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三通目 親子の情
#9
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物に直接触れることのできない男の子の代わりに手紙を持ってエレベーターに乗り込む。男の子が嬉しそうにニコニコと笑っている。
何を言うのかとか聞く間もなく五階に到着し、扉が開くなり飛び出していった。
『こっち! 早く! 早くぅ!』
部屋の前で両手を上げてピョンピョン飛び跳ねる仕草が可愛らしい。
おじさんにチャイムを鳴らしてもらうと、ビーッ、という音が鳴る。出てこない。もう一度鳴らしてみる。
「……どちら様?」
留守かな、と言おうとした時、扉の向こうからそんな声がかけられた。
「こんにちわ! お届け物ですよ!」
僕は努めて明るい声を出す。配達人として手紙を直接渡す時のように。
「届け物? ポストに入れておけばいいでしょ」
「あぁっ! 待って! 待ってください!」
放っておいて、と遠ざかる声の主を僕は慌てて呼び止める。
「大好きなママへ、瑛太より――これ、本当に放っておいて良いんですか?」
皺を伸ばす時に見たメッセージの一部を伝えると、バタバタと慌ただしい足音が聞こえて、ガチャッと勢いよくドアが開く。
「瑛太!」
飛び出してきたのは、予想していたけれどやっぱり慶太君を連れて行ったお姉さんだった。
お姉さんはまずおじさんを見て、不審げな顔をする。
「はい、これ」
僕に気付いていないようだったので声を掛けると、あなたどこでこれを……と言いながら受け取ってくれる。
手渡す時に、受け取ろうとするお姉さんの手を空いた方の手で握り込む。
「じゃあ、確かに渡しましたよ」
不思議そうな顔をしたけれど、筒状の手紙が気になって仕方がないみたいで、手を離した途端すぐに開いた。
書いてあるのは、さっき僕が伝えた言葉と、お姉さんと瑛太君の似顔絵。
「瑛太――」
それを見たお姉さんは、大粒の涙を溢し始める。そんな様子を陰から見守っていた男の子、瑛太君が出てくる。
『……ママ……』
「瑛太?!」
瑛太君の声に反応したお姉さんが顔を上げ、瑛太君を見つける。
駆け寄って抱きしめる。
「ああ、瑛太!」
やっと帰ってきてくれたのね、と嬉しそうに泣くお姉さんに、瑛太君が言葉をかける。
『あのね、ママ。僕はもう天国に行かないといけないの』
「そんなっ! 帰ってきてくれたじゃない! ママとずっとここで一緒に暮らしましょう?」
天国になんて行かなくていい、というお姉さんに瑛太君が首を横に振って続ける。
『ダメなの。だって、僕はもうおばけになっちゃったから……大好きだよ、ママ』
「ママも瑛太が好きよ? 大好き。だからお願い、ママを置いて行かないで」
『あのね、ママ。僕、本当はずっとずっとそばにいたの。でもね、ママに気付いてもらえなくて、悲しかった。泣いてるママをぎゅーってしてたのに、僕のせいでずっと泣いてたの。ゴメンねママ……』
「瑛太のせいじゃないよ。瑛太は悪くないの。ママこそごめん。ごめんね、瑛太。傍にいてくれたのに気付いてあげられなくて。守ってあげられなくて。おばけにさせちゃって。ごめんなさい」
抱き合ってわんわん泣く二人にかける言葉が見つからない。おじさんもお兄さんも、ただ優しい顔で見守っている。
『あのね、ママ。もう、よそのうちの子を連れてきちゃだめ。僕の名前でその子を呼ぶママは嫌い。瑛太は僕なの。ママの瑛太は僕だけなの』
「そうね。そうだったわ。ママの瑛太は瑛太だけよ」
『もう、お家に帰してあげて? あの子にも、ママがいるでしょう? 約束』
「ええ、ママが悪かったわ。瑛太の代わりなんてどこにもいない」
約束、と小指を絡めながら、だから行かないで、と泣き崩れるお姉さん。
『笑ってるママが好き。だから、笑って?』
「ええ…ええ。ママも瑛太が大好き」
大粒の涙を溢しながら、それでも笑顔を作るお姉さん。その顔を見つめる瑛太君も泣きながら笑っている。
言いたいことを言いきって、約束もして、満足したのか瑛太君の姿が少しずつ薄れて光に包まれていく。
『バイバイ、ママ。大好きだよ――』
そう言い残して、完全に姿を消す。
こうして光に包まれて消えていく人たちを何度も見てきたけれど、どこに行ってしまうのかは知らない。でも、痛みも悲しみもない優しい世界であったら良いと思う。
「ああああああああああああああああ!」
瑛太君の残した似顔絵を抱きしめて泣き崩れるお姉さん。
その声に、僕の目からも涙が出てきた。
「行ったのか」
