この男、地獄の猟犬なんかじゃありません。

薄穂

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第1章 魔王の再臨/プロローグ

第4話 材料採取2日目

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 翌朝、さっさと朝食を済ませ、飛んだ方が早いという事で三者共飛行の魔法を使ってコクピンの森に向かい出発した。
 眼科には青々とした草原が広がり、時折何かの動物が駆けていくのが見える。
 俺の手記にはこういう、俺が見た世界も書いていこう。
 世界はこんなにも美しい。
 破壊するなど勿体ないと、俺の主観も添えて歴代の魔王達の分ももっともっといろんな世界を見て記録していこう。
 そんな事を考えている内に濃い緑の、どこまでも続きそうな程広大な森…コクピンの森の入り口に到着した。
 3人で同じ視点に降り立つとガラは運搬袋を漁りながら説明を始めた。
「この森のルールですが、木に縛られている水色のリボンより先は妖精の居住区域ですから立ち入っちゃダメです。万が一妖精に出会った時のための対策として一応目隠し用の布をお渡ししますね。」
 ガラは俺とアレファンデルに布と採取用の袋をくれた。
「その袋は昨日の夜、俺の持ってる運搬袋カーゴバッグに繋がるように細工しておきましたんで使ってください。」
 ガラはどこまでの気の回る奴だ。
「助かる。なら、3人それぞれ散って採取した方が効率が良さそうだな。黒顔羊サフォーク喰蕾花ブラッディ・キエロの没食子は俺、妖精の樹の樹液はアレファンデル…でもおわったら没食子採取を手伝って欲しい。」
「わかった。」
「見渡した感じこの辺りにもある提灯蓮華ランプ・ロータスの綿毛と含羞草ミモザの木はガラ…それならガラには殆ど危険はないと思う。含羞草はできるだけ大ぶりのものを頼む。それと、黒顔羊を狩ったら丸ごと袋に入れるから処理を頼みたい。」
「お気遣いありがとうございます。それなら多分大丈夫です。羊の処理も任せてください!」
 ガラは少しホッとした顔で頷いた。
「各自採取が終わるか日暮れ時にまたここで落ち合おう。」
 2人はそれに頷き、それぞれ採取する為に森へと散っていった。



 黒顔羊の群れに運良く出会え、3頭をさっさと捕まえるとその辺に生えていた蔦で前足と後ろ足を括ってからガラから貰った袋に押し込み。喰蕾花を探して歩いた。
 歩き始めてから結構長い事歩いているが…
 喰蕾花はなかなか見つからない。
 もしかしたらガラに注意されたリボンの先にならあるのかもしれない。
 飛行の魔法で空から探してみようと空に飛び上がった時、丁度アレファンデルが空にいるのが見え、アレファンデルがこちらに気付き飛んできた。
「樹液の採取が完了したから丁度探してたんだが、何かあったのか?」
「採取、助かった。ありがとう。喰蕾花が見つからなくて上から探そうと思ってた。」
「そうか。樹液を採取した時、面倒だからリボンより先の深くまで踏み入らなかったがリボンの先にそれらしいのが見えたぞ。」
「行こう。」
 アレファンデルの案内について再び森の中に降り立つと先程アレファンデルが採取したのか水色のリボンが巻かれている木から樹液が溢れている木があり、その先は妖精の住む領域。
 木々の枝がトンネルのようになっていて先は暗く見えずらい。
 しかし、喰蕾花のような花が咲いているのはぼんやりと見える。
「この先だが見えるか?」
「…道理で見つからない訳だ…」
 頷いて先頭を切って歩く。
 風もないのに枝々がサワサワと音を立てるトンネルを抜けると喰蕾花が点々と生えていた。
「悪いがはアレと相性が悪ィから近付く事はできねェ。刈り取って安全な状態で拾いに行けば楽勝だがかと言って妖精の領域でこいつ等全部刈り取って枯らしちまえば面倒な事になりそうだ……没食子を切り落とすのは簡単だが拾いに行けるか?」
 喰蕾花は竜や竜人族が大好物だ。
 それを天敵としているのは理解できる。
「問題ない。」
 喰蕾花はなんでも食べる。
 うっかり腕でも食い千切られないようにしなければ。
