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しおりを挟む茫然と立ち尽くす僕を、ハロルドさんはログハウスのような家に連れてきて、お茶をふるまってくれた。
着替えをする気持ちの余裕なんてまだ無くて、促されるままコートだけ脱ぐとテーブルについて湯気の立つカップを見つめている。ハーブティーを入れてくれたらしく、穏やかな薬草っぽい香りが部屋の中に漂っていた。
「そのお茶にブレンドした薬草は、香りにも気を鎮める作用がある。飲みごろになる頃には少し気持ちも落ち着くだろう」
薄黄色の水面を見つめていると、同じカップを持ってきて向かいに座ったハロルドさんは静かにお茶に口をつけていた。見るともなしに水面とお茶を飲む彼の仕草をぼうっとして眺めながら、黙ったまま時間を過ごす。
きっと落ち着くまで待ってくれているんだと思う。ハロルドさんはゆったりとお茶を飲みながらも、何か話しかけようとはしてこなかった。
帰し方は分からない、と言っていた。つまり僕はここでどうにか過ごしていくしかないということ。
突然見知らぬ場所に来て、どうやらここは異世界らしくて、もしかしたら僕は一生帰れないかもしれなくて。
家ではどうなっているんだろう。行方不明扱いなのか、それともやっぱり――。
それを想像するのは怖くて、両親の事を考えると何とも言えない気持ちになる。
両親は共働きで家を空けていることの方が多かった。それでもないがしろにされていたわけではないし、愛されてないとは思わなかった。けれど兄弟もいなかった僕は一人で家にいることの方が多くて、家族の思い出はあまり多くない。僕がこんな形でいなくなって、両親はどう思うんだろう。早く自立して親孝行したい気持ちはあったけれど、こんな形でのお別れなんて想像もしていなかった。
何事もなく帰れたらそれでいい。けれどそうじゃなかったらと考えると空しくなる。
せめて帰るための方法が分かっていて、どうにかすればそれに辿り着けるというのなら、努力を惜しまないのに。
ここが元居た世界と繋がってすらいないなんて、どうしたらいいのかも分からない。ハロルドさんに原因があるわけでもないらしい。勇者や聖女を召喚するみたいに何か理由があって呼ばれたのなら、前向きに役割を果たす努力をするなり、反発して召喚した人に腹を立てるなり、気持ちの持っていきようもあったのに。突然放り出されて、何の立場もなく宙ぶらりんなんて。
しかも、ここには――ハロルドさんしかいないのだという。
「――あの、最初に言っていたハロルドさんしかいない、閉じた空間っていうのはどういうことなんですか」
やっと口を開いた僕に、ハロルドさんは一瞬止まってカップから口を放してから、もう一度口をつけると静かにカップを置いた。
「それなんだが――」
「はい」
真剣な顔のハロルドさんを見つめて頷く。
「私の事はハルと呼んでほしい」
「は?」
落ち着いたから状況を説明してもらえるかと思ったら、なぜか愛称呼びを勧められている。
「『ハロルド』は口になじんでいないように聞こえるから」
「えぇと、確かにあまり普段呼ぶこともないようなお名前ですけど、ハロルドさんだったらこちらにも普通にある名前ですよ」
「ハルと呼ぶのは嫌?」
初対面での愛称呼びに困惑してやんわり断るが、引かずに押してこられる。ハロルドさんにはクールそうな印象を持っていたのだけど、思ったより気安い人なのだろうか。
うぅん、それよりも説明をして欲しいような。
「いえ、嫌とかじゃあないんですけど……」
「だったらハルと呼んでほしい。いつまでかは分からないが、二人で過ごすのにあまりかしこまって欲しくないから」
「いえ、あの――」
「ハルと。口調も丁寧じゃなくていい」
いや、押しが強いな?
「えぇと、年上の人にタメ口はあんまり……」
「私は22歳だから冬真とあまり変わらないだろう。気にしなくていい」
「22歳も自分の感覚で言うと同年代というより年上なんですけど……」
「……」
引いてくれない! その笑顔は怖いやつ! 承服しかねる沈黙のやつ!
「えっと、もう少し慣れてからじゃ、ダメ? 口調は、その、頑張るから」
「――そのうち、呼んでくれる?」
「その、うん、今日はまだ初対面だし」
もごもごと言い訳をしてみる。
二人きりで堅苦しいのは息が詰まるというのは分からなくもないので、打ち解けたいとは思うけれど、今まであだ名で呼ぶ友達もいなかった僕なので、とにかく気恥ずかしいという気持ちと、違和感が先立ってしまう。
それに出会って数時間で年上の人を愛称で呼びタメ口をきくというのは自分にとってハードルが高い。そんなことと言われても高いものは高い。
まだ混乱してるんだよ。慣れないことをしてストレスを増やすのは避けたい……。コミュ障でごめん、ハロルドさん。
「もっと打ち解けてくれるのを楽しみにしているよ。ありがとう、冬真」
多分引きつった笑顔を浮かべていた僕と違って、にこりと笑ったハロルドさんの笑顔は爽やかだった。
……うん、イケメンのご機嫌のためには愛称呼びくらいはしてあげたくなるような気がするけれど。
きっと、どうしても愛称で呼んでほしい訳じゃなくて、落ち込んでいる僕に気をつかって緊張を和らげようとしてくれたんだと思う。この家に来た時より気持ちはすごく軽くなっていた。
「ううん、こちらこそ、ありがとう」
ハロルドさんの思いやりが身に染みた僕は、今度は引きつっていない笑みを浮かべた。
やっと口を付けたお茶は猫舌にちょうど良い温度で、優しい甘さだった。
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※作中に出てくるお茶は日本での緑茶のような、日常的に飲まれているお茶です。
ハロルドの押しの強さと相まって、自分で書きながら怪しいものに見えてきましたが、悪影響を及ぼすものと誤解されるのは本意ではありませんので念の為に書いておきます。
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