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四通目 おまけの話
4、少女と子犬 ④
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人形店を出た僕は、楓と共にマロンの辿った道を追っていた。
気になったのは、マロンのなくなった首輪の行方。覗いた記憶の中で、首が絞まる感覚がした場所があった。
蔦に覆われた古い家の塀だった。身動きが取れなくなったマロンの首輪を外したのは、その蔦屋敷の隣に住む若い女性。首輪はその後どうなっただろう?
「あ、ここ!」
とても特徴的な家だから、いくらもしないうちにすぐ見つかった。
人形店からあまり遠くない通り。記憶の中そのままの家だけど、どうやら無人の家のようだ。塀はひび割れ、そこから蔦や木の枝が付き出している。きっとこの枝に引っかかったのだろう。
ピンポーン……ピポピポピポピポ
「ちょ、楓!」
「うるさいわね! 誰よ!」
何度チャイムを押しても反応がない様子に楓がチャイムを連打し始め、止めようとしたところをジャージに眼鏡姿の女の人が凄い形相で出てきた。
マロンの見た人は眼鏡をかけていなかったけど、たぶんこの人だ。
「あの、この前子犬を助けてくれませんでした?」
「え? ええ」
お姉さんは確かにマロンを助けたその人で。
話をするのに家に入れてくれたんだけど、トイプードルを始めいろんな犬がいた。
正直、世話をし切れていないんじゃないかって思ってしまうような環境で。
「酷いでしょう? 捨てられている子や虐待されている子を見るとつい拾ってしまって。でももう飼いきれなくて、市の役員からもいろいろ言われてるの」
部屋の状況を恥ずかしそうに言うお姉さん。
それまでは何とかやってこれていたのだが、染みついた体臭が原因で仕事を辞めさせられたらしい。それで、自分の食事も犬達の食事も満足に調達できなくなって、市やボランティアの人に助けを求めて少しずつ引き取り先を探して手放しているのだと。
そう語るお姉さんはとても悔しそうに唇を噛み締めた。
「こんなことになってしまったけど、この子達は私の家族なの。できれば手放したくないけど」
この子達が幸せになることが最優先だもの、というお姉さん。
仕事を探しながら、趣味で描いていた絵本をネットで売ったりして何とか生きているんだって。
「話が逸れちゃったわね。それで、助けを求めるような声が聞こえて見に行ったらうちの子そっくりな子が身動き取れなくなっていたの」
首輪を外した途端逃げてしまって保護できなかったのだけど、と首輪を返してくれた。
「それで、あの子はちゃんと家に帰れた?」
「それが……」
僕はマロンの顛末をお姉さんに伝えた。
お姉さんはマロンに自分の犬達を重ねてしまったのか、ボロボロと泣いてしまった。優しい人なんだ。
そんなお姉さんを心配そうに舐めるやせ細った犬達。この子達も、このまま引き取り先が見つからなければマロンのようになってしまうのだろうか?
お姉さんだって、ジャージから覗く身体が異様に細い。食事のほとんどを犬達にあげているからだ。何とかしてあげたい……そうだ!
「ねえ、楓。あの人形店にもう一度行きたいんだけど。お姉さん、一緒に来て!」
「え、ええ。大丈夫だけど。何……?」
僕はお姉さんを強引に連れて人形店に戻ってきた。
人形を怖がられることを悲しく思っているおじいさん。仕事がなくて家族を養えなくなっているお姉さん。おじいさんさえ了承してくれれば、いっぺんに救えると思うの。
「お姉さん、このお店の人形たちに物語を作ってよ。で、おじいさんはお姉さんにご飯を食べさせてあげて」
「「え?」」
僕の突然の提案に、二人は目を見合わせてどういうことかと首を傾げる。
「お姉さん、ここの人形どう思う?」
「とても綺麗だけど……リアルすぎて、少し怖いわね」
その返答を聞いて、おじいさんが悲しそうな顔をする。
でも、言われ続けてきたことだからか、怒ったりはしない。
「うん、だから、怖くないように、一体一体に素敵な物語をつけて欲しいの。それで、それをお店のホームページに載せて欲しい。そうすれば、皆この子達が怖いなんて言わなくなるよ」
「確かに、ただこうして並べているよりも物語ごと愛してもらえるようになるな」
楓が僕のアイディアに感心したように頷く。
楓が言うには、人は物そのものではなくて、それにまつわるエピソードを大切にするんだって。
だから、物語を気に入ればずっと手元に置いて語りたくなるだろうって。
「その物語の絵本を作って人形の購入者にプレゼントするってのはどうだ?」
「うわぁ、良いね! それ良い! きっと色んな人に見せたくなるね!」
楓が思いついたように言う。
僕のも思いつきだけど、でも、とても素敵だと思うんだ。
もっとも、作るのは大変だし、決めるのはおじいさんとお姉さんだけど。
チラ、と二人を見ると、見つめ合っていた二人は不思議そうな顔だったのが決意に満ちた顔になっていた。
「……やって、いただけますか?」
「是非やらせてください!」
もし作成していただけるのならば……というおじいさんの声に被せてお姉さんが返事をした。
絵本を作ってネットで売っていたというお姉さん。でもそれは全部手作りの一点物で、趣味としか呼べない物だったらしい。