「どれ…」
 アレファンデルが杖を軽く振るうと何かが喰蕾花に向かって飛んでいき、一瞬の間を置いて没食子が一つ転がり喰蕾花の絶叫が聞こえた。
「モロク、いけるか?」
「恐らく。」
 絶叫しながらこちらを激しく威嚇している喰蕾花目がけて飛び込んでいくと俺を食おうと蕾状の花がパカリと口を開き襲いかかってきた。
 地面を蹴って方向を変え、飛行の魔法と併せてめちゃくちゃに動きながらタイミングを見て没食子を拾いアレファンデルの隣に着地した。
「思ったより喰蕾花の動きが早いな…」
「油断したらいくら魔王とはいえ食われるからな。そんな間抜けなザマ俺に見せんじゃねェぞ。」
 アレファンデルはくくっと笑うと次の没食子を切り落とした。
「これをあと5498回…喰蕾花あれうるせェし時間かかりそうだな。」
 ボヤくアレファンデルを後ろにまた1つ没食子を拾う。
「付き合わせて悪い。でもアレファンデルがいてすごく助かる。」
 俺がそういうとアレファンデルはフンと鼻を鳴らしてまた一つ没食子を切り落とした。

「これで1000だな……なぁ、一旦ここで休憩にしねェか?」
 飽きてきたらしいアレファンデルが近くにあった切り株に腰掛ける。
「わかった。アレファンデルはここで少し休んでてくれ。俺は一度ガラの様子を見てくる。」
「生まれ変わっても体力底なしかよ。あーあー、分かった。」
 腰を叩いているアレファンデルに背を向けて来た道を戻っていく。
 リボンのあった地点まで戻ると緑が眩しく見えるほど明るい。
 目を細めながら再び飛行の魔術で空に飛び上がりガラを探すと少し離れた場所で提灯蓮華の採取をしていた。
 提灯蓮華の綿毛は見た目はふわふわして直ぐにちぎれてしまいそうに見えるがあれを引き抜くには根菜を引き抜く程度の力を入れないと引き抜く事が出来ない。
 その近くに降り立つとガラは汗だくで作業していた。
「ファームズさん…!」
「力仕事が多くて悪いな…」
「いえいえ、これくらいやり甲斐があると作業にも精が出ますよ。綿毛はこれで今12本目です。」
「適度に休憩しながらやってもらって構わない。こちらも没食子の採取に時間がかかりそうだ。」
「そうですよね。数も多いですし…こちらは任せてください。あ、あと黒顔羊もこの後捌いておきますんで!」
「あぁ、よろしく頼む。」
 それだけ伝えると再びアレファンデルが休憩している地点に戻った。
「…アレファンデル…?」
 しかし、アレファンデルの姿はなく、アレファンデルの大きな杖だけが残されていた。
 杖を拾って辺りを見渡すと妖精が何匹か飛んでいる。
「お前達、ここにいた白い竜人族の者を知らないか?」
 俺が声をかけると妖精達はこちらに寄ってきてクスクスと笑った。
「白い竜の子、白い竜の子、珍しい綺麗な色の子。」
「サテーンカーリの足元にご招待したわ。だって綺麗だったもの。」
 しまった、妖精達に攫われたらしい。
「…サテーンカーリの足元?どこだ?」
「招待客以外は教えない。教えないわ。」
「そうよ、教えない。教えられない。」
 楽しそうに笑いながら飛び回る妖精を手掴みで1匹捕まえる。
「きゃぁあ!」
 もう1匹は物凄い速さで逃げていった。
「いいから、教えろ。」
「痛い!痛い!乱暴者!話して頂戴!痛い!痛い!」
「握り潰されたいのか?それとも羽根をもぎ取られたいのか?」
「嫌よ!辞めて!教える!教えるわ!」
 暴れる妖精を握る手の力を少し緩めると左の細い道を指差した。
「あっちの方向よ!あっちに向かって歩くのよ!」
「そうか。」
 妖精の指差した細い道を歩いて進んでいく。
「離して頂戴!離して!」
「お前が嘘を言ってないとは限らない。嘘ならそれなりの痛みを味わってもらう。」
「嘘じゃないわ!白い竜の子は鳥籠の中!蔦で編まれた鳥籠の中!嘘じゃないわ!サテーンカーリの足元だもの!」
 妖精の言うことはいまいち分かりにくい。
「サテーンカーリ…?」
 誰かの名前だろうか?それとも祭りのようなイベントの名称だろうか?
「サテーンカーリ!王の哀れな虹の子!荊の呪縛の23番目の子!」
 よくわからないが妖精王の23番目の子供という事だろうか?
