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第二章 プリメア
11、世界地図
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朝、ユキは鐘の音で目が覚めた。時計を見るとちょうど6時であった。
階下からは良い匂いが漂ってきている。
朝食の準備を手伝おうと思っていたユキは、慌てて飛び起きると急いで着替え台所に行った。
「お、おはよう」
「あぁ、ユキおはよう。早いな」
もっと寝てて良かったんだぞ、と言うライーにユキは首を横に振る。
日本では食事を与えられなかったから、朝食は食べないのが当たり前だった。こちらに来てからは、スコットと朝食を作って食べるのが当たり前だった。
「手伝う」
「お、偉いな。じゃあ、この皿をそっちのテーブルに並べてくれるか?」
ライーに褒められて、ユキは心がポカポカする気がした。自然と頬が緩む。
料理が盛られた皿を渡され、それをダイニングテーブルへ運ぶ。
ふと、汚さが目につく。森の中では気にすることなく食べていたのに、人家だと気になるのが不思議だ。
ユキは皿を置くと、いったん部屋に戻って昨日買っておいた布巾でテーブルを拭いた。
(できそうな依頼がなければ、この家の掃除しよ……)
ユキは昨日依頼ボードを見てこなかったため、どんな依頼があるのか知らない。
それ以前に、スコットが精霊だとバレないために全部自分でやらなければならない。
森での生活と違い、人間と関わらなければならないであろう依頼をこなせる自信がユキには全くなかった。
よって、ユキの中ではこの家の掃除をするという大義名分を得た気分であった。
「それじゃあ、行ってくる。ユキも頑張れよ」
「うん……行ってらっしゃい」
食事の後、ライーは冒険者ギルドまでユキを送ってくれた。
衛兵であるライーの出勤時間が7時なのは、この街の門がその時間に開くからだ。
それに合わせて行動する冒険者もいるため、ギルドは朝6時から開いているらしい。
ライーに見送られてギルドの中に入ると、そこは武装した男達でいっぱいだった。
「おうおうおう、何だか場違いなのがいるぜ?」
「どうしたお嬢ちゃん、ここは子供の来る場所じゃないぜ」
ひゃははは、と下品な笑いが巻き起こる。
その中心にされてしまったユキは、既に涙目だ。
外に戻りたい、と体をひねると、まるでダメだと言わんばかりにスコットが爪を立ててきた。
「んなぁーん」
「う、わ、わかってるよ」
叱りつけるように鳴くスコット。
ユキは仕方なく建物の奥に入るも、依頼票が張ってあるボードの前はすし詰め状態で。
奪い合うように剥がされていくボードの紙を暫くオロオロ眺めていたユキは、諦めてもう少しボード前が落ち着くのを待つことにした。
ふと、反対側の壁に貼られた世界地図の存在を思い出しそちらに向かう。
地図はポスターを二枚繋げたようなサイズで、大陸が一つだけ描かれている。周囲の青色は海だろうか。
中央には1本の木のイラスト。その木を境に左側が薄墨で塗られている。塗られた部分に書かれた文字は英語に見える。
昨日ギルドカードを作る時に書いた紙の文字は漢字に見えたから、少なくともこの世界では2言語あるとわかった。
「ろ、ロス……」
「ロストエンド。かつて、女神がこの地を去った時に失われたとされている土地さ」
英語の授業はあったものの、せいぜいアルファベットや簡単な歌くらいのものだった。
ユキが文字を指で辿りながら読むのに苦労していると、後ろから優し気なテノールの声がかけられた。
驚いて振り向くと、金髪をオールバックにした30代後半ほどの男性が立っていた。
茶色のマントから覗く黒いシャツと革製の胸当てから、冒険者であるらしい。黒いズボンに膝下まである革製のブーツ。革製の手袋と、まるで絵本の中の狩人のような出で立ちだが、腰には細身の剣を帯びていた。
優し気な笑みを浮かべてはいるが、そのままつかつかと歩み寄ってくる青年に、ユキは体を固くする。
そんなユキの様子を気にすることなく、青年は地図の前に立つと大陸の左半分に触れる。
「今じゃ、ロストエンドの存在はおとぎ話だなんて言われてるけど、俺はいつか必ず行き方を見つけてみせる」
「あはは、まだそんなこと言ってるのか、ガレート。ロストエンドなんて、精霊の書を見つけるより難しいぜ」
