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第一章 死神と呼ばれた男

襲来①

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 その日も、ルクスとカレラは冒険者ギルドにやってきていた。当然、魔石集めの依頼を受けに来たのだが、今日はそれだけではない。ある程度、討伐依頼が順調にいっているため極大魔石の錬成について調べに来ていたのだ。

 ギルドの一階は依頼掲示板や受付、素材の鑑定所などがあり、二階は職員の執務室や応接間、そして資料室がある。二人は、資料室に魔石の錬成について調べに来ていた。

「錬成の方法なんだが、どこかにあったか?」
「ん……ない」

 だが、渋い表情を浮かべた二人の様子から鑑みるに、目的の情報は見つからなかったようだ。
 座っている机の上には、所せましと紐で閉じられた本が置いてある。そのすべてに目を通したのだとしたら、その労力はかなりのものだろう。

「やっぱり錬成っていうのは門外不出が多いのか? それとも、単純にあの情報が間違っている?」
「その可能性はある。けど、ここ。理論的には可能だって書いてある」

 カレラのさす場所には、錬成技術の理論の本が置いてった。

「なになに? 魔石は一つ一つもっている魔力の量や性質が異なる……ゆえに、ただくっつけるだけではくっつきようがない。もし魔石を合成させたいとしたら、すくなくとも、同じ性質の魔石にそろえなければならない。ただし、そのような技術には例がなく、魔石そのものの性質を変える技術も確立されてはいない。ごく稀に、魔石の性質が変化したという報告はあるが、それも大規模な自然災害が起こった後や、協力な魔力をもった生物に取り込まれた後など、偶発的によるものが多い。この分野の知識や技術の発展を願うばかりである。って、つまりは、できるかもしれないけど、今は絶対不可能ってことだな」

 その言葉に、二人は大げさにため息をついて、椅子にもたれかかった。

「やっぱり簡単にはいかないよな。極大魔石とか、探してる俺でも信じられないしさ……っていうか、気になってたんだけど、なんでカレラは極大魔石が欲しいんだ? そういえば、聞いてなかったと思って」

 ルクスは唐突にカレラに問いかけた。だが、カレラはその場で俯くと気まずそうに視線を逸らすだけである。

「ん……ちょっと」
「話したくないってことな。まあ、しょうがないか。いいか? 手に入れたら、用途くらいは教えろよな?」
「……ん」

 浮かない表情を浮かべたため、ルクスはすぐさまおどけた様子で話を逸らした。
 それなりに気になる内容――むしろなぜ知らないのだ、と自分自身に問いかけたいルクスだったが、カレラの事情も一筋縄ではいかないらしい。そう思ったルクスは、時が来るまでは極大魔石を手に入れることを優先させようと決める。
 そして、大きく伸びをして、けたたましく鳴る胃袋を満足させようと、その場から立ち去った。

 その後は、毎夜繰り広げられている食卓戦争の始まりだ。
 大皿で運ばれてきた料理を、すさまじい勢いで詰め込んでいく作業。その一手一手に二人の想いが詰め込まれており日々研鑽が積まれている。フェイントを織り交ぜたやり取りは、熾烈を極めていた。
 当然、その勝敗はいつも通りカレラの勝利で終わるのだが、ルクスはあきらめることはない。いつしか、お腹いっぱい肉を食べられることを信じて。

 二人が食事を終えてのんびりとお茶を飲んでいるその時、それは起こった。
 けたたましくなる緊急事態を知らせる鐘。それが、一つ、また一つと伝播するように街中に鳴り響いたのだ。すかさず立ち上がり、二人は代金を払って外に出た。街の住民も同じように周囲を窺っている。

「な、にが起きたんだ?」
「わからない。けど、これって……」

 緊急事態を知らせる鐘。これが鳴らされるのは、相当のことが起きているという証拠だ。それこそ、街の存亡にかかわる事態でもない限り。
 どう動いていいのか判断に迷っていると、そこに馬に乗った衛兵が叫びながら前を通っていく。

「魔物の大群が攻めてきた! すぐに逃げろ! 中央の領主様の館に急ぐんだ! 戦えるものは門へ行ってくれ!」

 衛兵の言葉を聞いて、街中は悲鳴と怒号が響き渡った。

 あるものは、自分の店を放り投げ、貴重品だけをもって走り。
 
 あるものは、家族の無事を願って家路を急ぐ。

 あるものは、恐怖で立ち上がることができず。
 
 あるものは、血気盛んに武器をもって街の入り口への急いだ。


「ま、じかよ……」

 おもわず呟いたルクスだったが、目まぐるしく動き回る光景にすぐには行動できないでいた。茫然と立ちすくむ中、周囲の混乱が耳から、目からこれでもかと入ってくる。どうしていいかわからない不安からおもわずカレラに目を向けてしまったが、ルクスはその横顔に思わず見惚れてしまっていた。

 カレラはまっすに前だけを見つめていた。困惑するルクスなど視界にすら入っていない。ただ、苦しみ、泣き叫ぶ人々をじっと見つめている。
 ルクスは、その凛とした雰囲気に吸い込まれるような感覚に襲われていた。そして、同時に取り残されてしまうのではないかという漠然とした不安。しがみついていないと振りほどかれてしまい、もう二度と一緒に歩くことができないような、そんな不安を感じたのだ。

「カ、カレラ……」
「ん?」
「どうする?」

 強張った表情でカレラに問いかけるルクス。震える膝を隠しながら、ひきつった笑みを浮かべていた。ただ、なんとなくであるが、ルクスにはカレラが発する言葉がどういうものなのかなぜだか予想がついていた。
 カレラは治癒魔法を身に着けており、それは神聖皇国の神官のみが持てる術だ。カレラ自身が神官というわけではないが、近しい立場にいるのだろう。であるのならば――。

「行こう」

 短く告げたその言葉。
 ルクスは、その視線から感じる意思の強さを感じ取った。そして、目の前の少女に置いて行かれたくない一心で頷いた。
 
 間もなく、二人は人の波に逆らって街門へと向かう。
 ルクスの胸中は不安と恐怖に溢れていた。だが、先ほどのようにただ困惑しているだけではない。精いっぱいの強がりをみせつつ、ルクスは今までとは違う胸の鼓動を感じていた。
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