「そいつのところへ案内しろ。」
「ここを真っ直ぐ!レースに真っ直ぐ行くのよ!」
「行き止まりだろ。」
 目の前には蔦の這う大木が一本。
「違うわ!蔦に真っ直ぐ!真っ直ぐよ!」
 木に向かって手を伸ばすと、木をすり抜けてさらに奥があるらしいことがわかった。
「ほら、嘘じゃないわ。」
「それからどう行けばいい?」
「ずっと真っ直ぐ、曲がっちゃダメよ。真っ直ぐ、真っ直ぐ。」
 妖精を握ったまま木の幹に向かって進むと木だと思っていた所をすり抜けて翠玉エメラルド色の洞窟のような空間に入った。
 その先からアレファンデルの声が聞こえる。
「…このまま真っ直ぐ行けばいいのか?」
「そうよ。真っ直ぐ。」
「お前は嘘を吐かなかった。乱暴に扱って悪かった。」
 妖精を離してやると妖精は軽く体を振って怒ったような素振りを見せた。
「妖精は全員が悪戯する訳じゃない!皆じゃない!」
「そうなのか…?それなら尚更悪かった。これはお詫びだ。」
 ガラの運搬袋と繋がっている採取用の袋をゴソゴソと漁ると色んなものが手に触れたが小さな壺を見つけ出して取り出す。
 アレファンデルが採取した妖精の樹の樹液だ。
 これは妖精達の好物の筈。
「あら、くれるの?あらあら!それならいいわ!許してあげる!」
 妖精はそれを受け取ると嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、竜の子と帰れるといいわね!さよなら!闇の子!」
 妖精はそう言って飛び去っていった。
 それを見送ってからアレファンデルの声がした方に向かって歩を進めていくと、アレファンデルと別の誰かが会話しているらしい事が分かった。
「駄目だ!アンタはそれでいいなんて納得してんじゃねェ!」
 不意にアレファンデルが声を張り上げた。
 近い距離だと思い、走り出した瞬間、突然目の前に蔦のようなものでできた籠に入れられたアレファンデルがした。
 どういう事だ?と一瞬混乱するがここは妖精の領域。
 他の世界の常識では考えられないことが起こってもおかしくはないことを思い出した。
「アレファンデル…!」
 俺が声をかけるとアレファンデルははっとしてこちらを振り返った。
「モロク!この籠焼き切れねェか!?中からは何しても切れないらしい!サテーンカーリを連れて帰るぞ!」
「…わかった。」
 切羽詰まっているアレファンデルの声に説明を聞くより先に右手に魔力を込めると籠が俺の魔力を吸収するかのように吸い込まれてしまった。
「…吸収された…?」
「どうなってる…!?サテーンカーリ…!」
 アレファンデルが声をかけた方向を見やると50メートル近く先に何十段もの階段があり、その一番上に椅子に座った翠玉石エメラルド色の妖精を見つけた。
「お前がサテーンカーリか…?」
「こんにちは、新しい魔王さま…。僕は妖精王の23番目の子、サテーンカーリ。訳あってここから動けないので高いところから失礼だけど許してね。」
 俺が魔王だとアレファンデルが言ったのだろう。
 だと。
「確か、妖精達が荊の呪縛と言っていたが…」
 アレファンデルをちらりと見るとアレファンデルはサテーンカーリを見たまま頷く。
「あぁ、あいつはあの椅子に荊で括り付けられて動けないらしい。」
「何故?」
「それは僕が次の王になると決まっているからだよ。…その籠は現妖精王が編んだ籠。現妖精王か僕しか解けないよ。」
「頼むモロク、妖精王はとんでもなく無慈悲な奴だ。妖精王からあいつを助けたい…あいつがまだ生まれたばかりの頃、俺と前のモロクの番の儀式で加護をくれた妖精だ……お前の事は簡単に話してある。」
「…そういう事か。分かった…」
「荊の棘が食い込んで痛みで殆ど身動きが取れないらしい。口ではその運命も受け入れようとしてるがあいつの片目が翠玉石エメラルドの宝石になってるの、見えるか?」
 サテーンカーリを目を凝らして見てみるとその右目がキラキラと輝いているのが見えた。
「あぁ。」
「あのままだとあいつは王になるどころかそのまま全身宝石になって死んでしまうかもしれない。本心では逃れたいと思ってる証拠だ。嘘を吐けば吐くだけ石になっていく特性がある…!」
