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一通目 夜空の虹
#15
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兄さんも、父さんの夢を見た?
驚く私に気づく様子もなく、兄さんは嗚咽混じりにポツポツと語り出す。
「こんな事、信じて貰えないかも知れないけど。父さんに、怒られたんだ」
夢の中で、再会できた事を喜ぶ間もなく怒鳴られたのだと言う。
お前は何をやってるんだ、夏樹が死のうとしてるぞ、と。
「俺のせいで夏樹が死ぬって、責められたんだ。俺がずっと夏樹に言い続けてきた事がやっと実現するんだ、満足だろうって。散々責められて。それで、俺はやっと夏樹に酷い事してたって解った」
兄さんが私を抱きしめる腕に力を籠める。
ずっと待ち望んでいた事がやっと叶ったのに、困惑しかない。
「起きたら夏樹はいなくて。机の上に遺書みたいなのあるし。普段料理なんかしないのに今日に限って作ってあるし」
不安になっていたところに、関口さんからの電話が来たそうだ。
それで私が自殺しようとしてると信じてしまったらしい。
「ちょっと待って兄さん。私遺書なんて書いて……」
言いかけたところで書き損じた手紙を思い出す。
遺書みたいになったしまった、と丸めて捨てたあの手紙だ。
そう、確かに捨てたはずなのだ。
それが、机の上にあった?
「……信じるよ、兄さん。父さんは、確かに私たちに会いに来ていた。私の所にも来た。生きろって。幸せになりなさいって言われたの」
私の所にカメラを置いて行ったくらいだ。
私の書き損じた手紙を遺書と偽って兄さんの机の上に置くくらい造作もないだろう。
改めて、すまないと謝り私を抱きしめる兄さん。
その腕の感触にようやく実感が追いついてきた。
兄さんが変わった。
父さんが、兄さんを変えてくれた。
助けて、と手紙を書いたら、父さんが本当に助けに来てくれた。
目頭がじんわりと熱くなり、気付くと私もポロポロと涙を溢していた。
泣きながら抱き合う私たちを周りがどう見ているかなんて、気にもならなかった。
先に口を開いたのは私でも兄さんでもなく。
「お取込み中、失礼します」
「誰だ?」
「本庄要と申します。夏樹さん、今日はもう上がりでいいから、お兄さんと良く話し合っておいで」
「上がりって?」
「アルバイトしてるの。ここの片付け」
話に割り込んだ事を詫びる要さんに、兄さんが訝しそうな目を向ける。
変な誤解をしてしまったのか顔が険しくなった。
「今日はここの片付けですが、本来はこの子の子守をお願いしています」
要さんは誤解に気づいたのか気づいてないのか、いつもと変わらない穏やかな口調で香月君を手招きして紹介している。
「そんな事を言って、何かいかがわしい事をさせようってつもりじゃないだろうな?」
「やめて、兄さん!」
やっぱり、兄さんは何一つ変わってなんかいないんじゃないか。
悲しさと腹立たしさで感情がぐるぐるする。
「夏樹さんを心配しているんですよ。良いお兄さんじゃないですか」
謂れのない非難をされた要さんは怒るでもなく、いつもと変わらない笑顔でそう言ってくれた。
心配? 兄さんが、私を? 世間体じゃなくて?
思わず兄さんを見ると、照れたような顔で視線を反らされた。
そう言えば、楓さんも昨日兄さんは正しいと言ってた。
もしかして、誤解をしていたのは、私の方だったのかな?
本当は、口は悪くてもちゃんと私の事を考えてくれてたのかも。
向き合うことを避けてきたのは、兄さんだけじゃなくて、私もだったのかもしれない。
「青野さん、これ以上なっちゃん撮るならカメラ取り上げますよ」
楓さんに抗議された青野さん達は、軽く謝罪してそそくさと中に戻っていく。
「青野さんが不躾に悪かったね、なっちゃん」
楓さんにも背中を押してもらって、その日は帰って兄さんとちゃんと向き合う事になった。
私を驚かせることになったのは兄さんの変化だけではなく。
その日もう一つの変化が、家で待っていた。
「お帰りなさい、夏樹」
「母さん?!」
エプロン姿の母さんに帰るなり私を抱きしめられた。
笑顔で駆け寄ってきて、身構える隙もなかった。
半ばパニックになりながら兄さんに助けを求める視線を送る。
「大丈夫だよ。夏樹。信じられないかもしれないけど」
兄さんが関口さんに連絡をもらってから、すぐに私を探しに来られなかった理由。
母さんが私に謝りたいと言っていると病院から呼び出されたそうだ。
「今までごめんなさい、夏樹。すぐには許せないかもしれないけど。母さんに挽回のチャンスをちょうだい?」
「母さん、昼間も言ったけど、夏樹とは絶対に二人きりにならない事」
「わかってるわ。だから夏樹も、そんな怯えないでちょうだい」
目の前の光景が信じられなかった。
あの母さんが笑顔でやり直したいと言っている。
兄さんが私を守るような発言をしている。
急な変化に頭が追いつかない。
私、本当はまだ夢を見ているのかな?
