恋に恋するお年頃

柳月ほたる

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第二章

10 彼の作戦

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「無理無理! 俺には無理だって!」
 アルベルトが『簡単な頼み事』をすると、ステファンが最初に言ったセリフはそれだった。
 訓練の輪から少し離れ、汗を流す騎士達の様子を並んで眺めていた時のことである。
 彼のあまりの慌てっぷりに、アルベルトは眉を顰める。
「なぜだ。ほんの一時ミアの後を尾けるだけだ。お前には簡単なことだろう」
「だから! その相手が問題なんだろ!」
 アルベルトの頼みとは、ステファンにミアの尾行をして欲しいという内容だった。

 これまでアルベルトは、繰り返しコンスタンツィ家に婚姻を申し込んできた。
 しかし全く相手にされず、せめて面会をと頼んでも拒否される。毎回コンスタンツィ伯は嫌味ったらしいくらに丁寧な態度で断りを入れに来るし、仲がいいはずのクラウディオだって取りつく島もない。
 そのうちに時間ばかりが経ち、ミアは社交界の花と持て囃されるようになっていた。

 そして追い詰められたアルベルトは、正攻法で攻めるのをやめると決めたのだ。
 真面目に依頼して無理なら、ちょっとつついて相手をおびき出せばいい。
 熱心に求婚している自分がコンスタンツィ家を訪ねると知らせておけば、おそらく当日、彼らはミアをどこかに逃がそうとするだろう。ミアがどこに隠れたのかステファンに尾けさせておき、その後で自分が合流するという作戦を立てたのである。
 敵の密偵でも捕らえろと命じられたならばその遂行は困難だが、相手は貴族の箱入りお嬢様だ。行き先は友人の屋敷か、劇場か、はたまた教会か。
 目立つ馬車で出掛けるところを見失わなければいいだけだ。

「簡単じゃないか」
「いや、そっちじゃなくて! ……コスタンツィ伯を敵に回すのはちょっとキツイんだよなぁ」
 困り切ったステファンが額に手を当てる。

 ステファンの生家であるサミュエリ公爵家の領地グリンフィールドは、金属加工で栄えている土地である。その技術は国内随一で、王国軍の武具類もそのほとんどがグリンフィールド製だ。
 そしてグリンフィールドはコスタンツィ家の領地と一部が接しており、コスタンツィ家の鉱山で取れる鉱物を仕入れ、それを加工して昔から共存共栄してきたという経緯がある。万が一コスタンツィ家と揉めた場合、鉱物を供給してもらえなくなるとすべての生産が止まってしまうのだ。

「へぇ、そういう理由か」
「な? だからさ、俺がミアちゃんを浚う手伝いをしたなんてバレたら厄介な話になるんだよ」
 分かってくれるよな? と配慮を求めるステファンに、アルベルトはあっさりと言い放った。
「そうか。ならば王国軍最高指令官である私の権限でグリンフィールドの武具類納入計画を見直す」
「はっ?!」
 ものすごい勢いでステファンがこちらを向く。
「今すぐ担当官吏を呼び出そう」
「ちょちょちょちょ、ちょっと待て、それとこれとは関係ないんじゃないか?!」
 慌てて縋り付いたステファンに、アルベルトは冷静な視線を向けた。
「お前が伯爵家との取引を考慮に入れるからこちらも同じようにデメリットを提示したまでだ。ちょうどいい、グリンフィールド製が寡占状態なのをよく思わない連中も多かったんだ。最近はあちこちで技術開発が盛んだから、品評会を開いて選定するのもいいな」
「……!!」

 ステファンが愕然と目を見開く。
 そして一瞬のうちにその影響を計算したのだろう。確かにグリンフィールドは高い技術を持っているが、このままでは納品量を減らされかねない。
 頭を抱え、髪を掻き毟り、なにやら意味不明の言葉をいろいろと吐き出してから、腹を決めたようにアルベルトを見た。
「……俺が協力したって絶対内密に出来るか?」
「当然だ。秘密は守る」
 そしてまた深く考え込んでしまったステファンに、アルベルトは穏やかな声で語りかける。
「お前だって私が彼女と会っていたのは見ていただろう?」
「……ああ」
「コンスタンツィ家の連中はそれすらも信じようとしないんだ。今、私と彼女は不当に引き裂かれている状態だ。彼女だって、多分私を探している。……お前しか頼れる相手がいないんだよ」
「あーっ、分かったよ! 協力する! その代わり秘密は厳守、取引は今まで通りってことでいいな?」
「ああ、恩に着る」
 こうしてアルベルトは、ミアを捕獲する準備を着々と整えた。
 若干卑怯な手を使ってしまったが、ステファンには今まで散々貸しを作ってきたのだ。三股を掛けた女性達に囲まれたところを助けてやったり、娼館に行くために王立学院の寮から抜け出すのを手伝ってやったり。
 少々返してもらってもバチは当たらないだろう。



 ミアに出会ってから半年になる。
 季節は巡り、その間にアルベルトは一つ歳をとった。
 ミアはどう変わっているだろうか。
 咲き始めの花のような可憐な佇まいは、少し幼さの残るあどけない笑顔は、一生懸命喋っている時の真剣な瞳は。
 ほんのわずかな時間を共に過ごしただけの相手を想い続けるなど、我ながらどうかしているとアルベルトは思う。だがその一瞬を永遠にするためだけに、アルベルトは半年を戦いに費やしたのだ。

 生まれてからこれまで、アルベルトの行動原理は全て、国のため、国民のため、そして王族としての義務感からだった。
 常に周囲から求められる立派な王太子像を丁寧になぞる生き方。与えられる責務は重かったが、それと同時に適度に遊んで、たまにバカな事もやって。
 だからその生き方に何か不満があった訳ではない。

 ただ、気付いてしまった。
 自らの意思で欲しているもののために生きるとは、なんと心躍る日々なのだろうかと。
 ミアに再び会うためだと思えば、長い長い行軍も、死と隣り合わせの戦場も、決して苦にはならなかった。
 あの愛しい少女がいるこの国を守るために、そして彼女をこの腕に抱くために。
 その一心で過ごしてきたのだ。

 ミアを諦めるなど、アルベルトの選択肢にはなかった。
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