 悔しそうに籠を引っ掻くアレファンデルを見て、もう一度サテーンカーリに向き直るとサテーンカーリは無表情でこちらを見ている。
 アレファンデルに「やってみる」とだけ伝えてサテーンカーリの前まで飛行の魔法で飛んでいくと、俺より少し小さい体のサテーンカーリは目に薄ら涙を浮かべていた。
 その首、左右の手首と腰、左右の足首に荊が巻き付いている。
「貴方に会えるなんて思ってなかったよ。6代目魔王モロクさま。無事に生まれ変われたんだね…」
「サテーンカーリ、本当はこんな所にじっとしていたくないんだろ?」
「これは運命さだめだから…」
 サテーンカーリは声を強ばらせ、言葉を選んでいるかのようにゆっくりそう言った。
「お前がその生き方を自分で選んだのか?」
「………」
 サテーンカーリは無言で薄ら微笑んだ。
 その時、胸の辺りがざわりと動いた。
 この感覚が何なのか追求したい所だが今は一旦置いておく事にした。
「……違うなら、そんなものは運命じゃない。お前が自分で選んで行動した結果だけが運命だと思え。人に決められたものは運命なんかじゃない。手始めに少し手伝うが、後はお前が決めろ。どうして欲しいのか自分の口から自分の言葉で言えばいい。」
 右手に魔力を込めて荊に近付けると先程の様に魔力が吸収されてしまう。
 ならば…と先程より強く魔力を込める。
 すると荊は吸収し切れなくなったのか大きく膨らんで破裂した。
「あっ!…駄目…駄目だよ…っ!辞めて…!」
「…片手は自由になったが、お前の意志は変わったか?」
「お願い、辞めて…父さま妖精王に知られたら……っ」
 サテーンカーリは自由になった右手で顔を覆い首を振った。
「駄目…僕は……お願い、辞めて!僕はこのままでいいよ!こんなこと、父さまにバレたら貴方の方が…っ」
 サテーンカーリが再び顔を上げた瞬間、右の頬が翠玉石に代わっていることに気付いた。
「お前は何故素直になれない…?」
 俺が右の頬に触れるとサテーンカーリはハッとして俺の手を振り払って顔を隠した。
「見…っ、見ないで…!アレファンデルは僕が妖精王を説得して森に帰すから貴方も早くここを出た方がいい!」
「お前は出会ってから俺に嘘しか言っていない。信用できない。」
「それは…っ」
 首の荊に先程と同じように魔力を込めるて荊を破裂させる。
「っ、ぅ……貴方は…貴方なら本当に僕を連れ出せるの…?」
「俺は魔王だ。俺に不可能があると思うのか?」
 首を傾げるとサテーンカーリは何度か小さく息を吐いて俺を見上げ、…そして右手で力強く俺の手を握った。
「お願い、僕…」
 サテーンカーリのその言葉を遮るように突然熱い強烈な風が吹いてアレファンデルの籠の方へと吹き飛ばされてしまった。
 あまりの風に思わず目を瞑ったが風が止んで目を開けるとそこには大きな妖精がいた。
 俺はこいつを知っている。
 妖精王オベロンだ…
「私の国で不心得を働く者は何者かな?」
 アレファンデルは直ぐにその妖精に向かって跪いた。
「妖精王オベロン、どうかお許しを。」
「…誰かと思えば、薄汚れて呪われた闇の子、魔王モロク…そして私の誘いを断った竜の門番じゃないか。美しい。美しい未亡人。掟破りで裏切り者のアレファンデル。」
 アレファンデルは微動だにせずじっとしている。
「でも私はお前を許そう。私は竜では無い。知識だの魔王の手付きだのどうでも良い。お前には最早肩書きも後ろ盾も守る者さえいない。」
 オベロンはぬうっとアレファンデルの顔を覗き込んだ。
「そうだろう?アレファンデル。」
 緊張しているらしいアレファンデルは無言のまま唇を噛んだ。
「あれを解放したいならあの子の代わりを…お前が私の子を産むかい?ああ、それはいい考えだ。私とお前ならあの子を超えられるだろう。私の子を産め。美しい知識の宝庫よ。白い美しい竜の子よ。」
 オベロンの手がアレファンデルの籠に触れようとしたその時、俺は魔力でその手を弾いた。
「…今世でも邪魔するつもりかい?呪われた邪悪な子。」