驚く私に気づく様子もなく、兄さんは嗚咽混じりにポツポツと語り出す。
「こんな事、信じて貰えないかも知れないけど。父さんに、怒られたんだ」
夢の中で、再会できた事を喜ぶ間もなく怒鳴られたのだと言う。
お前は何をやってるんだ、夏樹が死のうとしてるぞ、と。
「俺のせいで夏樹が死ぬって、責められたんだ。俺がずっと夏樹に言い続けてきた事がやっと実現するんだ、満足だろうって。散々責められて。それで、俺はやっと夏樹に酷い事してたって解った」
兄さんが私を抱きしめる腕に力を籠める。
ずっと待ち望んでいた事がやっと叶ったのに、困惑しかない。
「起きたら夏樹はいなくて。机の上に遺書みたいなのあるし。普段料理なんかしないのに今日に限って作ってあるし」
不安になっていたところに、関口さんからの電話が来たそうだ。
それで私が自殺しようとしてると信じてしまったらしい。
「ちょっと待って兄さん。私遺書なんて書いて……」
言いかけたところで書き損じた手紙を思い出す。
遺書みたいになったしまった、と丸めて捨てたあの手紙だ。
そう、確かに捨てたはずなのだ。
それが、机の上にあった?
「……信じるよ、兄さん。父さんは、確かに私たちに会いに来ていた。私の所にも来た。生きろって。幸せになりなさいって言われたの」
私の所にカメラを置いて行ったくらいだ。
私の書き損じた手紙を遺書と偽って兄さんの机の上に置くくらい造作もないだろう。
改めて、すまないと謝り私を抱きしめる兄さん。
その腕の感触にようやく実感が追いついてきた。
兄さんが変わった。
父さんが、兄さんを変えてくれた。
助けて、と手紙を書いたら、父さんが本当に助けに来てくれた。
目頭がじんわりと熱くなり、気付くと私もポロポロと涙を溢していた。
泣きながら抱き合う私たちを周りがどう見ているかなんて、気にもならなかった。
先に口を開いたのは私でも兄さんでもなく。
「お取込み中、失礼します」
「誰だ?」
「本庄要と申します。夏樹さん、今日はもう上がりでいいから、お兄さんと良く話し合っておいで」
「上がりって?」
「アルバイトしてるの。ここの片付け」
話に割り込んだ事を詫びる要さんに、兄さんが訝しそうな目を向ける。
変な誤解をしてしまったのか顔が険しくなった。
「今日はここの片付けですが、本来はこの子の子守をお願いしています」
要さんは誤解に気づいたのか気づいてないのか、いつもと変わらない穏やかな口調で香月君を手招きして紹介している。
「そんな事を言って、何かいかがわしい事をさせようってつもりじゃないだろうな?」
「やめて、兄さん!」
やっぱり、兄さんは何一つ変わってなんかいないんじゃないか。
悲しさと腹立たしさで感情がぐるぐるする。
「夏樹さんを心配しているんですよ。良いお兄さんじゃないですか」
謂れのない非難をされた要さんは怒るでもなく、いつもと変わらない笑顔でそう言ってくれた。
心配? 兄さんが、私を? 世間体じゃなくて?
思わず兄さんを見ると、照れたような顔で視線を反らされた。
そう言えば、楓さんも昨日兄さんは正しいと言ってた。
もしかして、誤解をしていたのは、私の方だったのかな?
本当は、口は悪くてもちゃんと私の事を考えてくれてたのかも。
向き合うことを避けてきたのは、兄さんだけじゃなくて、私もだったのかもしれない。
「青野さん、これ以上なっちゃん撮るならカメラ取り上げますよ」
楓さんに抗議された青野さん達は、軽く謝罪してそそくさと中に戻っていく。
「青野さんが不躾に悪かったね、なっちゃん」
楓さんにも背中を押してもらって、その日は帰って兄さんとちゃんと向き合う事になった。
私を驚かせることになったのは兄さんの変化だけではなく。
その日もう一つの変化が、家で待っていた。
「お帰りなさい、夏樹」
「母さん?!」
エプロン姿の母さんに帰るなり私を抱きしめられた。
笑顔で駆け寄ってきて、身構える隙もなかった。
半ばパニックになりながら兄さんに助けを求める視線を送る。
「大丈夫だよ。夏樹。信じられないかもしれないけど」
兄さんが関口さんに連絡をもらってから、すぐに私を探しに来られなかった理由。
母さんが私に謝りたいと言っていると病院から呼び出されたそうだ。
「今までごめんなさい、夏樹。すぐには許せないかもしれないけど。母さんに挽回のチャンスをちょうだい?」
「母さん、昼間も言ったけど、夏樹とは絶対に二人きりにならない事」
「わかってるわ。だから夏樹も、そんな怯えないでちょうだい」
目の前の光景が信じられなかった。
あの母さんが笑顔でやり直したいと言っている。
兄さんが私を守るような発言をしている。
急な変化に頭が追いつかない。
私、本当はまだ夢を見ているのかな?
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