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第二章 プリメア

12、忠告

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(ど、どうしよう……)

 ユキは困惑したまま、丸テーブルでアッバスやガレートと席を共にしている。
 見ず知らずの人について行ってはいけないというのはどこの世界でも共通だとユキは思うのだが、こちらの人間は精霊も含めて少々強引が過ぎると思う。
 断ろうにもしっかりと手を掴まれてしまっていて、そのまま連れてこられてしまった。
 幸いなのは、今の所ユキが出会うのは皆悪い人ではないということか。

「俺にはエール、ガレートにはミード、この子にはぶどうジュースで。軽いつまみもお願いね」

 アッバスがウェイトレスにドリンクを注文している。
 ウェイトレスはユキのような子供がギルド内にいることに対して表情も変えずに、わかりましたと去っていく。
 あの、と言いかけたユキに、アッバスは「俺の奢りだから気にするな」と白い歯を見せて笑う。

「それで、名前は?」
「ユキ」
「ユキちゃんか。地図を真剣に見ていたようだが、どこに行きたいんだい?」

 アッバスは身を乗り出してユキに尋ねた。
 矢継ぎ早に繰り出される質問に、ユキは言葉が出てこずあうあうと言葉にならない声を出す。
 森の中でスコットと喋っていたとはいえ、日本では声を出さずに過ごしてきたユキにとって、会話はまだ難しい。ましてや、世界を滅ぼす装置を壊しに行くのだなんて、どこまで話して良いのやら。

「行き先がわかれば俺達ならそこにいくのにどのくらいお金がかかるかわかるし、依頼も手伝えるよ。俺達が一緒なら上の方のランクの依頼もこなせるから、必要金額もすぐに貯まるさ」
「そうそう。おじさん達に任せとけ!」
「街の外は危ないからね。他に誰か同行者がいないなら、俺達が護衛兼案内役としてその目的地まで連れていくよ。ちょうど大きな依頼が終わったところでね、暇なんだ」

 何故か二人ともユキの仕事を手伝う気満々である。しかも、目的地までついてくるつもりらしい。
 精霊を連れていることを知られたくないユキにとっては、有難迷惑だ。
 どうやって断ろうかと悩んでいたところに、注文した品が運ばれてくる。
 目の前に置かれたジュースを見て戸惑うユキに、アッバスが再度遠慮なく飲めと勧める。
 ユキは断れずに一口含んだ。濃厚な葡萄の甘みと酸味が口いっぱいに広がる。

「……あの、どうしてよくしてくれるんですか?」

 取り敢えず二人の目的が分かれば、と聞こうとしたが少しだけ舌がもつれてしまった。
 二人は警戒心丸出しのユキに一瞬面喰ったような顔をした後、2人で顔を見合わせてからしまった、という表情になって再びユキに向き直った。

「そんなに警戒しなくても大丈夫だぞ。おじさん達はな」
「Aランク冒険者で俺はガレート。こっちの強引なのはアッバスだ。一緒に冒険をしている」
「で、おじさん達は後進の育成も任されている。Aランクになるとそれなりに名も顔も売れてくるから、おじさん達がついていれば変な輩はユキちゃんに寄ってこないぞ」

 自己紹介をしていなかった、と改めて名乗るガレートとアッバス。嘘はないと二人してギルドカードを見せてくる。カードには確かに、ユキのランクが書かれているのと同じ位置に金色の文字で「A」と書かれていた。
 Aランク冒険者は国からの要請で動く事もあり、王侯貴族とのやりとりもあるから人格や品性、評判なども必要らしい。
 逆に、Cランク以下で新人の面倒を見ようなんて寄ってくる輩はたいてい強盗紛いのことをするから気を付けろとのことだ。
 昨日のリーリアの説明では、SランクはおろかAランクの冒険者も数えるほどしかいないということだった。二人はかなりの実力者ということになる。

「で、ユキは昨日この街に来たばかりだろう?」
「何でわかるの?」
「ユキちゃんには親がいないって言ってたから教わったかどうか知らないけど、この街には子供がほとんどいないんだ。というか、世界全体で、だね。ここはまだ多い方だ」
「つまり、子供であるユキはとても目立つ。既に良からぬ輩が何人か、ユキに目をつけたようだしな」
「!」

 二人に指摘されるまで、まったく気づかなかった。
 やたらジロジロと見られるのは、冒険者ギルドに子供がいるのが珍しいからだと思っていた。
 二人の話が本当ならば、ユキは街中でも目立つということになる。おまけに、ユキは誰かに狙われているらしい。

「あ、でも、ライーさんが迷子の保護も仕事だって」
「うん、子供がかなり少ないからね。誘拐とか多くてさ。親が気を付けてはいるけれど、それでもはぐれる時ははぐれる。そういう子を何か起きる前に見つけるのもライーさんの仕事だね」

 仕事になるくらいだから子供はいるんじゃないのか、と思ったユキ。その考えを言外に読み取ったのか、ライーの仕事は正確には迷子の保護ではなく子供の警護だと言うアッバス。
 子供が一人でも出歩けるような世の中だったら良いんだけどねぇ、とアッバスが頬杖をついて言う。その表情は本当にそれを憂いているように見えた。
 二人が嘘を言っているようには思えなかった。けれど、本当に信じて良いのかもわからなかった。
 ユキは、空になったカップをテーブルに置くと、勇気を出した。

「あの、少しだけ、考えさせてください」

 二人はキョトンとして、それからすぐに「手伝う」と言った事への返答だと気付く。

「ああ。俺達はしばらくゆっくりするつもりだから、決まったら声をかけてくれ。受付嬢に伝言してくれるのでも構わないぞ」
「でも本当に、気を付けてねユキちゃん」

 ユキは会釈をすると掲示板のあるホールへと戻る。
 最初に来た時より減ったとはいえ、そこはまだたくさんの人がいた。
 そして、チラチラとユキを見てくる。ユキはアッバスからの警告を思い出し、ゾクリと鳥肌が立った。
 ユキは掲示板で依頼票を見繕うことを諦め、ユキ専用の受付部屋へと駆け込んだ。
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