愛されてアブノーマル(旧題:ヒーローも犯罪者)

柳月ほたる

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新婚編・ヒーローも窃盗中

8 生体認証の落とし穴(完)

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 奈津が疲れ切ってぐっすり寝入った後、恭介はむくりと起き上がった。
 そして隣にいる可愛い新妻を愛しげに見つめる。軽く揺すってみるが、全く起きる気配はなかった。
 それはそうだろう、奈津は元から寝付きが良くて、一度寝入ったら少々のことでは起きないタイプだ。
 目覚ましのアラームですら無視して寝ていて、恭介が代わりに起こしてやるのもしばしばである。気持ち良く寝ている姿を見ると癒されるのだが、一人暮らしをしていた時にはよく会社に遅刻しなかったものだと思ったりもする。

 それにしても幸せそうな寝顔だ。
 穏やかに安心しきった表情をしていて、先ほどの激しい運動のせいか、少し頬が上気しているのが色っぽい。
 気付くと、吸い寄せられるように手を伸ばして頬を撫でていた。すると熟睡しているはずの奈津が甘えるように顔をかすかに動かすから、恭介の心の奥深くが切なく締め付けられる。
「全く、俺をどれだけ夢中にさせたら気が済むんだ」
 奈津の寝顔を見ていると恭介の表情も自然に緩む。こんな情けない顔は部下には絶対見せられないと思う。
 ふと見ると髪も少し乱れていて、せっせと手櫛で整えてやった。
 いつだったか、『恭介さんが褒めてくれたから、ずっとこの色にしてるんです。覚えてないかもしれないですけど……』と健気なことを言っていたダークブラウンの髪の毛だ。覚えてるに決まってるだろう、あの頃はどうやって奈津の気を引くか、そればかり考えていたのだから。

「さて、そろそろ行くか」
 可愛い寝顔を思う存分堪能してから、恭介はベッドを降りる。
 そしてぐっすりと眠りこけている奈津を慎重に抱き上げた。
 日頃から趣味の登山のために鍛えている上、小柄で軽い奈津を抱き上げるのは簡単なことである。
 そのままウォークインクローゼットのドアを開けて金庫の前に陣取り、昼間奈津がやっているのを見て覚えた操作を繰り返す。
 液晶モニタを点灯させて解錠画面にし、認証部分に奈津の指を載せれば終了だ。
『success』の文字が表示されると同時に、金庫のドアがカチリと音を立てた。

「ったく、ザルだな」
 昼間、奈津は鍵や暗証番号よりも生体認証の方が安全だと言っていたが、それは外部の人間に対する場合に限るとなぜ気付かなかったのだろうか。
 もちろん錠前式であれば意地でも手に入れて合鍵を作るつもりだし、暗証番号だったら徹夜して全通りを試すから最終的な着地点は変わらないのだが、やはり生体認証の簡単さは群を抜いている。
 奈津を連れて来れば簡単に解錠出来るのだから、同居する恭介にとっては『鍵が丸裸でぶら下がっている』状態だ。

「俺の静脈も登録、……はやめておくか」
 管理画面を開いている今なら、恭介の静脈も登録出来る。
 そうすればいつでも金庫を開け放題、下着も漁り放題だが、少し迷ってから恭介は登録しない方を選んだ。
 なにしろ今は、楽しくデートをして疲れさせ、夜は抱き潰して意識を失った奈津が鍵となって金庫が開くのだ。こんなに淫らで夢のあるシステムは手放せない。
 奈津の思惑とは反対に、恭介にとってはただのご褒美プレイでしかなかった。

 可愛い“鍵”はもう一度ベッドに寝かせ、恭介はうきうきと金庫にとって返す。
 そこには奈津の下着類がぎっしりと詰まっていて、恭介にとっては無限に葡萄酒が湧き出す泉のようなものである。
 金庫に詰まっている下着というのも目新しい発想で、普段とは違った趣があって最高だった。

「あぁ……、癒される……」
 誰も邪魔する者がない時の恭介は、自らの本能のままに行動する野生の獣だ。
 1枚1枚取り出しては顔を埋め、キスをし、うっとりと手触りを確かめて、眺め回す。中でも薄いレースのパンティは、親指と人差し指で持ち上げてぴんと広げ、光に透かした。ちなみにこういうタイプの下着は、パンツではなくパンティと呼びたい。恭介のささやかなこだわりだ。
 もしもこの光景を奈津が見たら壮絶な悲鳴を上げて大騒ぎになり、近所の誰かに通報されているかもしれない。

「ん、なんだこれは」
 そうやって順番に愛でているうちに、金庫の奥から小さなポーチが出てきた。
 白を基調にした本体にレースやリボンがたくさんあしらってあるファンシーな外見は、奈津の好みど真ん中のデザインである。
 迷わず開けた恭介の目に飛び込んできたのは、
「……こんなところにあったのか」
 サムシングブルーのリボンがついた、シルク製の可愛らしい輪っかだった。
 結婚式の時に奈津が着用していたガーターリングである。
 左足につけていたものはガータートスに使い、奈津が投げて恭介がキャッチし、現在は大切に収納庫でコレクションとして保管している。式場ですぐさまジップロックに入れてその場の空気ごと閉じ込めた逸品だ。

