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第一章 死神と呼ばれた男
襲来⑩
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ルクスは後悔していた。
真理の実によって授けられた知識。自分の力の使い方。それがあれば魔物達に対抗できると思っていた。そして、それは偽りなく裏切らなかった。何百、何千という魔物をルクス一人で退けることができたのだ。
当然楽ではなかった。
魔物からの反撃もあったし、魔力不足で気を失いかけてもいた。それでも、ルクスはすべてをかけて魔物たちを葬ったのだ。
そして、ルクスは騎士団の力を借りて魔物達を退け、門から遠ざけることに成功した。これでようやく街を、カレラを守ることができた。彼女を独りきりにしないで済んだ。そう思った。
やり遂げたと思ったのだ。役に立てたと思ったのだ。その事実が徐々にルクスの心を占め、そして、名前の付かない感情が体の奥底から湧き出るのを感じていた。
端的にいうと油断したのだろう。
おそらくは、魔物の影に隠れていたマンティコアの存在に気づかず、そして、簡単に傷つき倒れた。
おそらく、今まで倒した魔物の中で最悪最強の存在を前にして負傷するなど、話にならない。油断した自分に対する怒りで、ルクスの頭の中は沸騰寸前だ。
そんなルクスをあざ笑うかのように、マンティコアはゆっくりと近づいてくる。そして、通常の魔物であるならばできないことを、眼の前のマンティコアはやってのけた。
「ニンゲンヨ……クウフクヲミタス、カテトナルガイイ」
言葉を話すはずがない魔物。マンティコアも例外ではなく、通常であれば話せない。それが話すということは――。
「魔人化か……」
その呟きを聞いたマンティコアは、その笑みをさらに歪んだものに変えた。
極稀に起こる魔物の突然変異。それが、魔物の魔人化だ。
魔物が人に近づくという意味合いで呼ばれるそれは、魔物の知力や精神が向上し、ふつうの魔物とは一線をかす存在となることだ。
目の前のマンティコアもおそらくは魔人化したのだろう。
言語を操り、本能を抑え込む理性を持ったのだ。そしておそらくは、魔物達を統率するほどの知恵を持っていたのだろう。ただでさえ尋常ではない強さを持つマンティコアにとって、魔人化がもたらしたものは人間にとっては致命的だ。
ルクスは未だ、血が流れ続けていいる腹部を抑えながら、遠くなっていく意識を手放さないように抗っていた。血が流れすぎているのもあるだろうが、それだけではない。唐突に襲い来る眠気と痺れ。それを感じた瞬間に、マンティコアがもつ尻尾には毒があることを思い出す。
刺された痛みがかろうじて意識をつなぎ留めている楔であることに顔を歪めながら、ルクスはかろうじて立ち上がる。視線の先では、にやけたマンティコアが、おもむろに駆け出していくのが見えた。すでに、マンティコアの周囲にいる騎士団は地に伏している。
「くそっ――」
すかさず魔法を繰り出そうと意識を集中させたが、ルクスが思うよりも早く、マンティコアはルクスに迫った。
「なっ――!?」
来る。
そう思って身構えた瞬間には目の前にマンティコアの牙が見えた。咄嗟に横に倒れるも、肩をかすめ痛みが襲う。擦れ違い様に突き立てられる尻尾を転がりながら避けたルクスは、とにかく距離をとって腰から短剣を引き抜いた。
「早っ」
悪態をつく暇もなく、切り返してくるマンティコア。再び迫る牙を割けようとするも体勢が崩れており動けない。すかさず短剣で牙を防ぐも、その体重差でルクスは後方へ激しく吹き飛ばされた。
すぐさま体を起こすも、マンティコアは遠くのほうでルクスをじっと見つめていた。
当然、追撃をすればルクスを追い詰められたことは想像に難くない。それをしなかったということは、意味のあることなのだろう。そして、その意味に、ルクスはすぐさま気づく。
「弄ばれてるってわけかよ――ぐぅっ!」
マンティコアの態度に苛立ちを覚えるが、腹部に走る激痛で立っていることすらままならない。手負いの人間など、目の前の魔物にとっては遊び道具のようなものなのだろう。自らの絶望的な状況を理解しながらも、ルクスは短剣を構えた。
マンティコアはじわりじわりと近づきながら、ルクスを執拗に観察していた。
どこに齧りつこうか。
どこに掴みかかろうか。
どこに尻尾を突き刺そうか。
そんな算段を練っているかのような表情。だがルクスは歯を食いしばりマンティコアを見つめる。そして、再び、地面駆る。