「うん。きっと天国にね」
一連のやりとりを黙って見守っていたおじさんの呟きに答える。
そうであって欲しいと願いながら。
何を言うのかとか聞く間もなく五階に到着し、扉が開くなり飛び出していった。
『こっち! 早く! 早くぅ!』
部屋の前で両手を上げてピョンピョン飛び跳ねる仕草が可愛らしい。
おじさんにチャイムを鳴らしてもらうと、ビーッ、という音が鳴る。出てこない。もう一度鳴らしてみる。
「……どちら様?」
留守かな、と言おうとした時、扉の向こうからそんな声がかけられた。
「こんにちわ! お届け物ですよ!」
僕は努めて明るい声を出す。配達人として手紙を直接渡す時のように。
「届け物? ポストに入れておけばいいでしょ」
「あぁっ! 待って! 待ってください!」
放っておいて、と遠ざかる声の主を僕は慌てて呼び止める。
「大好きなママへ、瑛太より――これ、本当に放っておいて良いんですか?」
皺を伸ばす時に見たメッセージの一部を伝えると、バタバタと慌ただしい足音が聞こえて、ガチャッと勢いよくドアが開く。
「瑛太!」
飛び出してきたのは、予想していたけれどやっぱり慶太君を連れて行ったお姉さんだった。
お姉さんはまずおじさんを見て、不審げな顔をする。
「はい、これ」
僕に気付いていないようだったので声を掛けると、あなたどこでこれを……と言いながら受け取ってくれる。
手渡す時に、受け取ろうとするお姉さんの手を空いた方の手で握り込む。
「じゃあ、確かに渡しましたよ」
不思議そうな顔をしたけれど、筒状の手紙が気になって仕方がないみたいで、手を離した途端すぐに開いた。
書いてあるのは、さっき僕が伝えた言葉と、お姉さんと瑛太君の似顔絵。
「瑛太――」
それを見たお姉さんは、大粒の涙を溢し始める。そんな様子を陰から見守っていた男の子、瑛太君が出てくる。
『……ママ……』
「瑛太?!」
瑛太君の声に反応したお姉さんが顔を上げ、瑛太君を見つける。
駆け寄って抱きしめる。
「ああ、瑛太!」
やっと帰ってきてくれたのね、と嬉しそうに泣くお姉さんに、瑛太君が言葉をかける。
『あのね、ママ。僕はもう天国に行かないといけないの』
「そんなっ! 帰ってきてくれたじゃない! ママとずっとここで一緒に暮らしましょう?」
天国になんて行かなくていい、というお姉さんに瑛太君が首を横に振って続ける。
『ダメなの。だって、僕はもうおばけになっちゃったから……大好きだよ、ママ』
「ママも瑛太が好きよ? 大好き。だからお願い、ママを置いて行かないで」
『あのね、ママ。僕、本当はずっとずっとそばにいたの。でもね、ママに気付いてもらえなくて、悲しかった。泣いてるママをぎゅーってしてたのに、僕のせいでずっと泣いてたの。ゴメンねママ……』
「瑛太のせいじゃないよ。瑛太は悪くないの。ママこそごめん。ごめんね、瑛太。傍にいてくれたのに気付いてあげられなくて。守ってあげられなくて。おばけにさせちゃって。ごめんなさい」
抱き合ってわんわん泣く二人にかける言葉が見つからない。おじさんもお兄さんも、ただ優しい顔で見守っている。
『あのね、ママ。もう、よそのうちの子を連れてきちゃだめ。僕の名前でその子を呼ぶママは嫌い。瑛太は僕なの。ママの瑛太は僕だけなの』
「そうね。そうだったわ。ママの瑛太は瑛太だけよ」
『もう、お家に帰してあげて? あの子にも、ママがいるでしょう? 約束』
「ええ、ママが悪かったわ。瑛太の代わりなんてどこにもいない」
約束、と小指を絡めながら、だから行かないで、と泣き崩れるお姉さん。
『笑ってるママが好き。だから、笑って?』
「ええ…ええ。ママも瑛太が大好き」
大粒の涙を溢しながら、それでも笑顔を作るお姉さん。その顔を見つめる瑛太君も泣きながら笑っている。
言いたいことを言いきって、約束もして、満足したのか瑛太君の姿が少しずつ薄れて光に包まれていく。
『バイバイ、ママ。大好きだよ――』
そう言い残して、完全に姿を消す。
こうして光に包まれて消えていく人たちを何度も見てきたけれど、どこに行ってしまうのかは知らない。でも、痛みも悲しみもない優しい世界であったら良いと思う。
「ああああああああああああああああ!」
瑛太君の残した似顔絵を抱きしめて泣き崩れるお姉さん。
その声に、僕の目からも涙が出てきた。
「行ったのか」
「うん。きっと天国にね」
一連のやりとりを黙って見守っていたおじさんの呟きに答える。
そうであって欲しいと願いながら。
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