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第二章 プリメア
14、不安
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ごくり、とアッバスが唾を飲み込む。
ガレートはスコットの示した報酬に、願ってもないと喜色満面で答えた。
アッバスは、少し険しい顔を敷いている。
「その報酬、先に貰うことはできないだろうか? 祝福の実だけでいい」
「……なるほど」
アッバスの申し出に、スコットは何か悟ったような顔だ。
ユキは話が見えない。アッバスが断ってしまうのではとハラハラしている。
そんなユキに、スコットが微笑みかけた。
「ユキ、祝福の実を食べて、エネルギーが満ちるのを感じただろう?」
「うん」
「祝福の実は神樹のエネルギーの塊。生命力そのもの。だから、それを食べればあらゆる病気が治ったり子供を授かったりする」
「子供って、お前そんなものをユキに喰わせたのか」
祝福の実の効能について聞いた2号が、鞄の中から慌てて声を上げる。
喋るキノコの登場に、アッバスもガレートも驚いて口をあんぐりと開けている。
「子供を授かることを望まないとできないから大丈夫だよ」
「……なら良いけどよ」
納得した2号はまた鞄に入っていった。
我に返ったアッバスが、照れたように頭を掻く。
「嫁に食わせてやりたくってな。ずっと子供を欲しがっていて、だが精霊の森の外縁にある聖樹の実では効果が無かった」
「確かに、祝福の実なら可能性は高まるねぇ」
「お願いだ! いや、お願いします! 先に報酬をください」
アッバスがスコットに頭を下げた。
これが最後のチャンスなんだそうだ。魔物と戦う冒険者は、いつ死んでしまうかわからない。年齢の問題もある。
確実に帰ってこられる保証がどこにもない以上、先に報酬、つまり子供が欲しいのだと。
「報酬を渡して戻ってこない、なんて困るんだけど」
「そんな真似はしない。この首にかけて誓う」
「ユキ、どうする?」
頭を下げるアッバスを前に、スコットはユキに判断を委ねる。
どうと聞かれても、ユキは困る。
「ついてきてくれるなら」
「じゃあ決まりだね。行こう、ユキ」
「え?」
「え、じゃなくてさ。神樹にユキの力を注がないと、実はならないよ」
周囲に漂う霊素だけでは、結実するのに足りないのだそうだ。
先日神樹に触れた時のことを思い出す。またああするのか、とユキは納得した。
瞬間移動で行こうとするスコットを慌てて止める。
力を使えばそれだけ世界が崩れるというのに、こうも力を使おうとするのは、やはり自分の命を諦めていてユキを方舟の世界へ飛ばそうとしているのかもしれない。
「あの、アッバスさん。祝福の実を用意するの、少しだけ時間ください。森の奥まで行って帰ってくる間、待っていて欲しいの」
「それなら俺も行こう」
「俺も行って良いか?」
今持っていないから、とユキが時間をもらおうとしたら、なんと二人ともついてきてくれると言う。
祝福の実がすぐに欲しいアッバスと、立入禁止の森に入れるという好奇心を隠せていないガレート。
野営の準備をして1時半に再集合と約束して解散になった。
ユキは少し早いがフィオナの店に向かう。
「フィオナお姉ちゃーん?」
フィオナの店は昨日と同様に閑散としていた。
ユキは住居となっている店の奥の扉から恐る恐る声をかける。
大きな声を出すのが何となく恥ずかしくて、初めはポソポソと声を出す。
当然、奥にいるフィオナには聞こえない。
「頑張れ、ユキ」
「フィオナお姉ちゃーん!」
「はーい」
2号が鞄から声援をくれ、ユキは何度目かにしてようやく大きな声が出せた。
返事と共にパタパタとこちらに向かってくる足音がし、ユキはほっと息を吐く。
暫くしてフィオナが顔を出すと、ユキは何故か達成感を感じた。
「ユキちゃん! 来てくれたのね!」
フィオナが嬉しそうに笑い、そのままユキに飛びつくとぎゅっと抱きしめた。
ユキは驚き、戸惑いながらも抱きしめ返す。
「お仕事中だった?」