死が、目前まで迫っていた。
真理の実によって授けられた知識。自分の力の使い方。それがあれば魔物達に対抗できると思っていた。そして、それは偽りなく裏切らなかった。何百、何千という魔物をルクス一人で退けることができたのだ。
当然楽ではなかった。
魔物からの反撃もあったし、魔力不足で気を失いかけてもいた。それでも、ルクスはすべてをかけて魔物たちを葬ったのだ。
そして、ルクスは騎士団の力を借りて魔物達を退け、門から遠ざけることに成功した。これでようやく街を、カレラを守ることができた。彼女を独りきりにしないで済んだ。そう思った。
やり遂げたと思ったのだ。役に立てたと思ったのだ。その事実が徐々にルクスの心を占め、そして、名前の付かない感情が体の奥底から湧き出るのを感じていた。
端的にいうと油断したのだろう。
おそらくは、魔物の影に隠れていたマンティコアの存在に気づかず、そして、簡単に傷つき倒れた。
おそらく、今まで倒した魔物の中で最悪最強の存在を前にして負傷するなど、話にならない。油断した自分に対する怒りで、ルクスの頭の中は沸騰寸前だ。
そんなルクスをあざ笑うかのように、マンティコアはゆっくりと近づいてくる。そして、通常の魔物であるならばできないことを、眼の前のマンティコアはやってのけた。
「ニンゲンヨ……クウフクヲミタス、カテトナルガイイ」
言葉を話すはずがない魔物。マンティコアも例外ではなく、通常であれば話せない。それが話すということは――。
「魔人化か……」
その呟きを聞いたマンティコアは、その笑みをさらに歪んだものに変えた。
極稀に起こる魔物の突然変異。それが、魔物の魔人化だ。
魔物が人に近づくという意味合いで呼ばれるそれは、魔物の知力や精神が向上し、ふつうの魔物とは一線をかす存在となることだ。
目の前のマンティコアもおそらくは魔人化したのだろう。
言語を操り、本能を抑え込む理性を持ったのだ。そしておそらくは、魔物達を統率するほどの知恵を持っていたのだろう。ただでさえ尋常ではない強さを持つマンティコアにとって、魔人化がもたらしたものは人間にとっては致命的だ。
ルクスは未だ、血が流れ続けていいる腹部を抑えながら、遠くなっていく意識を手放さないように抗っていた。血が流れすぎているのもあるだろうが、それだけではない。唐突に襲い来る眠気と痺れ。それを感じた瞬間に、マンティコアがもつ尻尾には毒があることを思い出す。
刺された痛みがかろうじて意識をつなぎ留めている楔であることに顔を歪めながら、ルクスはかろうじて立ち上がる。視線の先では、にやけたマンティコアが、おもむろに駆け出していくのが見えた。すでに、マンティコアの周囲にいる騎士団は地に伏している。
「くそっ――」
すかさず魔法を繰り出そうと意識を集中させたが、ルクスが思うよりも早く、マンティコアはルクスに迫った。
「なっ――!?」
来る。
そう思って身構えた瞬間には目の前にマンティコアの牙が見えた。咄嗟に横に倒れるも、肩をかすめ痛みが襲う。擦れ違い様に突き立てられる尻尾を転がりながら避けたルクスは、とにかく距離をとって腰から短剣を引き抜いた。
「早っ」
悪態をつく暇もなく、切り返してくるマンティコア。再び迫る牙を割けようとするも体勢が崩れており動けない。すかさず短剣で牙を防ぐも、その体重差でルクスは後方へ激しく吹き飛ばされた。
すぐさま体を起こすも、マンティコアは遠くのほうでルクスをじっと見つめていた。
当然、追撃をすればルクスを追い詰められたことは想像に難くない。それをしなかったということは、意味のあることなのだろう。そして、その意味に、ルクスはすぐさま気づく。
「弄ばれてるってわけかよ――ぐぅっ!」
マンティコアの態度に苛立ちを覚えるが、腹部に走る激痛で立っていることすらままならない。手負いの人間など、目の前の魔物にとっては遊び道具のようなものなのだろう。自らの絶望的な状況を理解しながらも、ルクスは短剣を構えた。
マンティコアはじわりじわりと近づきながら、ルクスを執拗に観察していた。
どこに齧りつこうか。
どこに掴みかかろうか。
どこに尻尾を突き刺そうか。
そんな算段を練っているかのような表情。だがルクスは歯を食いしばりマンティコアを見つめる。そして、再び、地面駆る。
死が、目前まで迫っていた。
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