配達人~奇跡を届ける少年~

禎祥

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二通目 水没の町

#9

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 翌日要から遊びに行く許可が出たので、さっそくお爺さんの家に遊びに来た。

「おぉ。また学校サボってるのか、坊主」
「うん、来たよー。お爺さん今日は元気?」

 お爺さんは僕の顔を見るなり嬉しそうに笑って出迎えてくれた。
 元気だ、と腕を振り上げて見せるその腕は色白で、梅雨前はわずかにふっくらしていた筋肉がこそげ落ちたように骨ばって枝のようだった。
 それがひどく病的で、どこか不安にさせる。

「ねぇ、お爺さん。この前話していた、ダムの底の村のお話して?」
「ん? 何か坊主の面白そうな話があったか?」
「何でも良いよ。お爺さんの若い頃のお話聞きたい」

 籐椅子に座るお爺さんの膝の上に、シロがちょこんとよじ登る。
 その場で感触を確かめるかのようにくるくると回ると、丸くなって落ち着いていた。
 お爺さんにシロは見えていないとはいえ、お爺さんの膝の上が好きなのだろう。
 考え込むように顎を触るお爺さんの手の動きをじっと目で追っているのが、少し寂しそうに見えた。

 そんなシロの姿に、お爺さんに会わせてあげたいと思ってしまう。
 けれど腕を伸ばしかけたところで、要にいきなり見えないはずのものが見えたら気味悪がるかもと言われた言葉が頭を過る。
 要はお爺さんも僕も傷つくことがないよう考えてくれているのに、今僕がそれを台無しにしてはいけない。

 実はここに来た時に、それとなくお爺さんからシロの話を引き出せって要に言われていた。
 それで、いきなりシロの話を出しても何でシロを知っているのかってなるから、昔の話を聞いて自然な流れでシロの話をお爺さん自身から語らせろって。僕にできるかな?

「そうだなぁ。何を話そうか……」
「んと、お爺さんの住んでた村って、今と違って自然が豊かだったんでしょ? 何か動物いた?」

 おっと、少し強引だったかな?
 けれどもお爺さんは気にした様子もなく、村にいた動物達の話をしていく。

「家の裏手にな、酪農家の牧場があったんだよ。牛乳を搾るための牛がたくさんいてな……」

 よく忍び込んでは牛乳を勝手に絞って飲んだり、馬糞を投げたりといたずらをしていたらしい。
 聞きたかったのはシロの事なんだけど、思いがけないお爺さんの悪童っぷりについ話に引き込まれてしまっていた。

「おお、そうそう、他にも、雀を捕まえて食べたりしたっけ」
「えっ? 雀って、あの雀?」
「そうだよ。食べるところがいくらもないけどな。最近じゃとんと見なくなったが……」

 そういうと、少しだけ寂しそうな笑顔で窓の外に目を向ける。
 窓から見える塀の上には雀ではなく、最近よく見かけるようになった尾の長い白黒の小鳥。
 何という鳥かはお爺さんも知らないみたいだった。

 今と違って自然豊かだった、と僕が問いかけたからか、お爺さんは次々とこの町では見られない情景を語る。
 狸がよく家に忍び込んでは穀物を食い荒らした話とか。排水溝で繁殖していたのを捕まえて山へ返した話とか。
 玄関先でヤマカガシがとぐろを巻いていて家から出られず学校を休んだ話とか。
 校庭に猪が入ってきて体育の授業が中止になった話とか。

 お爺さんが体験した動物にまつわる話を、面白おかしく語ってくれるが、聞きたかったシロの話は一向に出てこない。
 まるで、意図的にその話を避けているかのようだった。
 そう感じたのは、あの見晴らし台でお爺さんがシロを置き去りにしてしまったと悔いる感情を読んでしまったからだろう。

「ねぇお爺さん。お爺さんの家の裏手の牧場で、犬を飼っていたって言ったでしょう?」
「おぉ、あのバカ犬な。番犬として飼われていたくせに、儂らがいたずらしても全然吠えないどころかじゃれついてくるぐらいでな」
「お爺さんは、何か飼ってなかったの?」

 話がループしそうになるのを遮って、僕は思い切って核心を突く。なるべく、直接ではないように意識をして。
 途端にシロを思い出したのだろう。悲しそうな顔になってしまった。

「…………飼っていたよ。真っ白い、雄猫だ。耳の先から、尻尾の先まで真っ白で。それでシロと名付けたんだ」

 お爺さんはシロとの思い出を語る。
 シロは、お爺さんが拾ってきたのだそうだ。

「ミーミーと甲高い悲鳴のような声が響いていてな。辺りを探すと、川を流れていく袋から聞こえるではないか」

 それは雪が積もった朝。慌てて川に入ると、一瞬で足先の感覚がなくなるほど冷たかったそうだ。
 拾い上げた袋には六匹の子猫が詰められていて、大きな声を上げるその白猫以外は反応がなく、急いで暖炉の前で温めたけれど、結局助かったのはシロだけだったそうだ。

「酷いことをする、と思うだろう坊主。でもな、当時の田舎じゃ、どんどん増える犬猫はそうやって口減らししていたんだよ」

 ともかく、それで唯一助かったシロは、鼠を捕ることを期待されてお爺さんの家族になった。
 お爺さんはよほどシロの事が忘れられなかったのだろう。
 今でもハッキリと覚えている、と語る思い出は尽きることなく。

 そしてお爺さんから語られる、シロの最期の日――
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