異世界に来たら住人が一人しかいなかった

文字の大きさ
1 / 6

1

しおりを挟む
「……なんだ、ここ、どこ?」

 気付いたら緑あふれる森の、少し開けた地面に座り込んでいた。

「いやいや、なにこれ? 夢? 頭おかしくなった? 何?」

 無意識に地面をなでた手には短い草の葉先がちくちくと触れる。持ち上げた手で今度は顔をなでる。やっぱり感触がある。駄目押しでつねって、痛みがあるのも確認した。

「夢じゃない、って、こと?」

 どこを見回しても、見覚えがない風景だ。見上げれば、枝葉に縁どられた小さい空があって、森の香りと風の感触も、どれもこれも夢じゃなくて現実としか思えない。

「ちょっと待って、さっきまでなにしてたっけ――」

 こんなのおかしい。突然見知らぬ場所にいるように思うのに、さっきまで自分が何をしていたのか思い出せないなんて。記憶喪失なの? 自分でここまで来て、急に我に返ったなんて、そんなことある? 
 でも、名前も年齢も思い出せる。高崎冬真、18歳の高校生、のはずだ。

 その時、何か物音がして僕は肩を跳ねさせた。下草を踏む音がだんだん近づいて来る。何が来るのか、危険なものなのか分からないが、座り込んではいられないと立ち上がった時に人の声がした。

「は、なんで――」

「え? えーっと、あの?」

 振りかえって目に入った人物は驚いた表情だったが、僕も驚いていた。

 緑の髪だ。長い髪はゆるく結わえて肩に流されていた。

 何よりもまず見慣れないその髪にあっけにとられてしまう。
 ……めちゃくちゃイケメンだな? コスプレ? 見覚え無いけどなんのキャラだろう。ここってなんかのイベント会場かな。多分この人僕よりは少し年上だと思うんだけど。

 その男性とお互い見つめ合ったままなのに気付いて気を取り直す。よかった、人がいて。こんなところで誰にも会わなかったら途方に暮れるところだった。怖そうな人じゃないし、一言だけど日本語っぽかったし、大丈夫だよね? まぁ、日本人じゃなさそうなのは気になるけど、この人から逃げたところで今はどうしようもないし。

「あの、すみません。ここはどこですか? なんか迷っちゃったみたいで」

 声を掛けると少し眉をしかめられた。

 あれ、さっき日本語みたいに聞こえたの気のせい? 本当は言葉が通じないんだったら詰んでる……。

「あの、言葉、通じてます……?」

「言葉は通じている。――ここは迷って来られる場所じゃない」

 やっと話してくれた声は不機嫌そうに低められているが心地よい美声だ。聞き惚れながらも言葉が通じていることに安心したのも束の間、思い切り不審者扱いされていることに慌てる。

「あの、ごめんなさい、分からないんです! 気付いたらここにいて……勝手に立ち入ってしまったことは申し訳ありません」

 攻撃的になられても困るので、とにかく低姿勢にと頭を下げたけどイケメンさんは固い雰囲気のまま口を開いた。

「ここには、私しかいない。私の住処だけ作った、閉じた空間だ。他には誰も入れていないし、どこかに通じるようにも作っていない。なぜ、きみはここにいるんだ。どうして――」

 唸るように言われて、あまりに突飛な内容にすぐには理解できなかった。閉じた空間? なにそれ?

 イケメンさんの言葉を何度か頭の中で繰り返すが、やっぱり訳が分からない。まさかの異世界転移、というやつ?

 いやでも、この苦悩してるイケメンさんに「ここってもしかして異世界ですか?」なんて言って大丈夫? 他人がいる事さえありないって雰囲気なのに、異世界人(仮)に対する耐性はあるのかな?