「笑うな、アッバス。俺はそのために冒険者になったんだ」
夢見がちに語るガレートに、笑いながら近寄ってきた男がいた。
白髪の交じったグレーの髪を逆立てた、背の高い男だ。
ユキは、また増えた、と脂汗を流し数歩後ろに下がる。
アッバスと呼ばれた男はガシッとガレートの肩を抱くと、そんな事より、と逆の手で地図を指さす。
「俺は神樹に登ってみたいね! そして、祝福の実を持って帰る!」
「だが、その実はもう何百年も実っていないと聞くぞ」
「あぁ。だが、きっと雲より上にはある。じゃなきゃ、精霊が過ごせるもんか」
女神と共に失われた、という説明でロストエンドがスコットの言う方舟だと、ユキにはすぐにわかった。
アッバスが指を差したことで、地図の中心にある木のイラストが神樹であるとも。
木の絵のすぐ近くに、Pで始まる単語の書かれた丸印を見つけた。ここが現在地だろう。
装置は恐らく神樹から最も離れた場所。ユキは大陸の外周を指で辿り、街の位置を確認する。
「ところで、嬢ちゃんは?」
「ひぅっ」
じゃれ合っている二人になるべく関わらないようにしていたのだが、とうとうアッバスから声をかけられてしまった。
地図を眺めるのに必死だったユキは、驚いてつい声が出てしまう。
ユキの失礼な態度にアッバスが怒るのでは、と気づいた時にはガレートが「お前の顔が怖いってよ」と笑いに変えていた。
「昨日ライーさんが連れていた子だろう? 今日は一緒じゃないのか? 親は?」
「あ、あの……親、は、いません……。それで、あの、お金、必要で……お仕事……」
「何だって?! くぅ~っ、可愛そうに! こんな小さいのになぁ!」
ユキを怖がらせないようになのか、微笑みを浮かべたまま優し気に聞いてくるガレート。
しどろもどろになりながらも何とかユキが応えると、アッバスが何を勘違いしたのか、ボロボロと涙をこぼしながらユキに「強く生きろよ」とか「おじさんにできることがあれば何でも言ってくれ」だとか励ましの言葉を言ってくる。
アッバスの声が大きいため注目が再び集まってしまったユキは、今すぐこの場から逃げ出したかった。
しかし、そのままアッバスに引きずられるように、ギルド内にある食堂へと連れ込まれてしまった。
階下からは良い匂いが漂ってきている。
朝食の準備を手伝おうと思っていたユキは、慌てて飛び起きると急いで着替え台所に行った。
「お、おはよう」
「あぁ、ユキおはよう。早いな」
もっと寝てて良かったんだぞ、と言うライーにユキは首を横に振る。
日本では食事を与えられなかったから、朝食は食べないのが当たり前だった。こちらに来てからは、スコットと朝食を作って食べるのが当たり前だった。
「手伝う」
「お、偉いな。じゃあ、この皿をそっちのテーブルに並べてくれるか?」
ライーに褒められて、ユキは心がポカポカする気がした。自然と頬が緩む。
料理が盛られた皿を渡され、それをダイニングテーブルへ運ぶ。
ふと、汚さが目につく。森の中では気にすることなく食べていたのに、人家だと気になるのが不思議だ。
ユキは皿を置くと、いったん部屋に戻って昨日買っておいた布巾でテーブルを拭いた。
(できそうな依頼がなければ、この家の掃除しよ……)
ユキは昨日依頼ボードを見てこなかったため、どんな依頼があるのか知らない。
それ以前に、スコットが精霊だとバレないために全部自分でやらなければならない。
森での生活と違い、人間と関わらなければならないであろう依頼をこなせる自信がユキには全くなかった。
よって、ユキの中ではこの家の掃除をするという大義名分を得た気分であった。
「それじゃあ、行ってくる。ユキも頑張れよ」
「うん……行ってらっしゃい」
食事の後、ライーは冒険者ギルドまでユキを送ってくれた。
衛兵であるライーの出勤時間が7時なのは、この街の門がその時間に開くからだ。
それに合わせて行動する冒険者もいるため、ギルドは朝6時から開いているらしい。
ライーに見送られてギルドの中に入ると、そこは武装した男達でいっぱいだった。
「おうおうおう、何だか場違いなのがいるぜ?」
「どうしたお嬢ちゃん、ここは子供の来る場所じゃないぜ」
ひゃははは、と下品な笑いが巻き起こる。
その中心にされてしまったユキは、既に涙目だ。
