恋に恋するお年頃

柳月ほたる

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第三章

7 薔薇の庭の眠り姫

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 回廊に腰掛けてアルベルトを待っていたミアだが、何もすることがなかったためすぐに飽きた。
 ぼんやりと庭園を眺めては、たまに栗色の前髪をくるくると指先に巻きつけてみる。そして柱にもたれてじっとしているうちに、彼を探し回っていた疲れが出たのか、いつの間にか居眠りを始めてしまった。

 浅い眠りの中、ミアは夢に出てきたアルベルトと再会を果たしていた。
 絵本の王子様のように麗しい彼は、ミアに優しく微笑んで手を握ってくれる。2人でぴったりと寄り添い見つめ合って過ごすのは、うっとりするような甘い時間である。
 そこにはしつこくて嘘つきな王太子殿下も、悪の手先のようなステファンもいない。
 彼がお菓子を口元に運んでくれ、その親密な触れ合いにミアは小さな笑みを浮かべる。

「あぁ、やはりここにいたか」
 やけに鮮明なアルベルトの声が聞こえて、2人で並んで座っている夢は滲んで消えた。
 しかしまだ夢うつつにいるミアのまぶたは重く、次はまた違う夢が始まったのだろうと眠り続ける。何度も彼の夢をみられるなんて今日は幸運だ。
「眠ってるのか? 迎えをやったのにいつまでもやって来ないから心配していたんだ。……まったく、人の気も知らないで幸せそうな顔をして」
 ――迎え? 王太子様からの迎えが来たから逃げたの。でも、あなたとしか踊らないって決めてたから、がんばって約束を守ったのよ。
 柱にもたれていたミアの体がそっと引き剥がされ、誰かの体に包み込まれた。
 この香りには覚えがある。穏やかで、優しくて、そして全て身を任せてしまいたくなるような香りだ。
「……ん、アル……?」
 愛おしさがこみ上げて、目の前にある体にぎゅうっと抱きついた。
「……だいすきっ」
 夢の中だから、いくら好きだと言っても恥ずかしくない。
 抱きついた体がびくりと強張ったのも気にせず、ミアはすりすりと頬を擦り寄せる。しかしミアの背中にも手が回され嬉しくなったのも束の間、冷たくてギザギザしている硬いものが頬に当たって、思わず眉間にシワが寄った。
「ん……んむ……」
「悪い、今日は正装だから勲章がいくつもついているんだ。痛かった?」
 無意識のうちに頬を当てても痛くない場所を探していたミアは、やっと金属の隙間を見つけてそこにぴたりと頬を寄せた。
「これでも起きないのか? ……ミア、いつまでも寝てると私の部屋に攫って行ってしまうよ?」
 ――アルのお部屋があるの? 行きたい! また前みたいに楽しくおしゃべりをするの。

 まだ目が覚めないミアの体がふわりと持ち上げられた。
 あぁ、こんなこと前にもあった気がする。あの時はただ驚いて混乱するだけだったけれど、夢の中にいる今はとても冷静だ。
 上質な上着に包まれた硬い胸にぴたりと頬をつけると安心するし、彼が一歩踏み出す毎に伝わる振動がひどく心地いい。階段を上がっている時は、さすがに重いのではと言いたくなったが、いやこれは夢なのだから大丈夫だろうと思い直した。

「ミア、着いたよ」
 重厚なドアが閉まる音がして、あたりの空気が変わった。
 柔らかなベッドに寝かされ、遠くで衣擦れの音を聞きながら、ミアは少しずつ異変に気がつく。
 夢にしてはなんだかやけにリアルな感覚である。肌に触れる掛け布の触り心地は滑らかで、かすかに新緑のような爽やかな香りがする。いつも夢をみている時はぼんやりとした感覚なのに、今は体の指一本一本まではっきりと意識出来るのだ。
「……ん、ぅ……」
 ぴくんとまぶたを震えさせたミアが小さく身じろぎをすると、耳元でギシリとベッドが軋むような音がした。
 一体何の音だろうとうっすらと目を開けば、なんと唇さえ触れそうな距離にアルベルトの顔が迫っていた。

「ア、アル……っ?!」
 ぼんやりとしていた頭が一気に覚醒する。
 ミアは慌てて起き上がろうとしたが、かさばるドレスと間近に迫るアルベルトによってそれは叶わず、ただ真っ赤になって口をパクパクさせるだけだ。
 もしかして今まで夢だと思っていたものは全部現実だったのだろうか。一体どこから? 彼にお菓子を食べさせてもらったのは、夢? 現実?
 どうしよう、何を口走ったのかさえ全く覚えていない。
「なんだ、眠り姫は一人で目が覚めてしまったのか。私のキスで起こしてあげようと思ったのに」
「……っ!」
 驚くミアの桜色の唇に小さなキスが落とされる。
 ちゅ、と音を立ててすぐに去って行ってしまい、ミアは少しだけ残念に思った。

「ミアが中庭の柱に凭れて寝ていたから連れて来たんだよ。ほら、座ってごらん」
「うん……」
 彼に手を差し出されて、ミアはおずおずと起き上がる。
 薄明るい室内を見回すと、そこには以前彼と入った休憩室よりも格調高い調度品が並んでいた。金の装飾が入った淡い水色の壁と、少し濃い色の柱。部屋の四方には大きな燭台が据えられている。
 ここはどこだろうか。
 広い王城には数え切れないくらいの部屋があるため、不慣れなミアには見当もつかない。今日は大勢の人が王城に詰めかけているから、前回とは違った部屋も開放されているのかもしれない。
「ミア、もっと近くにおいで」
「あ……」
 だが隣にいるアルベルトに腰を抱き寄せられ、ここがどこであるかなどすぐにどうでもよくなった。
 大事なのはどこにいるかではない。誰といるか、だ。彼と一緒なら、例え粗末な小屋の中でも、なんの飾り気もない木の下でもどこでもいいのだ。

「ねぇ、約束通り誰とも踊ってない?」
 体を密着させたまま、頤をクイと持ち上げられた。
 全てを見透かすような空色の瞳に吸い込まれそうで、ミアはドキドキしながら小さくコクコクと頷く。
 決して強い力で拘束されている訳ではないのに、磔にされたように動けなかった。
「……ええ、もちろんよ。アルは? 誰かと踊ってない?」
 祝賀会には綺麗に着飾った令嬢がたくさん出席していた。
 そのほとんどは王太子殿下やステファン目当てのようだったが、アルベルトはこんなにかっこいいのだ。人気がないはずがない。
 ミアはアルベルトだけと決めているが、もしかして彼は他の女性の相手をしていたのではないかと少し不安になる。
 胸にチクリと痛みを感じながら尋ねると、鋭く探るようだった彼の雰囲気が和らいだ。
「私も今日は君だけだと決めていた。だから誰とも踊っていないよ」
「ほんと?」
「ああ」
 約束を守ったご褒美に、と、また触れるだけのキスが落とされた。
 それだけでミアの心はぽかぽかと温かくなる。とろりと甘い蜂蜜を流し込まれたようだった。
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