恋に恋するお年頃

柳月ほたる

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第三章

13 彼の気持ち

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「私も……するわ」
「は?」
「アルのこと、気持ちよくしたい」
 肘をついて上体を起こしかけたアルベルトは、とろんと潤んだ菫色の瞳と、しっとりと濡れた赤い唇に目を奪われた。
 細くしなやかな手で肩に体重をかけられ、アルベルトの体は再び寝台に沈む。
「ミア? ……無理はしなくていい」
「いやっ、私ばっかりしてもらってるもの!」
 色事に不慣れなミアを精一杯気遣ったつもりだったのだが、彼女には不満な答えだったようだ。ご機嫌ななめな口調である。

 彼の思いやりを拒絶と取ったのか、侮られていると取ったのか、とにかくミアはアルベルトの一言によって決心がついたらしい。迷いの消えた表情になり、ふいに目を閉じる。
 長い睫毛が頬に影を作り、すぐにこちらに近づいた。
「…………、……っ」
 唇が触れる直前に一瞬動きが止まる。
 そして少しの逡巡のあとに落とされたのは、威勢の良さとは反対に、唇の表皮を掠めるような可愛らしいキス。ひどく緊張しているのか、可哀想にアルベルトの肩を抑えたままの手が小刻みに震えている。
 だが彼は、もう止めてもいいとは言ってやれなくなる。

「……やっぱり嫌だなんて、もう聞かないからな?」
「い、言わない……」
 そっと目を開けたミアは、アルベルトの方を向いて少し怯んでいた。獣のような欲を隠さずに見つめている彼の視線に驚いたのかもしれない。
 だがそんな驚きを振り払うように、ミアはアルベルトの首筋に顔を埋め、唇を這わせる。
 先ほどのアルベルトを思い出しながら真似ているのだろう。ちゅ、ちゅと小さな音を立てながら唇で触れ、思い出したように鎖骨に歯を立てる。赤い舌で舐められた部分が、チリチリと熱を持った。

 なよやかな肩のラインから栗色の艶やかな髪が流れ落ち、アルベルトの硬い皮膚をくすぐる。
 本当は、ミアだけを気持ちよくさせ、自分自身の熱は浴室で解放するつもりだった。
 なにしろ初めて会った日からずっと我慢し続けているのだ。なにかと気が立って荒っぽくなる戦地でも、すぐ近くにいると分かっていても再会出来なかった日々も、そしてやっと手が届いたと思った今日も。
 少し長引いたくらい何てことはない。そう思い込もうとしていたのに。

「……それでは、ここを慰めてくれる?」
 小さな怯えを隠しながら懸命に奉仕する彼女を見て、アルベルトは引き返せない衝動に突き動かされた。
 これまで決して緩めなかった下履きを静かに取り払い、彼の欲望の塊を彼女の眼前に晒す。かつてない興奮によって浅黒く屹立したそれはいつも以上に禍々しかった。
 果たして無垢の乙女が直視できるのかと心配になったが、ミアは蒼白になって目の前のそれを凝視している。
「ミア?」
「……ひッ」
 案の定、完全に恐れをなして腰が引けていた。
 欲を言えば口淫を期待していたのだが、この調子では絶対に無理に違いないと彼は判断する。
 寝台の上をずり下がろうとするミアを悠然と捕まえ、柔らかい裸体を抱え込んだ。
「こら、もう止めてあげられないと言っただろう?」
「だって……! だって……っ」
 一体何と表現していいのかすら分からないのだろう。
 真っ赤な顔で口をパクパクさせるミアのか細い手を取り、彼は共に屹立を握り込んだ。言いようのない高揚感により、彼の呼吸も荒くなる。

「ほら、こうして動かすんだよ」
「ぅ……ぁ……」
 そしてゆっくりと手を上下させると、痺れるような感覚にぞくりと腰が震えた。
「……あぁ、とてもいい」
「ゃ、あ……っ」
 ミアがふるふると首を降る。
 かすかな罪悪感が胸を掠めたが、それからは敢えて目を逸らした。
 張り詰めていたモノに絡みつく白い指と、それが逃げないように上から覆う無骨な手。ダイレクトに伝わる快感は言うまでもなく、視覚情報だけでも達してしまいそうだった。
「く、……はぁ……っ」
 決して強い刺激ではないはずなのに、思わず吐息が漏れる。
 抱き心地の良い少女の首筋に鼻先を埋め、甘い香りに包まれて、アルベルトは今まで感じたことのないような快感を味わった。


 そして全てが終わったあと。
 ミアの汚れた手を濡れたタオルで拭ってやると、ミアはすぐに彼の腕から逃げ出した。そして寝台の掛け布に潜り込み、完全に布にくるまって丸くなる。
 そんな背中に苦笑し、アルベルトは頭だと思しき部分を優しく撫でてやった。
「ごめん。……怒った?」
「お、おこってない。……けど、はずかしかったんだからっ」
「でもミアがいけないんだろう? 自分もする、なんて言うから」
「…………」
 バツが悪いのか、沈黙した布の塊がもぞもぞと動く。
 だがそれ以上追求するのは可哀想で、アルベルトは穏やかに体を撫で続けた。
 しばらく震えていた布の塊は次第に緩慢な動きになり、いつしか規則的に上下し始める。
「ミア……? 寝てしまった?」
 薄い掛け布をそっとめくると、まぶたを閉じて無防備に横たわる少女が姿を現した。
 今度こそ本当に寝入ったらしい幸せそうな寝顔を愛でながら、アルベルトはふと思う。
 そろそろ身分を明かさねばならない時だと。

 これまで何度も言いかけて、だが彼はいつも口を噤んでしまっていた。
 それは彼の正体を知った彼女が態度を変えてしまうのを、知らず知らずのうちに恐れていたからだろうか。
 ……いや、違う。
 ミアなら恐らく、地位や権力など何も関係ないと言ってくれるはずだ。

 ではなぜかと考えると、多分アルベルトは嬉しかったのだ。
 “王太子”という大仰な肩書きがついた自分ではなく、ただ一人の男として振る舞い、そして彼女に認めてもらえることが。

 思えば彼は、生まれ落ちた瞬間から“王太子アルベルト”であった。
 どこへ行っても、誰と会っても、彼を知らぬ者などいない。常に敬われ、かしずかれ、そして将来は国王となることが前提で全てが進む。
 例えば身分が低い者には居丈高でも、アルベルトに対しては美辞麗句を並べて媚びを売る下劣な輩は大勢いる。
 彼と接する者は皆、彼をただの“アルベルト”ではなく、“王太子アルベルト”としてしか認識していないのだ。
 彼自身ですらそれに慣れ切っていた。

 だがミアは違った。
 月の見える庭で会った晩、彼女は名前も知らぬアルベルトに屈託のない笑みを向けてきた。
 朗らかに笑い、真剣に励まし、とうとう未来の国王に向け、『よかったら将来は髪結師にならない?』とまで言ったのだ。
 将来は何になりたいか、という何の変哲もない願望を、自分は一度も持った記憶がなかったことに、彼は軽く驚いた。


 ミアといる時だけは彼はただの男になれる、とアルベルトは思う。
 もちろん正式に婚約するならば、これ以上は身元を隠しておけないのも事実だ。
 両親からは早く彼女と顔合わせをさせろとせっつかれているし、コンスタンツィ伯爵家とも様々な話を詰めなければならない。
 それはとても楽しみなようで、そして少しだけ残念でもある。

 だが今、あともう少しだけ、ただ一人の男と女でありたかった。
「……ミア、愛してるよ」
 小さく身じろいだミアの額に、アルベルトは優しく優しくキスをした。
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