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第1章 魔王の再臨/プロローグ

第3話 材料採取1日目

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「またすぐにご一緒できて光栄です!お連れ様ははじめまして!運び屋ポーター『クロフクロウ』のガラです。本日から5日間どうぞよろしくお願いします。」
 昨日、アレファンデルの部屋を出てから運び屋『クロフクロウ』に5日間の契約を申し込みに行ったところ丁度その場にガラがいてこれから5日間の材料収集の同行を依頼する事になった。
 依頼料はラルフに言われた通り、ギルドの依頼で貰った報酬を少しずつ残していた分から支払った。
 こういう事は今後も考えられるから次もラルフの言う通り全額寄付ではなく自分の分も少しずつ貯めていく事にしよう。
「俺はアレファンデルだ。こいつはアンタと顔見知りだと聞いたが…」
「よろしくお願いします。昨日初めてギルドの依頼に同行させて貰いました。ファームズさんにはお話してありますが俺は戦闘が苦手ですが防御・回避の魔法は得意なのでもし戦闘するシーンがあったら俺に構わず戦ってください。」
「ん?ファームズ…?リヨンドの…?」
 アレファンデルが首を傾げて俺を見る。
「俺の事だ。リヨンドがくれた。」
 俺を連れ帰る時に、人間として暮らす為にこれからは『モロク・ファームズ』と名乗ると良いと、名前を俺に分けてくれた。
「…なるほどな。」
「ガラが居てくれると助かる。解体の腕もいいし器用だ。今日から五日間よろしく頼む。早速歩きながら採取する物を話しても良いか?」
「そうしましょう。」
 かくして俺達は黒顔羊サイフォークの本を作るための材料を集める為に王都エンデワールを出発した。
「採取する素材は黒顔羊の革3枚、提灯蓮華ランプ・ロータスの綿毛40本、喰蕾花ブラッディ・キエロ没食子もっしょくし5500粒、妖精の樹の樹液3壺、含羞草ミモザの樹3本、地底火山の火種、愚鳩ドードーの風切り羽根2枚、人魚のランタンマーメイド・リュヒテュ3個、紙草の葉5000枚……」
 俺が材料を伝えるとガラは歩きながら紙にメモをして唸った。
「すごい量ですね。しかも採取できる地域も難易度もがバラバラだなぁ。何にせよ、今回はここから西に行ったレーニエの街を拠点にした方が良さそうですね。今回の材料はレーニエに向かう道中に紙草が群生しているポイントがありますし、レーニエを中心にして北にあるコクピンの森で殆どの材料が揃うはずです。それと南のライナム山脈には愚鳩が生息しているし、地底火山があるから火種はそこで取れますよ。西はすぐブーテ海なのでそのまま船に乗って貝を取りに行くのが一番かと。特に今はシーズンでもないので観光客は少ないし宿代も連泊するならその辺の村や街よりお手頃になっていると思いますよ。」
「シーズン?」
「レーニエは『花の都』とも呼ばれてるんです。花が咲くシーズンはとても華やかな街ですよ。花祭りとか、街中が花の香りでいっぱいになって!あ…でもここ暫くは建物修繕があまり進まないらしく規模を縮小してるみたいなんで、完全復活したら是非祭りにも行ってみてください。」
 花…色や香りの溢れる街。
 さぞ美しいのだろう…いつか見てみたい。
「ガラの助言通りレーニエを今回の拠点にしようと思う。」
 それで良いかとアレファンデルを振り返るとアレファンデルはうんと頷いた。
「やはりガラがいると助かるな。」
「こういう仕事してると勝手に知識がついてくるんですよ。でも褒めていただけるのは純粋に嬉しいです!では今日はレーニエ目指しながら紙草集め頑張っていきましょう!」



