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第一章 死神と呼ばれた男
少年の始まりの物語③
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悪魔は、地面に這いつくばる勇者達を見ながら、至上の喜びを感じていた。
復活してから書状を送り付けたり、勇者達をあえて見逃したりと我慢に我慢を重ねてきたのだ。そのすべては、人間に希望を持たせそして踏みにじるため。その希望があればあるほど、突き落とした時の絶望は計り知れないものがある。
だからこそ、悪魔は常に人間達の動きを待っていた。今この時のために。
そのかいがあってか、見下ろす者たちは等しく絶望を感じている。弱いものたちの圧倒的な絶望もそそるが、強者達が醸し出す、強い心からにじみ出る絶望もまた甘美なのだ。折れない心の裏側に隠しているその絶望を、抉るように味わうのが格別な幸せだった。
そんなご馳走を前にして、悪魔は思わず舌なめずりをした。
湧き上がる欲望を抑えようともせず、勇者達を蹂躙するために力をその手に宿した。
その刹那――。
自身の腕が落ちていくのをみたのだ。そして、練り上げた魔力が雲散するのを感じた。
振り向くと、そこには先日、悪魔の腕を切り落とし、全身を傷だらけにした少年が降ってきていたのだ。至高の一品を味わう瞬間を邪魔された怒りが悪魔の全身を瞬時に満たす。その怒りは、自然と呪詛として口からあふれ出ることとなった。
「貴様ああああぁぁぁぁぁぁ!」
そこで初めて悪魔は自ら牙をむく。
隠していた爪を、研ぎ澄ました武器を、そのすべてを使って少年を蹂躙することを、今誓ったのだ。
◆
ルクスは落ちていた。
それは比喩でもなく、文字通り落ちていたのだ。空高くから地面に向かって落ちているルクスの心境は、颯爽と現れるヒーローなんかではない。死に誘われる生贄のような気分だった。叫び声などでない。それは、悪魔に気づかれるから、だけではない。単純に恐怖と落下する空気の圧力で声などひとかけらもでなかった。
そんなルクスだったが、空に浮かぶ悪魔の向こうに小さいカレラを見つけた瞬間に、縮こまっていた心に火が宿る。
彼女を助けたいという想いが、煌々と燃え上がった。
ルクスは、あらかじめ手の中に作り上げていた水の玉に、いつものように圧力をかけていく。
手の中で暴れるそれを慣れた様子で御し、落ちる勢いを利用して絶妙なタイミングで解放した。そこから繰り出された刃は、愉悦に浸っていた悪魔の片腕と浮かんでいた黒球、いずれも切り落とす。その腕は、この前切り落としたほうと同じ腕だった。
悪魔を切り付けたルクスだったが、落ちているのは変わらない。
悪魔を通り過ぎたあたりで、すぐさま水球をいくつも作り上げる。それを自分の落下する軌道に素早く並べ、地面ではなく水中に落ちたような状況を作り上げた。
水しぶきを上げながら、なんとか、つぶれず地上に降り立ったルクス。悪魔がどうとか水の刃がどうとかよりも、生きてまた土を踏みしめることに安堵した。
「ししし、し、死ぬかと思った」
震えながら、間抜けな台詞をこぼすルクス。そんなルクスはふと視線を向けると、彼が落下してきた場所から少し離れたところにカレラはうずくまっていた。その視線は彼をまっすぐとらえ、決して逸らさない。
ルクスは、その視線をまっすぐとらえると、おどけるように笑った。
「ははっ、びしょぬれじゃないか、カレラ」
「……ルクスのせい」
「そう文句言うなって。俺だって、それこそ文字通り必死だったんだから。ほら、今も膝が笑ってる」
どこか決まらない少年に、カレラは笑みをこぼした。さきほどまでの絶望をすべて水しぶきとともに洗い流したかのようだった。カレラは、このような状況にも関わらず、心から笑えていることを、不思議に思いつつも受け入れていた。
「助けに来たぞ」
「……ん」
「約束したからな」
「……ん」
「一緒にいるんだろ?」
「…………うん」
笑いながら涙を流し、何度も頷くカレラを、ルクスは満足げな表情で見つめていた。その顔をみて、自分は間違っていなかったのだと確信する。
同時に、いつまでもカレラとの再会に喜んでいる暇はないことも分かっていた。なぜなら、空から圧倒的なまでの圧力がルクスへと降り注いでいたからだ。
ルクスは、おもむろに空を見上げると、その視線の先にいる悪魔を睨みつける。
そこにいるのは、憤怒に身を染めた悪魔である。すさまじい形相でルクスを見下ろしていた。
「んじゃ、やってくる」
「ん」
互いに頷きあうと、ルクスは悪魔が浮かんでいる方向へ歩き出した。その歩みに迷いも恐怖もない。
