異世界治癒術師(ヒーラー)は、こっちの世界で医者になる

卯月 みつび

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カルテNo.2 十七歳、女性、勇者、赤髪。主訴、封印をしてほしい

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「また、昨日誰か来てた? なんか電気ついてたみたいだけど」

 そう問いかけてくるのは奈緒だ。奈緒は、悠馬の家の隣に住んでおり、権蔵とともに悠馬の良き隣人だ。そんな奈緒は、健康的な明るい色のエプロンをひるがえしながら、忙しそうに朝食の準備をしている真っ最中だった。
 エプロンの下は短いショートパンツだ。朝から太ももがまぶしい。
 悠馬は、あわてて目をそらしながら、つい思ってもない返事をかえしてしまう。

「あんな時間に起きてたのか? 早く寝ないと、肌荒れるぞ?」
「大きなお世話! 大体、あんな大声出されたら隣にすんでるんだもん、起きるよ」
「そうか、それは、まあ悪かったな……」
「別にいいけどね」

 奈緒の言葉にどこか罪悪感を覚えた悠馬は、髪の毛をぐしゃぐしゃとかきむしりながら目をそむける。しかし、奈緒は全く気にしていない様子で着々と朝食の準備を進行中だ。台所に入っては何かを持ってくる合間に、悠馬に話しかけていた。

「で、今度はどんな?」
「昨日はな、驚くなよ? ……河童だ。河童だぞ? 本当に緑色だったし、頭に皿も乗ってた。いや~案外昔の人の言い伝えって合ってるのかもしれないな」
「へぇ、河童ね。一回でいいから見てみたいな、ははっ」

 奈緒はそう言いながら、再び台所へと消えて行った。
 その反応の薄さに、すこしばかり興奮しながら話していた悠馬は気恥ずかしさを覚えていた。最初の頃は奈緒も大声を上げて驚いてくれたものだが、段々と耐性がついてきたということなのだろう。

 まあ、悠馬自身が元異世界人であり、リファエルが堕天使。ミロルというエルフもいるから余計だ。
 そんな会話を交わす悠馬の後ろからは、何やら小さな物体が飛来する。そして、悠馬の背中という着地点に寸分のずれなく落下した。

「ゆーまっ! 起きるの遅いぞ! もうミロルはお手伝い終わったんだからな!」

 悠馬の名を呼びながら叫んでいるのはエルフであるミロル。ミロルの衝撃に、耐えきれなかった悠馬は簡単に潰れた。

「お、おまえな……。いい加減、いきなり飛びついてくるのはやめろよな」
「いいじゃん! ゆーまなんだし! あ、なお! 今日も卵焼きある? 甘いの」
「たくさん作ったらいっぱい食べてね。もちろん、ほかのおかずも食べること」
「はーい! じゃあ、いっただ――」
「ちょっと待ってくださいな」

 早速食べ始めようとするミロルをリファエルが優しく諭すと、視線を権蔵へと変える。その視線を受け取った権蔵は、おもむろに手を合わせると、低い声で一言だけ告げた。

「いただきます」
「いただきます!」

 皆の声が木霊し、そして朝食が始まった。
 こんなカオスな状況にも関わらず権蔵が動じないのは、下町の男だからだ。下町の男は、細かいことは気にしない。
 
 騒がしい朝。だが、笑い声が響く朝。
 そんな朝を毎日繰り返しながら、秦野医院の朝は始まる。 
 そして、朝食が終わると、権蔵は道場へ。そこにミロルはついていく、というよりも権蔵に面倒を見てもらっている形だ。奈緒は大学へ、そして悠馬とリファエルは通常の診察を初める。一日は、こうして始まるのだ。

 ◆

「ん? ここですか、痛いのは」
「そうなんだよね、もう腰が痛くて痛くて」
「そうですか……じゃあ、ちょっとそのまま横になっていてください」

 悠馬はそう言いながら、腰のマッサージを始めた。そして、気づかれないようにそっと手に治癒魔法を込める。すると、途端にひいていく痛みに、横になっていたおばあちゃんにも笑顔がうまれた。