 レーニエに向かう道すがら、紙草がぽつりぽつりと生えていてその大きな葉を採取しながら歩いていく。
 ガラが言うにはこの少し先に群生地があるらしい。
 黙々と採取しながら歩いていたその時、何か違和感を覚えた。
 こちらを見ているらしい何かの気配を感じる。
「アレファンデル、ガラ、何かいる。」
 2人は俺の言葉に身構え、辺りを探っている。
「上だな。」
 俺が見上げると2人も慌てて上を見上げた。
 緑色のヒラヒラしたものがそこにいる。
「……ま、まずいですねっ…妖精です…!」
 ガラは慌てて目を逸らし、腰のポーチから布を3枚取り出すと俺とアレファンデルに目隠しする様に言った。
 アレファンデルを振り返ると面倒臭そうに溜息を吐いてガラから受け取った布を俺に渡した。
 妖精は人間に取り憑くこともある悪戯の大好きな奴等だ。
 契約するには瞳が必要で人間には目隠しがいるだろうが奴等が契約するのは人間のみで俺やアレファンデルには必要ない。
「見た?見たわね。見たでしょう?ふふふ…っ」
 緑色の妖精はスイっとガラの近くに降りてくるとガラの顔を覗き込んで妖精の言葉で話しかけた。
「貴方、私を見たわ。ねぇ、目を見せてちょうだい。アタシと一緒に遊んでちょうだいな。ねぇ、目を。」
 しつこい妖精はタチが悪い。
 ガラは動かずじっとしている。
 どうしたものかと思っていると不意にアレファンデルが妖精の言葉で妖精を諭すように語りかけた。
「緑のご婦人、申し訳ないが彼は諦めて頂けないだろうか。彼は我々の風見鶏。彼を失うと迷子になってしまう。」
「白い竜。白い、綺麗な竜。駄目よ、嫌よ、アタシは彼を気に入ったんだもの。」
「では彼の代わりにコレを差し上げよう。だからどうか。」
 アレファンデルはそう言って小袋からオーロラに輝く白い竜の鱗を取り出して見せた。
「まあ!綺麗!まあ!なんて素敵!いいわ、それをくれるなら!」
 妖精がガラから離れてアレファンデルが差し出した竜の鱗に触れようとした瞬間、俺の中でどろりとした重く黒い炎のような何かが俺の体で蠢く感覚がして…
 …前の俺の声がした。
『羽虫如きが。』
 気がつくと俺のが地面から飛び出して妖精に噛み付いていた。
「ぎゃぁあァッ!!邪悪!!邪悪な者!!辞めてッ!!離し……」
 シュワっと耳触りのいい音がして妖精が消え果てた。
 今の感覚は何だったのだろうか?
 一瞬の記憶がない。
「……モロク…?」
 妖精に噛み付いた形のままの影を見ていると不意にアレファンデルに声をかけられ、ハッとして振り返るとアレファンデルが驚いた顔で呆然と立ち尽くしていた。
 再び影を見ると俺の影は元に戻っている。
「…よく分からないが…それをあいつに渡してはいけない気がした。」
 アレファンデルは俯くとフードを深く被って小さな声で「そうか…」と呟いた。
「あの…?どうなったんでしょう…?」
 ガラがそろりと目隠しを取って俺達を交互に見た。
「妖精は居なくなった。先へ進もう。」
「はい…。妖精相手に交渉するとかスゴイですね……しかも悲鳴が聞こえるなんて…撃退でもしたんですか?」
 ガラの頭の上に疑問符が沢山見える気がするがガラが渡してくれた布を返した。
「やれる事をやっただけだ。アンタはちゃんと自分の身の守り方を知っててくれてるからこっちも助かる。誰もが目隠しの知識を持ってるわけじゃねェからな。」
 アレファンデルは感心したようにそう言い、何事もなかったかのように近くに生えていた紙草の葉を摘んだ。
「これもこの仕事特有の注意点ですから……さあ、群生ポイントまであと少しです。行きましょう。」