でも、それが今お店の商品に付随するものとして求められている。お姉さんは今日で一番キラキラした顔で笑った。
作成していただいた人形の価格の一割を報酬としてお支払いします、とおじいさんが言った。サイトに乗せる物語そのものに対しての支払いと、絵本が完成したらそれに対してに支払うって。
一体一体は数万円~数十万円だから、報酬としては決して高くはないけれど、とお爺さんが申し訳なさそうに言う。本当は誰かを雇う余裕がないんだって。
それでもお姉さんのやる気は変わらなかった。
そこからのお姉さんは凄かった。ショーウィンドウの人形はそのままのエピソードを、その他の人形たちは作った時のイマジネーションなどを聞き取ってあっという間に作ってしまった。
物語を載せた後は、写真やイラストも使ってホームページも作り直してた。
その間にも、ホームページの物語を見て人形が欲しくなったという問い合わせが来て。おじいさんはお姉さんを正式に雇用することを決めた。
お姉さんを連れて帰る時、深々と頭を下げていたおじいさんの姿が忘れられない。
「良かった。これであの子達にご飯を食べさせてあげられる」
「うんうん、おじいさんも喜んでいたね」
お姉さんにとって犬達が家族なように、おじいさんにとって人形は我が子にも等しいものだったのだろう。
怖がられていた子達が、物語をもらったことで愛される存在になった。それがとても嬉しいと言っていた。
「それで、ね、お姉さん。マロンを亡くしたおばちゃんがね、毎日毎日マロンを探して街をウロウロしているの。可哀想で。お姉さんが大事にしているトイプードル、譲ってあげられないかな」
それは、お姉さんの家族を奪ってしまうということだけど。
せっかく、家族を養えると喜んでいたところだったのに、その家族をくれだなんて酷いことを僕は言っている。
お姉さんは、しばらく悩んだ感じだったけど、頷いてくれた。
「本当を言うと、譲りたくはない。でも、今の私には世話をしきれないって、市役所の人にもボランティアの人にも言われ続けてて自分でもわかってる。仕事は見つかったけれど、それで世話をできる頭数ではないって。だから」
大切にしてって伝えてください、と泣きながらトイプードルの中でも一番幼い子犬を譲ってくれた。
成犬ではなく子犬を譲ってくれたのは、その方が懐きやすいって言う理由の他に、一番体力がなくて保護が必要だからなんだって。
あれから半年、その子犬は今、やせ細っていたなんて想像もできないくらい元気に走り回っている。
マロンと呼ばれて、嬉しそうに。一緒にいるおばさんもとても嬉しそうだ。
気になったのは、マロンのなくなった首輪の行方。覗いた記憶の中で、首が絞まる感覚がした場所があった。
蔦に覆われた古い家の塀だった。身動きが取れなくなったマロンの首輪を外したのは、その蔦屋敷の隣に住む若い女性。首輪はその後どうなっただろう?
「あ、ここ!」
とても特徴的な家だから、いくらもしないうちにすぐ見つかった。
人形店からあまり遠くない通り。記憶の中そのままの家だけど、どうやら無人の家のようだ。塀はひび割れ、そこから蔦や木の枝が付き出している。きっとこの枝に引っかかったのだろう。
ピンポーン……ピポピポピポピポ
「ちょ、楓!」
「うるさいわね! 誰よ!」
何度チャイムを押しても反応がない様子に楓がチャイムを連打し始め、止めようとしたところをジャージに眼鏡姿の女の人が凄い形相で出てきた。
マロンの見た人は眼鏡をかけていなかったけど、たぶんこの人だ。
「あの、この前子犬を助けてくれませんでした?」
「え? ええ」
お姉さんは確かにマロンを助けたその人で。
話をするのに家に入れてくれたんだけど、トイプードルを始めいろんな犬がいた。
正直、世話をし切れていないんじゃないかって思ってしまうような環境で。
「酷いでしょう? 捨てられている子や虐待されている子を見るとつい拾ってしまって。でももう飼いきれなくて、市の役員からもいろいろ言われてるの」
部屋の状況を恥ずかしそうに言うお姉さん。
それまでは何とかやってこれていたのだが、染みついた体臭が原因で仕事を辞めさせられたらしい。それで、自分の食事も犬達の食事も満足に調達できなくなって、市やボランティアの人に助けを求めて少しずつ引き取り先を探して手放しているのだと。
そう語るお姉さんはとても悔しそうに唇を噛み締めた。
「こんなことになってしまったけど、この子達は私の家族なの。できれば手放したくないけど」
この子達が幸せになることが最優先だもの、というお姉さん。
仕事を探しながら、趣味で描いていた絵本をネットで売ったりして何とか生きているんだって。
「話が逸れちゃったわね。それで、助けを求めるような声が聞こえて見に行ったらうちの子そっくりな子が身動き取れなくなっていたの」
首輪を外した途端逃げてしまって保護できなかったのだけど、と首輪を返してくれた。
「それで、あの子はちゃんと家に帰れた?」
「それが……」
僕はマロンの顛末をお姉さんに伝えた。
お姉さんはマロンに自分の犬達を重ねてしまったのか、ボロボロと泣いてしまった。優しい人なんだ。
そんなお姉さんを心配そうに舐めるやせ細った犬達。この子達も、このまま引き取り先が見つからなければマロンのようになってしまうのだろうか?