 俺を忌々しげに見やるその姿は妖精というより妖怪のように見えた。
「アレファンデルは嫌がっている。」
「はは、お前がそれを言うなんて。…無理矢理彼を暴いたお前が!!」
「それは俺じゃない。前の俺だ。」
「ならば尚更お前には関係の無い事だ!お前にはアレファンデルもサテーンカーリも渡さない!!この城にいる全てのものは私のものだ!!下がれ!!醜く汚い無礼者!!」
 オベロンがそう叫ぶと焼けるような熱い突風が吹いて気付けば森の外に放り出されていた。
「…アレファンデル!サテーンカーリ!」
 もう一度森に立ち入ろうとするも木々が遮り、妖精達が総出で俺の行く手を阻む。
「妖精王がお怒りよ!邪悪な者!」
「お城には入れない!入れてあげないわ!入れてあげないんだから!」
「乱暴な侵入者!妖精王の邪魔をする者!」
 鬱陶しい木々の一部を魔法で一瞬にして焦がす。
 それを見た妖精どもは動揺して怯んだ。
「退け、邪魔するな。焼き払われたいのか?」
 妖精どもを睨み付けると奴等は身構えつつそれでも退こうとはしない。
 更に燃やしてやろうと右手に魔力を込める。
「ファームズさん…!!」
 名前を呼ばれて振り返るとガラが飛行の魔法で空から俺を呼んでいた。
 こちらに来られては被害が拡大するだけだ。
 威嚇の為に邪魔な木々を右手に込めた魔力で薙ぎ払おうとすると、俺の目の前に壺を持った妖精が現れた。
 アレファンデルの元へ案内してくれたあの妖精だ。
「樹液とっても美味しかったわ。ありがとう。私が何とかしてあげる。何とかしてあげるから森を焼くのは辞めて頂戴。」
「何度も助けてもらってすまない。助かる…」
「また甘い蜜を待ってるわ。」
 妖精はそう言うと妖精達の前に立ちはだかった。
 その隙を見てガラの方へと飛行の魔法で飛んでいく。
「ガラ。すまない。少し厄介な事になった。今日はもう宿に引き上げてくれて構わない。俺とアレファンデルは後で向かう。」
「どうしたんですか?俺の採取ノルマは完了したんで手伝える事があればと思ったんですが…大丈夫ですか?」
「心配ない。妖精がらみだ。ガラまで巻き込むわけにはいかない。」
 妖精が関係していると知るとガラは顔色を変えて心配そうな顔をした。
「妖精がらみでは俺は役に立てないですね…すみません。わかりました。宿で無事を願って待ってます。」
 ガラは俺に頭を下げると何度も振り返りながらレーニエの方角へと飛んでいった。
 それを見送り、先程の妖精達に拒まれた地点へと戻ると壺を持った妖精だけがそこにいた。
「皆帰ったわ。もう大丈夫。皆んなもう出てこない。サテーンカーリはこっちよ。」
 妖精が指差した方を見ると今度は背の高い草が茂っている場所を指差していた。
「草を割って真っ直ぐよ。」
「…ありがとう…お前の名前を聞いてもいいか?」
「カランコエ。赤い小さく燃える花、カランコエ。」
「またここに来る時礼をする。助かった、カランコエ。」
 カランコエは俺に手を振ると壺をそこに置いて飛び去っていった。
 その壺を拾って採取袋に放り込み、カランコエが刺した草を割って一歩進むとサテーンカーリのいた場所の階段の手前に立っていた。
「…魔王さま…!?」
 見渡すとアレファンデルが籠ごといなくなっている。
「アレファンデルはどこに?」
「…父さまが連れて行ったよ…」
「場所は分かるか?」
「多分、父さまの部屋だと思う…貴方は以前の貴方より力があるように思う。お願い、アレファンデルを早く助けてあげて…!貴方なら助けられると思うから…!」
「俺はここをよく知らない。妖精王の部屋がどこにあるのかも。」
 サテーンカーリを振り返るとサテーンカーリは何度か言葉を発しかけては飲み込み、そして意を決したようにごくりと唾を飲み込んだ。
「…っ…、……僕も…、貴方と…一緒に、連れてって…!!」
「わかった。」
 再び飛行の魔法でサテーンカーリの側まで飛んでいき、残りの荊に魔力を込めて破裂させていく。
 最後の一つを断ち切った瞬間、優しく温かいものに包まれた。