 あれから無事に群生ポイントで紙草の葉5000枚の採取を完了し、日没寸前にレーニエに辿り着いた。
 レーニエは街全体が赤いレンガで出来ていて、きっと元の街であれば花のシーズンでなくても美しかった事だろう。
 ガラがこれまでに泊まったことのある宿屋を当たってくれ、街の中心地にある宿で今夜から3部屋を連泊で借りることができた。
 俺とアレファンデルはともかく、ガラは疲れているだろうと思い、夕飯時まで自分に割り当てられた部屋で休憩にする事にした。
 俺は部屋で1人先程の影の事を考えていた。
 影が動く前のあのどろりとした黒い炎の感覚は何だか懐かしいような…。
 だけど破壊衝動のような、そんな感覚もあった。
 あれは今は眠っている俺の中の魔王の本能なのだろうか。
 もしあれが目覚めてしまったなら、俺が自分で抑えているこの力を解放してしまったら……世界は一体どうなるのだろうか。
 …もしかしたら前の俺が残した手記を読み進めていく内にあの影のことなど何かヒントが書かれているかもしれない。
 荷物と一緒に持ってきていた手記を取り出し、昨日の続きのページを捲ると歴代の魔王の歴史が書かれていた。
 1、2、3、4、5…俺は数えて6代目の魔王らしい。
 それぞれの代の上にこの世の6大属性の紋様が描かれている。
 初代は土の紋章、2代目は水の紋章、3代目は光の紋章、4代目は風の紋章、そして5代目は火の紋章。
 …5代目までに使われた属性は6大属性の内、土、水、光、風、火…無いのは闇だ。
 思い返せば俺は暗い闇の中で黒い炎からたった1人で生まれた。
 あの時の黒い炎…俺が生まれたその黒い炎に近かったような…
 もしかしたら俺は闇の力に特化しているのかもしれない。
 だからあの時影が…?
 だとしてもあの時、前の俺の声が聞こえた理由は分からない。
 こう色々と整理していくと俺は色々な知識はあれど自分についてが一番よく分からない事に気付いた。
 …分からないことはこれから分かっていくだろう。
 今分からないことはさておき、隣のページを見てみると、それぞれが何故世界を滅ぼそうと考えたのかが書かれている。
『初代魔王の名はモロク・オム・オロガス。貧しい村の羊飼いの夫婦の間に生まれ、生まれた時から己の身に収まりきらないほどの膨大な魔力を持ち、無意識にその魔力を暴発させ周囲から呪われた子として扱われていた。ある日、魔力を吸収する魔具を作ったある貴族から魔具を提供してもらいその身で実験する事になったが、魔具との相性が悪く魔力の暴発によって提供者の貴族を殺してしまう。その事件を受け頭から爪先まで棘が無数についた動くだけで痛みが走る拘束具で拘束され、地下牢に監禁されしまった。全身痛みの走る拘束具の中で己がこんな魔力を持って生まれてきてしまった事を怨み、神々に裏切られたと強い怒りと絶望で一気に膨大な魔力を解放し、拘束具ごと周辺を破壊した。以降、己の運命を嘆き、彼に祝福を与えなかった神々や万物、そして世界を破壊しようとしてその怒りのあまり魔王となってしまった。魔王モロクは世界中を地震と地殻変動で崩壊させかけたがその行いが大地の女神ヨルズの怒りに触れてしまい死んでも何度も生き返り苦しみ続ける呪いをかけられ、直後に勇者によって討たれてしまった。』
『2代目魔王モロクは仄暗い地底湖で自然発生的に生まれた。生まれた時から青年の姿をしており、初代の記憶や知識を受け継いでいた。この手記を書き始めたのも彼だという。彼は初代の記憶と共に無念さと憎悪そして勇者への恨みを抱えて生まれた為、目覚めた時から生きる目的が世界を滅ぼす事だった。それ故に精神的に不安定だったが彼を慰める者もなく、どんなに1人で嘆き叫んでも気が晴れず日々魔力を爆発させ世界中の至る所に嵐を起こし、海では巨大な津波を引き起こした。そんな2代目に激怒したのが水の神エーギルだった。エーギルは平穏な海を取り戻す為に勇者に力を授け、更に2代目を巨大な水の拳で叩き潰し勇者がとどめをさした。』
『3代目魔王モロクは広大な砂漠の真ん中で朝日が顔を出すと共に2代目魔王の手記を持って生まれた。生まれた当初、自分が何者か分からなかったが手記を読む内に過去2人の自分を哀れに思い今世は上手く生きようと決意する。そして2人の不幸の原因になった魔力の抑え方について研究を始め、不安定ながらも少しずつ魔力を抑えるコツを掴めるようになっていった。そんなある日、とある村の女と知り合いその女と共に共生する道を模索することとなった。ところが村人が3代目の強大な力に怯えてしまい3代目を騙し、拘束して人里離れた山奥の小さな石造りの家に監禁してしまう。彼女に会えず悲しく思った3代目は毎日村の方角を見て彼女の幸せを願った。だが3代目の様子を見にきた村人により彼女が3代目にたぶらかされただとして磔の上火炙りとなり処刑された事を知る。酷く自分を攻めた挙句、初代と2代目の無念を思い出した彼は深い絶望に打ちひしがれ世界から太陽を隠し雨も降らさず生き物が生きられない環境を作り出した。しかし、太陽の神ソールの祝福を得た勇者に討ち取られてしまう。』
『4代目魔王モロクは生物や植物が生きられない寒風吹き荒ぶ石の山に3代目の手記と共に生まれた。自分を知る為にその手記を読んだが己の存在が世界に祝福されない者である事を知り、絶望を抱きつつ3代目同様過去の魔王達の運命を憐れんだ。同じ運命を辿らぬ為に長い事人の立ち入らない石の山に住んでいたが月日が流れたある日、人間達の間でその山を削って土地を開拓する計画が持ち上がった。しかしそれを知らない4代目は人間達に見つかり、訳も分からない内に山を追い出されてしまう。誰にも必要とされずどこへ行けばいいのかも分からず事孤独を嘆きながら当ても無く荒野を彷徨い歩き、手記は残したものの、次の代が絶望を抱かぬよう、荒野の岩の下にそっと封印した。4代目の手記はそこで終わっている。その後の言い伝えでは彷徨っていた彼は人を惑わす魔物だと思われ、討伐隊などが度々彼を襲撃した。しかし彼は強風を操りたった1人で数千人を吹き飛ばし、その風の威力はどこまで吹いても衰える事なく人々の住む国や街を破壊した。見かねた聖都グラッツウェルはその荒野に勇者を派遣し、風の神オーディンの力を借りた勇者が4代目を討ち取ったとされている。』
『5代目魔王モロク…これは俺の事だ。俺は気がつくと火山の溶岩の中に立っていた。初めは手記もなく己が何者か、何故こんなところにいるのか全く分からなかった。火山の火口を登り、あたりを見渡すと遠くからポツポツとこちらに近付いてくる光が見えた。それは俺を滅ぼす為に派遣された勇者達の松明の明かりだった。俺が何処かに被害を及ぼす前に討ち取るつもりだったようだ。近付いてくる殺意に興奮した俺は有無を言わさず奴等を焼き払い、奴らがやってきた方向とは逆の北に向かった。行き着いた先は竜人族の谷里で、そこで竜人族の第6皇子であり知識の門番アレファンデルと出会った。アレファンデルは口は悪いが膨大な知識を持ち賢くそして美しかった。俺はどうしてもアレファンデルが欲しくなったが知識の門番はその知識を悪用されないように誰のものにもなってはならないという掟があり簡単にアレファンデルを手に入れる事はできない事を知った。だがあの頃の俺はそんな事どうでもよかった。反対したり攻撃してくる奴等を片っ端から叩き潰し、嫌がり拒絶するアレファンデルを無理矢理暴き連れ去った。それから竜人族は勇者と手を組み俺を殺しアレファンデルを取り戻そうと何度も追ってきたがその度に撃退し、道中たまたま通りかかった荒野で何かの力を感じて岩を破壊してみるとその下に4代目の手記があった。そこでようやく自分が何者なのか、どんな存在なのかを知った。そのまま数年間逃亡生活を送り、やっとアレファンデルと腰を据えたのはルルジアの森の奥だった。』
 5代目の記録はここで終わっている。
 初代は人間として生まれ、人間として生きようとその膨大な魔力を抑える為にもがいたように読み取れる。
 俺は今意識しなくても抑えられるが、初代や2代目のような苦しみがないのは3代目の研究のお陰なのかもしれない。
 この歴代の魔王達の運命を読むと初代から4代目までの怒りや気持ちはわからなくもない。
 自分の力なのにうまくコントロールできないもどかしさも、人々から阻害される苛立ちも、誰かと共にいたいと願ったのにそれができない悲しみも……。
 生まれた時から他の魔王と運命が違ったのは5代目だけだ。
 彼は欲しいと思ったアレファンデルは無理矢理手に入れたが世界を滅ぼそうとしてはいなかったのではないだろうか。
 …そう言えば以前アレファンデルが見せてくれた風景はルルジアの森だったのか…。
 ふと部屋にかかっている時計を見るともうすぐ夕飯の時間に差し掛かるところだった。
 手記を荷物にしまい、食事に行く準備をする事にした。