 だからこれは右足につけていたものなのだろう。
 こちらは舐める用にもらって日常的に愛でようと思っていたのだが、奈津からきっぱりと拒絶されて手に入らなかった。
 どうやら右足につけたものは、生まれてきた赤ちゃんのヘアバンドにすると幸せになれるという言い伝えがあるらしく、奈津がどこかにしっかりと隠していたらしい。

「子供、か」
 もちろん恭介だって、まだ見ぬ自分の子供の幸せを願う気持ちはいくらでもある。
 奈津の子供なら素直ないい子が生まれるだろうなと思うから、我が子に会いたいという欲求は高まるばかりだ。
 だがガーターリングの言い伝えはあくまでも迷信であって、これがあったからといって本当に幸せになれる訳ではない。むしろ、こんなものなくても恭介が全力で愛して幸せにしてやれる自信がある。
 それに男の子だったら、自分の子供といえども奈津のガーターリングを触れさせる訳にはいかない。(一応女の子だったら、まぁ貸してやってもいいかなと思う。しかしあくまでも貸すだけだ)

 だからこのガーターリングは、一番その価値が分かり、しかも余すところなく有効活用出来る自分が手に入れるべきだ、と恭介の理論的な部分では考えているのだが。
「これを盗ったら、やっぱり悲しむよな……」
 いくら迷信とはいっても、奈津はこれを子供のヘアバンドにするのをひどく楽しみにしているらしい。だから恭介が勝手に持ち去ると、それは奈津を傷つけることに他ならない。
「くそ……っ」
 結婚式で奈津が右足につけていたガーターリングという、まさに唯一無二の存在であるレア物を握りしめ、恭介は苦悶の表情で葛藤する。
 噛み締めた奥歯が、ギリギリと嫌な音を立てた。
「…………っ」
 ものすごく欲しい、だが自分の欲望のためだけに奈津の憧れを踏みにじるようなことをしていいのか。煩悩と理性のせめぎ合いが続く。

 そしてしばらく悩み抜いた彼は、身を引き裂かれるような気持ちでガーターリングをポーチに戻した。心の中でざっくりと開いた傷口から激しく血を流しながら、短いファスナーを静かに閉める。

「……とりあえず、子供が出来てから考えよう」
 もうすでに手遅れな感があるが、恭介が初めて『待て』を覚えた瞬間である。
 何も知らない奈津は、温かいベッドですやすやと眠り続けていた。


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次は「宮野玲子の華麗なる婚活」の予定です。
よろしくお願いします!
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感想 2

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みんなの感想(2件)

トラ
2020.10.22 トラ

はじめまして・・・こちらの作品を文庫にて拝読致しましたっ!
もぅもぅ真山課長の自信満々な変態っぷり大好きです。それも奈津ちゃん限定の溺愛ぶりが
素敵すぎてもう何度読み返したことか。明るく明確な愛情表現とともすればヤンデレになりそうな
行為の数々いいですねーーーっつ
下着をジップロック・・どんだけ芸がこまかいんや。私にはそんな繊細なことはできません・・
日付とかほんと真山課長すごい。仕事ができる男は変態っぷりもできすぎです
そんな課長にどんどん感化されていく奈津ちゃん。もぅ奈津ちゃんしか妻には考えられぬ。
結婚式のガータートスのくだり本当に笑わせてもらいました。誰よりも取る気満々な
課長。。可愛すぎます
出てくる人物全員が大好きで課長のご両親、奈津ちゃんのご両親も本当に会ってみたいです
こんなに心から夢中になれる作品ありませんーーー
どうぞこれからもよろしくお願いします
素敵な作品に出会わせていただきこころから感謝いたします
今後のご活躍楽しみにしております

解除
トラ
2020.10.21 トラ

ほたる様・・はじめてメールをお送り致します。こちらの小説の真山課長がもぅもぅ素晴らしく
ドつぼですっ!明るくまじめな変態っ!愛があれば軽犯罪だって正当になるっ!の見本です
しかも容姿端麗(まぁ、ここがポイントなんですが)思わず文庫を購入してしまいました。
登山の経験が奈津ちゃんへの愛への架け橋になるなんてどんな発想なんだ!とおもいながら爆笑
しながら拝読致しました。真山課長のご両親もなかなかディープな嗜好をお持ちのようで
ううーむと唸りながらさすが真山様のご両親と納得です
(奈津ちゃんのお父様もこれまたいい感じのご趣味ですね・・)
そんなすこーしアブノーマルな周囲にうまーくとけこむ奈津ちゃん。本当に頭が下がります
なかなか受け入れるのが難しいとおもうのに愛情深い彼女ならではです・・
この小説に出会えて本当によかったです。素敵な作品ありがとうございました。

解除

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