 サテーンカーリが抱き付いている事に気付くまで少しの時間を要した。
「…ごめんなさい。貴方に罪を背負わせて。ありがとう。ありがとう。ありがとう。僕はこの先貴方の力になるって約束するよ。」
 サテーンカーリはそう言うと俺から離れて俺の手を握った。
「急がなきゃ…!父さまは屍にしか種を植えない…僕の母さまのようにアレファンデルが殺されてしまう前に…!」
 サテーンカーリが踵をトン、と鳴らすと目の前にドアノブのない大きな扉が現れた。
 いや、違う。
 先程まであった階段などがなくなっている。
 きっと俺達が移動したのだろう。
「ここが父さまの部屋だよ…」
「…アレファンデルを助ける。」
「うん、僕も協力する。」
「いいのか?」
「荊から抜けてしまったのならもう父さまの怒りを買っているのも同じことだよ。それにアレファンデルも貴方も大好きだから。さぁ、行こう…!」
 サテーンカーリはにこりと笑い、そして扉に手を置いてぐっと力を込めた。
「…動、か、ない…っ!」
 俺がサテーンカーリの手の横に手を添えて力を込めてるとゆっくりその扉が開き始めた。
 部屋の中で開いた扉に気付いたオベロンが嫌な顔をした。
「……お前はまた邪魔しに来たのかい?……サテーンカーリ!何故ここにいる!?」
 寝台の上に両手足を荊で縛られ呻いているアレファンデルの上でオベロンが吠えた。
「アレファンデル…!」
「サテーンカーリ、お前まで私を裏切るのかい!?この孤独な私を、父を裏切るのかい!?」
 「父さま、ごめんなさい。でも僕は彼等に祝福を与えた者。彼等が不幸になるのは見過ごせない…!」
「生意気…生意気なサテーンカーリ…!!私のサテーンカーリだったのに…!!もうお前などいらない!!この竜の子が新たな私の子を産むのだ…!!!」
 オベロンがアレファンデルの喉をぐっと締め上げる。
「ぅ、ぐ、……っ!」
 アレファンデルは声にならない悲痛な叫び声を上げてもがこうとするも手足が荊で縛られていて棘が食い込み血が流れた。
 急がなければ。
 サテーンカーリと手を繋いでいない方の手に魔力を込めてオベロンを攻撃するとオベロンはその魔力を弾いて小さく叫んだ。
「ぐぅ…っ、……いいだろう、魔王よ。あぁ、今良い事を思いついたよ。あまり気乗りはしないけれどお前達が死んだ暁にはお前達にも種を植えてあげよう。まずは邪魔なお前達から種植え前の処理をしなくてはね…!!」
 妖精王は寝台から降りるとこちらに一歩踏み出し、両手を高く掲げた。
 その瞬間、部屋のあらゆる方面から蔦が伸びてきて俺とサテーンカーリの体に巻き付いていく。
 全身に魔力を込めると手を繋いでいたサテーンカーリと俺の体から蔦が弾け飛んだ。
「生意気な…生意気な!生意気な!!」
 何度も仕掛けて来る妖精王の蔦を同じ要領で防ぎ、オベロンには先程攻撃した魔力の数倍の威力を込めてその体を貫くように高速で攻撃するとオベロンは絶叫して仰け反った。
 俺の魔力の矢がオベロンの胸を貫き、その矢から何本もの腕が伸びてオベロンを拘束した。
「…アレファンデルを返してもらうぞ。」
 仰け反り苦しんでいるオベロンの横を通り、寝台にアレファンデルを縛り付けていた蔦を弾き飛ばす。
 咽せているアレファンデルの手を取り寝台から降ろして俺の背に背負う。
「さよなら、父さま…!」
 再びサテーンカーリが俺の手を握って踵を鳴らす瞬間、俺は妖精王の体を貫いた魔力を強い力で破裂させた。

 サテーンカーリの空間移動の方法で森の外に出た俺達はまだ咽せているアレファンデルが落ち着くのを待った。
「ごほっ、ごほ、ぅ……はぁ、はぁ…」
 サテーンカーリはアレファンデルを背中を摩り、「ありがとう、ごめんなさい」と呟いた。
「アレファンデル、これを。」
 アレファンデルが攫われた時に落としていった大きな杖。
 あの時、咄嗟に採取袋に放り込んでいたのもをアレファンデルに手渡すとアレファンデルはそれを受け取り、宙に何かを描くように動かした。
 すると描いたものが光を放ち、アレファンデルの体に吸い込まれていく。