「あのー……」
「っ、すまない。何故かときみを問い詰めても、仕方がないな。私はハロルドという。きみの名前は?」

 おそるおそる声を掛けてみると、イケメンさんはハッとしてこちらに意識を向けてくれた。さっきよりは穏やかな雰囲気で話しかけてくれたので、こちらもほっとして会話に応じることができた。とりあえずもう少し状況が知りたいよね。

「冬真です。18歳、高校生で……。あの、ほんとに、なんでここにいるのかわからなくて」
「こうこうせい……」
「たまに中学生に間違えられたりしますけど、ちゃんと高校生です。あー、学生証……荷物もないし、本当にどうやってここに来たんだろう」

 ああ、何か補導された時の言い分みたい。半分独り言になりながら身の回りをみても、鞄どころかスマホさえない。出かけるのに手ぶらなんてありえないのに。服装だけは見慣れた制服で、コートを羽織っている。――そういえば、混乱していて今まで気付かなかったけど。

「どう考えても冬の気温じゃない……」

 夏とは言えないけど、コートが欲しい気温では絶対にない。直前の記憶はないけれど、冬だった記憶はある。着ているのも冬服だったから、実際の時期もそうずれてはいないのだろうと思う。それに比べてイケメンさんは、気温からも察するとおり、冬の屋外とは思えない服装だった。襟付きのシャツにパンツ、その上に羽織っている、きれいな刺繍の入ったベスト。シャツもワイシャツのようなものではなく、袖が膨らんでいて、そう、なんか貴族っぽいやつだ。

「そうだな、冬じゃない。というよりも、ここには季節はない」
「え」
「設定する必要性を感じなかった。たしかにその服では暑そうだな。私の家に案内しよう、とりあえず着替えたらいい」

 驚いている僕の顔を見て、ハロルドさんは少し眉を下げた。
 冬じゃないどころか季節なんにもないの? 常に一定ってこと?

「それはありがたいですけど、でも帰れればそれで――」

 そう言いかけたところで、ハロルドさんの顔を伺う。ハロルドさんの眉はさっきよりも下がっていた。

「すまない。君がどうやってここに来たのかわからないし、つまり帰す方法も分からない」

 ――帰れない?

 無意識に状況を軽く考えていたことに今さら気付いてちょっとショックだった。

 見たこともない場所で、ここに来るまでの記憶もないのに、それでも家や学校の今までいた場所と地続きのような感覚でいたんだ。場所が分からないだけで、状況が分かれば帰れるって。

 帰れないかもしれない――。

 背筋がぞわっとして、体が震えた。

 今まで異世界モノの漫画も小説もたくさん読んだし、アニメも見ていた。異世界転移? 異世界転生? 自分には事故にあった記憶なんてないし、病気だったわけでもない。神様に会った覚えもない。ハロルドさんが召喚したわけでもない。僕は何か目的があってここに連れてこられたのでもない。

 本当に、何がどうなってるんだろう?

 どうして、とここに来てから何度も思ったけれど、今は大声で泣きわめいてしまいたいような気持ちだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

人気アイドルが義理の兄になりまして

BL
柚木(ゆずき)雪都(ゆきと)はごくごく普通の高校一年生。ある日、人気アイドル『Shiny Boys』のリーダー・碧(あおい)と義理の兄弟となり……?

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

一軍男子と兄弟になりました

しょうがやき
BL
親の再婚で一軍男子と兄弟になった、平凡男子の話。

百合豚、男子校に入る。

BL
百合をこよなく愛する男子高校生・眞辺恵。 母の歪んだ価値観により共学への進学を断たれ、彼が入学させられたのは―― 男同士の恋愛が“文化”として成立している、全寮制男子校《私立瑞嶺学園》だった。 この学園では、生徒会長は「抱かれたいランキング」で選ばれ、美貌こそが正義とされる世界。 それでも眞辺は決意する。 生徒会長になり、この学校を“共学”に変え、間近で百合を拝むことを。 立ちはだかるのは、顔面至上主義の学園制度、性に奔放すぎるイケメンな幼馴染、そして彼らに憧れ恋をする生徒たち。 さらに何故か、学園の人気者たちに次々と目をつけられてしまい――。 百合を拝むため男子校を変えようとする異端者が、歪んだ王道学園を改革する物語。

処理中です...