「いつも気持ちいいね。先生のお父さんも名医だったけど、先生になってから本当に調子がいいんだよ」
「ありがとうございます。あとはいつものお薬と湿布、だしておきますから」
「こっちこそ、ありがとね」

 満足そうな顔をして帰っていくおばあちゃんを見ながら、悠馬は笑顔で診療録に記録をしていく。そんな悠馬のいる診察室に颯爽と入ってきたのは、看護師であるリファエルだ。

「ユーマ様。もうあの方で患者さんは最後ですけど、どうします? まだ閉めるまで時間がありますが」
「ん、なら時間まで開けとこう。誰か来るかもしれないからな」
「はい」

 そういいながら、リファエルは診療録の整理や、明日の診察に必要な物品の用意を始めていく。忙しそうに走り回るリファエルを横目で見ながら、悠馬も自分の仕事を終えようと必死に筆を進めていた。

「電子カルテが導入できたらな……」

 そんな愚痴も許されるのだろう。悠馬の背後の本棚には、古くから掛ってくれている患者たちの診療録がぎっしりと詰まっている。当然、そこに入りきらない過去のものはしっかりと保存してある。一定の期間は捨ててはいけないと、法律で決まっているのだ。
 だが、積み上がったカルテは嫌いではなかった。
 父親が積み上げてきた歴史をそこに感じるからだ。患者さん達と交わした言葉や時間。それが、この紙のカルテには詰まっている。
 そう言い聞かせていないと、心が折れそうなのも事実だが。

 悠馬とリファエルがそんな様子で仕事を進めていると、病院を閉める間際に、一人の老婆が訪れた。老婆は待合室に入ってからも診察券を出すわけでもなく、悠馬達のいる奥の様子を窺っている。
 その老婆の存在に気づいたリファエルが待合室に行くと、そこにいた老婆は顔見知りだった。
 
「あら、田中さん、どうしました? こんな時間にだなんて珍しいですね」
「いやね、別に体調が悪いわけではないんだよ? ただね、ちょっと困っていてね。先生のところなら何とかしてくれると思って」

 そういって老婆が後ろ向くと、診療所に入ってくる人影があった。それをみてリファエルは少しだけ目を見開いた。

「その方は」
「昼間、困ってたからご飯食べさせてあげてたんだけどね、言葉は大丈夫なんだよ? 言葉は大丈夫なんだけどね……ちょっと話が通じないもんだからここに連れてきたんだよ。リファちゃんも外国の人だろ? なら少しは私よりもわかるかと思ってね」

 そういって老婆とリファエルの視線を集めるその人は、真っ赤な髪を垂らした女だった。
 いや、女と少女の中間といったところだろうか。
 髪の毛は後頭部でくくられているが、その鮮やかな色は現代でもなかなかお目にかかれない。炎のような情熱を含んでいるような、そんな赤だ。
 その髪の色の苛烈さと同調するかのような凛々しい瞳は、美しいが力強さも持っている。服装はというと、現世界では考えられない様相だ。軽装備ではあるが胸から腰に掛けての防具と肩当て、そして手甲を身に着けており腰には太い剣をさしている。

「なんだよ、この状況は」
「ユーマ様」

 何事かと思った悠馬も待合室に出てきたが、そこにいる女を見て思わず口を半開きにさせた。そして事情を聴くと、

 ――よく警察に捕まらなかったな。っていうか、田中さん、よくご飯たべさせたよな。

 そんなことを思いながら悠馬は田中さんにお礼をいって帰っていただいた。
 この状況ではまともに診察などできない。そう思った悠馬はとりあえず病院を閉め、そして診察室で話を聞くこととした。

「え~っと、なんだ。いろいろ突っ込みたいところはあるんだが、とりあえず奥に入ってこれるかな? 話を聞きた――」
「封印をしてほしい」 
「は?」

 診察室に促そうとした悠馬の言葉に女は割り込んだ。

「封印をしてほしい。君たちの魔力は尋常ではない。ここがどこだかわからないが、急がないと世界が危ない。頼む。私を封印してほしいんだ」

 赤髪の女の目は、強く炎がともっているようだった。
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