「…はぁ…助かった……サテーンカーリ、もう大丈夫だ。こいつのお陰で回復できた。」
 アレファンデルの背中をさすっていたサテーンカーリがアレファンデルから手を離すとアレファンデルはサテーンカーリの顔を覗き込んだ。
「…翠玉石エメラルド化は治ったようだな。あとは…」
 再び大きな杖で何かを描くとサテーンカーリの首や手足にあった荊の傷がすっかりきれいに治った。
「ありがとう、アレファンデル…」
 よしよしとアレファンデルがサテーンカーリの頭を撫でて思い切り伸びをした。
「迂闊だった。この森が妖精王オベロンあの野郎の城と繋がっていたなんてな。」
「あの、魔王さま…父さまは…どうなったの?」
 あの時、オベロンの体はバラバラに吹き飛んだ筈だ。
 再生能力のあるオベロンだとしても直ぐには回復できない程に。
「死んではいないと思うが、直ぐには追って来られないようにした。」
 それを聞いてサテーンカーリの強ばったままだった表情がようやくホッとしたものに変わった。
「2人にはとんだ迷惑をかけちゃったけど…本当にありがとう。本当はずっと1人で寂しくて、とても痛くて…怖かった。」
 やっと本心を話したサテーンカーリはその場に座り込み、大きく息を吐いた。
「…サテーンカーリ、お前はこれからどうする?」
 俺が声をかけるとサテーンカーリは少し困ったような顔で笑った。
「自由になったのはいいけど、どうしようかな…少し考えてみようと思う。」
 ちらりとアレファンデルを見るとアレファンデルは一つ頷く。
「なら、この先どうするか決めるまでの間俺達と一緒に来ないか?俺達は今黒顔羊サフォークの本を作る材料を集めてる。」
「え…、でも、…迷惑じゃ…」
「あくまで選択肢の1つだ。お前が嫌なら無理強いはしないし、行きたい所が俺達と別の場所なら止めない。お前の望む通りにしていい。」
 サテーンカーリの頭をポンと撫でるとサテーンカーリはくすぐったそうに笑って頷いた。
「ありがとう。それじゃあ…暫くお世話に…なります。」
 アレファンデルはうんうんと頷いて何かを思い出したかのように「あ」と言った。
「サテーンカーリ、俺達は今レーニエというここから南に行った街で宿を借りてる。周りは人間だらけだから人間らしい姿でいてくれるとありがたいんだが…」
「あっ、ちょっと待ってね。」
 サテーンカーリがヒョイと後ろ宙返りをするとすっかり人間にしか見えない姿に変わった。
 春の草花の新鮮な緑を思わせるような肌の色だった肌は色白の人間のような肌になり、キラキラと光を反射していた翠玉色の髪もすっかり人間の質感のようになった。
「これで人間ぽい?大丈夫かな?」
「あぁ、問題ない。見事だ。」
 アレファンデルは関心したようにサテーンカーリを眺め回して頷いた。



 宿に戻り、ガラの部屋をノックすると心配そうな顔のガラが出迎えてくれた。
「おかえりなさい!凄く心配したんですよ!ご無事で本当に良かったです!それで、妖精がらみと言ってましたが大丈夫だったんですか?」
「心配かけて悪い。アレファンデルも俺も問題ない。心配させて悪かった。」
「いえ、俺は全然大丈夫ですけど…あと、あの…その方は…?」
「はじめまして。僕はサテーンカーリ。」
 サテーンカーリはぺこりと頭を下げた。
「明日から採取を手伝ってくれる事になった。よろしく頼む。」
「あー!そういうことですね。俺は運び屋ポーター『クロフクロウ』のガラです。よろしくお願いします。じゃあ後で採取用の袋をもう1つ用意しておきますね。」
「話が早くて助かる。サテーンカーリ、ガラはとても優秀な運び屋だ。採取の際の知識も豊富だから何か気になる事があればガラに質問するといい。」
「よろしくお願いします!」
 ガラとサテーンカーリは握手をして挨拶を交わした。
「これから丁度夕飯に出かけようと思っていたので皆さん一緒にいかがです?」
 ガラにそう言われて俺達は皆頷いた。

 相変わらずガラは大きな肉の乗った皿、アレファンデルは山盛りのサラダ、俺は温めたミルク、そしてサテーンカーリには果物の盛り合わせを頼んで其々食事をしていた。
