令嬢のロザンヌ・ダングルベール。
後日、謝罪をしたいとのことで王宮へと出向いたが、そこで知らされた殿下の秘密。
それによって、し・か・た・な・く彼の掃除婦として就いたことから始まるラブファンタジー。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。
不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。
翼 うみ
恋愛
父の会社を立て直す交換条件のため、ほぼ家族に身売りされた形で関東最大級の極道・桜花組の次期組長に嫁入りしたジェシカ。しかし母を亡くして以降、義母と義妹に虐げられていたジェシカは実家を出られるなら、と前向きだった。夫となる和仁には「君を愛することはない」と冷たく突き放される。それでもジェシカは傷つくことはなく、自分にできることを探して楽しんでいた。
和仁には辛い過去がありそれ故に誰のことも愛さないと決めていたが、純真で健気なジェシカに段々と惹かれてゆき――。
政略結婚から始まる溺愛シンデレラストーリー。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる