恋に恋するお年頃

柳月ほたる

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第四章

1 朝帰りはこっそりと

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 ミアが自邸に帰り着いたのは、まだ夜が明けきらない薄暗いうちだった。
 馬車が屋敷の入り口に横付けされると、待ち構えていたサラがすぐにやって来てドアを開けてくれた。
「お嬢様! お帰りが遅いので心配していたんですよ!」
「ごめんなさい。あのね、お友達と……その、話が弾んでしまって」
 まさか男性と一緒に寝台にいたなどとは言えず、出迎えてくれたサラにミアはとっさに嘘をついた。
 幼い頃から一緒にいるサラにまで本当のことを言わないのは心苦しいが、とりあえず今は早くベッドに入って眠りたかった。
 詳しく説明するのは起きてからでいいだろう。
 その時にしっかり謝って許してもらおうと思う。

「まぁそれはそれは……あら、なんだか髪型が変わっていませんか?」
 ふと気がついたように言うサラに、ミアは内心慌てふためいた。
 ミアの嘘は全く疑わなかったが、自分がセットした髪型が変わっているのはすぐに分かってしまったらしい。
「え?! そ、そんな気のせいよ。暗いから印象が違って見えるんじゃないかしら」
 ちなみにこの髪を整えたのは王城にいた使用人である。
 サラが綺麗にまとめ上げた髪はアルベルトが寝台で解いてしまったため、帰り支度をしようとしてミアは青褪めた。その時に彼が城で勤めている女性を呼んでくれたのだ。
 夜中にもかかわらず嫌な顔ひとつせずに手伝ってくれた彼女は手際もよく、ミアの説明を聞いて元の髪型と同じように仕上げてくれた。

 しかしやはり細かい違いはあるのだろう。ミアがしどろもどろで誤魔化すと、サラは怪訝な顔をして引き下がった。
「……そうですか?」
「そうよ! ねぇ、お父様とお母様は怒っていらしたかした?」
 これ以上追及されないよう、ミアは慌てて話題を変える。すると現在屋敷には使用人しかいないと教えられてほっと安堵した。
 祝賀会は夜通し開催されるとはいえ、『出来るだけ早く帰って来るように』と父からきつく言われていたため、こんなに遅くなってしまって怒られるかもしれないと思っていたのだ。

「旦那様と奥様はバルディーニ伯爵家の晩餐会に出席なさっていますが、今日はそちらに泊まっていらっしゃると連絡がありました。クラウディオ様はお嬢様と同じく祝賀会に行かれましたが、お会いになりましたか?」
「いいえ、会わなかったわ」
 もしかしたら長兄は王太子殿下のいる大広間にいたのかもしれない。ミアは出来るだけそちらに近寄らないようにしていたから、会わなかったとしても納得がいく。
「そうですか。ロレンツォ様は祝賀会の夜勤警備で、ご帰宅は今日のお昼頃だそうですよ」
「ロレンツォお兄様は一度お見かけしたわ。大広間に入るドアのところに立っていらして……」
 と、祝賀会の話をサラに聞かせようとしたところで、ふぁ、とミアから大きなあくびが漏れた。結局今晩はほとんど眠っていないから、元気そうに見えても眠くて眠くて仕方ないのだ。
 そんなミアの様子を見たサラが苦笑いして、彼女を寝室へと促す。
「お嬢様、お疲れでしょうから、もうお休みください」
「……うん、そうね。今日はお湯はいらないわ」

 ベッドに入って目を閉じたミアは、さっき別れたばかりのアルベルトのことをまぶたの裏に思い浮かべていた。
 今日の彼もとても素敵だった。
 重いドレスを着ているミアを軽々と持ち上げる逞しい腕も、男性の色香が匂い立つような太い首筋も、少し思い出しただけで頬が熱くなる。あんな素敵な人が自分の恋人であるのが夢のようで、ベッドの上をゴロゴロと転がりたくなった。
 短い眠りから目覚めた時、少し掠れた声で『おはよう』と言ってもらえたのもドキドキした。もしも結婚したら、これからは毎朝あの『おはよう』が聞けるのだ。
 なんて幸せな朝だろう。

 ただひとつ残念だったのは、豪華な装飾が眩しい大広間でアルベルトとダンスを踊れなかったことだ。
 彼とダンスをしたのは、半年以上前に白い薔薇の咲く庭の芝生で、遠くから聞こえる音楽を頼りに踊ったあの1回きりである。あれからあちこちの夜会で挨拶代わりに様々な男性と踊ったが、彼以上に身も心も預けられる人はどこにもいなかった。
 もう一度彼と踊りたいというのがミアの夢だったから、今日はせっかくの機会だったのに。

 そして彼がダンドリー商会の宝石店で申し込んでくれたように4回続けて踊っていれば、今頃はもうミアとアルベルトが将来を誓い合った仲だと社交界に知れ渡っていたに違いない。噂好きの貴婦人たちは、こちらが頼まなくても勝手にあちこちで言いふらして回るのだ。
 そうすればあのしつこくて諦めの悪い王太子殿下も要求を引き下げざるを得ないだろうし、小悪党のステファンだってもう手出し出来なかっただろうと思う。

 それにアルベルトはあんなに素敵な人だから、多分密かに狙っている令嬢はたくさんいると思うのだ。勇気を出してそれとなく聞いたところ、しばらく決まった恋人はいなかったと言っていたが、とてもミアには信じられない。
 社交界にはミアよりもずっと美人だったり、賢かったり、家柄が良かったり、胸が大きかったり、とにかく優れた女性がたくさんいる。
 早く彼が自分と将来を誓った恋人だと宣言しなければ、並み居るライバルに彼を誘惑されそうで気が気ではなかった。

 どうしよう、考え始めたら眠れなくなっちゃった……!

 とはいうものの、今晩はほんの少ししか寝ていなかったミアだ。
 戦勝祝賀会ではアルベルトを探し回り、中庭で待ち疲れて少しうとうとした後で部屋に連れて行かれた。その後はとても口に出せないようなことをされて脳みそが容量オーバーになり、彼から逃げようとしてシーツにくるまったところで眠ってしまった。
 だが神経が昂ぶっていたせいか短時間で目が覚めてしまい、それからすぐに帰り支度をしたから、実質的な睡眠時間はわずかである。
 絶対に眠れないと思っていたけれど、彼女はすぐに小さな寝息を立て始めた。
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