配達人~奇跡を届ける少年~

禎祥

文字の大きさ
3 / 64
一通目 夜空の虹

2

しおりを挟む
 家に着くと、昨夜のうちに用意しておいた着替えが入った紙袋を持ち、制服のまますぐに母さんの入院している病院へ行く。

 母さんは私が物心つく前から自殺未遂を繰り返しては入退院を繰り返していた。
 体の傷が治り退院するたびにリストカットや睡眠導入剤の過剰摂取で自殺を図るのだ。

「死にたい」
「死なせて」

 それが母さんの口癖だった。
 記憶の中の母さんはいつだって、錯乱しているか、その綺麗な顔を両手で覆って泣いているのだった。


 ナースセンターに顔を出すが、忙しそうな看護師さん達に声をかけることができなかった。

「そっと、荷物だけ取り替えて帰ろう」

 そう呟くと母さんの病室へと踵を返す。本当は看護師さんにお願いしたかったのだが仕方ない。



 病室からは、ケラケラと楽しそうな母さんの笑い声が漏れていた。
 良かった、今日は機嫌が良さそう。


「こんにちは、可南子かなこさん。冬樹さんに頼まれて着替えを持ってきましたよ。持ち帰る物や不足している物は何かありますか?」

 そう声をかけて中に入ると、数度挨拶を交わした事のある看護師さんと談笑していた母さんがこちらに笑顔のまま振り返った。

「あら、どなた? 冬樹がごめんなさいね。あの子、今日は来れないのかしら」
「今日は、仕事で遅くなるから来れないって言っていました。伝える事があれば仰ってください」

 母さんは私を認識しない。認識させてはいけない。
 だから、名乗らない。それなのに。

「どなたって、あまねさん、娘さんの夏樹ちゃんですよ」

 私と母さんの関係を言い含められていないのか、看護師さんがあっさりとバラしてしまった。
 聞いた途端に、母さんの笑顔が歪む。これでもかというほど、憎々し気に。

「お前! 何でっ!」


 一瞬だった。
 どこにそんな体力があったのだろうと思うほど急に、飛びかかって私の首を絞めてガクガクと揺さぶる。
 誰かの悲鳴が聞こえた。

「何で、お前がっ!」

 大勢の看護師や医師が慌ててやってきて、母さんを私から引き離す。

「お前が死ねば良かったんだ! 返して! あの人を返してよぉ!」

 母さんを取り押さえる医師が行きなさいと手で示したのと同時に病室を飛び出した私の背に、悲痛な叫び声が突き刺さった。


 あの人、というのは父さんの事だ。
 父さんは、私が二歳の時に交通事故で死んだらしい。
 カメラマンだった父さんは、仕事で行っていた沖縄から帰る途中事故を起こしたという。
 それも、私の誕生日に間に合うようにと、相当無理なスケジュールで仕事をして。
 周囲が止めるのも聞かずにそのまま帰宅しようとして、結局、帰っては来られなかった。

 私の誕生日が父さんの命日だ。
 故に私は誕生日を祝われた記憶がない。その日に貰うのは呪いの言葉だけ。
 私のせいで父さんが死んだと、母さんと兄さんに物心つく前から言われ続けた。

「お前さえいなければ」と、何度言われただろう。
「お前が代わりに死ねば良かったんだ」と、何度責められただろう。

 錯乱した母さんに、実際に殺されかけたこともある。
 私が宿題をしている時、突然部屋に灯油を撒いて火を点けたのだ。
 兄さんがすぐに対処したけれど、私の背中には消えない痕が残っている。
 それ以来、私も睡眠導入剤がないと不安で眠れなくなった。


 言葉という見えない棘は突き刺さるとなかなか抜けてはくれない。
 もし可視化できるなら、きっと今の私は針山のような姿になっていることだろう。

「あ、荷物……」

 持ち帰るはずのものも全て置いてきてしまった。
 今は、戻れない。戻りたくない。
 幸い、家の鍵はスカートのポケットの中だ。
 錯乱状態の母さんの元へ行くよりは、兄さんに怒られる方がマシだろう。

 トボトボと家路を歩く私を、突然降り出した大粒の雨が濡らしていく。
 晴天なのに降り注ぐその雨に、天気にまで私の存在を否定されているような気がして。
 もう、限界だった。


 私はいつだって耐えてきた。
 いつかはきっと応えてくれる、向き合ってくれると、そう願って。
 いつかはきっと何もかも大丈夫だと、そう信じて。

 居場所が欲しい。愛情が欲しい。
 願ったのはただそれだけ。でも、叶う事はなく。
 一体、いつまで耐えれば良いのだろう……。


 気付けば、足が止まっていた。
 棒立ちになり雨に濡れるがままの私を、濡れまいと足早に行き交う人々が無遠慮に見ながら過ぎ去っていく。
 冷たい雨と視線を浴びながら、それでも、歩き出すことができなかった。


 ――帰りたくない。
 あの家には、私の居場所なんてない。
 でも、どこにも行く場所なんてない。
 このまま消えてしまいたい……。

 そう思った時だった。突然声をかけられたのは。

「お姉さん、大丈夫? 風邪ひいちゃうよ? うちにおいで、すぐそこだから」

 大きなくりっとした瞳の男の子が、私の顔を見上げていた。
しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

真実の愛は水晶の中に

立木
恋愛
学園の卒業を祝うパーティーの最中、レイシア・マレーニ侯爵令嬢は第三王子とピンク髪の女、その取り巻きたちによって断罪されようとしていた。 しかし断罪劇は思わぬ方向へ進んでいく。 ※「なろう」にも重複投稿しています。

思いを込めてあなたに贈る

あんど もあ
ファンタジー
ファナの母が亡くなった二ヶ月後に、父は新しい妻とその妻との間に生まれた赤ん坊を家に連れて来た。義母は、お前はもうこの家の後継者では無いと母から受け継いだ家宝のネックレスを奪うが、そのネックレスは……。

処理中です...