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第一章 死神と呼ばれた男

殺された死神②

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 風が吹く。
 
 砂が舞い散り、つむじ風がうねりをあげる。
 一面の荒野は白く靄がかかったように見え、そこには、ネズミの一匹もいない。

 あるのは、深い穴。ぽっかりとあけられたクレーターがそこにはあり、荒れ果てた原因がそれなのだと悠然に語る。

 そこは先ほどまで悪魔がいた場所。
 封印の祠があった場所。
 今はそのどちらもが存在せずに、むなしく風の音を響かせるだけだった。


 そんな砂地だけの世界だったが、ふと気づくと不自然に土が盛り上がったところが目に入った。その盛り上がりは、ゆさゆさと揺れ、だんだんと大きくなる。
 次の瞬間には、その土塊のから腕が生えた。弾けだされるように人が溢れだし、ようやく触れることのできた外界に喜びを露わにしていた。

 中から出てきたもののほとんどが甲冑を身に着けていたが、数人は簡素な防具や服装をしているものも混じっており、身体を引きずるようにして土塊から這い出てくる。
 それはルクスとフェリカ。二人に抱きかかえられる形でカレラが現れた。

「すぐさま怪我人を集めろ! 動けるものは、ここを出発する準備を進めるんだ! それと、隠してある馬車もすべて用意しろ! 急いでここを離脱、近隣の街に向かう」

 その中にはサジャも含まれており、矢継ぎ早に指示を飛ばした。
 その指示に響くように、騎士達は乱れなく動き始める。
 

 悪魔がこの場を蹂躙したあの瞬間。
 神聖騎士団の指揮官であるサジャは、部下達に命じて、もともと彼らが隠れていた穴に逃げ込んだのだ。そして、自分たちを土魔法で生埋めにしてその場をやり過ごした。当然、爆発の余波で命を散らしたものもいたが、大部分は生き残っていた。
 茫然とするルクスと気を失っているカレラを穴に放り込んだのはフェリカだ。ゆえに、三人は生き残っており、フェリカの判断がなければおそらくルクス達は息絶えていただろう。

 そうして生き残った面々は、すぐさま繋いだ生を放さないよう動き出す。だが、ルクスだけは動くことができなかった。茫然と座り込んだまま、一点を見つめていた。

「ちょっと……大丈夫? 早く行くわよ。カレラも目を覚まさないし、早くドンガの街に戻らないと――って、ちょっと聞いてる?」

 フェリカはルクスにしきりに話しかけるが反応はない。

「ねぇ、ルクス? 大丈夫? ねぇ、ちょっと! なんとか言いなさいよ! ねぇったら!」

 全く反応を示さないルクスに苛立つフェリカ。激高する彼女とは裏腹にルクスは静かに言葉を漏らした。

「無理だよ……」
「は?」
「あんなのに抗おうっていうのが間違いだったんだ……街に戻ってもどうせ俺たちは殺される。だから、もういいんだ」

 フェリカはその言葉を聞いた瞬間に、ルクスの頬を殴っていた。

「ふざけんじゃないわよ! そんなの今更すぎるでしょ! あんた! カレラを救うんじゃなかったの!? 心も救うって言ったじゃない! それなのに、カレラは目も覚ましてないのに! あんたがあきらめてどうすんのよ! このぉ――」

 殴られて倒れたルクスにまたがるフェリカは、何度もルクスの顔を殴りつけた。それでも、ルクスは抵抗するわけでもなく、ただ血反吐を地面へと散らす。
 その様子は、フェリカの怒りに油を注ぐかたちとなった。血をたぎらせ眉を吊り上げたフェリカ。空高く引き絞られた拳を再度ふりおろそうとしたその時、その腕が優しく抑えられる。
 振り向くと、そこにはサジャが立っていた。

「やめるんだ。それ以上やると、いくら馬鹿でも死んでしまう」
「死ねばいいじゃない! こんなやつ!」
「確かに、この愚弟は、生きる価値はない。だが、そんな弟でも人間だ。人が殺されるところをただ見ているだけなどとは、騎士である私が許せないのだ」