「ううん、大丈夫よ。さぁ、上がって」
にっこりと笑ったフィオナに促され、家に上がる。
ダイニングテーブルに座ると、甘い香りのするお茶を淹れてくれた。
「あのね、アッバスさん達と、精霊の森に行くことになったの」
「まぁ! ……えっと、でも、またここに戻ってくるのよね?」
フィオナは驚き、それから不安そうに聞いてくる。
ユキはこくりと首を縦に振った。
「でも、明日には帰ってこられないかもしれないから」
「そう。そうよね。あ、なら、お弁当を用意するわ。ちょっと待っててね」
フィオナは思い立ったかのように手を叩くと、ユキの返答を待たずに席を立った。
すぐに戻って来て、絵本を数冊ユキに渡す。
「すぐにできるから、それでも読んでいて」
パタパタと忙しそうにキッチンに立つフィオナ。
お昼は食べて行けるのか、と聞くフィオナに、ユキは集合時間を答えた。
フィオナは「じゃあ、あまり時間はないわねぇ」と手を動かしながら言った。その声は少し寂しそうだった。
ユキは渡された絵本を見る。
全部で6冊、どれも古く何度も読まれてきたと思える草臥れ具合だった。
すぐに取ってこれる位置にあったことと言い、フィオナのお気に入りなのだろうか。
表紙は色褪せているが、妖精らしき女の子や、ドラゴンまでいる。
「ドラゴン」
「うん、火竜……火の精霊だよ。今は、魔物になってしまっているけど」
魔物ということは、いずれ戦わなければならないのか。
実際に対峙する時のことを想像して、ユキは首を傾げる。
虫と魚くらいしか殺したことがない自分に、動物の姿をした生き物を殺せるのだろうかと。
魔物になってしまった精霊達は、どんな姿をしているのだろう。
もし、ユキが出会ったスコットやナハトみたいな姿だったら……。
(戦えない、かもしれない)
そもそも、魔素を霊素に変える訓練は続けていても、戦うことについては訓練どころか考えてすらしてこなかった。
アッバス達がついてきてくれるとはいえ、戦いを任せっきりはダメだ。
装置を壊しに行きたいと言いだしたのはユキなのだから。
せめてアッバス達の足を引っ張らないようにしよう、とユキは決意するのだった。
ガレートはスコットの示した報酬に、願ってもないと喜色満面で答えた。
アッバスは、少し険しい顔を敷いている。
「その報酬、先に貰うことはできないだろうか? 祝福の実だけでいい」
「……なるほど」
アッバスの申し出に、スコットは何か悟ったような顔だ。
ユキは話が見えない。アッバスが断ってしまうのではとハラハラしている。
そんなユキに、スコットが微笑みかけた。
「ユキ、祝福の実を食べて、エネルギーが満ちるのを感じただろう?」
「うん」
「祝福の実は神樹のエネルギーの塊。生命力そのもの。だから、それを食べればあらゆる病気が治ったり子供を授かったりする」
「子供って、お前そんなものをユキに喰わせたのか」
祝福の実の効能について聞いた2号が、鞄の中から慌てて声を上げる。
喋るキノコの登場に、アッバスもガレートも驚いて口をあんぐりと開けている。
「子供を授かることを望まないとできないから大丈夫だよ」
「……なら良いけどよ」
納得した2号はまた鞄に入っていった。
我に返ったアッバスが、照れたように頭を掻く。
「嫁に食わせてやりたくってな。ずっと子供を欲しがっていて、だが精霊の森の外縁にある聖樹の実では効果が無かった」
「確かに、祝福の実なら可能性は高まるねぇ」
「お願いだ! いや、お願いします! 先に報酬をください」
アッバスがスコットに頭を下げた。
これが最後のチャンスなんだそうだ。魔物と戦う冒険者は、いつ死んでしまうかわからない。年齢の問題もある。
確実に帰ってこられる保証がどこにもない以上、先に報酬、つまり子供が欲しいのだと。
「報酬を渡して戻ってこない、なんて困るんだけど」
「そんな真似はしない。この首にかけて誓う」
「ユキ、どうする?」
頭を下げるアッバスを前に、スコットはユキに判断を委ねる。
どうと聞かれても、ユキは困る。
「ついてきてくれるなら」
「じゃあ決まりだね。行こう、ユキ」
「え?」