 宿から3人で連れ立ってガラのおすすめの大衆食堂へとやってきた。
 ガラは肉が美味いと言っていたが、俺はミルクかミルククリーム、固形物は食べてもチーズくらいしか口にしないしアレファンデルはヴィーガンだと言い、肉はガラが楽しんでくれれば、という話でそれぞれの食事を頼んだ。
「ファームズさん、あんなに激しく動けるのにミルクだけで大丈夫ですか?保ちます??」
 ガラは俺の前に置かれたミルクを見て不思議そうに首を傾げる。
「問題ない。いつも食事はこんな感じだ。」
「ならいいですけど……あぁ、それと明日からはどう回ります?」
 食べ物のあまり乗っていないテーブルにガラが掌二つ分ほどの地図を広げた。
「レーニエがここで、残りの目的地はコクピンの森とライナム山脈、それとブーテ海ですね。今回目的のものが一番多く手に入るコクピンの森か大変だけど難易度の低いライナム山脈を先に行ってしまえば後が楽だとは思いますけどどうでしょう?」
「アレファンデル、どう思う?」
「最終的にはお前の判断だが、俺もコクピンが先の方がいいんじゃねェかと思う。ガラも知ってると思うがあの森は広い範囲に妖精が住んでて場所によっちゃ人間は立ち入らない方がいい場所もあるし。集中力の続く初めの内の探索が安全なんじゃじゃねェかと思う。」
「…じゃあコクピンの森、ライナム山脈、海の順番だな。」
「わかりました!じゃあ明日はコクピン対策して出発しましょう!」
 それに頷いて改めて地図を見る。
 コクピンの森はすぐそこらしいがライナム山脈は火種が取れそうな火口まで少し距離がある。
 この2人の知識を借りればきっとすぐに材料は集まるだろう。

 この時はそんな風に考えていた。
 明日起こる事など知る由もなく。

第4話へ続く
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