お姉さんだって、ジャージから覗く身体が異様に細い。食事のほとんどを犬達にあげているからだ。何とかしてあげたい……そうだ!
「ねえ、楓。あの人形店にもう一度行きたいんだけど。お姉さん、一緒に来て!」
「え、ええ。大丈夫だけど。何……?」
僕はお姉さんを強引に連れて人形店に戻ってきた。
人形を怖がられることを悲しく思っているおじいさん。仕事がなくて家族を養えなくなっているお姉さん。おじいさんさえ了承してくれれば、いっぺんに救えると思うの。
「お姉さん、このお店の人形たちに物語を作ってよ。で、おじいさんはお姉さんにご飯を食べさせてあげて」
「「え?」」
僕の突然の提案に、二人は目を見合わせてどういうことかと首を傾げる。
「お姉さん、ここの人形どう思う?」
「とても綺麗だけど……リアルすぎて、少し怖いわね」
その返答を聞いて、おじいさんが悲しそうな顔をする。
でも、言われ続けてきたことだからか、怒ったりはしない。
「うん、だから、怖くないように、一体一体に素敵な物語をつけて欲しいの。それで、それをお店のホームページに載せて欲しい。そうすれば、皆この子達が怖いなんて言わなくなるよ」
「確かに、ただこうして並べているよりも物語ごと愛してもらえるようになるな」
楓が僕のアイディアに感心したように頷く。
楓が言うには、人は物そのものではなくて、それにまつわるエピソードを大切にするんだって。
だから、物語を気に入ればずっと手元に置いて語りたくなるだろうって。
「その物語の絵本を作って人形の購入者にプレゼントするってのはどうだ?」
「うわぁ、良いね! それ良い! きっと色んな人に見せたくなるね!」
楓が思いついたように言う。
僕のも思いつきだけど、でも、とても素敵だと思うんだ。
もっとも、作るのは大変だし、決めるのはおじいさんとお姉さんだけど。
チラ、と二人を見ると、見つめ合っていた二人は不思議そうな顔だったのが決意に満ちた顔になっていた。
「……やって、いただけますか?」
「是非やらせてください!」
もし作成していただけるのならば……というおじいさんの声に被せてお姉さんが返事をした。
絵本を作ってネットで売っていたというお姉さん。でもそれは全部手作りの一点物で、趣味としか呼べない物だったらしい。
でも、それが今お店の商品に付随するものとして求められている。お姉さんは今日で一番キラキラした顔で笑った。
作成していただいた人形の価格の一割を報酬としてお支払いします、とおじいさんが言った。サイトに乗せる物語そのものに対しての支払いと、絵本が完成したらそれに対してに支払うって。
一体一体は数万円~数十万円だから、報酬としては決して高くはないけれど、とお爺さんが申し訳なさそうに言う。本当は誰かを雇う余裕がないんだって。
それでもお姉さんのやる気は変わらなかった。
そこからのお姉さんは凄かった。ショーウィンドウの人形はそのままのエピソードを、その他の人形たちは作った時のイマジネーションなどを聞き取ってあっという間に作ってしまった。
物語を載せた後は、写真やイラストも使ってホームページも作り直してた。
その間にも、ホームページの物語を見て人形が欲しくなったという問い合わせが来て。おじいさんはお姉さんを正式に雇用することを決めた。
お姉さんを連れて帰る時、深々と頭を下げていたおじいさんの姿が忘れられない。
「良かった。これであの子達にご飯を食べさせてあげられる」
「うんうん、おじいさんも喜んでいたね」
お姉さんにとって犬達が家族なように、おじいさんにとって人形は我が子にも等しいものだったのだろう。
怖がられていた子達が、物語をもらったことで愛される存在になった。それがとても嬉しいと言っていた。
「それで、ね、お姉さん。マロンを亡くしたおばちゃんがね、毎日毎日マロンを探して街をウロウロしているの。可哀想で。お姉さんが大事にしているトイプードル、譲ってあげられないかな」
それは、お姉さんの家族を奪ってしまうということだけど。
せっかく、家族を養えると喜んでいたところだったのに、その家族をくれだなんて酷いことを僕は言っている。
お姉さんは、しばらく悩んだ感じだったけど、頷いてくれた。
「本当を言うと、譲りたくはない。でも、今の私には世話をしきれないって、市役所の人にもボランティアの人にも言われ続けてて自分でもわかってる。仕事は見つかったけれど、それで世話をできる頭数ではないって。だから」
大切にしてって伝えてください、と泣きながらトイプードルの中でも一番幼い子犬を譲ってくれた。
成犬ではなく子犬を譲ってくれたのは、その方が懐きやすいって言う理由の他に、一番体力がなくて保護が必要だからなんだって。
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