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第二章 プリメア
15、襲撃
しおりを挟む早めのお昼を済ませて集合場所である冒険者ギルド前に行くと、既にガレートもアッバスも待っていた。
時間通りに来たユキの行動を褒め、早速出発する。
今回は正門から出て、プリメアの防壁を回り精霊の森へと入る予定だ。
「ユキちゃん、荷物はそれだけ?」
「そうか、野営の準備で何を用意すればわからなかったんだな。まずは買い物から……」
「大丈夫。テントも食料もちゃんとあるし、森の中にも食べられるものいっぱいあるよ」
「……そうか? なら良いんだが」
ユキの荷物が異常に少ないことに気が付いた二人から、あれは、これは、と持ち物のチェックが入る。
昨日ライーと買いに行った物や、先ほどフィオナに持たされたものがたくさん鞄に入っているユキは、すべてに「持ってる」と答える。
手ぶらにしか見えないにも関わらず頑なにあると言うユキに、二人は訝しがりながらも、いざとなったら自分達の荷物を分け与えれば良いかと考える。
「じゃあ、行こうか」
アッバスがユキの手を引く。
チラチラ見てくる通行人に、ユキは手を繋いでいることが恥ずかしくなるがアッバスは構わずに進んでいく。
ユキは助けを求めてガレートを見るが、気付いてもらえなかった。
人通りが多いからはぐれないためなのだと、ユキは自分に言い聞かせ羞恥心と戦いながら進む。
「お、ユキ、早速依頼か?」
「ライーさん。ううん、二人に渡す報酬を取りに、森に行くの」
「? よくわからんが、気を付けてな。まぁ、アッバスとガレートなら安心か。ユキを頼むぞ」
「あぁ、任せておいてくれ」
「たぶん帰りは明後日になるかと。できるだけ早く戻るようにするよ。ユキちゃんのことは任せて」
正門のところで、警備をしていたライーに声をかけられた。
門の内側では幌馬車が1台停まっており、武装した男が数名それに寄りかかりながら苛立たし気に何かを待っている。
ユキが男の怒気に中てられビクビクしていると、ライーとアッバスの間で目的地と帰還予定の報告といった簡単な手続きが終わる。
後ろが詰まっていることに気づき慌てるユキの手を引いたまま、アッバス達はゆっくりと門の外へと出た。
「あの、アッバスさん。そろそろ、手……」
「うん?」
「もう、そんなに人いないし……」
正門を出ると、街中と違い人はまばらだった。
ほとんどの人は安全な街中で過ごすから当然だろう。
魔物に襲われる危険性を冒してまで街の外へ出るのは、冒険者か先ほど見かけたような護衛を連れた行商人くらいだ。
「うーん……まだダメ、かな」
「アッバスも気づいてたのか」
「そりゃあ、こんなに殺気を当てられればねぇ」
「えっ? 何? 何のこと?」
話の見えないユキを、アッバスが突如抱き上げると走り出す。
ガレートも隣を走りながら、鼻を鳴らす。
「フン、舐められたものだな。人数を集めればどうにかなるとでも思ったのか」
「まぁ、ガレートはともかく俺は強そうには見えないからねぇ。未だにガレートのお陰でAランクになったイカサマ野郎だなんて言う奴もいるし」
人影のない横道を見つけると、走りながら二人は頷き合う。
そして、急に方向を変えてその道に飛び込んだ。
アッバスは茂みにユキを隠すと、道の真ん中に立ち剣の柄に手をかけた。
「さて、用件を聞こうか?」
ユキが息を潜めて成り行きを見守っていると、街道からガラの悪い男達がやってくる。その後ろには幌馬車。
正門前でユキ達が見かけた行商隊とその護衛だった。
しかし、護衛のはずの男達は幌馬車から離れアッバス達が立ち塞ぐ横道へと入ってくる。幌馬車は道幅が狭いため入れずに立ち止まっているようだ。
その馬車の中から更に5人、男が出てくる。悠然と歩いてくることから馬車に何かあって助けを求めている、というわけではなさそうだ。
「子供を渡しな」
「素直に寄越せばこれからも冒険者を続けられるぜ?」
舌なめずりをして剣をアッバス達に向ける。
正面に5人、後から来た5人が左右に回り込んだ。総勢10人。
ユキは見つからないよう、身を更に縮めて息を潜める。
「断る」
「俺達が冒険者だとわかっていての襲撃とか……馬鹿なのか?」
ガレートの挑発に、男達が明らかに激昂する。
「ハンッ、Aランクと言ったって所詮二人だ。俺達Bランクの傭兵10人に敵う訳がねぇ」
「そうだ! やっちまえ!」
「そうか、貴様ら傭兵ギルドの人間か」
アッバスの雰囲気が変わる。
ユキを前にした温和さは形を潜め、圧倒的な怒気が空気を凍らせる。
しかし、相手も慣れたもの。怯んだのは一瞬で、各々の武器を構え直し一斉に襲い掛かろうとする。
しかし、ガレート達にとってはその一瞬の隙があれば十分だった。
――ギンッ!
金属が当たる音が甲高く鳴り響く。
ユキは恐怖で目を瞑った。
ドサリ、と何かが落ちる音。ぐちゅ、と何かが潰れるような音。怒声。悲鳴。砂利を踏む足音。噴水のような水音。
ユキは耳を塞ぐ。
どれだけ時間が経っただろうか。
実際にはほんの数分の出来事だったのだが、耳も目も塞いで息を潜めるユキには途方もなく長く感じる時間だった。
ぽん、とユキの肩に何かが触れ、ユキは飛び上がった。
目を開けると、目の前には優しく微笑むアッバスの姿。
「もう大丈夫だよ」
「ひぅっ……」
「大丈夫、大丈夫。怖がらせてごめんね」
怯えて後ずさるユキを、宥めようとするアッバス。
その後ろの地面は真っ赤に変色しており、その中に肉塊と化した男達。
混ざり合う鉄と土埃と、胃液のような酸っぱい匂いが吐き気を催す。
「俺はライーさんにこの事を報告してくるから、アッバスはユキと先に森に行け」
「任せた。さぁ、行こうユキちゃん」
腰の抜けたユキを抱き上げると、アッバスは精霊の森に向かって歩き出す。
死体が見えないよう良いと言うまで目を瞑っていろというアッバスの言葉に、ユキは素直に従った。
子供というだけで狙われるとアッバスから忠告を受けてはいたが、こんなに早く襲撃されるとは思わなかったユキは今後の事を憂う。
スコットを連れていること、鞄のこと、ユキ自身の力のこと……知られれば狙われる要因は山ほどある。
森でスコットと死ぬまで過ごす人生を送りたい。そう思ってしまうくらい恐ろしい。
しかし、スコットを助けるために行動すると決めたのは自分だ。
ガタガタと震えながら、ユキは早く大きくなりたいと願うのだった。
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