あるのは、悪魔を殺すという意志とカレラを守るという決意だけ。
それだけが今のルクスを支えていた。
復活してから書状を送り付けたり、勇者達をあえて見逃したりと我慢に我慢を重ねてきたのだ。そのすべては、人間に希望を持たせそして踏みにじるため。その希望があればあるほど、突き落とした時の絶望は計り知れないものがある。
だからこそ、悪魔は常に人間達の動きを待っていた。今この時のために。
そのかいがあってか、見下ろす者たちは等しく絶望を感じている。弱いものたちの圧倒的な絶望もそそるが、強者達が醸し出す、強い心からにじみ出る絶望もまた甘美なのだ。折れない心の裏側に隠しているその絶望を、抉るように味わうのが格別な幸せだった。
そんなご馳走を前にして、悪魔は思わず舌なめずりをした。
湧き上がる欲望を抑えようともせず、勇者達を蹂躙するために力をその手に宿した。
その刹那――。
自身の腕が落ちていくのをみたのだ。そして、練り上げた魔力が雲散するのを感じた。
振り向くと、そこには先日、悪魔の腕を切り落とし、全身を傷だらけにした少年が降ってきていたのだ。至高の一品を味わう瞬間を邪魔された怒りが悪魔の全身を瞬時に満たす。その怒りは、自然と呪詛として口からあふれ出ることとなった。
「貴様ああああぁぁぁぁぁぁ!」
そこで初めて悪魔は自ら牙をむく。
隠していた爪を、研ぎ澄ました武器を、そのすべてを使って少年を蹂躙することを、今誓ったのだ。
◆
ルクスは落ちていた。
それは比喩でもなく、文字通り落ちていたのだ。空高くから地面に向かって落ちているルクスの心境は、颯爽と現れるヒーローなんかではない。死に誘われる生贄のような気分だった。叫び声などでない。それは、悪魔に気づかれるから、だけではない。単純に恐怖と落下する空気の圧力で声などひとかけらもでなかった。
そんなルクスだったが、空に浮かぶ悪魔の向こうに小さいカレラを見つけた瞬間に、縮こまっていた心に火が宿る。
彼女を助けたいという想いが、煌々と燃え上がった。
ルクスは、あらかじめ手の中に作り上げていた水の玉に、いつものように圧力をかけていく。
手の中で暴れるそれを慣れた様子で御し、落ちる勢いを利用して絶妙なタイミングで解放した。そこから繰り出された刃は、愉悦に浸っていた悪魔の片腕と浮かんでいた黒球、いずれも切り落とす。その腕は、この前切り落としたほうと同じ腕だった。
悪魔を切り付けたルクスだったが、落ちているのは変わらない。
悪魔を通り過ぎたあたりで、すぐさま水球をいくつも作り上げる。それを自分の落下する軌道に素早く並べ、地面ではなく水中に落ちたような状況を作り上げた。
水しぶきを上げながら、なんとか、つぶれず地上に降り立ったルクス。悪魔がどうとか水の刃がどうとかよりも、生きてまた土を踏みしめることに安堵した。
「ししし、し、死ぬかと思った」
震えながら、間抜けな台詞をこぼすルクス。そんなルクスはふと視線を向けると、彼が落下してきた場所から少し離れたところにカレラはうずくまっていた。その視線は彼をまっすぐとらえ、決して逸らさない。
ルクスは、その視線をまっすぐとらえると、おどけるように笑った。
「ははっ、びしょぬれじゃないか、カレラ」
「……ルクスのせい」
「そう文句言うなって。俺だって、それこそ文字通り必死だったんだから。ほら、今も膝が笑ってる」
どこか決まらない少年に、カレラは笑みをこぼした。さきほどまでの絶望をすべて水しぶきとともに洗い流したかのようだった。カレラは、このような状況にも関わらず、心から笑えていることを、不思議に思いつつも受け入れていた。
「助けに来たぞ」
「……ん」
「約束したからな」
「……ん」
「一緒にいるんだろ?」
「…………うん」
笑いながら涙を流し、何度も頷くカレラを、ルクスは満足げな表情で見つめていた。その顔をみて、自分は間違っていなかったのだと確信する。
同時に、いつまでもカレラとの再会に喜んでいる暇はないことも分かっていた。なぜなら、空から圧倒的なまでの圧力がルクスへと降り注いでいたからだ。
ルクスは、おもむろに空を見上げると、その視線の先にいる悪魔を睨みつける。
そこにいるのは、憤怒に身を染めた悪魔である。すさまじい形相でルクスを見下ろしていた。
「んじゃ、やってくる」
「ん」
互いに頷きあうと、ルクスは悪魔が浮かんでいる方向へ歩き出した。その歩みに迷いも恐怖もない。
あるのは、悪魔を殺すという意志とカレラを守るという決意だけ。
それだけが今のルクスを支えていた。
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