異世界治癒術師(ヒーラー)は、こっちの世界で医者になる

卯月 みつび

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カルテNo.2 十七歳、女性、勇者、赤髪。主訴、封印をしてほしい

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 ここは、秦野医院。
 下町にある、ごく普通の診療所だ。他の病院と同じく、下町の人々の健康を支えてきた歴史のあるここは、最近は少しだけ様子を変えている。
 
 先代から引き継いだ院長が、元冒険者の治癒魔法師であったり、堕天使が看護師を務めていたりと、それ以外は普通の診療所である。
 加えて言うならば、夜には変わった患者が訪れる……そんなごくごく普通の診療所であった。

 今日も、そのちょっとだけ変わっている普通の診療所に、ちょっとかわった患者が訪れている所だった。

「なぁ、頼むでな。この水かきんとこによぉ、棘が刺さっちまってるんだよぉ」

 そんなことを言いながら水をしたたらせているのは河童だ。
 見紛うことなき河童は、全身緑色をしたぬるぬるとした身体をひっさげている。目はぎょろりと院長である悠馬を見上げており、眉尻をさげ、さも困ったような様子だ。
 今回の河童の主訴であるが、右手の水かきに刺さった棘。その棘がどうしても抜けないと、右手を見せながら、涙ながらに訴えていた。

「こんのままじゃぁ、泳げなくてぇ……人間に見つかってしまうでな。じじ様みたいに捕まってミイラになるなんて嫌だかんなぁ。なんとかならんもんか」

 対する悠馬は渋い顔をしていた。
 そして、頭をがしゃがしゃとかきむしり、寝ぼけ眼をこすると、目の前に立っている河童に向かって荒々しく言い放った。

「いいから座れ! っつーか、なんでここはいつの間にか人外御用達診療所になったんだよ、まったく!」

 そう言いながら、悠馬は確かな手つきで水かきに刺さった棘を抜き処置をしていた。

 話はさかのぼるが、この秦野医院。本当は、正真正銘の普通の診療所だった。だが、先日訪れたエルフが来てからと言うもの、人間以外の患者が後を絶たない。
 話を聞くと――。

「こんだけ魔力が集まってれば嫌でも目に付くからな」

 と、ドラキュラ談。
 ドラキュラは、小さいころからの血液アレルギー。栄養摂取方法に関する相談でやってきていた。
 とりあえず、悠馬は見た目が似ているトマトジュースを進めてみたが、どうなることやら。

「ここに来れば、あたしたちみたいなのでも病気や怪我を治してくれるって噂で聞いたからさ。どうかな? できる?」

 と答えるのは、どうみても成長しすぎた座敷童だ。短くなった着物から伸びる脚がなまめかしい。
 成長して色気づいてきたのだろうか。自分でやるのは怖いから医者にやってもらったほうがいい、そんな女子高生の話でも聞いてきたかのように座敷童、いや座敷少女はピアスの穴を開けてほしいと訴えていた。
 聞いた途端に、悠馬が頭を抱えたのもわからないでもない。
 やってきた時間は夜中の三時だった。

「わざわざ海を渡ってきたんだぬら。頼むからみてくれぬら」

 そう懇願してきたのは遠くの雪山に住むはずのイエティだ。日本の雪男とは親戚らしいが、悠馬にとってはそんなものどうでもいい。
 海を渡ってきた大冒険の末に見てほしかったのは、虫歯だ。
 陣痛の次に痛いと追われている歯痛。たしかに、つらかったのはわかるが、そこはイエティだろう。大胆に自分で抜いてほしかった。
 そもそも、悠馬は医者だ。歯医者じゃない。

 そんなこんなで悠馬はいろいろな患者、もとい種族をみてきたのだが、なぜだか皆に共通することがある。彼らが来るのがなぜだか夜中だということだ。

「あ゛ー! なんで謀ったように丑三つ時あたりにくるんだ、あいつらは! 俺に恨みでもあるのか!? 色っぽい声で、今夜は寝かせないぜ、とか思ってんのか! ああ!?」

 河童が満足気に帰った後、いつも使っている机を叩きながら悠馬は悪態をついている。そんな様子を見ながら、リファエルが苦笑いを浮かべながらそっとコーヒーを差し出した。

「ミロルさんを助けたときの噂が広まっているみたいですよ? なんでも、この診療所は人間じゃなくても診てくれるって」
「別に診たくないわけじゃないけど、時間くらい考えてほしいもんだよな」
「きっと、彼らもユーマ様みたいな方が現れてうれしいのでしょう。今まで、ずっと日陰に生きてきましたから」
「まあ、そうだろうけど……しょうがないのはわかってるんだけどな。こう眠いと、昼の診療にも支障が、ふあぁぁぁ」

 そう言いながら悠馬は欠伸をしながら伸びをする。そして、腕時計を見て俯いた。

「あと眠れる時間なんて、数時間しかないんだぞ? ほら、もう外だって明るい」

 悠馬が窓の外を見ると、家々と空との境目がぼんやりと明るくなっているのが見える。もう日の出の時間だ。季節は春を終え夏を迎えようとしている。だからこそ、日の出であろうともまだ眠る時間はあるのだが。
 遠くを見つめる悠馬の肩にそっと手を添えるのはリファエルだ。リファエルは堕天使であるからか、元々睡眠を必要とはしない。部屋を与えられているからベッドで休むことはあるし、眠れないわけではないが、あくまで嗜好の問題だった。ゆえに、リファエルの笑顔には陰りが見えない。

「そこは、私の出番ですね。さぁ、ベッドに横になってくださいな」
「いつも悪いな……本当なら俺の仕事なの……に……」

 そう言いながら、悠馬は眠りについてしまう。リファエルが簡単な睡眠魔法を使ったのだ。
 あっという間に眠ってしまった悠馬の頭に軽く口づけをすると、魔法を唱えて宙に浮かす。そして、そのまま診察室を出て悠馬の部屋にあるベッドに運ぶと、体力を回復させる類の治癒魔法を唱えた。
 リファエルの手元から、淡い光が悠馬へと降り注ぐ。眉間によっていた皺は、ゆっくりとほぐされていくようだった。

「お疲れ様です、ユーマ様」

 そう言いながら、リファエルも自身の部屋へと戻っていった。そして朝が訪れる。
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