配達人~奇跡を届ける少年~

禎祥

文字の大きさ
32 / 64
二通目 水没の町

#14

しおりを挟む
「これは……やはり、香月には来させなくて正解だったな……」

 屋内に足を踏み入れた途端にツンと鼻を衝く腐臭に眉間に皺を寄せながら、要は独り言ちた。
 濡れる事を予想してポケットに入れてきていた大判のバンダナで鼻と口を覆うように巻く。
 大島が蹴り広げてくれた穴はもともとダムの水を抜く前から開いていたのだろう。
 二階部分だというにも関わらず、様々な生物の死骸があり、床が見えないほどに泥と共に堆積している。

 一歩踏み出す度に足が沈むブヨブヨとした気色の悪い感触。
 安全を考えたら、体重が軽く体の小さい香月が一番安全と言えば安全なのだろう。
 だが、まだ幼い香月に行かせるにはなかなかに悪影響のありそうな光景がそこにはあった。
 第一、大人として今にも倒壊しそうな建物に子供を行かせられない。

「しかし、香月の能力ちからには本当に驚かされる」

 要の歩く少し前に、シロがいた。
 香月が願った通り、香月に触れていないにも関わらず、はっきりとその姿が視える。
 こちらを案じるかのように少し進んでは立ち止まり振り返り、明らかに誘導している。

 時おり戻ってきて身体をぐいぐいと押し付けるのは、早く来いという催促なのか。
 姿が視え、触れているという感触まで感じる今、香月のように何かしらシロの考えが読めないかと触れてみるが、要にはシロの考えを読み取るどころか感じることもできなかった。

「そんな都合良くは行かないか」


 香月の能力を怖いと感じたことは要にはなかった。
 考えを読まれたところで、後ろめたいことなど何一つない。
 香月が自分を否定せず、のびのびと生きれるよう全力でサポートすること。
 それが要が香月を引き取ることになった際に決意したことだった。

 だからこそ、その能力を完全に理解してやれないのが、要は口惜しかった。
 あの日、香月の能力を通じて伝えたことは要の本音だ。
 香月を理解したい。香月が視ている世界を、共に視て感じて歩んでやりたい。
 そういう意味では、他人には言えない能力と過去を持った楓の方が適任と言えば適任だったのだが。

(俺が引き取ろうか?)

 そう言った楓から半ば強引に香月を引き取ったのは、要の完全なエゴであった。
 交通事故によって突然ポッカリと空いてしまった場所を埋める存在が、要には必要だった。
 臨月だった愛する妻。男の子だとわかってから、二人で話し合って、名前は克希にしようと決めた。


 突然失われた現実を受け止めきれずにいた要の前に現れ、その手を必要としたのが奇しくも同じ音の名を持つ香月だった。
 香月を引き取ることで、献身的に面倒を看ることで、要はやっと日常を送れるようになった。
 香月を助けるつもりで、実際に助けられているのは要自身でもあったのだ。

「さて、香月を安心させるためにも、さっさと戻りますかね」

 シロを撫でるのをやめ立ち上がった瞬間だった。
 左足が何かを踏み抜いた。一瞬で体重が持って行かれる。
 しまった、と思った瞬間、シロが体当たりをして支えてくれた。

「……あ、ありがとう、シロ」

 擦り寄ってくると見えたのは、「そこは踏むな」の合図だったようだ。
 今度こそ慎重に、シロの歩く場所を見てしっかりついていく。
 はりを歩けば平気だろう、と大島は言ったけれど、そもそも二階建てなのだ。堆積物の件を抜きにしてもどこが踏んで平気な場所で、どこが薄い場所なのかなど素人の要にはわかるはずもなかった。

「確か天井裏、だったか」

 チラ、と天井を仰ぎ見る。
 この調子で、果たして登れるだろうか。
 だが、そんな心配は無用だった。

 シロが立ち止まった場所。
 他よりも堆積物が積もったように見えたのは、天井が崩れて落ちたようだった。
 そこに、はいた。


 瓦礫に身体が半分埋もれていたが、顕わになっている部分には、幽霊のシロがつけているのと同じ鈴付きの和布の紐があった。死後腐敗して漏れ出た体液を吸い込んだのか、白い部分は黄ばみ、さらに泥で汚れている。
 完全に白骨化した死骸に手を合わせると、要は紐を抜き取った。
 その一連の様子を、ただじっとシロは見ていた。

「一部だけでも、一緒に帰るかい?」

 骨を全て拾い集めることはできない。
 だけど、ここにそのまま置いて行くのも忍びない、と思ったのだ。

 シロはこちらの言葉がわかるかのように、自分の頭骨をちょいちょいと触る。
 正しくは、触ろうとしようとしているように見える。
 実際には触れられずにスカスカとすり抜けているのだが。

 これを持って行け、という意味と捉えて要はそっとシロの頭骨を拾い上げる。
 顔を覆っていたバンダナで首紐と頭骨を包むと、顕わになっている他の部位に土を被せ、再び手を合わせた。

「さぁ、帰ろう。義夫さんの所へ」

 立ち上がった要を、来た時と同じようにシロが慎重に誘導していく。
 夜明けが近いらしく、入ってきた穴から見える空は少しだけ明るく見えた。

しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】「別れようって言っただけなのに。」そう言われましてももう遅いですよ。

まりぃべる
恋愛
「俺たちもう終わりだ。別れよう。」 そう言われたので、その通りにしたまでですが何か? 自分の言葉には、責任を持たなければいけませんわよ。 ☆★ 感想を下さった方ありがとうございますm(__)m とても、嬉しいです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...