 サジャの穏やかな言葉に、フェリカは怒りをしぼめていく。そして、ふてくされたように立ち上がると、そのまま歩いていってしまう。
 
 そんな彼女を視線でみおくったサジャは、すぐさま倒れているルクスへと視線を向ける。

 ぼろ雑巾のようになったルクスをみて、彼は顔をゆがめた。この姿は、成人の儀を終えたばかりのかつての弟にそっくりだったからだ。

 生きることをあきらめた、そんな弟に。

「おい。お前はこんなところであきらめるのか? 一度挫折したくらいで簡単にあきらめるほど、軽い気持ちで悪魔に挑んだのか?」

 諭すように問いかける。かつてのルクスならば、ここで怒りに震えていたことだろう。だが、今のルクスは、その言葉を当然のように飲み込んだ。

「俺に敵う相手じゃない……兄さんだってわかるだろ? 悪魔は俺たちとは格が違う存在なんだ。決して敵わない」
「敵う敵わないじゃない。お前が掲げていた信念は、そんなもので揺らぐのか?」
「どうせ殺されるんだ。信念なんて……そんなの糞の役にもたたない」
「そうか……」

 サジャは、ルクスは憐れむように見つめたのち、部下へと指示をだした。

「この冒険者達も馬車へとのせ街へと連れていけ。見捨てるのも外聞が悪いからな」
「かしこまりました」
 
 そうやって、彼らは三日という時間をかけてドンガの街へと帰還した。



 それから、ルクスは診療所のベッドに寝かされて、その時のままだ。
 虚ろな眼差しを決して崩さず、食べ物を口には通さない。ドンガの街について二日しかたっていないのに、回復するどころかやつれている。フェリカは何度か様子を見に来たが、何も変わらなかった。
 カレラもまだ目を覚まさなかった。



 そうこうしている間に、悪魔に動きがあった。

 神聖王国を含めた四か国それぞれに書状を送り付けていたのだ。
 その内容は――。

『残された聖女全員をかの地に連れてくること』

 その一点のみだった。
 その書状が意図していることは明白だ。残り三体の悪魔の封印を解くこと。これに他ならない。
 この宣言に、神聖皇国はもちろん断固として反対した。当然だ。一体でもあれほどの力をもつのだ。それがあと三体もとのなると、世界が滅ぶのは間違いない。少なくとも、この大陸に自分達人間がすむ余地などなくなるはずだ。
 神聖皇国が存在するべき理由を鑑みても、そんなことを許可できるはずもない。

 帝国もグリオース王国も当然、その要請には反対したのだが、連合国はわれ関せずという姿勢を貫いた。
 もともと、人間種とのかかわりと立っていた連合国は、聖女を差し出すことに反対も賛成も示さない。ゆえに、ほか三国の不満が連合国に集まるのは当然と言えた。その感情が、悪魔に抗えない自分たちへと怒りとも気づかずに。
 さらには、帝国や王国には、聖女を差し出すことで神聖皇国の力がそがれるのではないかと考えるものもいた。それは、皇国にいる野心を持つものも同様だった。今の教皇を引きずり落そうと考える者は、世界の安寧よりも自らの保身と地位を重要視した。

 悪魔がもたらした一通の書状は、世界に混沌を与えたのだ。


 最早、悪魔がいなくとも戦乱を迎えそうなほどに混乱していた各国。その混乱を鎮めようと立ち上がったものがいた。それは勇者だ。

 帝国には勇者と呼ばれる存在がいた。
 勇者とは勇敢なるもの。
 かつて、この世界に訪れた災いを遠ざけたもの。
 
 今は帝国に住んでいるが、その身は誰に縛られるものでもない。勇者は各国に協力を要請し悪魔の討伐隊を結成した。
 数日で結成された討伐隊は、すぐさま祠の跡地へと繰り出した。

 だが、結果は惜敗。

 かつて世界を救った勇者達は、悪魔相手に善戦したが、致命傷を与えることができずに撤退した。
 
 その事実は瞬く間に全世界に広がり、人類は恐慌する。
 生きることをあきらめ、ひざを折る。

 それは、ルクスの姿と重なっていた。

 そんなルクスは、これらのことを聞いても、様子は変わらなかった。


 そんな折、事態が動き出す。

 カレラがようやく目を覚ましたのだった。
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