「ところで、お2人は採取の進み具合どうでした?」
 ガラが肉を頬張りながら材料をメモしたメモ帳を広げた。
「あ…悪い、アレファンデル。訳あって妖精の樹の樹液1壺分空にしてしまった。」
「…まぁ、いい。必要だったんだろ?それなら仕方ねェな。明日また採取するか。」
「あぁ。黒顔羊サフォーク3頭は完了して採取袋に詰めたが…」
「あ!裁いておきました。」
「仕事が早くて助かる。喰蕾花ブラッディ・キエロの没食子は1000個集めたから残り4500個だ。」
提灯蓮華ランプ・ロータスの綿毛と含羞草ミモザの木は目標の数揃ってますんで、コクピンの森の採取はあと没食子4500個と妖精の樹の樹液1壺だけですね。うーん、没食子は俺はあまり役に立てなさそうですが…」
 ガラが困ったような顔をすると、サテーンカーリが口を開いた。
「妖精の樹の樹液と食蕾花の没食子4500個集めればいいなら明日僕が集めるよ。」
 俺とアレファンデルは驚いて振り返ると何でもない事のようにケロッとした顔のサテーンカーリが首を傾げた。
「ん?」
 姫りんごを齧り、俺たちの言いたい事を理解したらしいサテーンカーリは笑って大丈夫と言った。
「妖精の領域の外に喰蕾花が咲いてる場所があるんだよ。あんまり生き物は近付かないみたいだけど…妖精の領域には近付かないから大丈夫。心配してくれてありがとう。」
「…俺も行こう。流石に1人で4500個は厳しいだろ。アレファンデルとガラは先に火山で愚鳩ドードーの風切羽を頼めるか?」
 2人は少し心配そうにうんと頷いた。
「アレファンデルさん、愚鳩は飛べないので基本的には風切羽はありません。でも稀に風切羽を持った個体が存在するんです。その個体を火山で捜索するのは大変ですが、頑張りましょう…!!」
 アレファンデルはうんざりした顔をしながら頷き、レタスを一枚口に放り込んだ。

 打ち合わせを兼ねた食事会を終え、それぞれの部屋へ解散しようとした時、俺と話がしたいとサテーンカーリが俺の部屋に来る事になった。
 2人でベッドに腰掛けると、サテーンカーリは改めて俺に礼を言った。
「あの時…自分が選んで行動した結果じゃないなら運命なんて言わないって…なんだかあの言葉でハッとしたよ。本当は僕は王なんて器じゃないし、1人でずっとあそこに閉じ込められてて……本当にありがとう。」
「いや、俺は何故他人に強要された事を運命と受け入れられるのか理解できなかっただけだ。」
「ふふ、前の魔王さまとは別人みたい。僕ね、あの言葉で貴方を最後まで見届けてみたいと思っちゃったんだ。昔僕が祝福を授けた番のアレファンデルがいるからちょっと迷ったけど……でも今なら今の貴方は前の魔王様とは違う魔王さまだってわかるよ。だから僕はこれから魔王さまの力になりたい。ダメかな?」
「あぁ、お前がそうしたいと自分で選んだ事なら歓迎だ。それと、魔王さまではなく俺のことはモロクでいい。」
「じゃあ僕も、サテーンカーリは長いでしょ?だから、これからはサティって呼んでね。」
「わかった。」
 サテーンカーリは嬉しそうに頷いてから俺の額に掌をかざした。
『我が名はサテーンカーリ。虹の光の理なり。光の輪の子なり。我が身、我が力、此の者魔王モロクに添いて脈と成れ。』
 妖精の言葉でサテーンカーリが呟くとカチャリ、と音がしてサテーンカーリの手に全く同じ2つのペンダントが現れた。
 サテーンカーリの髪の色と同じ、翠玉の色をしている。
「これは僕の契約の印。僕はモロクを裏切らないし、何かあればいつでも力になる。必ず肌身離さず持っててね。」
 そう言って1つを自分の首に、もう一つを俺の首に掛けてくれた。
「改めてこれからよろしくね、モロク。」
「ああ、よろしく、サティ。」
 採取完了予定日まであと3日、この先も何が起こるかわからない。
 だが、アレファンデルもガラもサティも誰もが頼りになるこの旅。
 まだ味わったことのない、悪くない感情が俺の胸の中を満たしていた。

第5話へ続く
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