「え、じゃなくてさ。神樹にユキの力を注がないと、実はならないよ」
周囲に漂う霊素だけでは、結実するのに足りないのだそうだ。
先日神樹に触れた時のことを思い出す。またああするのか、とユキは納得した。
瞬間移動で行こうとするスコットを慌てて止める。
力を使えばそれだけ世界が崩れるというのに、こうも力を使おうとするのは、やはり自分の命を諦めていてユキを方舟の世界へ飛ばそうとしているのかもしれない。
「あの、アッバスさん。祝福の実を用意するの、少しだけ時間ください。森の奥まで行って帰ってくる間、待っていて欲しいの」
「それなら俺も行こう」
「俺も行って良いか?」
今持っていないから、とユキが時間をもらおうとしたら、なんと二人ともついてきてくれると言う。
祝福の実がすぐに欲しいアッバスと、立入禁止の森に入れるという好奇心を隠せていないガレート。
野営の準備をして1時半に再集合と約束して解散になった。
ユキは少し早いがフィオナの店に向かう。
「フィオナお姉ちゃーん?」
フィオナの店は昨日と同様に閑散としていた。
ユキは住居となっている店の奥の扉から恐る恐る声をかける。
大きな声を出すのが何となく恥ずかしくて、初めはポソポソと声を出す。
当然、奥にいるフィオナには聞こえない。
「頑張れ、ユキ」
「フィオナお姉ちゃーん!」
「はーい」
2号が鞄から声援をくれ、ユキは何度目かにしてようやく大きな声が出せた。
返事と共にパタパタとこちらに向かってくる足音がし、ユキはほっと息を吐く。
暫くしてフィオナが顔を出すと、ユキは何故か達成感を感じた。
「ユキちゃん! 来てくれたのね!」
フィオナが嬉しそうに笑い、そのままユキに飛びつくとぎゅっと抱きしめた。
ユキは驚き、戸惑いながらも抱きしめ返す。
「お仕事中だった?」
「ううん、大丈夫よ。さぁ、上がって」
にっこりと笑ったフィオナに促され、家に上がる。
ダイニングテーブルに座ると、甘い香りのするお茶を淹れてくれた。
「あのね、アッバスさん達と、精霊の森に行くことになったの」
「まぁ! ……えっと、でも、またここに戻ってくるのよね?」
フィオナは驚き、それから不安そうに聞いてくる。
ユキはこくりと首を縦に振った。
「でも、明日には帰ってこられないかもしれないから」
「そう。そうよね。あ、なら、お弁当を用意するわ。ちょっと待っててね」
フィオナは思い立ったかのように手を叩くと、ユキの返答を待たずに席を立った。
すぐに戻って来て、絵本を数冊ユキに渡す。
「すぐにできるから、それでも読んでいて」
パタパタと忙しそうにキッチンに立つフィオナ。
お昼は食べて行けるのか、と聞くフィオナに、ユキは集合時間を答えた。
フィオナは「じゃあ、あまり時間はないわねぇ」と手を動かしながら言った。その声は少し寂しそうだった。
ユキは渡された絵本を見る。
全部で6冊、どれも古く何度も読まれてきたと思える草臥れ具合だった。
すぐに取ってこれる位置にあったことと言い、フィオナのお気に入りなのだろうか。
表紙は色褪せているが、妖精らしき女の子や、ドラゴンまでいる。
「ドラゴン」
「うん、火竜……火の精霊だよ。今は、魔物になってしまっているけど」
魔物ということは、いずれ戦わなければならないのか。
実際に対峙する時のことを想像して、ユキは首を傾げる。
虫と魚くらいしか殺したことがない自分に、動物の姿をした生き物を殺せるのだろうかと。
魔物になってしまった精霊達は、どんな姿をしているのだろう。
もし、ユキが出会ったスコットやナハトみたいな姿だったら……。
(戦えない、かもしれない)
そもそも、魔素を霊素に変える訓練は続けていても、戦うことについては訓練どころか考えてすらしてこなかった。
アッバス達がついてきてくれるとはいえ、戦いを任せっきりはダメだ。
装置を壊しに行きたいと言いだしたのはユキなのだから。
せめてアッバス達の足を引っ張らないようにしよう、とユキは決意するのだった。
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