外に戻りたい、と体をひねると、まるでダメだと言わんばかりにスコットが爪を立ててきた。
「んなぁーん」
「う、わ、わかってるよ」
叱りつけるように鳴くスコット。
ユキは仕方なく建物の奥に入るも、依頼票が張ってあるボードの前はすし詰め状態で。
奪い合うように剥がされていくボードの紙を暫くオロオロ眺めていたユキは、諦めてもう少しボード前が落ち着くのを待つことにした。
ふと、反対側の壁に貼られた世界地図の存在を思い出しそちらに向かう。
地図はポスターを二枚繋げたようなサイズで、大陸が一つだけ描かれている。周囲の青色は海だろうか。
中央には1本の木のイラスト。その木を境に左側が薄墨で塗られている。塗られた部分に書かれた文字は英語に見える。
昨日ギルドカードを作る時に書いた紙の文字は漢字に見えたから、少なくともこの世界では2言語あるとわかった。
「ろ、ロス……」
「ロストエンド。かつて、女神がこの地を去った時に失われたとされている土地さ」
英語の授業はあったものの、せいぜいアルファベットや簡単な歌くらいのものだった。
ユキが文字を指で辿りながら読むのに苦労していると、後ろから優し気なテノールの声がかけられた。
驚いて振り向くと、金髪をオールバックにした30代後半ほどの男性が立っていた。
茶色のマントから覗く黒いシャツと革製の胸当てから、冒険者であるらしい。黒いズボンに膝下まである革製のブーツ。革製の手袋と、まるで絵本の中の狩人のような出で立ちだが、腰には細身の剣を帯びていた。
優し気な笑みを浮かべてはいるが、そのままつかつかと歩み寄ってくる青年に、ユキは体を固くする。
そんなユキの様子を気にすることなく、青年は地図の前に立つと大陸の左半分に触れる。
「今じゃ、ロストエンドの存在はおとぎ話だなんて言われてるけど、俺はいつか必ず行き方を見つけてみせる」
「あはは、まだそんなこと言ってるのか、ガレート。ロストエンドなんて、精霊の書を見つけるより難しいぜ」
「笑うな、アッバス。俺はそのために冒険者になったんだ」
夢見がちに語るガレートに、笑いながら近寄ってきた男がいた。
白髪の交じったグレーの髪を逆立てた、背の高い男だ。
ユキは、また増えた、と脂汗を流し数歩後ろに下がる。
アッバスと呼ばれた男はガシッとガレートの肩を抱くと、そんな事より、と逆の手で地図を指さす。
「俺は神樹に登ってみたいね! そして、祝福の実を持って帰る!」
「だが、その実はもう何百年も実っていないと聞くぞ」
「あぁ。だが、きっと雲より上にはある。じゃなきゃ、精霊が過ごせるもんか」
女神と共に失われた、という説明でロストエンドがスコットの言う方舟だと、ユキにはすぐにわかった。
アッバスが指を差したことで、地図の中心にある木のイラストが神樹であるとも。
木の絵のすぐ近くに、Pで始まる単語の書かれた丸印を見つけた。ここが現在地だろう。
装置は恐らく神樹から最も離れた場所。ユキは大陸の外周を指で辿り、街の位置を確認する。
「ところで、嬢ちゃんは?」
「ひぅっ」
じゃれ合っている二人になるべく関わらないようにしていたのだが、とうとうアッバスから声をかけられてしまった。
地図を眺めるのに必死だったユキは、驚いてつい声が出てしまう。
ユキの失礼な態度にアッバスが怒るのでは、と気づいた時にはガレートが「お前の顔が怖いってよ」と笑いに変えていた。
「昨日ライーさんが連れていた子だろう? 今日は一緒じゃないのか? 親は?」
「あ、あの……親、は、いません……。それで、あの、お金、必要で……お仕事……」
「何だって?! くぅ~っ、可愛そうに! こんな小さいのになぁ!」
ユキを怖がらせないようになのか、微笑みを浮かべたまま優し気に聞いてくるガレート。
しどろもどろになりながらも何とかユキが応えると、アッバスが何を勘違いしたのか、ボロボロと涙をこぼしながらユキに「強く生きろよ」とか「おじさんにできることがあれば何でも言ってくれ」だとか励ましの言葉を言ってくる。
アッバスの声が大きいため注目が再び集まってしまったユキは、今すぐこの場から逃げ出したかった。
しかし、そのままアッバスに引きずられるように、ギルド内にある食堂へと連れ込まれてしまった。
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